わたしのおにいちゃん

 第4回26期卒業生連絡会。
「つまりのぉ。要はコタロー様が起きりゃあ全部丸く収まるんじゃ。そのつくね食わんのなら貰うぞ」
「バカタレ、あったり前だべ。そうはいかねんだから、困ってんだべ。あ、姉ちゃん、ねぎま3本と生三つー!」
「ねぎまなら僕のあげるっちゃよ。ミヤギくんの言う通りだがや、起きないからどうするべきかって話だっちゃ」
「なるようになるしかあらしまへんの?」
「おったんか、アラシヤマ」
「なしておるんだべ、アラスヤマ」
「さっさと帰るっちゃ、アラシヤマ」
「……なして同期生のメーリングリストにわての名前だけあらしまへんの。サーバー設定洗ってへんかったら、気付きまへんでしたえ」
「だっておめ、卒業一年遅れだベ。同期卒業でねえべ」
「だっちゃ。参加資格ないわいや」
「入学は同じやあらしまへんの!授業も同じクラスやったどすえ!」
「26期入学生じゃいかんかったんかのぉ、トットリ」
「ダメだっちゃ、卒業生だけだっちゃ」
「あんさんが決めはったんかー!」
「プチコントはそんくらいにすれ。議題はスンタローのことだべさ」
「……あんさんにだけは言われたくない言葉やわ、プチコントて」
 焼き鳥屋の座卓で図体のでかい男四人と言う絵面だけで、中々にプチコントだと思うが、一応真剣ではあるらしい。
「テンション下がってなさるがや、シンタロー」
「まぁ、あんな結果が出たんじゃけぇ、詮無いの」
 打つ手無し、だそうである。心因性ストレスが原因である以上投薬治療にも限界があり、副作用を考えればこれ以上の手出しは得策ではないとの結果に、お兄ちゃんテンションだだ下がりの今日この頃。
「なんやの。こう、代わりに気合入るようなことがあればええんやわ」
「津軽くんでも呼んでくるっちゃか?」
「そうじゃ、ミヤギ。われ、国が近いじゃろ。なんかしっとりゃせんか」
「おめ、東北は全部一緒だと思ってるベ。いちお、政令指定都市あんだぞ、オラんとこ」
 自慢なのか、それは。
「あれじゃ、要は『弟』がおればええんじゃ」
「「「は?」」」

