出会い

Read Me

Offline

Gallery

Last Update 12/03/21
王子様と秋の空 [将棋]
...more
 

Web Clap

9/22 拍手オマケ更新。にくきゅう。
Res

Mail Form

Res

Search

Recent Entries

  1. お年賀
  2. 冬コミお疲れ様&あけましておめでとうございます
  3. 冬コミ告知
  4. 病気過ぎる。
  5. そういえば、ゴチメ見てきたですよ。
  6. テスト投稿
  7. CAヅラさん
  8. ヅラさんNTR篇
  9. 夏コミ新刊通販開始しました&ダンガン2おもろかった
  10. 夏コミお疲れ様でした

2007年8月20日

人にやさしく I

 3Z銀八桂。多串視点。銀八桂←土ではないはず。
 一応『チェインギャング』の続き。そして、Iというより導入部。

 なんか、沖田が出張ってる。


「出来てますぜ、あの二人」
「……はぁ?」
 沖田が珍しく一緒に弁当を食おうなどと言い出したので怪しいとは思ったのだが、本格的に脳が沸いたか。
「誰が」
「なんでぃ、耳にまでマヨが詰まったんですかい? だから……」
 あの二人。沖田のプラスチック製フォークが向かう先には、LHRの打ち合わせをする担任教師と学級委員長がいた。
「……待て待て待て待て」
「一回言えば分かりやす」
「男同士だぞ?」
「愛に形は関係ありませんぜ?」
「犯罪じゃねえか」
「障害があるほど燃えるってなもんで」
「証拠はあんのかよ」
「へい」
 山崎からです。そういってこっそりとメモリーカードを渡される。携帯のスロットに差し込み、画像を読み込むと……
「……うっわあ」
 気色悪い。気色悪い気色悪い。同じクラスにこんな変態がいて、あまつさえ教室内の権力を握られているのかと思うと、マジでサブイボが立つ。思わず吐き気を催す。
「おっと、吐かねえでくださいよ。俺のペペロンチーノがマヨだらけになっちまう」
「俺のゲロはマヨオンリーか!」
「実際、食ってるモンの9割はマヨじゃねえですか」
「吐かれたくなかったら、飯時にこんなもん見せるな!」
「何言ってんですかィ。飯時じゃねえと意味ねえでしょうよ」
 嫌がらせなんスから。思わず空のマヨ容器を投げつけ、ひょいとかわされる。
「まあ、情報の共有と言うことで」
「知りたくなかったよ、こんなこと」
「うすうす気付いてはいましたがね。銀八の野郎、桂にはやたら構う」
 確かに、何事にもやる気なく生徒にも興味の薄い銀八が、桂にだけは妙に絡む。なんでも、昔、家ぐるみで付き合いがあったとかなかったとか聞き、その縁だろうと気にも留めていなかったが……
 そっちからこっちへ凄まじい方向転換されると、見ているこっちが振り落とされそうになる。
「……いるんだなあ、ホモって」
「統計学的に言うと、全人口の1?2割は同性愛者だそうで」
「……マジでか」
「しかも、先進国に集まるそうで」
「……まずい、吐き気が……」
「そいつぁやべえや、吐くならこれに……」
「ああ、すまねえ……って、空マヨじゃねえか、これ!」
「再利用しましょうや、どうせゲロみてえな食いモンになっちまうんだから」


 見てはいけないと思いつつも、どーしても気になる。土方は斜め前に座る桂の後姿を、視界の端で捉えていた。
 一番に目に付くのがやたら長い髪。女みたいだヅラみたいだとからかわれ、近藤の目の敵にされても頑なに切らない。もしかして、その理由が彼の性嗜好と関係あるのなら、彼の強情も分からないでもない。
 細い。半袖のYシャツから伸びる二の腕は贅肉がない分、女生徒のそれよりも華奢に見える。ちゃんと食ってんのかと思う。そういえば弁当も小さいし、下校途中に買い食いしているのを見かけたときも、ファーストフードではなく立ち食いそばなんぞに入ってた。あんな油っ気のないものばかり食うから、こんなに痩せるんだ。マヨ食えマヨ。
 今は落ちた髪で半分隠されてはいるが、顔も悪くはない。というか、いいほうだろう。黙っていれば、それこそ女にしか見えない。中身が天然にもほどがあるので、時々忘れるが。基本、無表情の鉄面皮なので、人形のように見えることもある。

