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2007年8月22日

夏闇逃避行

 銀桂。なんかイチャイチャしてる。


「銀時」
「……んあー?」
「帰る。邪魔をした」
「……え? もう朝?」
 のっそりと布団から起き上がり、目覚まし時計を確認する。まだギリギリ終電が走っている時間だった。
 万事屋の夕飯時にエリザベス謹製筑前煮を下げてやってきた桂は、そのまま食卓を共にし、神楽と風呂掃除をかけた将棋崩しに興じ、その脇を不用意に通った銀時のせいで勝負がお釈迦となり、さすがの白夜叉と雖も最強の戦闘種族・夜兎と背中を預けた戦友二人掛りの猛攻にはかなわず、銀時の手によって磨き上げられた一番風呂を神楽、二番風呂を桂が満喫し、まあ、その、湯上りのヅラが結構アレだったもんで、そのままチョメチョメっつーかニャンニャンっつーか、そんな感じに盛り上がった後、『明日、総州で会合があるので、始発の時間には出る』と布団に入ったはずなのだった。
 その桂が携帯電話をちらと見せる。
「馬場の辺りでコンビニ強盗が起きたらしい。ここら辺はまだ大丈夫だろうが、緊急配備が完了する前に移動しなければ」
「あー……大変ね、ヅラも」
 検問に引っかかれば面倒くさいことになる。
「それでは邪魔したな。タッパーは今度回収しに来る」
「いやいや待て待て。お前、どっから出ようとしてんの」
 薄暗くてはっきりしなかったが、いつの間にやら桂は羽織まできっちりと着込み、草履を手に提げて窓から外に出ようと足をかけていた。
「表から出ると見つかりかねないからな。Cルートの第3パターンで帰ろうと」
「人んちからの脱出ルートにコードネームつけないでくんない!? つーか、何パターン考えられてんだよ、それ!」
「ざっと30案ほどか」
 ぱこんと一発殴っておく。
「ちょっと待て。送っていく」
「別にいい」
「あのね、銀さんもね、ちょっと前までお布団で仲良くしてたヤツが、深夜の裏道をこそこそ逃げ回るって聞いて平気でいられるほど、情が薄いわけでもないんですー!」


 神楽は朝まで起きないだろうが、万が一もある。桂を送っていく旨を簡単にメモに残し、居間のテーブルに置いといた。
 寝巻き代わりの甚平の下だけをジャージに履き替え、屋根瓦に降り立つ。日中は目玉焼きが出来るくらい熱くなっていたのだろうが、今はすっかり冷えて雪駄越しにもひんやりと気持ちよかった。
 傍らの幼馴染は、夏真っ盛りだと言うのに羽織を手放さない。とはいえど、さすがに絹の厚ぼったいものではなく透けた羅の夏羽織を引っ掛けており、その濃藍と紬の鼠青が折り重なって涼しげに見える。
 しかし、夜の屋根瓦の上ではその姿は闇に溶け込みかけ、白い顔だけがぼんやりと浮かび上がっていた。
「……幽霊みてーだな、お前」
「そういえば、夜中に厠に行こうとしたら、俺を幽霊と間違えて漏らしたことがあっただろう、貴様」
「夜中に行水してたおめーが悪いんだろうがよ」
「行水ごときで漏らす貴様が悪い」
 深夜の庭先にびしょびしょに濡れそぼった髪の長い白い影が立ってたのだ。誰だって漏らす。正直今でも漏らす自信がある。
「全く、幽霊だのオバケだの。あのような蒙昧の何が怖いと言うのか……ほら、こっちだ」
 建物と建物の間、3mばかりの空中を桂がひらりと飛び越える。普段通りであれば危なげない距離の跳躍ではあるが、深夜の屋根の上では多少勝手が違う。軽く足元を確かめてから、銀時は助走をつけて飛んだ。
 ……今、こいつ鼻で笑った。
「なんだ、そのプププーみてーな顔は!」
「ふん。衰えたものだな、銀時」
「生憎、お前さんと違って屋根から屋根にこそこそ逃げ回る裏道人生じゃないもんでー!」
「裏道じゃない、桂だ!」
 さらには、いくつかの窓がついているだけでほぼ真っ平らなビルの壁面登らされたり、川を越えるために空中20m幅15センチの鉄橋のアーチを歩かされたり、回転してる風力発電機の羽の隙間縫って走らされたり。
「……ほんとにサバイバルだな、お前の帰り道は」
「いい鍛錬になるだろう。鈍った貴様にはちょうど良い」
 線路沿いの低めのビルの屋上で、ようやく桂の足が止まる。
「ここでいいぞ。世話になった」
「なに? 駅まで送るぜ?」
 遠目に見える駅は複数の路線が集まるターミナル駅で、この時間でも煌々と灯りがついている。本来であれば、桂は始発で最寄り駅からこのターミナルまで移動し、急行で総州に向かうと言っていたはずだ。
「駅など誰が行くか。緊急配備がされると言っただろう」
「……じゃあ、どうすんだよ」
 桂がぱちんと携帯を開けて時間を確かめる。
「ああ、ちょうどだ。あと一分半ほどでこの下を最終特急が通る。ここは急カーブになってるからな、かなり減速されるんだ」
「……もしかして」
「飛び移る」
「お前、どこのハリウッドの人!? ジャッキー!? ジャッキーなの!? むしろセガール!? セガールか、お前!」
「セガールじゃない、桂だ! さすがの俺もセガールに勝てるとは思わんぞ! 俺と貴様の二人掛かりでも相討ちがやっとだろう!」
「俺だってセガールには敵わねえよ、首をこう、コキャッと行かれるわ! 相討ちまでいけばいいほうじゃねえの、絶対俺かお前どっちかが死ぬね!」
「……坂本か高杉がいてくれれば……っ!」
「切なくなる話すんな。つーか、なんでセガールを倒す話になってんだ」
 なんか、本当に悔しそうに唇噛んでるし。いや、そういう話じゃなくてだな。
「あ、来た。それじゃあな、銀時」
「え、あ、ちょっと待て……!」
 プアーンという間の抜けた電車の音がぐんぐんと近づいてくる。


