さようなら!ありがとう、さようなら!

Act.3
「異能であるということは孤高であるということだ」
 師弟の情を持つつもりはない、と、最初に言われた。
「他人と違うということは、優れているわけではない。しかし、『違う』のは明らかだ。それが分かっていなければ、異能を受け入れることは出来ない」
 子音の発音が強い師匠は、自分の母音の強い発音を耳障りだとよく言った。
「自分と同じ人間がいると思うな。仲間を求めるな。求めれば、その分だけ苦悩が増える。力を振るうのに、苦悩など不必要だ。悩んでいる隙を突かれるだけだ。この世に自分を分かるものが自分ひとりしかいないと思えば、他人を殺すのに戸惑いが生まれる余地はない。それが異能であることの強さというものだ」
 それでは、自分と同じ異能を持つ師匠は、自分をどう思っているのだろうか。理解してくれているのだろうか、それともやはりいつでも殺せる対象でしかないのだろうか。
「相憐れんでやっているのさ」
 吊り上った顔のパーツをさらに吊り上げるその表情が笑顔だと知ったのは、二年もしてからだった。
 字が汚い、といわれた。
「読めりゃあいいべやー」
「なにを言う、字は人と言うんだぞ。おら、書き取りをしやがれ」
 カエルはいつも奇妙に古いことを言う。太い前足で鉛筆を抱えて、器用に手本を書く。それをノートの切れっぱしに繰り返し書く。
 日本人なら墨と筆だろう、というので、学校の習字セットを持ってくると、舌を出して怒る。墨は磨らなければダメだと言い張る。
「習字なんて、学校でやってるだけで十分だべ」
「黙ってやりやがれ、キスするぞ」
 いつもそれが脅し文句だ。生臭いぬるぬるしたカエルにキスされるなんて、たまったもんじゃない。うまく書けると、えらそうに褒める。どんどん古臭い、難しい漢字を書かされる。
「なして、オラがこげなことせねばなんねぇ
「うるせえな、俺の言うとおりにしろ。キスするぞ」
 それでもカエルと共にいるのはイヤではなかった。家族が出来たようで、嬉しかった。
 子供はいないのか、と、尋ねたことがある。
「いたけど死んじまったさ。言っとくけど、あんたとは全然似てないよ?年も違えば、背格好も違うしね。あたしに似て綺麗な顔した、病いがちな子だったよ」
 では、病いで死んだのか。
「病いがちだから殺されたのさ。この里は貧しいんだ、将来役にもならないててなし子を養う余裕なんてありゃしない。だから、代わりにあんたが来たの」
 自分が来るのは、イヤではなかったのか。
「別にイヤじゃないよ。でも、あんたが役立たずだったら、また殺さなきゃいけないからね。それはちょっと堪える、勘弁しておくれよ」
 役に立とう。一生懸命修行しよう。自分の命のためでなく、彼女のために。
 高下駄をからころ鳴らして歩く彼女の後姿が好きだった。わざわざ動きにくい高下駄を、敢えて履いている彼女が好きだった。
「だって、こっちのほうが格好いいじゃァないか」
 今思えば、彼女も結構な薹が立った人だったから、笑うと小じわなども浮いていたかもしれない。でも、あの頃の自分には、世界で一番美しい笑顔に見えた。

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