 これと、あれが、

 教壇に目を向ければ、いつものようにやる気なく教科書を読む国語教師がいる。教え方自体は悪くないものの、空気がだらけているので、銀八の授業は居眠りが続出する。ちらと見渡せば、クラスの1/3は机に突っ伏しており、それ以外にもこくりこくりと舟を漕いでいる。沖田に至ってはアイマスクを付けて爆睡中だ。しゃんと背を伸ばしているのは……桂くらいなものだ。

 出来ている、と。

 銀八は欠点の多い教師だが、じゃあどこが欠点かと言われると別段大きなものはなかったりする。
 背は高い(土方と同じくらいだが)。痩せても太ってもいない、むしろ均整の取れた体つきだ。顔も腑抜けてはいるが、造作自体が悪いわけではない。授業中も銜えタバコを離さないが、隠れヘビースモーカーとしてはそこを追求する気にはなれない。よくだらしなくYシャツに皺をつけているが、男の一人暮らしなんかそんなもんだろう。国語教師なのになんで白衣だと言うのも、教師というものは白衣を着るものと相場が決まっている。ジャージやTシャツでないだけ合格点だ。敢えて言うなら、体質だという天然白髪と天然パーマが特異だが、人の身体的特徴をあれこれ言うのはよくない。
 普通の男だと思ってたんだがな。
 生徒のエロ本を取り上げて私物化したり、視聴覚室でエロDVD上映会開いたり、更衣室の覗きスポットメモになぜか銀八の字で情報が書き加えられてたり。ある意味、普通の男以上にアレな男であり、硬派を自負する土方にとっては見下すべき存在なのだが。
 性の乱れってこういうことか?
 メモリーカードに入っていた画像の数々。あの親密さは、明らかに『一線を越えた』ものだった。実際に肉体的接触があった画像は……その……キス程度ではあったが、それだけではないことは異性経験のない土方にだって分かる。もしも土方があんなふうに誰かと触れ合う(そんな風にしたい女は一人しかいないが)ことがあるなら、もはや、『結婚を前提としたお付き合い』でもなければ有り得ないだろう。
 そのくらい、土方は古臭い男である。
 だから、理解できない。今目の前で、『ヅラァ、何お前寝ないの? 頭痛くて寝るどころじゃないって言うなら、ヅラ外してもいいんだよ?』『寝ません。あとヅラじゃありません、地毛です。そして桂です』とお定まりのやり取りをしている二人が、
 出来ている。
 世界は謎で満ちている。


