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2007年7月31日

ほたるヶ森

 仔萩っ子。高杉視点。
 銀×桂←高の原型みたいな。


 目の前であっちこっちに跳ね回るしっぽを追うので精一杯だった。
 草履などとっくに脱げた。足袋も破れ、森の地面に埋もれた枯れ枝が容赦なく晋助の足を傷つける。痛いと訴えても、手を引く小太郎の足が止まることはなかった。二人とも着物は鉤裂きだらけの泥だらけで、このような格好で塾に帰れば先生のげんこを食らうことになるだろう。
「しんすけ!」
 一際強く、ぐいと手を引かれる。つんのめったかと思うと頭を胸に抱えられ、そして足元の地面が消失した。ごろごろと斜面を転がり落ちる。なるほど、頭を打たぬように庇われたのだ。やっと平らな地面に着いたかと思うと、小太郎は猫のように跳ね起き、すぐに晋助の手を引いて走りだそうとする。
「こたろう、足がいたいよ」
「だめだ! 走れ!」
 常であれば身体が小さく虚弱な晋助になにくれと世話を焼く小太郎が、何故にこのような無理を言うのか訳も分からぬまま、だたただ引かれて走った。次第に見覚えのある風景が増え、小太郎がどこに向かおうとしているのかが分かった。
「だめだよ。小太郎、そっちはだめだ」
 あそこには銀時も一緒でなければ行ってはいけない。それが三人の誓いだった。三人だけの秘密だった。晋助の制止も聞かず、ひたすら小太郎は走り続ける。何かから逃げるように、追われているように。
 森の中心にある大きな楡の木。その根元にぽっかり空いたうろ。自分たちほどの子供であれば五人ほどが寝転がってもまだ余裕があるそこは、晋助と小太郎、そして銀時の三人だけの秘密の場所だった。
 小太郎はその奥に晋助を詰め込む。ぼろ布のようになった暗い色の羽織を脱ぎ、晋助の頭からすっぽり被せ、自分は外からせっせと木切れや枯れ草で入り口を隠す。
 やめてくれ、埋まってしまう。真っ暗になってしまう。
「晋助。目を閉じて耳を塞いで、じっとしていろ。先生か銀時が迎えにくるまで、ずっとそのままだ。約束だ」
 守ったら、なにをしてくれる。
 いつものようにそう問い返せば、いつも以上に困った顔で小太郎が笑った。
「お前が欲しがっていた硯をくれてやる」
 待て、それは大切なものではないのか。そう問い返す前に最後の隙間が塞がれ、小太郎の姿は見えなくなった。故に言われた通り、真っ暗闇で目を閉じ耳を塞いで、じっと動かずにいた。小太郎の硯は大層立派な浮き彫りが施してあるもので、晋助はどうしてもあれが欲しかった。

 次に晋助が目を開いたのは、小太郎が言った通り、松陽先生が迎えにきた時だった。何故、先生がこの場所を知っているのか分からぬまま抱き抱えられ、随分と久しぶりに外の空気に触れた。
 遠く聞こえていたわぁんわぁんと響く音の正体が、小太郎の泣き声だったのだとやっと知れた。
 地面にぺたりと座り込み、赤ん坊のようにわんわんと泣き続ける小太郎を、これまたいつの間にやら来たのか銀時がじっと見ていた。白い髪や着物のそこかしこに赤黒い染みがあるのが気になったが、怪我を痛む風はないので、おそらく泥汚れか返り血なのだろう。
 怖かったろうに、もう大丈夫。先生はそう繰り返すが意味が分からなかった。自分はなにも恐ろしい目にあっていない。自分よりも小太郎だ。あれほど泣いているのだ、なにか痛い目にあったのだろう。なんとかしてやってくれ。そう言いたかったが、先生の腕から降ろされるのがいやで、口を噤んでいた。
 銀時、帰りましょう。声を掛けられ、振り返って首肯した銀時の表情は、いつも通りのやる気のない仏頂面だ。その表情のまま小太郎を立ち上がらせ、手をつないで引きずるように歩きだす。
 先生より三歩後ろをついて歩いてくる二人を、抱えられた肩越しにずっと見ていた。
 小太郎はまだ泣いていて、しゃっくりのような嗚咽が止まらない。その髪や頬、着物のあちこちについた汚れを、銀時の手がちょいちょいと払う。片手同士はしっかり繋がれたままだ。
 もうなくなよ。
 困ったような銀時の声。
 なくなよ。だいじょうぶだよ。
 ぎゅう、と手が強く握られたのが分かった。
 おれがいるだろ。
 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、小太郎がこくんと頷いたが、まだ涙は止まっていなかった。
 晋助は、先生の肩に顔を埋めた。自分まで泣きそうになったのだ。


 あの時、自分たちを追っていたものが、野犬であったか野伏せりであったか、はたまた人買いであったか、未だに知らない。知る必要もない。
 ただ、自分はそれを知ることなくただ逃げ、小太郎はそれに一人で抗い、そして銀時は、そんな自分たちを守ったのだと。
 それだけを覚えていればよかった。それだけが忌まわしい記憶だった。