2007年11月15日
あなたの人生の物語
坂誕+リクエストアンケート第二位『攘夷時代の坂桂でチョメ』。
銀桂前提ではありますが、かなり坂←桂色強いので要注意。
軽いチョメ描写があるため、R15でお願いします。
多分、坂本は桂が初めて出会った『他人』なのだと思う。
聡いくせに鈍く、頑固なくせに懐が深い。桂は、一度身内をみなしたものに対する情はどこまでも深い。幼いころから共に育った銀時や高杉など、自分の身体の一部とまで思っているのだろう。傲慢で横暴で無神経で、普段は気遣いの一つも見せぬくせに、銀時が本当に泣きたい時や高杉が自暴自棄になる時は、必ず側にいた。何もかも分かっている、何もかも受け入れる、そんな顔で桂は側にいた。いつからか、三人で一つの魂を分け合っているような、そんな気さえした。
だけれど桂は、坂本にだけはその勘処が働かない。
「あいつだけは何を考えているのやら、さっぱり分からん」
いつだかの宴の席で、猪口を手の内で弄びながらそう桂がつぶやいた。視線の先には、年下の志士を捕まえ強い焼酎を飲ませては喜ぶ坂本がいた。
分からん、全く分からん。重ねて呟く。酔いに潤んだ瞳はまっすぐ逸らされることはない。まるで何か眩しいものを見るかのように微かに睫毛が震えているのが、隣りに座った銀時からは見て取れた。
好きなんだな、と思った。
理解出来ないものを理解したいと思うように、自分にはないものを追い求めるように、桂は坂本が好きなのだと思った。幼いころから共に育ったからこそ、誰よりも近くにいたからこそ、同じ命を分け合い同じ魂で生きているからこそ、銀時は桂が初めて出会った『他人』に抱く感情が分かった。
おそらくその名は恋と言う。
冬が早い年だった。冷えた夜の空気が顔の肌にしくしくと刺さる。痛みに頬をさすれば酷く荒れた感触がした。
厚織りの肩掛けを胸の前でかき寄せ、桂は裏山を掻き分け小さな庵を目指す。屯所でもよさそうなものをわざわざこんな場所まで呼び寄せるとは、妙に芝居がかったところのあるあいつらしいと思った。雪がない季節であったことが幸いか。
何のようであるかは聞かされていない。それでも桂には、これから坂本が話すことがなんであるか分かった。それをどのような気持ちで語るのかは、さっぱりと分からなかったが。
庵と言うよりも茶室である。土壁が厚く窓も戸も小さい。寒いこの地方で、炉の火を逃さぬための工夫なのだろう。こつこつと戸を叩く。
「入り」
短い返答を確かめ、腰丈の戸を開けて中ににじり入る。内は既にかんかんと炉が焚かれ、急な温度差に皮膚が更に突っ張る感触を覚えた。
「ひやかったろー。はよぅ側に来」
肩掛けを落とし、円座に腰を下ろす。三畳敷きの小さな草庵だった。細い床の間に無造作にあけびが転がされているのは、茶席のつもりなのだろうか。行灯はなく、炉の火だけがほのかに明るい。
坂本は、狭い庵の中で動きにくそうな厚ぼったい掻巻きを肩に羽織っている。裾は壁に詰まって皺になっていた。安っぽい黄糸で手毬や御所車が描かれた派手な赤地の布は既にくたびれていたが、黒い半襟だけは最近つけなおしたものらしく、しっとりと坂本の肩から胸に沿っていた。
「暑くないのか」
「わしゃあ、寒がりやき」
こつんと火箸で炭を転がす。赤いそれが火の粉を吹いた。鉄瓶も茶釜もかかってはいない。乾燥した空気はそのためか。
「話は」
「うん」
珍しい。坂本が言葉を選んでいる。口から先に生まれたような銀時ほどではないが、坂本も多弁な男だった。頭で考えたことを、ろくに推敲もせずそのまま口に出す。失言も多いがそれ以上の正直さで人の信頼を勝ち取る。坂本はそういう男だった。
「出てく」
「そうか」
「すまんの」
桂は黙って首を振った。誰に強いられたものでもない以上、抜けるもとどまるもその者次第だ。なによりも、坂本は戦場が似合わぬ男だ。
「いつだ」
「決めちゃぁせん。まだどこ行くかも決めちゃぁせんきに」
「土佐に戻ればよかろう」
「今更かぁ?」
ははは、と短く笑った。その顔をじっと桂は見る。坂本は桂の顔を見ない。