「知恵熱起こすたぁ、土方さんは本域のバカですねィ」
「うるせえ。いきなり担任のただれた恋愛事情知らされりゃ、悩みもするわ」
 五限目の古文のコマいっぱい、教壇の人物とそのまん前に座る人物がいかにして、そのただれた恋愛事情を孕むことになったのかを考えていたら、本気で気分が悪くなり、さらには頭痛が襲ってきた。六限目のLHRが始まる前に保健室に駆け込み、ベッドの中でうんうん唸っていたのだ。
 下校時刻になり、カバンを持ってきたのが沖田と言う時点でいやな予感はしていたのだが、案の定、教科書やノートは全部抜かれ、置きマヨが詰まっていた。
「なんだよ、お前。教室戻らなきゃいけねえじゃねえか」
「あんたはマヨがあれば世はなべてことも無しでしょうよ。大体、置きマヨなんて気持ち悪い習慣を教室に持ちこまねえでほしいんですがねぃ、腐ったらどうするんでぃ」
「バッカ、マヨは常温でも腐らねえんだよ! 酢の殺菌パワー舐めんな!」
「はいはい、そんじゃ俺ァもう帰りまさァ。思う存分、マヨと添い寝してから帰ってくだせぇ」
 そういって沖田は本当に帰っていった。仕方なく土方は身支度を整え、教室への階段を上る。
 本当に参る。変なテンションの人間が多いZ組にて数少ない常識人担当の自分としては、これ以上の異常事態は勘弁してもらいたい。なんだ、担任と学級委員長が男同士で出来てるって。先日、受験勉強をしつつ適当にテレビつけてたら、男同士でバレンタインのやり取りした挙句、その夜、公園がホモカップルでいっぱいにという気の狂ったアニメがやってたが、あれも異常ではないとでも言うのか。いや、異常だろう。
 不登校に陥りそうだ。もう二学期から自由登校でいいじゃねえか。はあ、とため息をつきつつ、教室のドアを開ける。
「……ぬあっ!」
「おう、忘れ物か」
 出入り口すぐに、白いモジャモジャ頭があった。
「何してんだ、あんた!」
「何って、お前、貼り紙剥がしてんだよ」
 そろそろいらねーだろ、こんなもん。教室の出入り口すぐ上には、各委員からの連絡や、今月の標語などが貼られている。この上にあるやつといえば……
「おい、それ、風紀委員の標語じゃねえか! 近藤さんが書いたやつだぞ、剥がすな剥がすな!」
「えー、いいよーう。もう誰も読んでねーよーう、こんなの。大体何よ、『折り目正しい身だしなみを心がけよう』って。ヒゲゴリラとタバコの匂いプンプンとアイマスクに言われたくねぇー! って、みんな言ってるよ?」
 ヅラに髪切れ髪切れ言ってる場合じゃねえだろ。付け足すように言われた言葉に、ピクリと眉が引きつる。
「いる?」
「……いる」
 剥がされた貼り紙を差し出され、無条件で手に取る。部屋に貼ろう。
「……前から思ってたんだけどよお」
「あーん?」
「なんで、桂のことだけあだ名で呼ぶんだ?」
「お前だってあだ名で呼んでやってただろう、多串くん」
「そりゃ、名前覚えてねえからテキトーに呼んでただけだろ!!」
「そうだっけぇ? 多串くんの由来になるような事件なかったっけ? ほら、校内団子早食い競争で優勝して、その手に大量の串が握られてたとかさ」
「ねえな、絶対ねえな」
「じゃあ、顔が多串ーって感じだったんだな」
「どんな顔だー!?」
「なんかこう、串をたくさん頬張ってそうな……」
「刺さるじゃねえか!」
 お前のツッコミはそのまんま過ぎていかんね、などと呟きながら、銀八は画鋲ケースを片付ける。
「で、なんで桂だけ……」
「だって俺、あいつが幼稚園のころから知ってるもん。いまさら、『ハイ、桂クン』なんて言ってらんねーよ」
「公私混同はよせよ」
「教師にプライベートなんかねーんだよう。深夜だっつーのに、だれぞが万引きした補導された喧嘩したって呼び出されるしよお」
 だから校内でいかがわしい行為に及ぶのか。準備室を望遠で捉えた画像を脳裏に浮かべつつ、貼り紙をクリアファイルに挟み、カバンの置きマヨと教科書を入れ替え、土方は頭の中でだけ突っ込む。
「多串くんもタバコなんかで補導されるんじゃねーぞ。お前、判定いいとこまで行ってんだから。停学食らったらめんどくせーぞ」
「ああ、まあな」
 こういう部分だけ、やたら聡く気の回る教師だ。名前もろくに覚えないくせに、抑えるべきところは抑えている。
 そのような教師が、この大事な時期に何故生徒に手を出すのか。
 もしかしたら、その幼稚園のころからよりツバ付けてたのか。
 ホモどころじゃない、ショタどころでもない、本物のペドフィリアではないか。こんな身近にそんな変態がいたとは俄かには信じがたい。
「早めに帰れよ、多串くん」
「多串じゃねーって」
「ついでに、ヅラが図書室に残ってるはずだから、寄ってってやってくれ」
「……なんでだ?」
「あ、LHRいなかったから知らねえのか。一応ね、うちも受験対策の補習やることになったから。ヅラもお前も国公立狙ってっけど、予備校いってねえだろ? 補習くらい出なさい。ヅラが申し込み用紙持ってるから」
 手をひらひらさせ、そんじゃねー、と軽い挨拶をし、銀八は教室を出て行った。
 どうしたものか。


