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2007年12月 9日

おねがい☆プライムミニスター

 近桂、維新後設定パラレル。普段のぎんづら前提ワールドとは別ワールド。

 とりあえず『結婚を前提としてお付き合いしてください』編。


 斬首は免れぬと、そう思っていた。切腹すらも許されないだろう。自分にはそのような誇りある死は許されないのだ。
 だからこそ、近藤はその言葉を安易な同情とは受け取らなかった。

 近藤勲は忠義の士であり、本人に罪はない。
 彼のような侍を失うことこそが、この国家の損失である。

 それは安易な同情などではない。桂がそのような情に流される人物であれば、桂は高杉を斬らなかったはずだ。
 幼いころから共に育ち、同じ志を抱いた盟友。それを桂は斬った。国家のために。民のために。その志を持って。
 そしてその志を持って、近藤の助命を願い出た。
 桂に高杉を斬らせ、桂の同胞の命を奪い、桂を追い詰めた近藤を、許すと言った。
 それに報いる方法を、近藤はひとつしか思い浮かばなかった。

 自分は貴方の言う忠義によって救われた。
 しかし、忠義を誓った幕府はもうない。
 ならば、自分の忠義は貴方のものだ。
 俺は、貴方に救われたこの命全てを持って、貴方に忠義を誓う。

 桂は近藤の言葉を聞き、少し戸惑ったように目を泳がせ、そして、

「それはプロポーズということか?」
「……え? そうなるの?」


「近藤さぁん。奥さんが来てますぜぃ」
 先触れもなく障子を開け、総悟が部屋に首を突っ込む。その不躾な物言いに、隊士達は一斉に顔を上げ、土方はびくりと体を固くした。
「総悟っ! その言い方は……!」
「ああ、籍はまだでしたねぃ。じゃあ、フィアンセで」
「総悟おおお!」
 時代が変わった政治が変わったと言っても、真選組は大して変わっていない。凶悪犯専門の特殊警察であることも変わらず、屯所すら以前と同じ建物を使っている。変化と言えば、上層の指揮系統が多少変わったこと、そして、総悟が病のために一線を引いたこと、……隊士の多くが戦で傷つき、半数以上が入れ替わったことくらいなものである。
 総悟が五体満足で生きているのは、皮肉なことだがその病のお陰であろう。元より色が白く浮世離れした少年の顔は、やつれて青い青年の顔に変わっていた。
 起きて歩き回れるほどに回復したと言っても、病持ちであることに違いはない。屯所内を寝間着に半纏でうろうろうするのが総悟の毎日だ。自然、屯所の裏事情に詳しくなり、その内に噂風聞は総悟を中心とするようになった。
『近藤にフィアンセが出来た。ストーカー対象じゃなくて』
 その風聞の中心地は間違いなく、この肺病病みの青年なのだ。
「……いいから行ってやれよ、近藤さん」
 総悟が肺を病んでからタバコをやめた土方がぼそりと呟く。
「いや、しかしだな、まだミーティングが……」
「書類読むだけだろうが、俺だけで十分だ。今日は冷える、雨になるぜ。……『先生』が風邪引いたらどうする」
 土方が口寂しさを埋める禁煙パイプの吸い口をガリガリと噛む。言うことは尤もだ。あの人の身体に何かがあっては、国家の大事に関わる。
「……後を頼む。総悟、お前も部屋に戻れ」
 近藤は席を立ち、総悟の肩を叩いて廊下に出た。空はどんよりと鼠色で、今にも冷たい冬の雨が落ちてきそうだった。
「局長ー! 姐さんによろしくー!」
「だーから、違うって!」
 隊士たちの声に反論し、近藤は門へ急ぐ。


