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王子様と秋の空 [将棋]
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2007年8月13日

夏影 =AIR=

夏影 =AIR=
 銀桂。
 終戦時捏造。多少の血表現あり。


 一応礼儀だ。拝殿に二礼二拝し、しばし目を閉じる。何も願うことはない。何かを願ってどうにかなるころはとうに過ぎている。
 手水をちょいと拝借し、水筒に冷たい清水を詰める。石段を小走りに駆け降りれば、桂は先程と全く変わらぬ姿で道端の岩に腰掛けていた。
「……お前、お爺ちゃんみてえだぞ」
「……そうか?」
 手甲を留める紐は余り過ぎて、纏めて房が作られている。痩せた。子供のころから痩せぎすだったが、こんな骨と皮のような体格ではなかった。頬もこけ、白い顔は死相を浮かべている。このうだるような真夏日の中、汗ひとつかいていない。肌に触れれば氷のように冷たいだろう。
 そして、常にぴんと張っていた背筋は丸まりきり、遠目にはそれこそ腰の曲がった老人のように見えた。十余年の付き合いの中で、銀時がこれ程姿勢の悪い桂を見るのは初めてのことだ。
「次の宿場でしばらく休もうぜ。でなけりゃ、お前行き倒れるよ?」
「駄目だ、間に合わなくなっては元も子もない。心配するな、倒れんさ。歩けなくなったら、お前が背負え」
 どうせ落とす命だ、いくら削ったとて何が構うものか。
 そう自嘲気味に呟いて口の端を引く桂に、ぞっとするものを感じて銀時は目を逸らした。
 桂に死地に付き合ってくれと土下座されたのは、五日前の晩だった。


 坂本からの文と高杉からの文は、二日と間を開けず届いた。
 前者曰く、衛星軌道上に天人の戦艦多く集いつつあり。気をつけられたし。
 後者曰く、京にて志士取り締まりの風潮高まりつつあり。気をつけられたし。
 気をつけてなんとする。もはや明らかではないか。
 幕府は既に志士らを見捨てたのだ。
 近いうちに、星の高さより光の槍が降ってくるのだろう。粛清という名目の虐殺が始まるのだ。
 桂に呼び出されたのは、高杉の文が届いた翌日の晩だった。
「なに、今日は調子いいの?」
「よくはないな」
 薄暗い行灯に照らされ、桂が儚く笑う。夏の始めから、桂は臥せったきりだった。この酷暑では詮無いことだ。ただでさえ子供のころから虚弱気味であった。それをこの長い戦に耐えさせたのは、一重にその心と信念の強さである。それももう、折れた。
「で、党首様」
「その言い方はよせ」
「俺はなにをすりゃいいの」
「……分かるか?」
「お前が俺とこんなふうに膝付き合わせるなんて、なんか無茶頼む時だけだろう」
 一緒に生きてくれ、とか。もう、何年前か。あれも今のようにつらい夏のことであった。
「うむ。また、無茶を頼む」
「何を斬ればいい」
「俺の首だ」
 冗談。桂が冗談を言うような男ではないと分かっていても、そう思わざるを得なかった。
「助命嘆願へゆく。供を頼む」
「粛清を、てめえの首で贖おうってか」
「銀時。俺達は生き過ぎた」
 新参の志士であった銀時たちは歴戦を生き残り、気付けばもはや先達はすべて土の下、後ろに続く者共は生き残った銀時たちを軍神か何かのように見ている。
 桂に至っては、とうとう『党首様』とまで呼ばれるようになってしまった。その学識と朗々と唱えるイデオロギィ。そして、崇められるに足る容色。天草四郎然り源義経然り、悲劇の英傑は美男と相場は決まっているのだ。志士の中には桂を神聖視しだす者まで現れつつある。
 それほどまでに、銀時たちは戦の中を生き延び過ぎた。
「自惚れているわけではないがな、ここで俺とお前が消えれば、この党は自然消滅するだろう。この国にいたくないのであれば坂本に世話を頼んである。志を捨てぬ者がいるなら拾ってやってくれと高杉に文を書いておいた。死ぬ者が少なくて済むのならそれに越したことはない」
「一緒に、死ねってか」
「違う。俺だけが死ぬ」
 銀時は平手打ちをする機を逸した。
「おかしなものだなあ。俺はお前と二人で生きてきたつもりなのに、世はそうは見ていないようだ。白夜叉の名は知られていても、坂田銀時という男は知られておらんのだ。幕府が欲しがるのは俺の首だけだろう。だから、お前が死ぬことはない」
 項垂れた桂の髪は首の左右に振り分けられ、掴めばぽきりと折れそうな青白い項が露であった。
 その首に一党百五十人、いや、この国の志士全ての命がのしかかっている。生きている命も、失われた命も。
「ぎんとき、俺は、生き過ぎた」
 その重みを、銀時も共に背負っているつもりだった。それに潰されぬよう、庇い合い支え合い、生きてきたつもりだった。
「もう、これしか思いつかぬのだ。どうやって生きればいいのか、この命を何で贖えばよいのか。これしか、ないのだ」
 自分の命などくれてやったつもりだった。
「銀時、すまない。俺は、お前と共には死ねない」
 自分から言い出したくせに。
「お前が死ぬのは、いやだ」

