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2007年8月 7日

夏影 =DREAM=

夏影 =DREAM=
 仔銀×仔桂。
 初体験で告白で新婚初夜。性描写あり(あるだけ)。


 いつも以上に蝉がやかましい夏だった。


 耳に痛いほどささる、じいー、じいー、という蝉の鳴き声。それがいつしか消えてしまうほどに、銀時と小太郎は互いの唇を貪ることに夢中になっていた。
 夏の強い日差しが、部屋に黒い影を落とす。その影の中に薄ぼんやりと浮かぶ小太郎の白い身体を撫で回し、身体を摺り寄せ、はだけた胸を押し当てる。じっとりと汗ばんだ素肌同士は吸い付き合い、互いの熱に溶け合いそうになる。
「ぎん、と……き、ぎんとき……」
 切なく途切れ途切れに名前を呼ばれ、夏の暑さ以上の熱に頭がくらくらする。


 養子に行くのだと言った。武士になるのだと。
『遠くに行くのか?』
『いや、お向かいのところだ』
『桂さんとこ?』
『そう』
 じゃあこいつ、今度から桂さんちの子になるのか。変なの。
『いつ?』
『年が明けて、十五になったら』
『先の話だな』
『半年くらいだ』
 じいー、じいー、じいー、と蝉の音がうるさくて、ともすれば声が掻き消されそうになる。だから、それも最初聞き間違いかと思った。
『江戸に、いかないか?』
『なんで?』
『志士に加わろうと思う』
 とんでもないことを言い出した。
『なんだよ、いきなり』
『養子入りすれば俺は武士だ。この国を守る侍だ。だから、守ろうと思う』
『じゃあ、養子になんか行くな』
『違う、銀時。これはきっかけに過ぎない。俺は自分が侍になると思って、初めて分かったんだ。この国を……』
『だって、戦争なんか行ったら、死ぬじゃん』
 じいー。じいー。じいー。
『お前の親父さんやおふくろさんもさ、桂さんもさ、お前を殺すために養子の話したわけじゃないだろ。先生だって、お前を殺すために剣術教えてくれたわけじゃねえだろ』
『銀時』
『俺、やだよ。お前が死ぬの』
『銀時、お前になにか守りたいものはないのか?』
『あるよ』
『だろう? その刀は何のためのものだ? ならば……』
『俺は、お前や先生や、晋助や、ここのみんなを守りたい。それ以上、守れるとは思えない』
 強い日差しが畳の縁を焼く。ひどく暑苦しい風景だが、日陰に座り込んだ銀時と小太郎にはまだ汗も浮いていなかった。
『銀時。ならば、俺のみんなは、この国全部のみんなだ』
『変わったね、お前』
『変わってない。先生に教わったことを自分なりに考えてみた。俺は俺にできることをしたい』
 小太郎の言いたいことは分かる。しかし、それを自分に置き換えることができない。江戸では星夷……天人とか言ってるらしい、そいつらが暴れまわっていることは伝え聞いているが、この里は平和そのものだった。身に迫ってくる危機というものが感じられない。
 小太郎は不安なのではないだろうか。いきなり別の家の子になれと言われてびっくりして、なにか別の話に気持ちを切り替えようとしているのではないか。それがたまたま攘夷だったんじゃないか。畳の目をじっと見つめながら、銀時はぐるぐると頭を巡らせた。
『……すぐに、じゃない。考えておいてくれないか?』
『行かないって言ったら?』
 小太郎はぴたりと押し黙った。
 一人でも、行くのだろう。
 蝉がさらに増えた。じんじんじんと間断なく続く鳴き声が耳鳴りのように響く。
『先生が近いうちに江戸に呼ばれるそうだ』
『聞いた』
『銀時……天人が江戸を、この国をのっとったら、どうなってしまうんだろう』
『さあな』
 そうなっても一日三回腹は減るし、それを満たすために働かねばならないし、働けば疲れて眠るのだろう。死ぬわけじゃない。世情がどう変わろうが、生きている限りそれは同じことだ。
 小太郎はきっとそれが信じられないのだ。
『コタはさ、侍になりたいのか?』
『……お前は侍じゃないのか?』
 ぐっ、と、傍らの刀を抱く。
『俺は、銀時は侍だと思う』
 蝉の声がじんじんを響く。それは変わらず耳を打つのに、小太郎の言葉はその全てをすり抜けて、ひどく澄んで聞こえた。
『俺はお前ほど侍として生きている男を知らない。美しく凛々しく生きている男を知らない』
 そんなふうに生きているつもりはさらさらなかった。ただ、自分が許せないことには、許せないと正面からぶつかっていくようにしていただけだ。
『銀時。このままではこの国は滅ぶ』
 滅ぶと言っても、この地面が消えてなくなる訳じゃないだろう。この国の人間全員が死に絶える訳じゃないだろう。
『俺が戦うことで何かが守れるなら、俺はそれから逃げたくない』
 何でお前が戦わなくてはならない。
『俺は、俺が美しいと思うものに殉じたい』

