ラプンツェルの翼

 ミヤギの服薬量がまた増えた。
 あの島より帰ってきてからというもの、増え続ける一方である。安定だ調整だという名目で、ミヤギの神経が犯され続けて行く。トットリにはそうとしか見えなかった。
 島にいたころは、そんなことはなかったのに。薬など飲まなくても安定してた、発作が起きることもなかった。空気と水がきれいなところなら、きっとミヤギは安定して生きていけるのだ。ミヤギはきれいだから。それと同じくらいきれいなものの中でなければ生きられないのだ。


 じゃらんじゃらんじゃらん
「……あんさん、よお飲まれますなあ」
「んー?」
 ざらざらざらざらーー、ごくん。
 小皿に山盛り一杯はありそうな錠剤やカプセルを水も無しに一気飲みしたミヤギに、アラシヤマは舌を巻く。どうもミヤギは、『薬を飲んだ後に、水を流し込む』タイプの飲み方らしい。チェイサーの水を一気飲みしている。粉薬でも錠剤でもなんでも、少しでも喉に張り付くのがいやで全部オブラートに包んで飲むアラシヤマから見ると、無神経の極みである。水すら飲まないコージよりはましであるが。何で溶かすのかと聞いたら、『気合い』と答えられた。
 そのコージとトットリは、売店へ買い物に行っている。きっと行き帰りに喫煙室にでも寄るだろうから、もう少し時間がかかるだろう。
 入院生活も三カ月近くに及び、折れた骨もとうにくっつき始めている。そろそろ退院の話が出てくる頃合いである。手術直後は抗生物質やらなんやらを飲まされたが、最近はたまに胃薬が出される程度だ。だというのに、ミヤギの薬だけは減るどころか、増えているような気さえする。個人差があるにしても、多すぎはしないか。
「なにそないに飲んではりますのん」
「しらね」
 空になったチェイサーを振って、けろりとした顔でミヤギが言う。
「知らんて。薬の説明受けましたやろ」
「難しいこと聞いたって分がんねえもん。別に毒じゃねえべや」
 そう言ってもごもごと布団に入る。自分の飲んでいる薬くらい、把握しておいて欲しい。
「そないに薬多いっちゅうことは、あんさんだけ退院延びるんちゃいます?」
「うん、そうかもしんね」
 嫌みのつもりが肯定された。
「こないだの検査の結果、返ってこねえしな」
 四人の中で、ミヤギが一番軽傷だった。その割りに一番検査やら投薬やらが多い。体質的なものを差し引いても、疑問が残る。
「まあ、給料出てっしな。も少しゴロゴロするべ」
「……ほぉでっか」
 そういう問題じゃないだろうに。


