さようなら!ありがとう、さようなら!
| Act.1 |
| ――ほんま気味の悪い子やわ。 ――にこりとでも笑えばええのに、口もきかへん。 ――近寄るんやないで、怪我するさかい。 ふすま越しに聞こえる両親の会話や、弟に言い聞かせる言葉は、もう慣れっこだった。別に反抗する気もない。布団の中でじっとしていて、朝になれば『腹が痛いから、学校へはいかへん』といえば済むことだ。 だから、分かっていた。いつもは留守番していろと言われるはずの、休日の行楽地へ父親一人が自分の手を引いてつれてきたこと。菓子を買って来てやるからここで待っていろ、と、手を離したこと。 もう二度とあの家に戻ることはないのだと、分かっていた。 そのほうが、自分にも家族にもいい。 |
| 物心ついたときには、親も兄弟もなかった。だから、自分の目と髪がどうしてこんな色なのかなんて、自分でも分からない。 近所の同じ年頃の子供に石をぶつけられたり、髪を引っ張られてもどうしようもなかった。分からないものは分からない。悩んだって、答えが出るもんでもない。答えが出るんならいくらだって悩むけれど、出ないもんに悩んだって腹が減るだけじゃないか。 いつもの学校帰り、一人で水田のあぜ道を歩く。いつの頃からか一人でいるときは歌っていることが多かった。民家からもれ聞こえる流行歌の一節だったり、面倒を見てもらっている寺の片隅で講習会が行われている民謡の一節だったり。 いつもの学校帰り、一人で水田のあぜ道を歩く。あの日も自分は歌っていた。 |
| 人生最初の記憶は、親に背負われて上った山道。突然目の前に開けた小さな里の入り口には、綺麗な女の人が立っていて、首に巻かれた赤い布が彼岸花のようだと思った。 ――この子は向いていないんじゃないの? 女の人はそう言ったけれど、親は頭を下げて、自分の頭を撫でて山を降りていった。 ――追いかけなくていいのかい?もう会えないよ? 自分の足じゃ、今から追いかけても迷子になるだけだから。そう言うと、女の人はけらけらと笑った。 ――いいかい?あたしがこれからあんたに教えてやるのは、真っ当な生き方じゃない。自分ってモンを殺して、他のどこかの誰かのために生きて、他のどこかの誰かのために死ぬ。そういう生き方、いいや、死に方を教えてやる。それでもいいかい? 頷く以外に、どういう反応をすればよかったのか、今でも分からない。泣けば良かったのかも知れない。 |
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