ヘウレーカの魂
| 「人間の定義ってのは、なんなんだろうなあ」 「なんですかね、いきなり。訳の分からないことを」 「いや、あれだろ。やっぱり、他の動物とは決定的に違う何かがあるんじゃねえの?」 「そう思いますか。なるほどなるほど。では、何が違うと思いますか?」 「えー、あー、道具が使えるとかだろ」 「熊だって使いますよ。カラスは、自動車使って木の実割りますしね。決定的じゃないですね」 「じゃあ、文明だな。建築とか文字とか」 「ビーバーだってダムくらい作りますね。蜂の巣が建築物ではないとでも? 文字が意志伝達の技術だとすれば、犬や猫のマーキングも文字の一種です。昆虫のフェロモンもそれに近い」 「あー、じゃあ、政治とか社会形態だ」 「ヒエラルキーや身分制度は、昆虫から動物まで遍くあります。蟻の一種は、王制と合議制を同時に成り立たせていますし、選挙めいたこともしますよ」 「自殺、は、ネズミとかがするよなあ」 「レミングですね。しますね、確かに」 「じゃあ、戦争」 「戦争なんか、植物だってやってます」 「虐殺とかいじめとか」 「草食動物の群れの中の一匹が、周囲から虐待されたり、生け贄にされたりはしょっちゅうです。魚にいたっては、オメガ個体という群れから虐待されるためだけに存在する個体がいます」 「環境破壊」 「どの動植物も環境破壊くらいしますよ。イナゴのあれが環境破壊でないとでも? それが可能な数まで繁殖することが稀なだけです」 「じゃあ、なんなんだよ!」 「自分からいっといて、何逆ギレしてんですか、あんたは」 「お前の意見を言えよ、お前の! おれぁ、学がないんだよ!」 「堂々としたバカですね。そうですねえ、やっぱり……自殺、ですかね」 「さっき俺が言ったじゃねえか!」 「違いますよ。あんたが言ったのはレミングの集団自殺でしょう。あれは、自分の群れが過剰に数を増やしたなどの絶滅危機に瀕した場合に、集団の一部が自主的に大移動を起こして、その過程で水に飛び込むなどで死ぬのであって、群生維持のための自己犠牲、もしくは自己防衛機能みたいなもんです。決して人間のように、将来を悲観してとか、精神の安寧を求めてとかの個体的問題のためじゃない」 「どういう意味だ? 集団のための自殺と、個体のための自殺は違うのか?」 「全く違います。基本的に生物は、同種同血統のものは一つの群生として、一生命体と数えられるべきでしょう。竹は竹林全体が一つの根から出来てますし、魚は群れで完全に意志が統率されている。肉食獣ですら、群れの維持のために自ら囮を買って出ることがあります。母親は、自分の子供がより多く生き残るため、足手まといになる子供を殺しますし、先程言ったオメガ個体は、一匹がいじめ殺されるとまた新しいオメガ個体が現れます。群生を維持するために一部の個体が切り捨てられるというのは、その個体の自殺ではなく、群生の代謝活動みたいなもんでしょうね。胃に腫瘍が出来たら、吐いて毒素を排出するようなもんです」 「人間は違うってか」 「厳密なマクロ視点で言えば、種の中の劣った個体が吐き出されていると考えるのも可能ですがね。まあ、ミクロ視点では違いますね。まず人間は、群生を維持するために死ぬのではない。群生というものはある程度の誤差を含むものなので、怠け者や障害個体がいても本来問題ない、むしろ多様化のためにそれを必要とするものなんですが、なぜか人間はそれを由としない」 「いじめを無くそうとか、みんな平等にってことか」 「ええ、個体差が有る限り、どっちも実現しないんですけれどね。その個体差を理性やら知能やらで埋めようとする。それらは本来、生命体の行動としては不自然で本能に反する行動ですから、その軋轢が続くと、生存機能に支障が出てくる」 「あー、あれだな。自律神経失調症とか精神病とかだ。戦場でワケわかんなくなっちまった奴らが、よくかかる」 「あれは、自分の防衛本能、闘争本能と倫理や常識などの理性の軋轢で起こってるわけですが。その機能障害が続くと、個体維持が難しくなってくる。群生と個体の意識の境界が曖昧になってきたり、群生そのものの存在を疑ってみたり。ノイローゼですね。まあ、ノイローゼくらいはどの動物もなるんですが。ノイローゼから自傷行為に走るくらいなら、タコもやりますし。しかし、人間の場合……」 「……死を選ぶ、と」 「そうです。群生からみれば多少不調なだけの個体なのに、個体からは群生そのものが脅威となって、そこから逃げるために生存機能を放棄する訳です」 「なるほど、そんなことすんのは人間しかいねえ、だから自殺は人間の定義だってか」 「と、思ってたんですけどね。最近、イルカもこういうパターンの自殺をするらしいのが分かりましてね」 「はぁ!?」 「つまりですね、人間だから自殺するんじゃないんです。高度に自我が発達した知性体は、自分や群生の生存本能を乗り越えて、自殺をする権利を持ってるんです。自殺というのは、世界の法則からの脱却ですからね。老いや病、怪我や災厄などとは全く関係無しに、一足飛びで死を手に入れる。自らの命を断つことで、世界を殺す訳です。自分の意識がなくなった後、世界が存在してるかどうかなんて、だれも観測できません。