 四人中、愛煙家と呼べる人間は一人もいない。トットリは人前では吸わないタチだし、コージは誰かが吸っていれば付き合いで吸う程度だ。アラシヤマは徹底した嫌煙家で、ミヤギは基本的にタバコに興味がない。
 しかし、娯楽もない長の入院生活ではタバコ吸うくらいしかやることないのだ。故に松葉杖で歩き回れるようになってからというもの、コージとトットリは二人で喫煙室に行くことが多い。フロアの端のさらに端、明らかに隔離されている一角にある狭苦しいガラス張りの部屋。やたら図体のでかい空気清浄機と灰皿があるだけの喫煙室で、何を話すでもなく30分ほどぼーっとするのが二人の日課である。
 今日もそこに向かう途中、コージだけがナースに呼び止められた。食事量のことで相談があると言う。トットリは非情にも先に喫煙室に籠もってしまった。ナース曰く、食事量はそれぞれの患者の病状や栄養状態に合わせて、コーディネイトされている。だから、誰かが残しているからと言って、それを食べられては困るのだ。どれだけ残しているかも大切な病状把握なのだから、邪魔をされては困る。ちょっと聞いてるんですか、コージさん。狭いナースステーションに押し込められ、たっぷり15分お説教を食らったコージは、よろよろしながら喫煙室に向かった。ただでさえここの食事は少ないのだ、少しくらいもらってもいいじゃないか、ケチ。
 喫煙室のドアを開ける。中ではトットリが一人で何か書類を読みながら、タバコを吸っていた。なんだろう、病室を出た時には、あんなものは持っていなかったはずだが。
 ひょいと覗き込む。
「……トットリ、こりゃあ……」
「見んなや」
「ミヤギのカルテ……盗んだんか!」
「借りただけだっちゃ」
 カルテは医局に保管してある。医局へはナースステーションを通らなければ入れない。つまりトットリはナースステーションでコージが油を搾られている隙に、誰にも気付かれずカルテを盗み出したことになる。まだ体も本調子ではないだろうに、見事なものだった。
「ええんか、そんなん見て」
「ミヤギくんの病状を親友の僕が気にして何が悪いんだっちゃわいや。あげなヤブどもに任せておけんちゃ」
 咥えタバコで不機嫌そうにトットリが言う。トットリはコージの前ではよくこんな態度をとる。普段は押し込めている不満や苛立ちを隠す事なく、平然と吐き捨てる。タバコと同じだ。そういう意味でも、コージとトットリは喫煙室仲間だった。
「なんか面白いことでも書いてあったんか」
 ばさっ。無言で一枚カルテを突き出される。受け取って目を走らせる。
「ドイツ語は読めん」
「英語だっちゃ。今時ドイツ語使ってる医者なんかジジィ以外おらんがぁ、バカ」
 バカは余計だ。なぐり書きのようなボールペンの字を必死で追う。
「……なんでこがぁに抗鬱剤が多いんじゃ」
「それが二週間前。こっちが三日前」
 アンフェタミン。MDMA。違法薬物の名前がごろごろ載っている。
「なんじゃこりゃあ」
「濃度は薄いちゃ、ギリギリ合法の範囲内だっちゃ。そんでも……」
 このような薬が、治療の一環として使われるのは知っている。また、戦闘時に配られる薬の中にこの類いの薬が含まれているのは常識だ。トットリは状況が長引くと気落ちし易くなるので、自分から抗鬱剤を申請して常備している。精神論で足りない部分は薬で補う。当然のことだ。
 しかし、ミヤギの普段の様子からは、とてもこの手の薬が必要なようには見えない。それが薬の効果だと言えばそれまでだが、処方が始まる前にも、そのような気配はなかった。
 対処療法ではないのだとすれば、この投薬は……
「……なんかやらされるんか、ミヤギは」
「…………」
 大掛かりな作戦や特別な任務のために、何週間、何カ月も前から薬でコンディションを作るやり方は、ここでは当然のことだ。自分たちは単なる道具なのだから、そのような扱いに文句を言う権利はない。
 しかし、まだ一応怪我人なのだ。しかも、現在は脱走兵としての審議待ちで、書類上は拘留中となっているはずだ。拘留中の兵士は一時的に軍務を解かれることになり、一定基準以上の生活が保障され、虐待の類いは一切禁じられている。軍規にも書かれていることだ。
 それすらも無視しているのであれば……ことは、思ったよりも大きなものになるかもしれない。
「返してくるっちゃ」
「おう」
 トットリにカルテを返す。まだコージは一本も吸ってなかったが、同時に席を立った。
 連れ立って歩きながら、傍目には分からぬよう、唇を動かさず小声で会話する。
『次の巡回まで時間があるはずだっちゃ。それまでにミヤギくんの薬、チェックする。感づかれるといけんけん、ミヤギくん連れ出しといてもらえんかな?』
『分かった。気ぃつけえよ』
 トットリが小さく頷く。廊下を曲がってナースステーションの前に出る。見知った顔があった。
「……どうしたんじゃ、ドクター」
 自分たちと同じく大怪我を負った高松は、同じくここに入院している。しかし、同時にこの病院の院長でもあるため、車椅子や杖で出歩けるようになってからは、患者兼医者という曖昧な存在になっていた。
 今の高松は、杖をついて白衣を着ている。ということは医者モードだ。医局にカルテを戻しに行くのにこれはまずい。コージは一歩進んで、トットリを高松の視界から隠す。同時に、背後のトットリの気配が消えた。一分稼げば十分だろう。
「やあ、元気そうですね。体力が余ってんだったら、血でも抜いときますか?」
「ごめんじゃ。われこそ、寝とらんでええんか」
「おかげさまでね、もう大分マシですよ」
 他愛ない会話。いざ時間を稼ぐとなると一分はかなり長い。
「何しにきたんじゃ」
「いやね、別に大したことじゃないんですけれども。気になる患者がいるんで、ちょっとした検査を……」
 そこまで喋って、ナースに割って入られた。どうやらカルテを探していたようだ。時間がかかってすまないと頭を下げている。渡されたカルテをチェックして、満足そうに高松が頷く。
「それでは私はこれで。患者を待たせてますから」
 会釈して高松は踵を返し、廊下の向こうに去っていく。ふと気づけば、いつの間にかトットリが後ろに戻っていた。
「バレとりゃせんか」
「大丈夫だっちゃ」
 高松が医局にいたならまだしも、素人のナースや医者に見つかるほど落ちぶれてはいない。帰りがけにトットリが自動販売機で緑茶のペットボトルを買う。ミヤギへの土産代わりだ。
 病室に戻ると、そのミヤギがいなかった。布団に首まで潜ったアラシヤマが一人で文庫本を読んでいる。
「ミヤギはトイレか?」
 コージが尋ねると、アラシヤマは面倒臭そうにちらりと視線を寄越し、かったるそうに口を開いた。
「さっき、ドクターが検査があるっちゅーて呼びにきました。なんやあのお人、どっか合併症でも出とるんちゃいますか?」
 その言葉が終わると同時に、ペットボトルが床に落ちる鈍い音がした。すでにコージの横にトットリの姿はない。天井を見上げると、エアダクトのカバーが外れていた。
 通常彼らの間で、単に『ドクター』という場合、それは高松を指す。あの不安なカルテの直後、高松に呼び出される。それは見にも行くだろう。
「……どこが怪我人やの。さっさと退院しはればええのに」
「まあそういうな」
 過保護であるなどとは、いまさら言っても意味のないことである。コージは手を伸ばして、カバーを元に戻した。