 なにもじもじしてんだこいつは、気持ち悪い。
「さっさと報告しろよ」
「あー……うん…そだべな、うん……」
 もたもた報告書をめくったりひっくり返したりすかしたり、上目遣いでちらちら見たり視線逸らしたり。
「ウザい、お前」
「……あー、うー…」
 何がしたいのやら、さっぱり分からん。
「んじゃ……その、54番作戦第三次報告書を……」
「おう」
「奏上させて頂きます…・・・お兄ちゃん」
 がしゃん。
 シンタローは思いっきり椅子から転げ落ちた。桂三枝を彷彿させる素晴らしい転がりっぷりだった。
「だ、大丈夫だべか、ス…お兄ちゃん!」
「……誰が『お兄ちゃん』かーー!」
「いや、あんな、話聞いてくんろ、お兄ちゃん!」
「だから、お兄ちゃんと言うなぁ!鳥肌立つわ!」
 リアルで立ってきた。ぞわぞわした感触に二の腕を擦る。ドアがノックされ、次の鳥肌提供者が入ってきた。
「おや、ミヤギはん。まだ報告終わってまへんの。お兄ちゃんを困らせんのも大概にしときなはれ」
 なんの躊躇いもなく5kg近い置物を投げつけた。時速90kmは出ていたそれをアラシヤマはスレスレでかわす。
「何しはりますのん、お兄ちゃん!直撃したら死にますえ!」
「死んどけぇ!つうか、それ以上口開いた殺す、絶対殺す!」
「落ち着くベ、お兄ちゃん!何もアラスヤマもお兄ちゃんを怒らせようとして……」
「だぁーーーーーーっ!!」
 いい歳して癇癪起こしやがったお兄ちゃんの乱射眼魔砲を避けて、二人並んで机の下に逃げ隠れる。騒ぎを聞きつけて、第三、第四が駆け込んできた。
「うわっ!なんだっちゃ、これ!何怒り狂ってんだっちゃわいや、お兄ちゃんは!」
「どうしたぁ?落ち着かんか、お兄ちゃん」
「お前、俺より四つも歳食ってんだろうがーー!」
 そういう問題じゃないだろう的ツッコミが響く中、壁紙は焼け焦げ、絨毯は引き裂かれる。
「お前ら、全員そこ座れ!並んで座れ!正座ーー!」
 剣幕に押され、向かって左から背の低い順に正座する。
「説明!」
「あんなぁ、最近なぁ、シンタローが元気ねえな、って。なぁ?」
「だっちゃわいやー。コタロー様が目覚めんからだっちゃ?」
「総帥がしょぼくれはったら士気にも関わりますやろ?わてらも胸を痛めましてん」
「じゃけん、せめて雰囲気だけでもと……」
「……無為と無駄が人類最大の発明と言うが、人類史上に残るべき発想だな、それは」
「お、誉められたべ、イエーイ!」
「イエーイ、だっちゃー」
「ほれ、わしがゆうた通りじゃろうが」
「誉められてへんし、全然言う通りちゃうわ、トリプル阿呆」
 ハイタッチし合うベストフレンズと自慢げなコージに、アラシヤマが吐き捨てる。
「不許可だ」
「えー、なしてぇ?」
「せやわ、せっかく面白ぉ……いやいや、苦労して練習して慣れましたんえ?」
「われがおらんとこでも、ちゃんとお兄ちゃんと呼んどったんじゃぞ。シンタローと呼んだら罰金500円で」
「だっちゃあ。3万円も集まったんだっちゃ」
「その金で、お兄ちゃんを囲む会とかやろうと思ったんだべ」
「プレゼントとか用意するんどす」
 こいつら、絶対楽しんでる。
「ま、スンタローはみんなのお兄ちゃんと言うことで」
「これで寂しくないっちゃ」
「不許可ー!」
「何でじゃ、お兄ちゃん」
「お前に言われるとなんでこんなに嫌なんだー!」
 図体がでかくて老けてるからではないだろうか。
「好意は受けとくもんどすえ、お兄ちゃん」
「受けたくない、お前のは受けたくない、絶対受けたくない」
 ぶるぶると首を振る。
「用意したプレゼント、無駄になったっちゃねえ」
「ンだべなぁ」
「……物貰えるなら貰うけどよ」
 そういう妙にせこいところが最大の隙なのだ。トットリが差し出した包みをバリバリ破く。
 『週刊わたしのおにいちゃん』第一号
「だぁーーー!」
「ちなみにオラは電撃萌王のプレ版フィギュアを……」
「いらんわぁー!」
「まとめてヤフオクに出すといい値がつくっちゃ」
「貰っとく」
 ベストフレンズの頭を連打しようと振り下ろした箱を寸止めし、引き出しにしまう。せこい。
「さすがガンマ団新総帥だベ、妹ブームまで視野に入れてるベ」
「入れとらん、全然入れとらん」
「そないに『おにいちゃん』はお嫌どすか」
「あーもー、すっげえ嫌。むちゃくちゃ嫌。特にお前から言われるのが嫌。つうか、お前自体が嫌」
「分かりました……そないなら、『おにいちゃん』はやめさせていただきます」
 都合の悪い部分だけスルーする技は、アラシヤマの渡世術である。
「これからは、『兄君さま』と……」
「あー、そんならオラ、『お兄様』取ーった!」
「えー?えーと、ぼかぁ、えーと……」
「『おにいたま』とでも呼んでなはれ」
「嫌だっちゃわいや!普通に『あにぃ』でいいだっちゃわいや!」
「そんならわしは『兄や』とでも」
「なんでお前が亞里亞なんだ!っつーか、違う!そうじゃなくてだな、おい、お前ら!おちょっくってんのか、コラ!」
「やっと気付きはりましたのん」
「兄ぃは、意外と間抜けだっちゃ」
 全員まとめて、部屋から蹴り出した。即座にセキュリティに電話をかけ、通過許可リストから四人のIDを停止するよう命令した。これでしばらくは、あの四人が部屋に入ってくることはない。何やかや言いながら(半分笑いながら)立ち去る足音が聞こえる。
『お兄ちゃーん、おーにーいーちゃーん』
 ドンドンドン。しつこくドアを叩きながら呼びかけてくる東北訛り。
「何だコラァ!対侵入者システム起動させるぞ!」
『あんなー、元気になってもらいてぇってのはほんとだベ』
 それだけ言うと、たかたか走り去った。
 いつの間にやら机の上に置かれていた報告書をパラパラと流し読む。とりあえずメールを打っておこう。

