一番長い日
そのいち トットリの災難

 準備万端である。今なら一個大隊が奇襲かけてきても負ける気がしない。
 高層ホテル最上階のレストランに、一抱えはある花束。給料三か月分の『例のアレ』。知らないうちにずいぶん自分の給料が上がっていて、なんか飛んでもない額のものになってしまったが。
 これで、今年こそ、今日こそ、今夜こそ、十余年の悲願を……!
 ここまでやって、その悲願が『告る』でしかないのが悲しい。
「トットリー!」
 悲願の対象が軽やかに駆けてきた。
「ミヤギくん!今夜は……!」
「わり!あれ、パス!」
 ……うわーーー、満面の笑みだーーー。
「ぱ、パスって、え?だってもう三ヶ月も前から……!」
「用事入っちまったンだべ、仕方ねえべさーー」
 悪びれてねえーー……
「イヤだっちゃわいや!」
「イヤだっちゃわいやイヤだっちゃわいやイヤだっちゃわいや、イヤだっちゃわいやーーーーーーー!」
「と、トットリ…?」
 トットリがここまでミヤギに反対意見を唱えるのは稀である。おもわず、一、二歩後ずさった。
「残業だったら手伝うっちゃ、急ぎの用なら後回しにするよう手配するッちゃ!ミヤギくんは、今夜僕と一緒に出掛けるんだっちゃわいやー!!」
 単なるダダっ子だ。
「ンなこと言われてもナァ……」
「何なんだっちゃわいや、用って」
「何…て……」
「答えてくれんさっと、僕はもぉーーーー!」
「分がった!落ち着け!落ち着くベ、トットリ!」
 今にも下駄を二つ合わせて床に叩きつけようとしているトットリを押しとどめる。屋内で雷でも起こされたら大惨事だ。
「……スンタローが、飯サ連れてってくれるて……」
「…………へ?」
「やンだべなー!もー!コッ恥ずかしぃー!何言わせんだべ、もーー!トットリのバカタレー!」
「あ、あいて、いて、いたた」
 トットリは、取り上げられた下駄でミヤギにパコパコ殴られた。擬音で表せば『きゃぴきゃぴ』としか言いようのないミヤギの顔を呆然と眺める。
「な、何?シンタローが?」
「ンだ。さっきナ、今夜暇か?ってな。ま、オメとの約束もあるべ、行けねッつったんだども、スンタローが折角だっつーし、滅多に時間も取れねっつーし……」
 歪曲されてる歪曲されてる。ついでに、鼻緒をぐりぐりするのはやめろ。切れる。
「シンタローに食事に誘われなさったから……僕との約束は、キャンセル……と……」
「ま、そゆことになるべな」
 うっわー、邪気がねぇー。何このスイスの湖の如く透き通った目。惚れ直すぞ、この野郎。
「……それじゃぁ、仕方ないっちゃねえ……」
「だベー!?もー、仕方ねえべなー、シンタローの気まぐれもなー!付き合ってやるオラもいい加減お人好しだベ!んじゃ、また今度な!バイバーイ!」
「……バイバーイ……」
 手を振って去っていくミヤギに、手を振り返す。あ、下駄持っていかれたままだ。
「………仕方ないって……」
 何が仕方ないのだ。自分のバカ。思わず廊下の隅で壁に向かって体育座りをしてみた。あー、すげえ落ち着く。

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