 そういえば、小学校のときに『正しい読書の姿勢』って習ったよな。
 図書室でなにぞ文庫本を読んでいる桂は、そんなことを思い出す姿勢の良さだった。もう、あのまんまだ。ほら、本の角度と首の角度を平行にとか、ああいうやつ。
「桂ぁ、補習の……」
 全て言う前に、傍らのクリアファイルから一枚のペラ紙が差し出される。銀八に学割の申込書がほしい、在籍証明書がほしいと書類を頼むと、大抵『ヅラに聞いて』と返される。この、生だけでなく、クソがつき、さらにその上に超とバカもつく真面目な学級委員長は、大方の書類を目的別に持ち歩いているらしい。真面目でないのは髪の長さくらいなもので。
「どうやって書くんだ?」
 授業コードとかあるんだけど。そう続ける前に、今度は見本として桂の申込書が差し出される。
「……ペン借りるぜ?」
 桂の肘の辺りに転がっていたペンケースから一本ボールペンを失敬し、椅子を引き出して斜向かいに座る。
 ちなみに、土方が図書室に入ってからここまで、桂は一切文庫本から目を上げていないし、言葉も発していない。
 嫌われているんだろう。いつも風紀チェックでは目の敵にされている。クラス内のリーダーシップ(あってないようなものだが)を巡って近藤と対立するのもしばしばだ。だからって、プチシカトはないだろう、プチシカトは。
 ホモのくせに。
 ……まあ、それ自体は分からないでもない。知り合いの女性の部屋にあったなんかキラキラした絵柄の漫画には、桂のように、髪が長くほっそりとして中性的な少年が登場しては、なんか、こう、色々やってた。色々。銀八のようにとっぽいオッサンより、桂がそうであるというほうが得心が行く。
 あー、なるほど。こういうのを美少年というのだろうな。
 総悟なんかも黙っていれば割り合い可愛らしい顔立ちをしているが、宝塚とか少女マンガとか、キラキラした世界に住む美少年といえば、桂のようなタイプだろう。総悟はアレだ、ジャニーズとか。
 土方も不本意ながら顔には自信がある。女に告白されることはちょくちょくあるし、剣道部の試合なんかでは黄色い声が自分の名を呼ぶ。しかし、こんな風に髪を伸ばし、一切の表情を表に出さず、ただ黙って座っているだけで『きれいだなあ』と思わせるほどではなかろう。
 ……まずい。
 脳内で、画像の情景がどんどんリアルになっていく。その手の趣味は一切ないが、性的な情報というのはそれだけで興奮材料となりうる。見た目小奇麗なら尚更だ。目の前の、この、きれいな顔をしたクラスメイトが、校内で、教師と、
 ガリッとペン先が滑った。
「破いたか」
 桂がはじめて口を開いた。
「あ、ああ……」
「ほら」
 二枚目が差し出される。文庫本に目を落としつつも、一応、土方のことは気に掛けていたらしい。一言二言ではあるがようやく会話を交わしたことで、桂が人間らしく見えてくる。
 手の震えも収まり、桂の見本を横目で見つつペンを走らせる。教科選択まで辿り着いて、ふと気付く。
「桂、てめえ、文系じゃなかったか?」
「ああ」
「理系教科しか選択してねえじゃねえか」
「センター対策だ。文系は自分で勉強できるが、そっちは不得意だから」
 不得意教科を埋めるのが補習というものだろう。それはそうなのだが、納得いかない。
「……現国と古文担当は、銀八だぞ?」
「それがどうした」
 どうした、って。
「現国も古文も目標偏差値には届いている。自主学習で済む。余計な世話は要らない」
「いや、だってな、お前……」
 付き合ってるんだろう。
 好きなんだろう。
 わずかでも一緒にいたい、そういうものじゃないのか。
 同性愛者の心理は分からないが、教師に恋焦がれる生徒の気持ちは分からないでもない。気に入られようとその教科に力を注いだり、なにかと質問しに行ったり、マメになってしまうものだ。
 ならば、銀八の補習を選ぶだろう。
 桂が訝しげに眉を顰める。
「どうかしたか?」
「……銀八、嫌いか?」
「普通」
 訳が分からない。