 検査と言われた割りには、通された部屋は単なる処置室だった。白いベッドとデスクと椅子が一つずつ。それに器具や薬を乗せたワゴンがあるだけの狭い部屋。現在は閉鎖されているフロアにある以外は、ごく普通の処置室だった。
 高松がさっさとデスクに座ってしまったため、ミヤギはベッドに座る。なにやら書類を見て、メモしている。特に何も指示されないものだから、手持ち無沙汰でしょうがない。意味もなくシーツのタグをいじったりする。
「どうですか、調子は?」
 急に問いかけられ、少し驚いた。
「調子はいいべ。傷もいたまねえし」
「夜は眠れますか? 不安なことなどはありませんか?」
「ちゃんと眠れてる、別に不安なんはねぇべ。退院したら処分審議があっけど、なんとかしてくれるてグンマとかも言うてたし……」
「本当に? 寝付きは悪くありませんか? 何時間くらい寝ます? 夜中に目が覚めることは?」
「……なんだべ、ドクター」
「単刀直入に言いましょう。性的な意味で欲求不満を感じることはありますか?」
「あーに言ってんだべ、もー! セクハラだべ、こういうのアレだべ、ドクハラとか言うんだべ」
「答えなさい」
 冗談でかわそうとして失敗した。高松は依然、医者の顔のままだ。
「……そりゃ、こげに長く入院してんだべ。少しはあるべさ」
「はい、正直でよろしい。どのように処理してます? トットリとかに協力してもらったりとか?」
「はぁー!?」
「他の同室者が気になりますか? あれでしたら、二人部屋に移動させることもできますよ。ああ、トットリじゃありませんでしたか、もしかして……」
「……ドクター、それ以上言うと、オラ、本気で怒るべ」
 ミヤギの声色に、高松は口をつぐむ。
「そんなんする訳ねえべ。バカにしてんのか。侮辱罪だべ、訴えるべ」
「……なるほど、よく分かりました」
 睨みつける視線をかわすように、高松は立ち上がり、ワゴンから何やら取り上げる。
「なんだべ」
「飲みなさい」
 小さな錠剤と紙コップの水が手渡される。
「飲めって……コレ……」
「覚えてますよね? その薬」
 特徴的な紫色の薬。表面に刻印されているマークは、ガンマ団オリジナルの調剤である証しだ。覚えている。昔、何度も飲まされた薬だ。
「え、だって、コレ……この薬……」
「飲みなさい。検査です」
 覚えている。この薬を飲むのはどういう時か。飲むとどうなるのか。
 怖い。もう飲まなくていいと思っていたのに。もう必要ないと思っていたのに。
「強い薬ですが、そのための下準備はできているはずです。大丈夫、飲みなさい。飲んだら力を抜いて、楽にして。怖いことはありません、素直にしていればいいんです」
 同じだ、昔と同じせりふだ。ミヤギは泣きたくなった。この年になって、泣いて逃げ出したくなった。錠剤をにらむ。震えている。ギュッと目をつぶる。
 ミヤギは一気に薬を煽った。