 俺の命すら背負っていたつもりだったのか。自惚れも大概にしろ。
 ぼろぼろと涙をこぼす桂の頭を、自分の肩口に押し付けた。

 その晩、二月ぶりに桂を抱いた。痩せ衰えた身体を桂は恥じたが、銀時は一切取り合わず行灯も消さずに抱いた。
 弱々しく背に爪を立て、ぐずった声でぎんときぎんときと繰り返す。出立は明日の朝、引き留められるのは分かっている、誰にも告げずにここを出る。ごつごつとあばらの浮いた胸、臓腑が抜け落ちたかのような腰回り。ああ、もっと早く決断を下しておけばよかった。
 連れて、逃げよう。


 力ずくで桂の意に添わぬことを強いるなら、銀時と雖も腕の一本や二本は覚悟せねばならない。だが、今の弱り切った桂であればたやすいことだ。それこそ背負って逃げてしまえばよい。
 しかし、出来れば桂自身の口から共に逃げると言ってほしかった。宿場に逗留すれば説得の時間が稼げると思ったのだが、この頑固者の党首様ときたら、取る宿は素泊まりの雑魚寝ばかりでゆっくりと疲れを癒す気などさらさらないらしい。
 どうせ死ぬのだから。
 今の桂であれば、飢えた子供を見かければ腕の一本も切り落として食わせてしまうだろう。食える肉など付いていないが。それほどまでに長い戦争は桂の心身を削っていた。もちろん銀時のそれも。
 不思議なもので、自らの心身が擦り減っていると思うたびに、感覚が鋭くなる。向けられるささいな悪意、敵意、恐怖、そう言ったものがちくりちくりと首筋に刺さってくるのだ。神経質になっているのだろう。
 そして、その小さな痛みは今も刺さっている。
「尾けられているな」
 水を飲み、息をついた桂がぼそりと呟く。
「分かるか?」
「そこまで衰えておらぬわ。昨日から、三人だ」
「一昨日の晩からだ。三人と距離を開けてもう二人いる」
「……ああ、駄目だな」
 桂は自嘲気味に口を歪め、耳鳴りがして足音が分からんのだ、そう付け加えた。
「浪士狩りか」
「だな。斬るか」
「待て。動きがあるまで捨て置け。こちらの意図に気付けば、無闇に手を出してくることはあるまい」
「だけどなあ……」
「まさか、五人や六人に遅れをとる男ではなかろう? 銀時」
 そういえば、負けず嫌いの銀時が先手を急ぐことはない。十余年の付き合いで、桂が知り抜いた銀時の気性である。
「ああ、そうだな。五人六人どころか、十人二十人でも負ける気はねえよ」
 だが、もう違う。もう銀時はそのような子供ではない。


 二里も歩けば、桂の足取りは重くなる。ひゅうひゅうと苦しげな息で喉を鳴らし、杖にすがるように肩が落ちる。
「ヅラ、刀よこせ」
 未だ律儀に腰に刺している大小に手を伸ばす。一瞬咎めるかのように、眉をひそめられるが知ったことか。
「お前が持ってても仕方ねえだろ。抜きもしねえ癖に」
 しぶしぶと桂が腰に手を伸ばすのを先取り、帯から鞘を奪い取る。これで、自分の腰の一本と合わせて三本。一本は投げに使うとして十分だろう。
「茶屋だ。休むぞ」
「銀時。そのような暇は……」
「半死人ずるずる引っ張って行くのと病人連れて歩くの、どっちが早いと思ってんだよ。江戸に着く前に死にたくなけりゃ、少しは休め」
 無理やりに床机に座らせ、葛餅と冷やし茶を所望する。厠、と言い残して席を離れ、亭主とすれ違いざまに小金と走り書きを押し付ける。自分が戻るまで、決して桂を席から離さぬように。裏に回った瞬間から、銀時は走り出した。
 追っ手を斬る。
 逃亡の邪魔になるものは全て排除する。