 今まで見えていなかったものが見えてくると奇妙な気分になるもので、銀八が桂に話しかける時は他の生徒より距離感が近いとか、桂も銀八と話す時は他より遠慮がないだとか。
 人心に聡い方ではないが、見えてしまうものは見えてしまう。
「土方さん、桂にお熱ですねぃ」
 古語辞書を思いっきり振り下ろしたが、難無く躱された。
「お前だって、しょっちゅう桂いじってんだろーが!」
「だって、ありゃあ面白いんですぜぃ」
 面白かろう。クソ真面目すぎて天然としか思えない返答がかえってくる。
「桂をかまうと、銀八が楽しそうな顔するんでさぁ」
 確かにする。常にやる気のないあの教師が、桂が沖田や神楽に弄られているときだけ、ほんの少しだけ楽しそうな顔になる。
「なんなんですかねィ? ドSなんですかねィ?」
「……お前に言われたくねえだろうよ、銀八も」
「オイ、コルァ。沖田ァ」
 甲高い声に見合わぬ乱暴な口調に振り返れば、これまたちんまりした体格に似合わぬ仁王立ちで神楽がふんぞり返っていた。
「なんでぃ、チャイナ」
「テメー、さっきヅラの乳揉んだアルな?」
「……なにやってんだ、テメェは……」
「いや、ちょいと発育具合と開発具合が気になりましてねぇ」
「勝手なことしてんじゃねーヨ! ヅラは私の舎弟ネ! 勝手な手出しは許さねーアル!」
「おうおう、なんでえなんでえ。リーダー呼ばわりされてるからってナマ言っちゃあいけねえや。桂のあの反応は、俺に揉まれて喜んでたぜぃ?」
「んなことねーヨ! ヅラのヨガリポイントを一番知ってるのは私ネ!」
「おい、女がそんな言葉使うな! つーか、お前ら実は仲いいな!?」
 そして、意外と桂は好かれている、らしい。銀八が率先してからかうせいか、何かにつけ調子乗りの神楽や沖田にいじられている。
 見方を変えると、苛め一歩手前だが。
「よーし、見てろヨテメー! ヅラが私にメロメロだと思い知らせてやるネ! ヅラアアアア!」
「あ、お前、何を……!」
 沖田とキーキー引っかき合ってた神楽が踵を返し、教卓正面の自席で黙々と単語帳をめくる桂に飛び掛り……
「うわああ!? な、リーダー!? やめっ……」
「黙って揉ませるアル、ヅラアア! 痛くしないネ、安心して身を任すヨロシ!」
 胸を揉み始めた。……何やってんだ。
「ん? どうアル、ここか? ここがいいアルか?」
「ちょっ……やめろ、リーダー! 血迷ったか!」
 確かに血迷ってはいるが、その言い方はどうだろうなあ。ニヤニヤ眺める沖田を横目で見ながら、土方は額を抑える。そのまま傍観を決め込もうとしていたのだが、
「いや……リーダー、ほんとにやめ……っ!」
 抵抗する桂の声の調子が変わる。頬を染め、かぶりを振るごとに長い髪がはらはらと顔に掛かり……
 まずい。
「……チャイナ、そんくらいにしとけ」
「おう!?」
 土方は神楽を羽交い絞めにし、桂の身体から引き剥がす。
「なにするヨ! 離すネ、マヨ串!」