「……はー、……はー、……はー」
「大分回ってきましたね。予想よりも早い。やはり多少耐性が抜けてますか」
 とろりと蕩けた目。紅潮した頬。荒い呼吸。力が抜けて崩れたミヤギの上半身を、高松が後ろから抱き抱えるように支えている。その指が、パジャマの襟元から素肌をたどる。
「ふ……ンぅっ……ひっ!?」
 背筋に伝わる刺激にミヤギ自身が驚いているのか、疑問形を含んだ声が上がる。
「皮膚感覚も十分鋭敏になっている。なるほど……これはこれは」
 高松の神経質な指が、パジャマの前ボタンを次々と開けていく。うすい綿のパジャマはそれだけでミヤギの身体から落ち、白い上半身を露にした。指はしなやかな腹筋から伝うように上に上がり、桃色に色づいた部分をつまみ上げる。
「ひゃっ……ひあっ! あ、んあぁっ……!」
 ミヤギが甘い声を上げる。高松の指が乳首をこね回すたびに、その声が艶っぽく変化する。
「ひっ……ひっ……んあ、あぁン……」
「そうそう、いい反応になってきました。もっと溺れていいですからね?」
 半ば悲鳴のようだったミヤギの声に、甘いものが混じり始める。丹念に乳首を弄られて、全身にむず痒さが広がってきたのか、ミヤギの足が力無くシーツを蹴り始めた。膝を擦り合わせて腰をくねらせる。
「ふあ……あん、ん、あ……あぁ……」
「そう、気持ちいいでしょう? もう理性なんか残ってないでしょう? いい子ですね、ミヤギくんは」
 確かに、もう蕩け切ったミヤギの顔には、理性などかけらも残っていないように見えた。全身にやわやわと走る甘痒い波に支配されきっている。
「いい子です。そのまま体を開いておきなさい」
「んっ……ンんんっ!」
 乳首を一際強く捻り上げる。その刺激にミヤギは全身を震わせ、喉を反り返させた。ビクビクと痙攣するような波が過ぎると、くったりとその身体から力が抜ける。高松はシーツに落ちたミヤギと体を入れ替え、下着ごとパジャマのズボンを脱がした。腕にからまっていた上着も抜き取られ、あっというまに全裸にされてしまったミヤギは脱力した身体を引きずられ、高松の前に恥ずかしい姿勢を晒す。
 ミヤギの両の足首を握った高松は、その秘部を余すところなく見ていた。既に半ば立ちあがり雫を漏らす先端も、ひくつく後ろもすべて晒されていた。
「ひ、あ……いやぁあ……」
「……相変わらずきれいな肌してますねえ、君は」
 透き通るように白い内股に手を滑らせる。吸い付く感触を楽しみ、きめ細かい手触りを楽しみ、頬を擦り付け、唇を押し付けて、その肌を余すところなく楽しむ。ミヤギの肌は全身が甘く吸い付くようだが、ここは特に顕著だ。まるで幼子の肌のようである。
「これだけは本当に褒めてあげたいですよ。触ってるだけで、こちらも気持ちがいい」
「ん……んンぅ……」
 敏感な部分に近い場所を触れられて、ミヤギの中心が頭をもたげ始める。それをすべて観察されて、ミヤギは恥ずかしさに顔を背けた。
「ローションは……一応、使っておきますか」
 薬品が詰まってるとばかり思っていたワゴンには、その手のものもかなり入っていたらしい。高松はボトルから粘性の液体を手のひらに取り、両手で揉むようにして暖める。
「ゆっくりしますからね? きつかったら言いなさい、傷つけるのが目的じゃありませんから」
 高松がそう言うと、ぬるりとした感触が秘所全体を覆う。
「ひっ! あ、あぁぁっ!」
 そのままぬるぬるとした手で前をこすられ、滑りに任せて指が後ろに侵入してくる。身体の中心を弄ばれて、ミヤギは背筋を反らした。
「……思っていたよりほぐれてますね。感度も悪くはない、と」
 片手で先端をいじってはいるものの、高松の興味は後ろに集中しているようだった。入り込んだ指はいつの間にか二本に増え、中を探るようにかき回す。
「ん? ここですか? ここでしょう、ホラ。気持ちいいですか?」
「あっ! やぁ……っ! やだ、そこやだぁっ!」
 中に入った二本の指が、腸壁のある一点をぐりぐりと押し込む。指が動くたびに、ミヤギの体がびくびくと撥ねる。
「いやじゃないでしょう、こんなに涎垂らして、嬉しそうにひくついてるじゃありませんか。指が食いちぎられそうですよ」
「やだぁ! だめ、だめだべそこ……! そこ、そこいじられると、ほ……ほしく、なるぅ……」
「何が? 何が欲しいんですか?」
 固く締め付ける括約筋をほぐすように指を回し、さらにもう一本差し込む。三本の指で交互に内壁を叩かれると、ミヤギはその感覚に我慢できないのか、シーツを踏み締めて腰を持ち上げた。
「ほ、ほし……っ! いれて、いれて……ほしくなっちまうがらぁ……!」
「だから、何を? きちんと言いなさい、検査だと言ったはずですよ? 医師の問診には正直に答えるように」
「ひあっ……あっ……あ、ぁ……」
 最後に残ったミヤギの中の正気が、ぷつぷつと音を立てて切れて行くのが分かるようだった。
「……ん……ぉ、チンポォ……っ! チンポ! いれて、ほしっ……い!」
「ははは……それ、あの人の趣味ですか? 変な言葉仕込まれてますねえ」
「早ぐ、はやぐぅ! いれて、いれてくんろ、早ぐぅ!」
「はいはい、分かりました。こっちにも準備があるんだから、もう少し待ってなさい」
 高松はだだをこねるミヤギをなだめるように頭を撫で、ワゴンからコンドームを取り上げる。すでに屹立した自身にかぶせ、手のひらに残ったローションをなすりつける。
 ミヤギは足を広げたまま、それをうずうずと待っていた。
「はやく……はやくぅぅ……」
「分かりましたよ。甘い声出して、自分から広げて、いやらしいったらありゃしない。ほら、行きますよ……」
「……ンうぅぅうっ!」
 高松の手がミヤギの細い腰を掴み、ぐっと自分の腰を押し付けていく。指とは比較にならない質量のそれに犯される感覚に、ミヤギは脳まで震わせ、その先端が白濁した液を漏らす。挿入の感覚だけで達したミヤギを、高松は満足そうに眺めた。
「ほら、入りましたよ、チンポ。お望みだったんでしょう? 気持ちいいですか?」
「ひっ……ひもちいひっ……ひっ、あっ……」
 まだミヤギの先端は、ぴゅくぴゅくと精を吐いていた。オーガズムに揺れながらのせいか、呂律が全く回っていない。ぶるぶると震えながら、辛うじて言葉を絞り出している。
「ここでしょう? さっき気持ち良かったのは。前立腺のところですね」
「ひあぁ……ひゃああ……っ!」
 簡単に根元まで飲み込まれてしまったペニスを半分ほど引き出し、ミヤギの腹側の内壁をつつく。それだけで、ミヤギは簡単に精を吐いた。壊れた水道のように、少しの刺激だけでどろどろと精を漏らす。
「でもね、君の場合はもっと奥、この辺りですか? ここ? 感じるでしょう? 気持ちいいんでしょう?」
「いっ、ひっ! ひゃんっ、ひゃっ、ひゃあああああ!?」
 引き出したものを、一気に最奥まで押し込む。腹の奥を突かれて、ミヤギは悲鳴のような声を上げた。
「ほら、へその辺りまできてますよ? ここをグリグリされると気持ちいいんでしょう? ほら、言ってご覧なさい」
「きもち、きもちいっ……そこぉ! 腹の……の奥ぅっ! きもちっ……いい、きもちぃい〜……」
「腹の奥が? どうされると気持ちいいんですか? どんな風に気持ちいいんですか?」
「突かれっ……チンポ、チンポで突かれてっ! 奥っ! 奥っ、尻の奥ぅっ……! きもちいっ、チンポきもちいぃ……! ちかちかするっ……身体ン中、ちかちかするぅ……!」
「そうですか、尻穴の奥をチンポで突かれると、身体の中でチカチカ電気が走って気持ちいいんですか。本当に淫乱ですねえ、この子は」
「もっと……もっとぉ! もっと突いてぇ……ズコズコしてくんろぉ……っ!」
 自分から腰を持ち上げて擦り付けようとするミヤギの動きに、高松は小さく笑いを漏らした。
「なんですか、このはしたない腰の動きは。排泄器の癖にきゅうきゅう美味しそうにチンポを吸って、前は前で、突かれる度にだらし無く精液吐いて。男に犯されるためだけみたいな身体ですね」
「ん……おら、おら淫乱なんだって……そう調教したんだって……でも、でもぉ……オラそれでもぉ……!!」
「ええ、ええ、そうでしょう。チンポ無しじゃ生きていけない体にされてしまったんですよね。もっとあげますよ、喜んでイッてしまいなさい」
「ひっぐ……ひう、ひ……ひぐぅぅぅぅっ!」
 腰をわし掴んで、急に激しく奥を突く。その動きで与えられた激しすぎる快楽に、ミヤギの瞳孔は開ききり、失神寸前まで追い立てられた。
「らめっ! らめ、こあいべ……ひぬ、ひ、しぬ、死ぬぅうっ!」
「ははは、死んじゃいますか。大丈夫ですよ、心停止くらいなら蘇生してあげますから。安心していいですよ、ほら、ほら」
「ひぅ、あ、あぁ……ああああぁぁぁああっっっっ!!!!」
 一瞬、ミヤギの全身が硬直し、その後、何かの発作かと思うような痙攣が足の指先から脳髄まで走った。その痙攣の波が収まるころ、ミヤギの意識は闇の奥に拡散していた。


