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2009年2月18日

猫の恋

 万桂。動乱編後。
 一年前に桂花美人さんに投稿したもの。桂さん毒婦モードです。


 がしゃん。瓦がぶつかり合う音が聞こえた。続いて、あの神経に障る取り乱した鳴き声。桂が文机の上に落としていた視線をついと上げ、天井を透かして屋根の上に焦点を結ぶ。
「もうそのような季節か」
 小さな呟きがヘッドフォンを通し、万斉の耳に届いた。
 手元の五線譜を放り出し、刀を持って庭に出る。
 ややもして、

 どちゃ。
 どちゃ。

 屋根の上から投げ捨てられた小さな亡骸が庭石に叩き付けられ、血飛沫が夜目にも黒く舞う。続いて万斉の黒い姿が、ひらりと庭に舞い降りた。
「片付け申した」
 くるりと座敷を振り返る。黒く夜に染まった古い屋敷の中、その部屋だけが白熱灯の暖かな光を放っている。その中央で桂は正座をしたまま、こちらを見ていた。電灯はちょうど彼の背光となり、きょとんとした表情が影の中に浮かぶ。
「バカか、貴様」
 万斉は眉をしかめた。耳障りであろうと思い始末してやったのに、小さき生き物を憐れと思わないかとでも言うのか。
「猫はな、雄が雌を追いかけているのではない。雌が雄を呼んでいるのだ。雄は呼ばれたからには雌に迫らねばならん。その雄が鉢合わせるとあのような諍いが起こる。だから、この季節の猫の諍いをやめさせたければ雄をいくら追い払っても無駄だ。追い払うべきは雌のほうだ」
 そんなことも知らんのか。
 知るものか、そんなこと。万斉を物知らずの童扱いする人間は、桂がはじめてである。黒眼鏡の奥に苛立ちを隠したまま、万斉は座敷に戻ろうとした。
「足を洗ってこい。血で畳を汚す気か」
 ああ、いらいらする。


 護衛という名目である。新興の過激派が桂を狙っているというのは、すでにこの筋では有名な話だ。
 現在の攘夷派の勢力図は、桂の首ひとつでどうとでも転がる。それは鬼兵隊も例外ではない。
 今、あいつに消えられちゃあ、俺も困る。おめえ、行って来い。
 その一言で万斉は桂の下に出向くことになった。
 あっさりとしたものだった。桂は特に問い詰めることもなく万斉を招き入れ、ひとつ屋根の下、寝食すら共にしている。
「別段、貴様を信用している訳ではない」
 桂の所作は一つ一つ居住まい正しく凜としているのに、どうにも端々に子供のような印象が残る。人の顔を見る時にほんの少し小首を傾げる仕草。不意の呼びかけへの返事は口を開けずに『うん』や『んー』で済ます。一番子供っぽいのは食事時だ。なぜか食い物を頬に詰め込む癖がある。一口一口は品よく運ぶくせに、よく噛み過ぎているのか、最終的には白い頬をふっくり膨らませて子鼠のようにもぐもぐとしている。
 今もそうだ。線の細い桂の容姿はもとから年の推測がつきにくいが、このように頬を膨らませて一所懸命に食べる様を見ると、二十歳になるかならぬかの若造にすら見える。
「高杉ならば、俺のことはよく分かっているだろうからな」
 どういう意味か。万斉は謎の生き物が作った汁の椀に口を寄せる。
「俺が自分に御せぬ者を近づける訳がないと、あいつはよく知っている」
 ふふ、と微かに笑む顔が、ひどく美しかった。
「拙者が、御されている、と」
 くつくつくつ。楽しそうに肩を揺らす。
「貴様、みゅーじしゃんをしていると言ったな?」
「左様」
「知人の男の子にな、お通殿の大ファンの子がおるのだ。次のこんさーとの席が取れぬと嘆いておった。なんとかしてやれんだろうか」
「白夜叉のところの男子か」
「おや、知っているか」
「目立つ客、毎回来る客は、否が応でも覚える」
「ならば話が早い。熱心なファンは大切にせんといかんのだろう? こう、ちょちょいとチケットをだな」
 万斉は椀を膳に戻し、ぐいと押しやった。もう結構。聡い謎の生物が、ささっと膳を下げて座敷を出る。
「……晋助の手の者である拙者に、白夜叉絡みの頼み事を?」
「高杉も銀時も関係なかろう」
 桂も膳を終わらせ、膝を崩した。皿に一切れ二切れ残された漬物を、行儀悪く指でつまみぽりぽりと齧る。
「俺は貴様に頼んでいるのだ、河上殿」
 猫は、雄が雌を追うのではない。雌が雄を呼ぶのだ。
 乱暴に桂の膳を横へ押しやる。桂が一切れ残った漬物を名残惜しそうに目で追う。その顎をつかみ、ぐいと向き直らせた。
「そのような頼み事をされるほど、親しい仲になったつもりはござらん」
「ならば、親しくなってしまおう、とでも言うのか?」
 つと、二の腕に手を置かれた。添えるだけのその手のひらに、身体の動き全てが押え込まれたように感じる。
 雄は呼ばれたからには雌に迫らねばならない。その雄が鉢合わせると諍いが起こる。
 顔を傾け、寄せる。目を閉じようとしたその瞬間、口元に細く固い指先を感じた。
「『しんすけ』に怒られないのか?」
 くすくす。くすくすくす。
「心配ござらん。既に相当立腹させている」
「ああ、銀時に邪魔されたのだったな。かわいそうに」
 畳に黒髪が散る。さらさらと癖もなく広がるそれは、初めて目にした時からは想像も付かないほど長く滑らかだ。
「関係者席にプールしてある席がござる。高くつくが」
「貴様が言う台詞ではないなあ」
 くすくすくす。ふふふ。くふ。
 微かな気配を感じ、横目で縁側を見る。まだか細い若い三毛猫が、前足を上げ、警戒するように座敷をのぞき込んでいた。
 にゃあん。
 一声鳴くと音もなく縁側から飛び降り、土塀を越えて駆けていく。
 諍いをやめさせたければ、取り除くべきは雄を誘う雌猫だ。
 出来れば、こんなに苦労しない。
 これは雄の本能だ。