「マヨ串じゃねえ! おめー、ものには限度ってもんがあるだろ! 桂、嫌がってんぞ!」
 嫌がってる、というか。
 眼下で俯く桂は、赤らんだ顔を髪で半分以上隠し、小さく身体を丸めている。なんというか……目の毒だ。
 神楽はそれを泣いているものと判断したらしい。
「……ヅラー、ごめんヨー。機嫌直すネ」
 気にしていないというように、ふるふると頭が振られる。それでもその面は俯いたままで、土方の腕を抜け出した神楽は心配そうに覗き込む。
「ヅラ? どしたネ? 痛いカ?」
 体格に見合わぬ怪力の神楽のことだ、力加減を誤ればどこかに打ち身でも拵えかねない。しかし、きっと今桂が俯いているのは……
「……なあ。おい、かつ……」
「桂君、いるー?」
 土方の声を遮って、教室のドアに肩半分だけつっこんだ銀八の声が響く。
 珍しく、あだ名ではなく本名で呼んでいる。
「ちょっと来て」
 くいくいと手招きされ、桂は神楽にも土方にも目もくれず廊下へ走り出た。
「あーあ。怒っちまいやしたね、桂」
 のっそり出てきた沖田が、いらぬ口を挟む。
「クッソー! テメーのせいアルヨ、ヅラ傷ついたアルヨ! テメーが余計なことするからヨ!」
「なんでい、俺はもっとソフトタッチで揉みましたぜぃ?」
「黙れ、お前ら! どっちも悪い!」
 ゴン、ゴン、と連続で拳を落とす。ぎゃあぎゃあ喚き出す二人にあとで桂に謝れと言い残し、土方は廊下へ出た。どうにも気になったのだ。桂も、銀八も。
 廊下を出たすぐのところにいると思ったのだが、ドアの周辺に二人の姿はない。左右を見渡して、階段口の辺りに白い綿毛頭がちらりと見えた。動いてるわけでもないから、立ち話をしているのだろう。
 桂に言おう。二人は自分が叱っておいた、じゃれつきが度を越しただけだ、銀八も悪い、教師がからかうから神楽も沖田も真似をする。
 早足で廊下を駆け、階段口に飛び込んだその時だ。

 銀八が、ぴったりと桂を抱き寄せていた。

「愛してるよ、桂」

 まずい。
 非常にまずい。
 ラブシーンの邪魔をした。ざーっと血の気が引く音がする。すぐさま踵を返しその場を去ろうと思ったのだが、ラブシーンも予想外なら、その後の展開も予想外だった。

 桂が銀八の腕を振り払い、
 さらには突き飛ばし、
 長い髪を振り乱して階段を駆け下りていった。

 呆然、という他はない。
 二三よろめいた銀八が、すぐに土方の存在に気付く。
「よう、見た?」
「……見た」
「せんせー、振られちゃったー。恥ずかしいから秘密な?」
 いや、そんなこと言われても。振られたと言う割には、銀八の表情はいつも通りの気だるい無表情だ。思わずその顔と階段の下を見比べる。
「ああ、ヅラはね。追っかけなくていいの。あいつ早退するから」
 あとでカバン届けてやんないとね。そう言いながら、のたのたと猫背の教師が歩き出す。
「どうした? 次はHRだぞ、多串ー」
「……多串じゃねーよ」

 その日のHRの冒頭、桂は母が危篤状態となったためしばらく学校を休むと銀八が言った。