 ベッドの上で汗だくで失神しているミヤギを捨て置いて、高松はさっさとデスクで書き物をしている。時折、ミヤギのバイタルを取ったり、瞳孔を調べたりしているが、研究対象に対する以上のものは感じられなかった。
「いるんでしょう。出てきなさい」
 なにげない感じで、高松がつぶやく。無人のフロアは物音ひとつしない。
「趣味悪すぎますよ。チクリますよ、お姫様に」
 ボールペンでベッドのミヤギを示す。その直後、後ろに人の気配が立った。振り向けば、パジャマ姿のトットリが立っていた。
「とりあえず、手を拭きなさい。若いですね、あんたも」
 トットリの右手は、じっとりとした粘液で濡れていた。無言でワゴンからペーパータオルを借り、ゴシゴシとふき取る。ふと、ワゴンの上の鉗子が目についた。
「やめときなさい。ケガのハンデは同じです、敵うと思いますか?」
 悔しさに唇を噛む。確かに今は敵う気がしない。
「いつか殺してやる」
「アンタ、ミヤギ以外の全員、そう思ってんでしょう」
「なんなんだっちゃ、これは!」
「検査ですよ」
 そう言って、ようやく高松はミヤギに毛布をかけた。額を濡らしていた汗を拭い、枕の位置を直してやる。
「退院後、すぐ実務に戻れるかどうかの検査です」
「実務……て……」
「アンタだって知ってるでしょう。もともと『その為に』連れてこられたんですから、この子」
 そうだ。夜中に誰にも咎められず寮を抜け出していたこと、泊まり込みの個人演習で留守がちだったこと、何度シャワーを浴びても抜け切らない匂い。とうの昔に知っていた。ミヤギは『愛玩用』の人間だ。
「本来、20歳前には処分されるか、使い潰される人員なんですけれどね。何を間違ったか、シンタロー様のお気に入りになってしまったし、思っていたよりもマシな士官になったんで生き延びてますが……今でも本来の役目は『ソレ』ですよ。退院後の審議じゃ、本来の有用性を証明できなければ復帰は難しいですから」
 有用性。便利な言葉だと思う。糞食らえだ、そんな言葉。
「……そんなら、今のは……」
「レポートにして提出します。審議会で実演させられたりするんじゃないですか? 結構スケベジジィ揃ってますからね、あそこも」
 唇を噛む。くやしくて、くやしくて、くやしくて溜まらずに唇を噛む。
「あのですね。誤解しないでくださいよ。私だって一応人の子ですからね。良心が咎めることだってあるんですよ。仕方ないじゃないですか、グンマ様とマジック様の頼みなんですから。アンタら四人全員揃って、シンタロー様の側に戻してやれって言われてんですよ。苦労してるんですよ、こっちも」
 ワゴンの上の錠剤の詰まったプラボトルを見る。張り付けられた成分表は、これに比べればLSDなど気付け薬程度にしかならないような代物である。いきなり常人に飲ませれば、一発で廃人だろう。幼いころから、少なくとも思春期前から、これを飲むための耐性作りをした上で、さらに日頃から弱い薬で体を慣らした者でなければ飲めない薬だ。ミヤギのような。
「3年近くブランクありましたからね。心配でしたが、いい結果出してくれました。立派なものです」
 確かに、『いい結果』なのだろう。一部の人間から見れば。
「この子はね、腹の中までその為に改造してあるんですよ」
「……え?」
「腸の奥が感じるわけないでしょう。単なる内臓ですよ。神経繋ぎかえてあるんです。ついでに『壁』もいじってあります。でなけりゃ、あんな子供に8インチ以上もあるペニス入る訳ありませんでしたから。内臓破裂で死にますよ」
「そんなことまで……!」
「だからねえ。仕方なかったんです! 客を楽しませなければ、この子に存在価値はなかったし、改造でもしなけりゃ、無茶やるジジイの腹の下で腹膜破いて死んでたんですよ! ああ、なんでこんなバカに言い訳しなけりゃなんないんですか、この私が。全く、焼きが回ったというか……」
「ミヤギくん、そのことは知って……」
「アンタだったら言えますか? さっきも言ったように、私もまだ一応人の子なんでね。本人は盲腸の手術だったと思ってます」
 別に言ってもいいんですけれどね。そう付け加えた。
 高松はミヤギのことを『この子』と表現した。自分で薬を与え、メスを振るって作り替えた子供に、それなりの愛着は持っていたのかもしれない。
「…………」
「泣かないでくださいよ。グンマ様以外の泣く子供慰める趣味ありませんから。着替えは奥の棚に入ってますから、出しておいてください。あと一時間は目覚めないでしょうから、屍姦気分を味わいたければご自由に」
 そう言いながら、高松は書類をまとめてさっさと部屋を出て行こうとする。ドアを開けたところで、ふと立ち止まった。
「ここまでのことは、シンタロー様も本人も知りません。全部知ってるのは、私とマジック様くらいです。分かりますね? もしも、アンタが……」
 そこまで言って、ため息をつく。
「やめましょう。好きにしなさい」
 ドアが閉まった。


 トットリはミヤギが泣くのを、ほとんど見たことが無い。トットリの前では、いつもミヤギは笑っていた。気丈で、朗らかに笑っていた。
 トットリがミヤギが泣くところを見たのは、後にも先にも一回きりだ。

