さようなら!ありがとう、さようなら!

Act.2
「なんだおめぇ、捨てられっ子か」
 声をかけてきた大男は、日の光にきらきらする金色の髪をしていた。ガイジンさんだ。この街では珍しくもないが、妙に滑らかな日本語が気になった。
「うンとかすンとか言えよ」
 初対面の人間を前にすると、自分はうめき声すら出ない。家族以外の人間の前では、ろくに言葉を喋ったこともない。
「唖か?」
 男の手が頭に伸びる。殴られる。そう思った瞬間、忌まわしいアレがぽっと出てきた。いつもそうだ。身の危険を感じると無意識に出てくる。
 少し驚いたように、男の手が引っ込んだ。気味が悪い。忌まわしい。鬼子だ。またそう言われるのだろうか。親の声で言われるそれには慣れたけれど、他人の声で言われるそれは未だに心に突き刺さる。
「おもしれえじゃねえか」
 初めて言われるその言葉に、驚いて面を上げた。大男はニヤニヤと笑っていた。
「おめぇの仲間を知ってるぞ。連れてってやる」
 大きな掌がわしゃわしゃと頭を撫でると、ひょいと摘み上げられ肩車をされた。
 生まれて初めての肩車は怖くて不安定で、その金色の髪を強く握っていないと振り落とされそうなほどに乱暴で、酷く気持ちがよかった。
 季節外れのカエルの鳴き声が気になった。この季節のカエルは大して鳴かない筈だ。どこにいるんだろう、水田のわきをきょろきょろと覗き込みながら歩いていると、カエルは道の真ん中にいた。妙にばかでっかいカエルだった。
「おい、歌はどうした」
 最初、誰に話しかけられたのかと思った。
「歌っていただろう、続きを歌え」
 カエルが喋っているのだと理解できるまで、たっぷり五分掛かった。
 それから随分たって、カエルに、なんで自分に話しかけたのかを尋ねたことがある。自分以外に、喋るカエルを見たヤツはいなかったから。
「あんなアホなくらい陽気に歌ってるヤツなら、悪いヤツじゃねえだろうと思ったからだよ」
 思えば、あの頃の自分は随分な強情張りだったような気がする。
「泣きゃあいいのに泣かないねぇ、あんたは」
 里の人間で、自分に泣いてもいいと言うのは彼女だけだった。だから、余計泣けなかった。
「いっちょ前気取ったって、あんたは子供なんだからいっちょ前になれるはずはないんだよ」
 包帯を巻いてくれたのは一度だけだった。一度見て覚えられなけりゃ死ぬよ、というのが彼女の口癖で、何か手本や例を示してくれるのは、いつだって一度きりだった。だから、いつだって彼女の一挙一動から目を離さないようにしていた。だから、泣いている暇はなかった。
「バカだねえ、いくらあたしでも泣いてる子供に術が教えられるもんかい」
 それでも、僕は彼女の前で泣けなかった。泣けなかったんだ。

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