自らの死と、世界の死を同一化させる。世界と自意識を等価にする。それこそが、高等な知性体に許された権利なんです」 「気味の悪い話になってきたな」 「我らの脳の奥には、ネズミの脳、爬虫類の脳が眠っています。それらに大脳皮質や前頭葉を覆いかぶせることで、我らは自我を手にいれた。その自我は、一個の個体を世界と等価にした。ところであなた、人間の細胞はどれくらいで新陳代謝を行うか知ってますか?」 「しらねえな」 「約3年です。3年経てば、全身の細胞は完全に入れ替わる。いいですか。3年前の自分と、現在の自分は、全く違う細胞で出来ているんです。さあ、あなたは3年前と今の自分が同じ自分だと言えますか?」 「同じだよ、俺は俺だよ」 「でも、3年前のあなたと今のあなたは、全く違う細胞で出来ているんですよ?」 「それでも俺は俺だよ! 俺はここにいるんだ!」 「ここにいる? 何が? 記憶ですか? いや、記憶ならば日記帳にでもメモリーメディアにも残せる。精神ですか? 意識ですか? それらは単なるシナプスの電気刺激だ。ではなにが? 魂ですか?」 「……なるほどな」 「ええ、そうなんですよ、我らは魂を手にいれたんです。進化し、道具を使用し、社会を形成し、戦争をして、虐殺をして、世界と対等に渡り合える自意識を手にいれて、我らは魂を獲得したんです」 「頭痛くなってきた」 「あなたの魂が、脳から飛び出そうとしてるんですよ。本来、世界の法則の一部でしかない脳から、我らは魂を作り出すことに成功しました。それではこの先はどうなるのでしょうね? より純化して行く魂は、脳を飛び出していくのでしょうか。放っておけばテロメアが尽きて衰える、この出来損ないの有機化合物に、ただ収まっているわけがない。より高次なものへと研ぎ澄まされて行くんでしょうかね。コンピュータですかね。CPUは波動で思考する石だ。単なる石くれの方が高次な知性を持てるのかもしれない。それとも、物質など必要なくなるのかもしれない。魂はそれのみで存在し、エネルギーを獲得し、ただひとつの意志、そうですね、ファンタジー風に言うなら大いなる宇宙の意志として、存在するのかもしれない。さらに言うなら、それらはこの宇宙だけではなく、薄い膜で隔たれたいくつもの宇宙を渡り歩く存在なのかも」 「…………」 「ま、そうなるとしても、あと56億7千万年はかかるでしょうがね。宇宙開闢から現在まで137億年だそうですから、もう2/3は来てます。そういえば、なんで宇宙開闢から137億年なのか知ってますか?」 「しらねえよ」 「そうじゃないと都合が悪いからです。私達が観測出来る最古の星が、137億年前のものである以上、そうでないと都合が悪い」 「おいこら、ちょっと待て」 「だってそうでしょう? 別に宇宙がいつから始まろうがどうでもいいじゃありませんか。それがなぜ137億年前なのかと言えば、私達がそう定義したからですよ。光が一年かけて届く距離が一光年。一番遠い光まで、137億光年。私達がその光を見つけたからです。その光を見つけた瞬間に、137億年前に宇宙が『出来たことになった』んです。そんな光を見つけてしまった以上、そうでないと都合が悪いので。なぜ月は地球に落ちてこないんですかね? あとわずかでも近ければ地球に落ちてくるはずですし、ちょっとでも離れてれば飛んで行ってしまうはずなんですよ。なぜ地球は太陽からこの距離を保っているんですかね? ほんのわずかでも近ければ、我らは熱で焼き殺され、ほんのわずかでも遠ければ光無き世界で凍え死ぬんですよ。なぜなのか? 答えは決まってます。そうじゃないと都合が悪いからだ」 「それでいいのか?」 「いいんです。世界を定義するのは我々だ。どんな奇跡も、我らに定義されれば、ありふれた物理法則となる。単なる波に光と名付け、単なる壁の染みを神と名付けることも出来る。私達は世界と対等なんですから。では、誰が私達を定義してるんでしょうね」 「俺達を?」 「私達が世界を定義するから、世界が存在するように、何かが私達を定義しているから、私達が存在するはずです。一体何が? 神が? 大いなる宇宙の意志が? 狂った女の妄想が? ところで、あなたは誰ですか?」 「俺は……」 「私は、いま、電線を通ってやってきたデジタル信号を空気の波に変換した物を感じ取って、あなたがそこにいると定義している。でも、このデジタル信号が途中で作り替えられたものだとしたらどうでしょう。0と1なんて、犬にでも並び替えられる。私は犬の足音を聞いて、あなたを定義しているのかもしれない。では、あなたは誰なんでしょう? どこにいるんでしょう? いつから存在しているんでしょう? 分かりませんよね、分からないならば観測して定義すればいい。あなたは……」 「待て、待ってくれ。お前は誰だ?」 「さあ、誰なんでしょう?」 「この世界はいつから存在してるんだ?」 「さあね」 「この世界を定義したのは、作り出したのは誰だ?」 「もしかしたら、隣りの幼稚園のハルくんかも知れませんねえ」 「俺は、」 「俺は誰に見られてるんだ!」 「あなたに見られているんですよ」 「あなたに」 |
End.