さようなら!ありがとう、さようなら!

Act.5
「士官学校……どすか?」
「お前がこれ以上私の元にいても、どうにもならんからな」
 教えることは教えた、ということの彼なりの表現方法なのだろう。
「学校は苦手や……」
「どうせお前と五十歩百歩の奴らの集まりだ。馴れ合う必要もない。行って来い」
「師匠も行ってましたのん?」
「いいや」
「なら、わても行かへんでええやないですか」
「お前は、私じゃない」
 その一言で、もう十分だった。この人から受け取れるものは全て受け取った、そして、その言葉がこの人の結論なのだろう。
「お師匠はん」
「なんだ」
「今まで、ほんまにありがとうございました」
 アラシヤマは、深く頭を下げた。
 あの日以来、どうも妙なことが身近で起こる。落書きしたものが動き出したり、変化したり。なんだか昔話のような奇妙な出来事が、連続して起こる。
「俺と一緒にいすぎたせいかもな」
 カエルはそう言って、自分に変なことを命令した。自分の背丈ほどもあるバカでかい筆を作れという。
「このままじゃ生きていくことすら難しいだろうよ。その力を別の憑坐に移す」
 木を削りだして軸を作り、毛の部分は伸びてきた自分の髪を切って植えつけた。カエルが呪いめいた言葉を唱えると、確かに自分の変な力は抜けたようで、その代わり、その大きな筆で文字を書くと書かれたものはその文字通りに変化した。
 一体これは何なのだ、と、カエルに尋ねた。
「これはなア、はるか三千年の昔、中国は福建省のウー・ロンティという仙人が作り出した生き字引の筆ってのと同じもんだ」
「はー、歴史あるもんなんだべな」
「……信じるか?」
「ん?違うんかい?」
 カエルはゲロゲロと大声で笑った。
「それがありゃ、お前がこの先、生きていくのに何かと便利だろうよ」
「んー、そだな。あんがとな、ケエルよ」
「いいってことよ」
 ミヤギはカエルに名前をつけなかった。ずっと『かえる』とだけ呼んでいた。翌朝、カエルが部屋からいなくなっているのに気付いて、初めて後悔した。
 祠の扉が開いた瞬間、大声でわめいた。自分は何も知らない、知らされていない、何もしていない。だから殺すな、生かしてくれ。
 あの人が残したものを無駄にしたくない。
 討伐部隊はそのまま自分を連れて行った。里の秘伝を受け継ぐことが出来る子供は、もう自分ひとりしかおらず、向こうとしてはその秘伝をどうしても自分たちの力に取り入れたかったらしい。里長の血がついた秘伝の巻物と下駄を手渡された。
 このまま生きていこう。このまま生きて、彼女が教えてくれた、そして成し得なかったことを成そう。誰かのために生き、誰かのために死ぬ。それが、彼女が残したものを完成させることだと思った。
 しばらくは修行を積め、と、士官学校に入れられた。生まれてはじめて通う学校。気になる人間がいた。薬で髪の色を抜いていた彼女と同じ髪をした人がいた。
「なあ、おめもスカウトされたんかい?」
「え?うん……」
「つうか、アレって拉致っていわねぇか?ま、ええけどな。拉致られモン同士、この先仲良くやろっな」
 屈託ない笑顔で、手を差し出された。
「……ああ、ありがとォ」
 綺麗な笑顔だな、と、トットリは思った。
End.

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