 美しいというだけで殉ずる理由にしてもよいと、
 そう言うのなら、

 銀時にも、守りたい何かはあった。


 夏影のなかでその白い肌は、うっすらと発光しているように見えた。
 汗の匂いすら甘い。自分よりも一回りは細い腕をしっかと掴み、逃すまいと、二度と離すまいと、銀時は夢中で貪った。
 痛みを堪え寄せた眉根がひくひくと震えている。上気した頬が汗と涙で濡れそぼり、赤く腫れた唇がわななく様は例えようもなく美しかった。
 きれいだ。そう囁くと恥じらって頭を振る。胸に詰まるほどの愛しさ。きれいだこたろうきれいだ。銀時が譫言のように囁くたびに、小太郎の唇から漏れる声が甘く高くなっていく。
 もう蝉の声も聞こえなかった。


 誓紙に押された血判程度で、自分と小太郎が繋がることができるとは思えなかった。
 そんなもので証しを立てなければいけないような、それで購えるようなものではないと、そう思った。
 小さく傷つけた互いの指を口に含む。鉄と塩の味をすすり取る。小太郎の白い指の腹。浅く切られた傷に舌が這う。ん、と鼻にかかった声と、小さな指の痛みに目を上げれば、伏し目がちの小太郎が銀時の指に歯を立てていた。
「痛い」
「おかしなことをするから」
 唇同士を押し当てる。肩を抱いて体重をかければ、何の抵抗もなく小太郎は畳に背をついた。
 じゃれあって触れることは何度もあった。しかし、明確な意志をもって触れることは初めてだった。
「俺が上でいい?」
「ああ」
「多分、すっげえ痛いけど」
「我慢する」
「泣いてもやめらんないと思う」
「泣かない」
 ためらいのない返答に、もしかしたら小太郎はずっとこうなることを考えていたのかもしれないと、そう思った。いつか自分とこのように交わる時がくるのだと、そう考えていたのかもしれない。
「……ほんとに、俺が上でいい?」
 身分で言えば、小太郎の方が上だろう。
「くどい」
 ぺちりと額を叩かれる。
「身分も家も関わりない。俺達は互いの志に誓いを立てるのだ。だから」
 小太郎はいつもためらいがない。何もかも考えているのか、何も考えていないのか。そのどちらかでしか有り得ないほど、ためらいがなく真っ直ぐだ。
「お前が俺の侍だ」


「……これ、すっげえ疲れる」
「……ああ……」
 息も絶え絶えというのは、こういうことを言うのだろう。乱れて汗に濡れそぼった着物の上に身体を投げ出し、銀時と小太郎はひゅうひゅうと喉を鳴らす。辛くとも、その情動を止めることができなかった。腹の底からわきあがる正体のない獣に『もっともっと』と急かされるまま、無我夢中で貪り合った。それが自分たちの若さによるものだとは気付いてはいたが、これほどとは思っていなかった。
 気が、狂うかと思った。
 欲しくて欲しくて、どれだけ混ざり合えば満たされるのか分からなくて、己が恐ろしくなるほどだった。暑くて熱くて、このまま脳が沸いて幻覚が見えるかと思った。
「また、すんの?」
「……今日はいい」
「……俺も、今日はいいや」
 くたりと投げ出されていた小太郎の指を握る。きゅうと握り返される感触に満足を覚えた。
「銀時」
「うん?」
「これで、俺はお前のものだ」
 ちらと横目で見た小太郎の顔は、今まで見たことがないほど嬉しそうな笑顔だった。
「……じゃあ、俺もお前のもの?」
「そうなるな」
「…………」
「厭か」
 その笑顔が曇りそうだったので、銀時は半身を起こし小太郎の顔に覆いかぶさった。


 共に生きて共に死ぬ。同じ理想に殉じる。
 ただ当然と思っていたそれがあんなにも難しいことだったとは、まだ知らぬころの話だ。