 昔から、ミヤギは度々発作を起こした。神経性の嘔吐と過呼吸を一度に起こす。下手をすると吐瀉物が気管に詰まるのでひどく危険なのだが、ドクターに相談しても何も対処をしてくれなかった。
 どんな時に起きるかは大抵決まっている。夜中に呼び出された次の日。泊まりがけの演習から帰ってきた後。今思えば、あの紫色の薬の副作用か何かだったのかもしれない。ともかく、医学的知識などほとんど無い子供の目にも、ミヤギがあの汚らしい大人共に蹂躙されていることと、その後ミヤギが苦しむことの因果関係は容易に想像できた。
 まだ、14にはなっていなかったと思う。
 ミヤギがいつにも増して真っ青な顔で帰ってきた夜。我慢の限界だった。これ以上ミヤギを見ているのが辛かった。もう寝たいとぐずるミヤギを無理やり引っ張って、人気のない深夜の修練場の裏手まで連れてきた。
 正直に言ってほしい。自分はミヤギのためならなんでもする。自分の前で我慢などしないでほしい。
「……なに言ってんだべ」
「だから……だから、な? もしもミヤギくんが……嫌だったら……僕がなんとかするから……」
 何をするつもりだったのだろう。今だって何も出来ないのに、今よりもはるかに無力だったあのころの僕に、何が出来ると思っていたのだろう。
「嫌って……別に、オラ、嫌だとかそげなこと……」
「……僕は、僕はミヤギくんに、あげな汚らしいことしてほしくないんだっちゃわいや!」
 愚かすぎる言葉だった。今思い出しても、当時の自分を殴り殺したくなる。
 ミヤギの顔が崩れた。
 あの美しい面差しが、一瞬、見る影も無く歪んだ。喉が引きつり、殺される猫のような声を出した。
 あまりの変貌に驚いてトットリが硬直していると、ミヤギはその胸倉に飛びかかり、懐のクナイをむしり取った。それを自らの喉に突き立てようとするミヤギの姿を見て、ようやくトットリは呪縛から解けた。
 ミヤギの腕にしがみつき、クナイを取り上げようとする。それを嫌がって逃げようとするミヤギを押し倒し、上から押さえ込もうとしてしたたか殴られた。あの頃はまだ自分より握力も背筋力も弱かったはずのミヤギが暴れるのを止めることが出来なかった。ただ、クナイの切っ先がミヤギを傷つけることがないように。必死でそれだけを考えていた。
 気付いた時にはふたりともボロボロだった。上着のボタンはほとんど弾け飛び、なぜかブーツが片一方なかった。あれほど気をつけていたのに、ミヤギの頬に一文字の傷が付いている。トットリにはそれ以上の傷が付いていた。トットリは地面の上でミヤギに覆いかぶさるようにして、強く抱き締めていた。クナイははるか後方の地面に突き刺さっていた。
 荒く息をつく二つの胸が重なる。ミヤギの汗の匂い。甘い、おそらく情事の時と同じ匂い。もしかしたら勃起していたかもしれないが、それどころじゃなかった。
 ミヤギが泣き出した。わんわんと声を上げて泣き出した。
 もういやだ。もういやだ。死にたい。生きていたくない。死なせてくれ。もういやだ。もういやだ。
 ミヤギがそんなことを言うのを初めて聞いた。
 トットリには、トットリには知られたくなかった。トットリは自分をきれいだと言ってくれたから。そんなことを言ってくれたのは、トットリが初めてだから。トットリにだけは汚れてるなんて思われたくなかった。トットリにだけは。トットリだけは。
 胸一杯に空気を吸い込んで、全部吐き出すように声を出す。のけぞった喉が白かった。涙でぐしゃぐしゃになった頬が熱かった。
 もういやだ。生きていてよかったって思うことなんか何もなかった。ようやく思えたのに。ようやくここでなら、生きていてよかったと思えるはずだったのに。ここ以外、自分が行くところなどないのに。もうだめだ、もういやだ。死なせてくれ。殺してくれ。
 トットリも泣いていた。泣きながら謝った。ごめん、そんなつもりじゃなかった。ミヤギが汚れているなんて思ったことは一度もない。ただ、あんなことをするミヤギがかわいそうで、嫌なんじゃないかって、そう思うと我慢が出来なかった。そんなつもりじゃなかった、ミヤギを傷つけたくなかっただけなんだ、ごめん、許してくれ、泣き止んでくれ。
 いくら子供のころとは言え、傲慢が過ぎると思う。それでもその時のトットリには、それが精一杯だった。二人とも泣き喚いて、相手の言うことなんかこれっぽっちも耳に入っていなかった。ひたすら泣き合って、ひたすら抱き締め合った。相手の背中に痣が出来るくらい、指の先が真っ白になって、爪がはがれるんじゃないかってくらい、強く抱き合った。必死に縋って、一つになろうとしていた。あの時、互いの世界には互いしか存在しなかった。二人だけで世界が閉じていた。
 どれほど時間が経っただろうか。まだぐすぐすとしゃくり上げるミヤギの手を引っ張って、寮に戻った。もそもそと泥だらけの服を脱ぎ、パジャマに着替えて、狭い二段ベッドの同じ段に一緒に寝た。ずっと指をからめて手を握っていた。朝になっても握っていた。
 ミヤギはずっと泣いていた。トットリはずっとミヤギに語りかけていた。自分はミヤギのためならなんでもする。ミヤギが望むことならなんでもする。ミヤギがきれいだから。ミヤギが大好きだから。ミヤギのために生きる、ミヤギのために死ぬ。ミヤギが幸せになるためだったらなんでもする。いつか絶対、ミヤギが生きててよかったと思えるようにしてあげる。ミヤギが帰ってこれる場所をつくってあげる。だから死にたいなんて言わないでくれ。ミヤギが死んだら僕も死ぬ。
 ずっと同じことを繰り返し繰り返し語りかけていた。ミヤギは、一つ一つの言葉に頷いてくれた。朝までミヤギは泣き止まなかった。
 トットリがミヤギが泣くところを見たのは、後にも先にもこれ一回きりだ。

