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2008年10月10日

ガーベラ

 銀誕、金魂設定で金ズラ。金さん24歳、ズラ子さん31歳くらい。
 『ズラ子さんにズブズブに甘やかされる金さん』というコンセプトを突き詰めてみた。


 しくじった。タチの悪い客が、金時のグラスに媚薬のつもりか少量のドラッグを入れたらしい。普段ならば匂いや味で気付くだろうが、いかんせん金時自身の誕生日イベントである。次から次へとあらゆるグラスを空にしなければいけない以上、一々味わっている暇など無かった。
 閉店までは何とか堪えたが、頭痛と目眩でもう一歩も動けない。タクシーに乗ったら即座に吐く自信がある。狭い控え室のソファに、ミネラルウォーターを抱えて転がっているのが精一杯だった。
「金ちゃん、だいじょぶカ?」
 ああ、ボスが優しい。これは悪夢だ。あの鬼組長がこんな心配げな表情をするなどあり得ない。
「失礼な男ヨ、マジで。これから商談あるから帰るアルヨ。気の済むまで寝てるヨロシ。戸締まりは任せたネ」
「……ぁー……」
「駄目アルナ、これは。おーい、新八ー」
 カツカツとハイヒールの足音が遠ざかる。それをはっきり認識することが出来ないまま、金時は半ば昏倒するように眠りについた。

「……おこめのにおいがするー」
 気持ち悪い。はっきり言って炊き立てご飯の香りというのは、結構臭い。気分が悪い時に嗅ぐと軽く吐ける。
「起きたか。気分はどうだ?」
「ずらこさん……?」
 金時の寝顔をのぞき込んでいたのは、いい年してお団子ヘアーなボスでもなく、結構若いのにケツアゴのせいでおっさん臭い同僚でもなかった。
「なんでズラ子さんがここにいんの……?」
「看病を頼まれた」
 そういうズラ子の肩越しに、カセットコンロとその上でくつくつ音を立てる一人用の土鍋が見えた。
「おかゆ」
「ああ、どうせろくにつまみもとらず酒ばかり飲んだのだろう。酒を飲む時は適度にタンパク質を取らねば駄目だぞ。とりあえず胃を動かせ」
 食べられるかとの問いかけに、曖昧に頷く。身を起こそうとして頭に血が回り切らず、目眩がするまま再び倒れた。
「仕方ないな、ほら……」
 ズラ子の手を借り、ソファのひじ掛けにクッションを当て、背を預ける。半身を起こした金時の前に、かすかに鳥出しの香りのする粥の匙が差し出される。ふーふー付きで。
「ほら、あーん」
「……あーん」
 とろりと優しい味わいの粥が舌に乗る。口の中で転がしゆっくりと咀嚼すれば、じわりと体に活力が戻ってくる。
「もう少し食べられるか?」
 こくりと頷けば、ズラ子は再び土鍋からひと匙粥を掬い、唇を寄せて吹き冷ます。
 ぽってりとした唇、伏せられた長いまつげ、髪を抑える細い指。
「ズラ子さん、今日、イベント来てくれなかったね」
「うん? ああ、すまないな。平日なら来れたのだが、週末はうちも忙しいものでな」
「ズラ子さんに来て欲しかったんだけどなぁ」
「代わりにこうやって来てやっただろう?」
 売上には協力出来ないが。そうして差し出された粥をもう一口。別にピンドンを入れて欲しかった訳じゃない。そうじゃなくて。
「いくつになった?」
「にじゅーよん」
「そんなにか。大きくなったなぁ」
「ズラ子さんと大して変んないでしょ」
「しかし、初めて会った時は、こんなに小さかっただろう」
 そう言って、低い位置を手で示す。今でも彼女の中の金時は、あのころの子供のままなのだろう。
「一度、先生の墓参りでも行くか。どうせ貴様のことだから、彼岸も行ってないのだろう? 次の月命日にでも……」
「ズラ子さん」
「ん?」
「すき」
 何度も言った言葉を、今日も繰り返す。ズラ子の反応も同じ繰り返し。くすりと笑って、
「母親をからかうものじゃない」
 十年以上も前、親を亡くした金時が引き取られた親戚、松陽の側にいたのが、まだ少女の頃のズラ子だった。七つ年上で、まだセーラー服を着ていて、金時の世話をなにくれと焼いてくれた幼い義母だった。
 一緒に過ごした時間は少ない。せいぜい、三年か四年くらいだったと思う。松陽が事故で亡くなり、悲嘆に暮れるズラ子を一人残して金時は家を出た。
 彼女を支えられない無力な自分が歯痒かった。義父の代わりになれない自分が情けなかった。なによりも、自分を子供としてしか見ていない義母を傷つけてしまいそうで怖かった。それがたったひとつ残った彼女と松陽の絆を、金時という子供を奪ってしまうのだということに、耐えられなかったのだ。
 彼女を傷つけるくらいなら、孤独にさせる方がマシだと思っていた。
 今思い返せば、本当に、タイムマシンに乗って殴りに行きたい。何を思い上がっていたのかと、ぼっこぼこにしてやりたい。
「冗談じゃないのにぃ」
「はいはい、分かった分かった。ほら、食べるのか食べないのか? 食べないなら片付けちゃうよ、もぉー!」
「いきなりお母さん口調になるの、やめてってば」
「仕方ない、お母さんだから」
 ズラ子の匙からもう一口。いくらか食べている内に体力が戻って来たのか、なんとか小さな土鍋一杯分の粥を腹に収めることができた。
「どうする? 帰れるか? ここからなら、うちの店の方が近いが……」
「添い寝してくれんの?」
 ぽこん。頭を叩かれる。
「もうちょっと休みたい」
「分かった」
「起きるまで側にいてくれる?」
「ああ。明日の開店前は西郷殿に任せてあるから」
「ズラ子さん、やさしいね」
「誕生日だからな」
 そっと金時の髪を撫でるたおやかな手。ああ、母親の手なんだなあ、と、実感してしまうことが悔しい。ズラ子の中に松陽が、父がいる限り、彼女が金時を男として見ることはないのだろう。そうすれば、ズラ子は松陽の妻であった日々を失ってしまう。
 自分の母であった人が、自分の父であった人を忘れる。それはとても悲しいことだと思う。それでも。
「寝るから手ぇ握ってて」
「はいはい」
「はいは一回って、前ゆってた」
「揚げ足取っている暇があったら、さっさと寝ろ」
 差し出された柔らかい、よく整えられた美しい指先。軽く握って、指の腹でなぞる。これが客の女なら金時の指先に蕩けてしまうような優しい愛撫も、ズラ子にだけは届かない。
 ずらこさん、すき。ほんとにだいすき。
 眠りに落ちる直前に見えた彼女の笑みが、わがままな子供を見守る母親の笑みだったのか、仕方のない年下の男に振り回される女の顔だったのか。
 後者であれば、これ以上はない誕生日プレゼントなのだけれど。
 夢に松陽が出て来たら謝ろうと思ったのに、あのいつも穏やかだった父はどこにも見当たらなかった。