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2007年10月23日

冬長のまつり

 坂桂(→高)、もしくは坂→桂→高。紅桜以降、ミツバ編前、みたいな。
 以前、チャットでお話したもっさんの襟巻きネタと、史実の高杉さんの船購入ネタから。


 二重回しに襟巻きまで着込んできた桂の姿に、坂本は黒眼鏡の下の目を丸くする。桂は冬でも夏でも着流しに羽織という姿を変えたことがない。寒くとも暑くともほとんど同じ格好でいる。坂本の様子に気付いたか、襟巻きに顔半分を埋めた桂はわずかに眉を寄せぼそりと呟いた。
「風邪気味なのだ」
「ほぉか。なら、もっと近くば寄れ」
 尻をずらし、火鉢に近い場所を譲る。遠慮なくそこに腰を下ろし、ようやく桂は襟巻きを抜き、二重回しを肩から落とした。その下に収められているものと思っていた髪が、うなじを覆う程度の長さしかないことに更に驚く。
「どしたが」
「イメチェンだ。しかし、季節が悪かったな。首と背中が冷えて、すっかり風邪を引いてしまった」
 火鉢の熱で火照ったのか、ずずと小さく鼻を啜る。よく見れば、頬が赤いのも目が潤んでいるのも寒さのせいだけではないようで、風邪気味というのは嘘ではないらしい。
「そぉか。なら、はよぉすませて家ば帰って寝よおせ」
「ん。どうだった?」
 ぐじゅぐじゅと鼻を詰まらせる桂に、薄いレポートを渡す。ぱらぱらとめくりつつ、ぶつぶつ口を動かす。暗記しているのだろう。
「出所は確かか」
「信用第一じゃき、あやしい情報ば売らんぜよ。攘夷浪士、特に鬼兵隊への武器船舶の横流し、利便供与。大体大きいところは抑えたきに」
「貴様は取引はないのか?」
「今はないのう。しばらく前から、連絡ものおなった」
「だろうな」
 全て覚えきったのか、桂は書面を小さく破り火鉢に投げ入れる。灰になったそばから火箸でかき回す。最近の天人の技術では、灰から文章を復元することも出来るらしい。
「どうするんじゃ?」
「情報を真選組に流す」
「ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ。近年、身に合わぬ武装を持ち、過剰な破壊行動に出る輩が多い。仮にも同じ志を持つものを売ることは出来ぬが、幕府へ媚を売りつつ利益のために攘夷浪士へ武器を横流す、そのような狐狸を多少削ぐことくらい構わぬだろうよ。あの狗どもが腑抜けであれば実害もない、多少商売をしにくくなってもらうだけだ」
「ヅラ、何ば考えちょる」
「鬼兵隊を潰す」
 その声はいつも通り、低くも高くもなく澄んで通っている。
「まずは外堀からだな。物量で言えばわれらの方が勝っているが、貴様から借り受けた船も大分失ってしまったし、対外的には無血革命を掲げる穏健派として交渉を進めているところだ。直接武力で潰すのは難しい。狗どもを利用させてもらう」
 はぁ、と、小さく坂本がため息をつく。
「噂ば、まことじゃったか」
「苦労を掛けるな。なに、貴様の名は出さんし、迷惑を掛ける気もない。好きにしろ」
 本当にそのつもりなのだろう。おそらく銀時にすらその本意は知らせていない。何もかも自分だけで片をつける気だ。
「ヅラ、わしゃあの……」
「高杉は俺が斬る」
 ぱちりと弾ける炭を、桂の熱に潤んだ目がじっと睨みつけている。
「貴様も銀時もそこにいろ。最早関わりないことだ。もう貴様らはあの戦を終わらせたのだから」
 桂と高杉が未だ立つ戦場に、坂本は見切りをつけ、銀時も刀を捨てた。
 桂の言い分は尤もである。今更何が言えようか。何の関わりがあろうか。
「無理ばするな」
「ああ」
 その程度の言葉が限度と言うものであろう。これ以上深入りすのならば、坂本とて何かを失う覚悟をせねばならない。
「長居は無用じゃき、そろそろいぬぅか」
「ああ、待て」
 腰を上げかけた坂本を桂が制す。傍らの自らの襟巻きを拾い上げ、既に襟巻きの巻かれた坂本の首にぐるぐると重ねて巻きつけた。
「どした?」
「高杉に会ったらこれを渡してやってくれ」
 表情を変えることなく、当然のように桂が言った。
「あいつは冬でも薄着のままだからな。すぐ風邪を引くのだ」
 火鉢と風邪の熱で火照った頬、赤い目元。それでも桂の鉄面皮は崩れることがない。
「分かった。渡しちょくきに、安心せえ」
「すまないな」
 俺はもう少し温まってから出よう。そう言って腰を戻した桂を残して、坂本は店を出た。寒風はコートの隙間から肌を突き刺し、思わず二重の襟巻きを鼻まで引き上げる。
 ああ、桂の匂いだ。
 最早お前はそうとしか生きられないのだ。その道を自ら選んだのだ。坂本が逃げ出し、銀時が絶望し、高杉を狂わせたあの戦場で生きるしかないのだ。でなければ、あの日生きた自分達が嘘幻と消えてしまうから。
 銀時は桂を止めないだろう。止める術を持たず、止めることを許されぬであろう。
 自分はどうだ。なにが出来る。なにがしてやれる。金を渡し、慰みを与えてやるのが精一杯だとでも言うつもりか。
 覚悟を決める日が近いのかもしれない。
 襟巻きの中で息を吐き、深く吸い込む。桂の匂いだ。