「あ」
 今、確実に後ろにハートマークついてたよね。そういう声だったよね。
 門番と談笑していた『先生』は、年の割りには若々しい色の道行をまとい、風呂敷包みを下げていた。齢を重ねてもその顔に容色の衰えはない。目許にかすかな陰りが生まれたくらいなものだ。その陰りもむしろ、粋も甘いも噛み分けた未亡人的色香を与えて……いやいや、そうじゃなくて……
「木戸……先生」
「その名では呼ばないでほしいと言っただろう」
 小首かしげるな、いい年したおっさんが。可愛いから。可愛いのが不気味だから。こう見えて、近藤とほとんど年が変わらないというのが怖い。
「か、桂さん。一体、なんの用で……」
「うむ。朝、手渡すのを忘れていた」
 するりと風呂敷包みを解くと、漆塗りの重箱が現れた。
「おはぎだ。季節外れな気もするが、総悟くんと約束していたものでな。皆で食べてくれ」
「はあ……どうも」
 傍らの隊士に手渡し、ミーティングの茶請けに出すよう伝える。桂はにこにことそれを見ていた。
「それで、用件は……」
「うん、済んだ」
「……はい?」
「だから、おはぎを渡しにきただけだ」
「はいぃぃぃぃ!?」
 無防備だ。無防備すぎる。
「桂さん!? どうしてそう、一人でうろうろと……! あ、あんた、新政府の宰相でしょうが!」
「他にやるやつがいないからやってるだけだ。なんだ、貴様はこの国をおはぎの差入れひとつ自由に出来ん国にするつもりか」
「違う違う違う! そうじゃなくてぇ……!」
 臍を曲げたのか、ぷうと頬を膨らませて近藤を見上げるこの男こそが、倒幕を果たし、各惑星国家との対等な開国条約を取り交わし、この国の身分制度から政治まで作り替えた新政府初代宰相、桂小太郎である。
 なんでだ。なんでこんなんにこの国は作り替えられてしまったんだ。
「あ、危ないでしょお!? 暗殺とかテロとかあるかもしれないし……!」
「俺を? 暗殺したり、テロの標的にするのか? この俺を?」
 はんっ。鼻で笑われる。自信満々だ。……確かに、かつては過激派テロリストとして指名手配までされていた桂を、暗殺したりテロの標的にできるような人間がいるとは思えない。
 そのような人間は、先の戦争で潰えたはずだ。それほどまでの戦争だった。
「でも、危ないのは事実ですから……隊士に送らせますので……」
「いらん。貴様のところの若い者など、弾除け程度にしか役に立たぬ。若者の命をあたら危険に晒せるか」
 ああ言えばこう言う。こう言えばああ言う。しかし、事実なので仕方がない。自分か土方がついて行ければいいのだが……
 ぽつり。
「あ」
「雨か」
 冬の雨だ。一気に空気が冷え込み、隊服の厚い生地を通して肌が粟立った。
 しかし、これで名分ができた。
「俺が送って行きましょう」
「職務中だろう」
「桂さんの警護も職務の内です。なにより、いくら桂さんとて、傘で手が塞がれては、ごろつきの相手もできないでしょう」
 言われたくないことだったのか、桂は眉を曲げ近藤から視線を逸らす。桂は先の戦争で右腕に大怪我を負った。一時期は全く動かなくなってしまったが、地道なリハビリで日常生活に不自由がない程度には回復した。しかし、まだ剣を振るうことはできない。それでも左腕だけで近藤から三本中二本は取るのだから、後れを取るということはないのだが、彼の盟友に言わせれば本来の剣の半分にも満たないのだと言う。
「すまん、傘を二本……」
「一本でいい」
 隊士に使いを頼む近藤の言葉を、桂が止める。おそるおそる振り返れば……
「貴様は将来の妻に相合傘もしてくれんのか?」
 だから、むくれて唇とんがらすな、可愛いから。


 桂も長身の類だが、近藤はそれに輪をかけて縦にも横にも大きい。桂を濡らさぬようにと傘を傾ければ、近藤の肩や背中はびしょ濡れになる。
 その被害を最小限に抑えようと大きな背を丸め、ひょこひょこ窮屈そうに歩いていく近藤と、漆下駄のからからという足音も楽しげな桂の背中を、門の影からこっそり見送る瞳があった。最初は四個だったのだが、どんどん増えて最早数え切れない。
「……あいあいがさ、と来ましたねぃ……」
「中学生かっつーの……」
 総悟と土方の呟きを機に、後ろから首だけを突き出していた隊士たちがわいわいと騒ぎ始める。本当に木戸殿が局長と結婚するに三千円、二人はまだ手も繋いでないに五千円、いやさすがにいい年した大人なんだからそれはいやでもあの二人ならいやまさか。
「やかましいっ! 職務に戻りやがれ、てめぇら!」
 土方の怒号一番、蜘蛛の子を散らすように隊士が逃げ戻る。近藤の背中が見えなくなるまでは好きにさせていたのが、彼なりに年を重ねて丸くなってきた部分だろう。
「いやあ、俺ぁ今月中にちゅーまではこぎつけるんじゃねえかって思ってるんですがねぃ。どうです、土方さん」
「どうもこうもあるか! 大体、男同士で結婚だなんだ……!」
 そこまで口にして、土方は額を抑える。
 出来るようになったのだ。
 攘夷派が勝利を収め天人は排斥されるかと思いきや、新政府は開国の方針を唱えた。地球を銀河連盟に加盟させ、一翼を担う強国にまで大きくするというのが彼らの唱える『我が国の尊厳を護る方法』である。
 その過程で、星間社会に存在を認めさせるために、天人との婚姻や移民に関しての法案が可決された。
 なれば、地球人同士の婚姻も変わってくる。天人と地球人では子供が成せない組み合わせがほとんどどころか、雄雌の区別がはっきりしない天人までいる。彼らを婚姻制度からつまはじきにしては差別国家のレッテルを貼られかねない。
 つまり、天人だろうが地球人だろうが子供が作れなかろうが同性同士だろうが、無関係に結婚出来るようになってしまった。もちろん、しばらくはテストケースということである程度の審査が伴うが。
「口さがねえ奴らの噂じゃ、桂がてめぇの趣味押し通したとか言われてますがねぃ」
「ンな訳あるか。あと、呼び捨てにすんじゃねえ、せめて『先生』をつけろ」
 今や、桂は新政府のトップである。一時は逆賊として処断された真選組が辛うじて体をなしているのは、桂によって庇護されているからだ。
 では、何故庇護されているのか。
 桂はもはやテロリストでも思想家でも革命家でもない。侍でもない。一国一星の政策を担う政治家である。
 全ての行動に政治的意図がある。
 桂があれほどまでに近藤の一言に執着するのには、理由があるのだ。
 土方はがりがりと頭を掻く。常々思っていたが、自分は大局を見れる人間ではない。目先の切った張ったを直感で判断するのは得意だが、二手三手どころか十手二十手先を読む政治的判断にはとんと勘が働かない。
 つまるところ、あの二人が何を考えているのかさっぱり分からない。ただ分かるのは、自分はどうにも今の状況にイライラしてしょうがないということだ。
「土方さぁん」
「ンだよ」
「寝取られ男みてぇな顔してますぜ」
「そぅごぉぉぉっ!」
 おーさむさむ、肺に堪えちまう。総悟はぶつぶつ言いつつ、ひょこひょこと背を丸めて自室に戻って行った。