 後片付けを終えてキッチンから出ると、ミヤギはだらしなくソファに座ってテレビを見てた。ぐちゃぐちゃと半端に食い散らかされた皿を見て、眉を顰める。普段は、米粒一つ残さないというのに。
「なんだよ、この食い方。ちゃんと食え」
「……だってなー」
 ずるずると頭が落ちていく。
「シンタローが飯さ食いにこいって言うと、ぜってーやらしーことすっかンなー」
 ぱかん。
「あいて」
 背もたれ越しに頭を叩き、乗り越えて自分もソファに座った。
「あー、するさ!するぞ、やらしいことを!これでもかってくらいしてやるから覚悟しとけ!」
「……うー…」
「まあ、やらしいことするくらいには元気だ」
「……」
「安心しとけ」
 テレビ画面をまっすぐ見て、横は見ないでおく。
「……それ言いたかったんけ?」
「なんだよ」
「シンタローはアレだべな、結構、ほれ、アレだべ」
「だから、なんだよ」
「言いてえことをどう言っていいかわがンねくなると、変な行動するべな」
「お・前・に・言・わ・れ・た・く・ね・え・わ〜〜〜!」
「あ"だだだだだだだ!」
 思いっきり両耳を引っ張る。顔を包んで覗き込むような体勢になって、目が合った。
「だども安心した」
「当たり前だ、このバカ」
 まぶたに軽く口付けると、くすぐったそうに笑う。その顔を見て、ふと思いついた。
「おい、もう一回『お兄ちゃん』って言ってみ」
「……え"?」
「……なんだよ、そのイヤそうな顔」
「オラはそういう倒錯プレイや身代わりプレイは、ちぃっと……」
「お前なんぞで代わりになるか!っつーか、そういうのと一緒にすんな!」
「違ったんか!?」
「……お前、俺をなんだと思ってんの?」
「三親等以内でねえと本命にならねえ性癖だと思ってたべ……って、あだだだだだ!」
 もいっかい両耳引っ張り。
「サルみてえになっちまうべさー!」
「悪かったなァ、変態で!ああそうだよ、だから『お兄ちゃん』って呼ばれねえと燃えねんだよ!さあ、呼べ!」
「……『お兄ちゃん』…」
「もう一回」
「『お兄ちゃん』!」
「アレンジして、もう一回」
「アレンジィ!?」
「萌える感じにアレンジしてもう一回。さあ!」
 パンと手を打つ。何のレッスンだべさ、コレ……と、ぶつくさ言いながら、考え込んでいる様子。
「……あんな」
「おう?」

「ずっと一緒だべ……『お兄ちゃん』……」

「……よし、萌えた」
 恥らう表情がよし。口付けてソファに倒れこむ。組み敷いたミヤギの顔は、真っ赤に染まっていた。
「次、『先生』で」
「……おめ、そういう性癖だったんか」
 結局そう呼ばされながら、たっぷりやらしーことをされたわけだが。

「最近元気そうじゃの、シンタロー。効果あったんかのぉ」
「……あったんでねえべか」
「なんじゃ、風邪か。今年のは喉に来るらしいぞ」
「……おめが言いだしっぺだったべな」
「あ?何のこと……ったぁ!?」
 ミヤギの鋭いローキックをもろに食らって、さすがのコージも膝が折れる。
「いきなりなんじゃ、ミヤギィ!?」
「『先輩』だの『コーチ』だの『ご主人様』だのー!全部おめのせいだべ、コージー!」
「何、ワケ分からんこと喚いとンじゃぁ!」
「やかましべ!コレでも食らえ!」
 通常ならば絶対食らうはずのないカカト落としが脳天を襲撃し、コージはその場に伸びた。
 かくして、稀に見る大成功を収めたかに見えた『お兄ちゃん』でシンタローをおちょくろう作戦は、二度と決行されることはなくお蔵入りになったわけである。

End.

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