 飛び移ってどうするのかと思えば、『ほーら、これをこうこうこうやって』と、桂は懐から出したドライバーでゴリゴリ窓を外してしまった。やっぱテロリストだ、こいつ。
「バカだな、貴様。これ最終だぞ。ノンストップだぞ。始発が動くまで、江戸には戻れんぞ」
「……うるせーな」
 なんとなく、勢いで一緒に飛び乗ってしまった。
 終電の急行といえば混み合うものだが、週の中日では酔客も少なく、この路線は利用者も少ないのか閑散としていた。乗客がいない車両がほとんどだ(だから、窓を外して乗り込むと言う真似が出来たのだが)。
「誰もいねーのに、冷房はガンガン効いてんのな」
「電車の冷房設定とは、車庫に入らんと変えられないものらしいぞ。寒いか?」
 桂が自分の羽織に手を掛ける。着るか、と言いたいらしい。
「それ脱いだら、お前が寒いだろ」
「寝巻きではない。多少はマシだ」
「……いいよ、別に」
 無人の車両のど真ん中に、どっかりと銀時が腰を下ろす。とんとんと隣を叩けば、桂もそこに尻を置いた。その肩を抱き寄せる。
「これでいいや」
「……恥ずかしいヤツだ」
 ぴったりと身を寄せれば、互いの体温でじんわりと暖かくなる。クーラーの冷たい風にさらされる肌と桂の熱を感じる肌の境目が、ちりちりとする。
 無人の車両。他の乗客も寝入った酔客ばかり。不気味に静かな特急電車の中で、ゴトゴトという振動と低く唸るエアコンの音だけが聞こえるが、それも自然と耳に慣れて消えていく。
 窓の外の景色は不夜城と謳われるかぶき町の灯りも遠くなり、ターミナルすら離れて小さくなっていく。次第に黒く塗りつぶされていく窓に、寄り添いあう銀時と桂の姿がくっきりと映っていた。
「なんか、駆け落ちみてえだな」
「バカ」
 ひどく簡単な一言が即答された。
「ヅラ」
「ヅラじゃない」
「ほんとに駆け落ちしよっか?」


「嘘だな」
「うん、嘘」
 ひどく簡単な一言だけが、随分経ってから返ってきた。


「疲れただろ?」
「少し」
「寝ろよ。俺、起きてるから」
「見張りはいらん、停車させてまで踏み込んではこないだろう」
「いいから寝ろって」
「銀時」
「うん?」
「駆け落ちするなら、財布くらいは持ってこい」
 ことりと桂の頭が、銀時の肩に落ちる。
 ああ、そういえば忘れた。帰りの電車代がない、桂に借りないと。ついでに余分に借りて、神楽の朝飯を買って帰るか。始発で戻れば、江戸につくのはちょうど神楽が起き出す時間になるだろう。
 桂の頭から汗のにおいがする。情事のあと風呂に入っていないし、あのような運動もした。銀時は桂の匂いが嫌いではない。髪に鼻先を突っ込み、すんと嗅ぐ。
 ああ、いきなり斬って捨てられたりしないでよかった。
 嘘だと言ってもらえるくらいには、信用されているらしい。
 しばらくの間だけ、銀時は目を閉じた。