 彼女のことを忘れたことはない。しかし、今となっては会いに行くことすらほとんどない。
 逆賊とされ一時は処刑台にまで上がり、今は政治的な手駒として生かされている自分が、彼女を幸せにできるとは思えない。
 土方は、今更そういうのはやめた方がいいと忠告してきたが、あの頃とは事情が違う。もはや近藤の命運は、自分自身では手綱が握れないようになっているのだ。
 その手綱を握る佳人の肩を見下ろす。細く、薄く、襟元から伸びる長い首は、冬の冷えた空気に晒されて凍ったように白い。
 彼も想う人を手放した、らしい。一度、ラーメンが食いたくなったから付き合ってくれと、連れて行かれた店がある。やや年増の女主人が切り盛りする小さな店だった。
 そして、彼がその女主人を見る目は、明らかに他の女性に向けるものとは違っていた。恋慕と言うには少し違う。敬愛や憧憬と言った方が正確だろう。それでも彼にとってその一介のラーメン屋の店主が特別な存在であることはよく分かった。
 スープの澄んだ江戸風のラーメンを二つ持ってきて、『あんたも、もう簡単に食べにこれないね。私も官邸に出前はしにくいし』と彼女がからから笑えば、桂は『ああ、おそらくもう来れないだろうな』とにっこりと笑った。
 端で聞いていた近藤ですら、胸が痛むやりとりだった。
 桂は、彼女を政治の世界に引き込むつもりはないのだ。ただ一人の市井の女性として、幸福になってほしいのだ。
 常々、市民生活に混乱が起きないことを最優先とする桂の政策は、まどろっこしいと非難を浴びることもある。いや、桂の為すことで非難を浴びぬことのほうが珍しい。攘夷派でありながら、開国に踏み切った。武士でありながら、幕府を打ち倒した。そのどちらもが、この国の人々を守る為に必要なことだった。その為に、桂は自ら進んで汚名を引きかぶった。
 誰しもがそれを分かっていて、桂を裏切り者と非難する。それを分かっていて、英雄と祭り上げる。それを分かっていて、なにもかもを桂に押し付ける。お前が変えた世だ、お前が取り仕切れと。
 この掴めば砕けそうな肩に、なにもかもを背負わせる。
 ふと、その肩が捩れ、近藤の顔を見上げた。
「ああ、そうだ。近藤。エリザベスの帰国が近い」
「心得てます。警備の手配に抜かりはありません」
 重畳。桂はにこりと笑って頷いた。
 かつては桂の右腕として近藤たちを悩ませてきたあの白い化け物は、今はこの星の全権委任大使として連盟や他星での交渉事に当たっている。
 なんでも、ステファンという種族は高い知能を認められながらも、あまりにもその生態に謎が多すぎるということで、『怪獣』とみなされ正しくその権利を認められなかった種族らしい。
 そのステファンに対し、一個の天人としての身分を認めた上に政治的な地位まで与えたのは地球が初めてである。そして、その判断が正しかったことを星間社会の大舞台で見せつけることによって、地球がいかにリベラルな先見性を持ち、新参の惑星国家として立ち回っていくつもりなのかをアピールしているのだ。
 そのために、桂は唯一の心許せる家族を遠くへ送ってしまった。
「今回の帰国は、確か……」
「うん、たったの一週間だ。出来ればもう少しゆっくり休ませてやりたいのだが、そう悠長なことも言ってられぬ。エリザベスは大丈夫だというがな。あの子が丈夫な子でよかった」
 くすくすと笑う。成長著しい我が子を見守る親の顔だった。
 桂には味方がいない。友がいない、家族がいない。この国を救うために、なにもかも捨ててしまった。それでも、手近に残した存在が二つだけある。エリザベスと近藤だ。
 エリザベスを重用したのは、攘夷派としての自分と開国派としての自分を証明する存在だからだ。ならば、近藤は?
 武士としての自分と討幕者としての自分を証明するためだ。
 討幕は国家存続のためであり、武士としての本分になんら恥じることはないと。それを証明出来るのは、最後まで愚直に幕府に従った近藤に他ならない。桂はそれを踏んだ上で、近藤に救いの手を差し出した。
 手駒であれば、手駒と使ってくれて構わないのに。
 エリザベスを深く愛するように、桂がその腕に囲った者に対する情は深く厚い。激務の合間を縫って、近藤の弟分である総悟にわざわざおはぎを作ってやるように。だからこそ、桂は攘夷党党首と成り得、現在の地位があると言える。
 そして、その情ゆえに、なにもかも失ってしまう。
「ここまででいい」
 いつの間にやら、官邸の前まで来ていた。建てられて日の浅い宰相官邸は、雨に濡れてぷんと桧の香りが立ち白く美しい。門の前には屯所から連絡が行っていたのか、瀟洒な傘を捧げ持つ執事が立っていた。
「すまぬな。早く帰ってやれ、貴様の子らが寂しがっているぞ」
 まだ白木の美しい門の前に立つ桂はその場に溶け込んだかのように似合っていて、やはり美しい人なのだと再確認する。
 柔らかく笑む整った顔も、うりざねの滑らかな輪郭も、ほっそりとした立ち姿も、まだ伸ばしたままの長い黒髪も、齢三十の半ばを越えた壮年とは思えなかった。
 この人の味方になれるのは、自分だけなのだ。
「桂さん」
「うン?」
 この人の味方に、友になれるのは、自分だけなのだ。
「俺……いや、自分は、桂さんに救われ、桂さんに生かされているものと思っています。ですから、この命は桂さんに捧げたも同然です」
「……うん、ありがとう」
 この人の側にいれるのは、
「自分は……ああ、いや、その、僕は、桂さんを一生守っていきたい。ですから……その……」
 家族になれるのは、自分だけなのだ。