 死角を伝い、追っ手の後ろに回る。ひのふのみよの、いつつ。五人。足取りからしてそれなりの心得はあれど、達人と言うには程遠い。銀時の不在を訝しがりながらも、一人になった桂に機を見出しているのだろう。茶屋の裏の林に扇形に広がりつつ、じりじりと間を詰めている。
 病んだ桂に五人がかりとは。平素であれば五人でも足りぬところだが、今の桂であれば匕首一本で片がつくだろう。このような卑劣漢どもは、斬って捨てて問題ないはずだ。己の存在を棚に上げ、銀時は一人名分をでっち上げる。
 じっと、先頭に立つ男の足元に目を凝らす。一歩、二歩、もう一歩だ、もう一歩踏み込め。
 そら、踏み込んだ。
 わざと足音を立てて走る。殿の男がこちらを振り向くよりも早く、脇差を投げつけ肺を貫く。一人。右脇の男が振り向き、声を上げようと口を開く。そこに切っ先を突っ込み横に薙ぐ。二人。薙いだ勢いのまま身体の向きを変え、倒れこむように左の男を袈裟懸けに斬る。三人。
「白夜叉……っ!」
 半数以上を声をあげる暇もなく斬り伏せ、ようやく銀時は己が殺すべき男の声を聞いた。
「ああ?」
 聞き覚えのある声。笠を被ってはいるが、そのいかつい顎には見覚えがあった。
 桂の側近を自負する男だった。剣の腕よりも商家の出身である事を買われ、勘定方として一党の財政を担っていた男だ。よくよく見れば、すでに地に這う者どもも見覚えのある顔をしている。
 ふつふつと、銀時の脳が沸く。
「てめえら、間者だったか」
 幕府か天人か。同じことだ。桂の助命嘆願を差し止めるために追ってきたか。
「違う、我々は……!」
 黙れ。
 よくも桂を騙したな。
 あいつはお前らを助けるために、死のうとしているのに。
 よくも、よくも。
 右足を一歩踏み込む。同時に突き出された切っ先が、残り二人のうち一人の胸に沈む。神速で突かれ神速で抜き取られた刃には、血の汚れ一つついていなかった。
「死ね」
 残る一人は勘定方。こいつばかりは、一瞬で殺す気にはなれなかった。
 身をかがめて距離を詰め足を払う。どうと倒れたその腹に、上からまっすぐ刃を突き立てる。
「……ぐあっ」
 敢えて急所を外した。間者が入っているのであれば、色々聞き出さねばならぬ。もはや党には戻らぬとはいえ、行き先がバレれば後々面倒だ。
「言え、どこの仕向けだ」
「違う、違う……っ!」
「違うことあるか、ボケ。ヅラァ、殺る気だったんだろ。幕府か。それとも別の党か」
 ぐり、と刃を捻る。はらわたを捻じ切られる痛みに、男はもがき悲鳴を上げる。絶命の息を吐く喉から、途切れ途切れに語りだした。
「かつら……どのはっ! じょうい、に、必要なお方、だっ……」
「ああ、そうだ。だから、手前らは討っちまおうと……」
「攘夷の魁を……幕府、に渡すわけには、いかぬ……!」
 はらわたに痛みを覚えたのは、銀時のほうであった。
「桂殿が、みずから、幕府にくだれ、ば……! 攘夷の火は消える……我々も……死んでいった者も……! みな、消えて、しま、う……」
 げえ、と、男が血の塊を吐いた。
「分かるだろう、白夜叉……! あの方には生きて、もらわねば、ならぬ! それがかなわぬのなら……!」
 伝説となってもらわねばならない。