 それまでトットリは、ミヤギに与えてもらうことばかり考えていた。信頼、友情、愛情、守るべきもの、帰る場所、拠りどころ。それらを必死にミヤギに求めて、吸い取って、与えられなければ飢えて暴れた。そうではないのだ、まず自分が与えなくてはいけないのだ。自分がミヤギを信じ、自分がミヤギの帰る場所になり、自分がミヤギの拠りどころにならねばならなかった。
 それから二人は親友になった。共に生きて共に死ぬ、二人で一つの生き物になった。

 そのつもりだった。


 ミヤギが目を覚ました。
「おはよう、ミヤギくん」
 眠たげに目を瞬かせる。むくりと起き上がって、自分の姿を見ると、真新しいパジャマをきちんと着込んでいた。
「……なしてトットリがいるんだべ」
「検査終わったから、迎えに来いって言われたっちゃ。お疲れさま」
 んー、と、熱っぽい声で答える。まだテーピングで固められている左足をかばいつつベッドを降りるのを、トットリが手助けする。
「……おんぶするっちゃ」
「はぁー? 何言ってんだべ、オラ、おめより重いんだぞ」
「大丈夫だっちゃよ。鈍ってるから、鍛えなきゃあかんし。な、ミヤギくん」
「やだ。こっぱずかすぃべ」
「じゃあ、エレベーターまで。途中まででいいっちゃ」
 そこまで言われたらしょうがあるまい。渋々ミヤギはトットリの背に被さった。思ったよりも軽々と持ち上げられて、少し驚く。
「ミヤギくん、痩せたっちゃあ」
「そりゃ、あげなすくねえ飯食ってりゃ、寝てても痩せるべ」
 無人のフロアに、ぺたんぺたんというスリッパの音が間抜けに響く。
「……ふぐっ」
「河豚? どした、トットリ?」
 突然変な声を出したトットリを、ミヤギが後ろから気遣う。
「なんでもない。なんでもないっちゃ」
「また泣いてんのけ?」
「泣いてないっちゃ」
「嘘こけ」
 ミヤギの指が、トットリの頬をなぞる。濡れた感触。
「ほれみろ。どこが泣いてねえんだべ」
「……うぅ……」
 なぜ自分が泣くのだろう。泣きたいのはミヤギのはずだ。一番つらいのはミヤギのはずだ。
「……泣くんでねえぞ、トットリ」
 ぽんぽん、と、後ろから頭をなでられる。
「泣くんでねえぞ。トットリは強い子だべ、泣くんでねえぞ」
 柔らかく、優しく、撫でられる。
「泣くんなら、オラの前だけにしとけ。な?」
 頷いた。無言で頷いた。


 退院の日取りが決まった。三カ月以上暮らした病室は、既に『巣』と表現した方がいいような有り様になっている。特にコージとミヤギのベッド周りがひどい。段ボールとゴミ袋にあれやこれやと詰められては運び出されていく。
「ミヤギくん、髪切らん?」
「ああ?」
 入院した時はさっぱりとしたショートだったミヤギの髪は、すでに肩にかかるくらいくらいに伸びている。三カ月にしては伸び過ぎだが、未だ服用が続いている薬の中に含まれるホルモン剤の影響だろう。
「んだな、少しさっぱりするべな」
 洗濯前のシーツと髪切りハサミとパイプ椅子を借りて、屋上に向かう。広いだけで何もない屋上のど真ん中にパイプ椅子を置いて、ミヤギの首にシーツを巻く。風が少し強い。シーツがバタバタと翻った。
「どんな感じにするだらぁか?」
「適当でいいべ。ここらへんで真っすぐ切っちまってけろ」
 そう言って、顎の辺りを示す。トットリは頷いて、ハサミを手に取った。
 しゃりしゃりと心地よい音と共に、細い金糸が一房一房と落ちては、風に乗って消えていく。
 この髪の一房一房がトットリに与えられたものだ。トットリへの友愛の証として、与えられたものだ。
「やっぱ、短い方が楽でええなー。あんま短すぎても寝癖とかつくけんども」
「だっちゃね。このぐらいがええかもしれんちゃね」
 ミヤギが髪を伸ばした訳は知っている。あの男の好みだ。あの男は、自分からは何一つ与えなかったくせに、ミヤギからは何もかも奪った。心を奪い、目を奪い、体を奪い、それでもまだ足りぬと貪った。それに何一つ抵抗せず、ミヤギはすべてを与えた。皮膚を切り裂き、その中の臓腑すら、異形の肉の臓腑すらすべて与えたのだ。それだけのものをミヤギはあの男から受け取ったから。自分では成り得なかったものに、ミヤギの拠りどころに、帰る場所に、すがるものに、あの男はなったのだ。
 あの男の顔を思い出すたび、かきむしるような悔しさと、火を吹くような嫉妬が体内を駆け回る。自分に無防備に背中を向けられたりすると、刺し殺してやろうかという衝動に駆られることもある。
 しかも、あの男に抱かれるようになって、ミヤギの発作の回数が格段に増えた。セックスがそれを誘発しているのか、それとも精神的な不安定さが影響を及ぼしているのか。あまりにも頻繁に起こるものだから、一度入院させられたのを覚えている。
 吐いて、苦しんで、薬で神経をつなぎ止めながらも、ミヤギはあの男の側にいることを選んだ。踏みにじられ、傷つけられるのが分かっていて、それでもミヤギは、