「ぼ、僕と……! 結婚を前提にお付き合いしてください!」
「始めから、そのつもりだが?」

「……あ、そうですよね……」
「ああ、そうだ。違ったのか?」
 やっべー、天然だよこの人。マジだもん、目がマジで『訳が分からない』って目だもん。
「しばらくは忙しくて、式の日取りなどは取れないがな。だが、貴様もきちんと前向きに捉えてくれているのだな。安心したぞ」
「はあ……」
 しかし、そうもにこにこと嬉しそうに言われては、何も返す言葉がない。
 誰しもが見惚れ、魅了させられるような笑顔。このように笑い出したのは、つい最近なのだと言う。本当に心許せる存在にしか、このようには笑わないのだと言う。『だからアンタ、エリザベスと同じくらいには気に入られてるんだよ』。喜べばいいのか、なんなのか。
「エリザベスが帰国したら、三人で食事をしよう。まだ、エリザベスときちんと話したことはなかっただろう?」
「ええ、まあ……」
「婚約の報告もしなければな。では」
 桂は執事の捧げる傘の下に駆け寄り、門を潜る寸前で近藤に『バイビー』と挨拶した。近藤も何げなく手を上げ、同じ挨拶を返す。
「……あれー?」
 自分は相当な一大決心をしたはずなのだが、なにがどうなってしまったのか今一よく分からない。
 思わず天を仰げば、雨は柔らかくなり、すぐにも止みそうだった。すでに背中の殆どが濡れている現状では、これ以上傘を差している必要もあるまい。畳んだ傘を片手に近藤は踵を返す。
 ふと、官邸の土壁を見上げる。雨に濡れた瓦はきらきらと輝いて、新築の美しさが目映い。年月を重ねた建物も趣があるが、この清冽さはまた別の良さがあると思う。
「……結婚したら、俺がこっちに住むのか?」
 今は屯所出寝泊まりをしている。緊急時などはその方が対応し易いのもあって、今のところ出るつもりはなかった。
 そこのところも話し合わないといけないなあ。
 桂曰くの『前向きに』考えながら、近藤は屯所への道を戻り始めた。