 志半ばで倒れた、悲劇の英傑でなければならない。

 目の裏が、真っ赤に染まるのを感じた。
 お前らは、桂にどれだけ背負わせれば気が済む。
 あの細い首に、やせ衰えた背に、何を負わせようとしている。
「勝手なことばかり言ってんじゃねえよ!」
「勝手は貴様だ、白夜叉ぁ!」
 最後の力を振り絞ったか。男の隠し持っていた匕首が、銀時の手首をかすめる。思わず刀から手を離し、間合いを取った。
「かつら、どのを、どこぞへ……連れ去る、つもりだったな」
 自らの腹に突き刺さった刀を抜こうともがいている。抜けるものか。もう一本の刀を抜き払いながら、銀時は再び男に歩み寄った。
「それが、なにをいみ、するか、わかっているの、か、しろやしゃ……!」
 黙れ、黙れ。
「きさまは、このくにの、すべてのししを、さむらい、を、ころそうと、したのだ」
 うるさい。そんなものは関係ない。
「それだけでは、ない……きさまは、かつらどのをも、ころそうと、した」
 違う。
「かつらどののいしを、こころざしを、すべてけそうと、かつらどのがあゆまれた、みちすじを、すべて、むいみな、ものに、しようと……!」
 かたかたと耳障りな音が聞こえる。それが自分の手元の鍔鳴りであると、銀時はついぞ気付かなかった。
「きさまに、かつらどのが、すくえるものか!」

 銀時の喉から獣の咆哮が上がった。

 腕を落とす。腹を裂く。腿を割る。目を潰す。
 黙れ、黙れ、黙れ、黙れ。
 分かっているのだ。
 分かっているのだ、そんなことは。
 だから、どうしろというのだ。
 このまま、桂が朽ちて行くのを見届けろと。
 桂が首を落とされるのを見届けろと。
 介錯の刀を翻し、喉をかっ切れと。
 いやだ。
 いやだ。
 あいつが死ぬのは、いやだ。

「ぎんとき」
 遠くから呼ばれる声に、銀時の意識は引き戻される。
「ぎんとき。どうした、なにがあった、ぎんとき」
 がさがさと弱い足取りが林に踏み入れてくる。銀時の悲鳴を聞き付けたのだろう。茶屋の亭主は、存外に役に立たぬ男であったようだ。
 かつらどのお。
 目の前の死体が、うめくように名を呼ぶ。四肢を切り刻まれた血まみれの肉塊が、身をよじって這う。
 かつらどのお、かつらどのおお。
 ぎんとき、ぎんとき。

 死体が桂を呼び、死人が銀時を呼ぶ。


 逃げていた。無我夢中で逃げていた。後ろを振り向くことなく、わずかでも街道より離れようと、必死で逃げていた。途中、幾度が転んだのだろう。刀はどこぞで落としたか手の内に無く、袴の膝は破れ、旅羽織は泥まみれだった。血の汚れもその泥に紛れたのであろう、今の自分は人斬りではなく泥遊びに疲れた子供のようだ。
 そう思った瞬間、喉から子供のような泣き声が溢れ出た。
 うあああん、うわあああああん。
 逃げながら銀時は泣いた。林を抜け、浅い川を渡り、泥まみれずぶ濡れになりながら、銀時は泣いた。
 桂はあの死体を見つけただろう。そして、その言葉を聞いただろう。
 怨嗟の呪いの言葉を。
 銀時が作った死体の、桂が作った死体の、
 銀時のために、桂のために死んだ者共の呪いの言葉を。
 そして、銀時にこういうのだ。
 戻ろう、と。戻って、もう一度、と。
 いやだった。もう無理だと思った。
 桂が死ぬのがいやだった、桂を殺すのがいやだった。
 どちらかを選べと言われることすらいやだった。
 共に生きて、共に死ぬ。
 同じ志に生きる。
 もう駄目だ。もう無理だ。あんな約束しなければよかった。
 ただ、お前を守りたいだけだと、はじめからそう言えばよかった。
 もう駄目だ。
 銀時は桂を裏切った。桂の背負うもの、桂の大切なものを裏切った。
 自分は桂と共に生きることはできない。
 自分に桂を守ることはできない。
 足が草にとられ、銀時はもつれて転んだ。青臭い草むらに突っ伏し、わんわんと泣き喚いた。
 こたろう。こたろお。
 幼い頃呼んだ名前を何度も繰り返しながら、わんわんと泣いた。
 もうその名を呼ぶことはないだろう。
 呼べることはないだろう。


 桂が銀時を呼ぶ。
 幼い頃と変わらぬ調子で、ぎんとき、ぎんときと呼ぶ。
 どこに行った。自分ではこの者らを埋めてやることすら出来ない。弔ってやることすら出来ない。
 お前がいなければ、お前の手が無ければ。
 ぎんとき、ぎんとき。
 萎えた足でよろよろと立ち上がる。死体の一つ一つを確かめたその手足は、血と臓物の匂いに汚れていた。
 ぎんとき、ぎんとき。
 死臭の立ちこめる中、桂が銀時を呼ぶ。
 この世でただ一人、誰よりも美しい侍の名を呼ぶ。
 それがもはや草いきれの中に朽ち果てたとも知らず。