「トットリ?」
「ん、あ、うん。何?」
「審議、どうなんだべなあ」
 まだトットリたちの復職は完全に決まった訳ではない。明日の審議会で正式に通達が降りることになってる。
「大丈夫だっちゃよ。マジック様も後押ししてくれるゆうてたし。もちろん、しんた……」
「また、一緒のところで働けっとええなあ」
「……うん、だっちゃね」
「どうなんのかな。新総帥の側近みてえな感じになるんかな。かっこええなあ」

 そして、また君は苦しむのだろうか。踏みにじられて、傷つけられて、それでも、それでもあの人でなければ駄目だと。
 僕では駄目なんだと。
 そうして君は、いつかボロボロに傷ついて、打ち捨てられて、僕はただそれを見ていることしかできなくて。

「終わったっちゃよ」
「ん、ありがとな」
 さっぱりと切り揃えられたミヤギの髪が風になびく。
「どうだべ? 似合ってっかい?」
 真っすぐ揃った髪は、ミヤギの整った顔を冴えるように際立たせる。とてもきれいだと思った。
「きれいだっちゃ」
「正直もんだべなー、トットリは」
 ミヤギは立ち上がってシーツをほどき、切り落とされた髪を落とすためにバサバサと振るった。風にひるがえる白い波、きらきらと飛んでいく金色の粒。どこまでも青い空。
 本当に、本当に夢のようにきれいで。

 君はもうすぐあの灰色の檻に戻って行く。二度と出られない檻に戻って行く。
 僕は本当はずっとあの島にいたかった。ずっとあそこで君と二人で生きていたかった。だれも君を傷つけない、だれも君を踏みにじらない、あの優しい島にいたかった。
 ミヤギ、僕は、僕はもう、これ以上

「ミヤギくん」
 呼ばれて振り返る。
「……どしたべ、トットリ」
 風が強い。頭の上を流れる雲が速い。
「あぶねえぞ、そげなとこ登って。降りてこい、トットリ」
 今にもきしんで倒れそうな、錆び付いたフェンスの上にトットリは立っていた。
「トットリ。な、降りるべ。降りてこい、トットリ」
 妙な不安に駆られて、ミヤギはシーツを持ったままフェンスに歩み寄る。首を真上に曲げなければ、トットリが見えない。そっとフェンスに手をかける。錆びた針金が指先を傷つけたが、それどころではなかった。
「トットリ! オラのいうことが聞けねえのけ!?」

「ミヤギくん」
 僕はもう、これ以上君を見ているのがつらすぎて
「さよなら」

「トットリィ!」
 ゆっくり後ろへ倒れて行くトットリを捕まえようと、ミヤギは手を伸ばした。


 目の前いっぱいの青い空。すべてから解き放たれた浮遊感。5秒も経てば万有引力によって僕の全身の骨が砕かれるのだと分かっていても、それは余りにも心地よかった。ゆっくりと世界が後ろから前へスクロールして行く。滑るように、なにもかもが僕をおいて通り過ぎて行く。これでいいのだ。これでなにもかもうまく行くのだ。誰も困らない、誰も悲しまない、もう誰も傷つけることはなく、誰かが傷つくことを見ることもなく、なにもかもがきれいな世界になるのだ。
 最後にもう一度、
 あの海を見たかったかもしれない。


                    ばさっ

「……トットリッ!」
 翼がはためく音がした。白い、白い翼。青い空を横切り、太陽を遮ってはためく、大きな白い翼。
 金色の髪、泣き出しそうな色の青い瞳。
「トットリィィ!」
 天使などではない。天使なんかより、もっとずっときれいだ。神様なんかより、もっとずっと貴いものだ。
「……みやぎ……」
 強く腕を引き寄せられ、抱き締められた。目の前で白い翼がはためく。赤い血の色で書かれた『翼』の文字が見えた。


 着地の態勢が取れなくて、もつれ合うように芝の地面に転がる。ミヤギの肩からシーツがほどけ、そのまま勝手に羽ばたいて飛んでいく。ばっさばっさとシーツが飛んでいく様は、アホウドリの長い翼を思わせた。
 地面に横たわりながら、トットリはそれを見送った。風に乗って翼は高く飛んでいく。既に病棟の屋上を越えていた。
「みやぎくん……」
 ミヤギは、トットリを抱き締めたまま、身動きひとつしなかった。逃がしてなるものかと、強く固く抱き締めていた。
 ああ、あの時とは逆だ。
「みや……」
「……なに考えてんだべ、このバカタレは……っ!」
 吐き捨てるような、苦しげな声。ああ、またミヤギを傷つけた。そんなつもりじゃなかったのに。
「みやぎくん、ごめん。ごめんちゃ。ぼく、ぼく、あのとき、すごくそらがきれいで」
 苦しくなるほどきれいで、悲しくなるほどきれいで。
「すごくきれいで、しあわせだなって。だから、だからぼく、ごめん、ぼくな……」
 もう二度とこんな空の下にいるミヤギは見れないのかもしれないと思って。

「このまましんでもいい、って、おもったんだっちゃ」

「バカァ! トットリのバカタレェ! なに寝ぼけたこと言ってんだべ、このバカは!」
「うん、ごめん。ごめんちゃ、ミヤギ。ごめん……」
 ミヤギの肩が震えていた。そっとその背に手を回し、ぎゅっと抱き締める。鼓動がぴたりと重なった。
「ごめん、ミヤギ。ごめん。泣かんといて、ミヤギ」
「……泣いてねえべ」
「本当? 本当に泣いとりゃせん?」
「黙れ、このバカトリ!」
「もうせんから。こがぁなこと、もうせんから。ごめん、ミヤギ。本当にごめん」
 ミヤギはずっとトットリを抱き締めたままだった。だから、トットリからは、ミヤギが泣いているのかどうかは分からなかった。
 高い空の上で、白い翼がくるくると回っている。いつまでも回っている。
 泣きたくなるくらいきれいだった。

End.

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