そういうところがある。
あけすけな割りに本意を見せない。何があっても笑って済ませ、怒ったところも悲しんだところも見たことがない。本心からそうなのかもしれない。それでも、坂本が喜怒哀楽の全てを人に見せないことに変わりはない。
そういうところを好ましく思っていた。苛立たしく思っていた。
ぱちん、と炭が割れる。
いつ頃出ていくつもりかと聞けば、いつ頃がいいのかと返される。出来れば春まではいてほしい、今進んでいる作戦には貴様を組み込んでいるから。難もなく、分かったと応える。本当に何を考えているのか分からない。
「怒らんか」
「怒る理由がない」
「止めんか」
「止められるものならな」
火を受ける顔の皮膚が引きつるように痛む。もう一度頬をさすれば、やはり荒れた感触。
「貴様は、いつか出て行くと思っていた」
悪い意味ではないのだ。そういう気持ちを込めて桂は笑顔を作ったが、坂本の目はそれを見ていなかった。
「貴様はこのような場所で燻っているような男ではない。泥縄の戦に捕らわれることはない。もっと大きな、そう、大義を成せる男だ」
なんと在り来たりな言葉か。お為ごかしの正論で中身が無い。薄っぺらで空っぽだ。違うのに。そうではないのに。
「坂本」
どうすればよいのだろう。引き止めて欲しいわけではないだろう。詰って欲しいわけでもないだろう。分からない。この男の考えていることは分からない。
「さかもと」
なんと言ってやればいいのか。
なんと言ってやりたいのか。
「きっと、はじめからそうだった。俺と貴様の道はそれぞれ違っていて、それが偶さか交わりあっただけなのだ」
突き放すように聞こえるだろうか。そうではなくて、自分が伝えたいのは、そうではなく。
「俺は貴様に、己の信じる道を歩んでほしい。銀時も高杉も、そうしてほしい。俺もそうだから。だから、ここにいる。だから、貴様がここから出て行きたいというのなら、俺は何も言えんのだ」
ぱちんぱちんと炭が弾ける。乾いた空気に肌と目が痛む。坂本のてらてらとした薄い皮膚もおそらく引き吊れているだろう。
「それが、さかもとの、ものがたりだから」
本当は抱きしめてやりたかった。この男が銀時や高杉であったら、躊躇いもなくそう出来た。
「俺は、貴様のものがたりに関われたことが、貴様のいのちに関われたことがうれしい。それだけで、うれしい」
だから、
「何故、泣く」
背を丸め、ゆっくりと崩れるように坂本は泣いた。そのもじゃもじゃ頭に火の粉が飛ぶのをそっと払ってやる。力を失った重たい上体を肩口に引き寄せ、そっと抱きしめた。
こわい、わしはこわい。これ以上、ひとが死ぬのがこわい。
どればぁ堪えられよぉか、どればぁ笑ぉてられよぉか。
わからん。なぁもわからん。こわい。
かつら、わしはこわい。
くしゃりと髪に指を埋め、頬を摺り寄せる。柔らかく渦を巻くそれは銀時の髪とは違った。
かつら。すまん。
ゆるしてくれ。
ゆるせ。ゆるせ。
何故、泣く。何故、謝る。それはお前には関係のないことだ。それは俺の選んだ道であり、俺のものがたりだ。お前の存在がそのものがたりで重きを置いたとしても、それが俺のものであることになんら変わりはないのだ。
「俺にくれ」
それでもお前が負い目に思うのならば、それならば、これくらいの我が儘は聞いてほしい。
「それほどに怖いのなら、それを全て俺に寄越せ。血も刀も、傷も、俺にくれ」
お前はここから逃げていく。何もかも捨てて遠くへ逃げていく。きっと振り返りもしないだろう。お前はそういう男だから。俺はそんなお前をまぶしく思っていたから。
だから、だから、
だから!
「坂本。未練を全て俺にくれ」
裾や袂が落ちそうで、炉に蓋をした。炭火は埋められじわじわと熱だけが残り、草庵の中は闇に落ちる。
坂本も桂も背丈が高い。手足を伸ばせばすぐに壁にぶつかってしまう。なによりも、掻巻きの外は素肌には寒い。
頭まですっぽりと潜った真っ暗闇の中、手探りで素肌を求め合う。
さわさわと触れる巻き毛の感触はあるものの、暗過ぎて、本当に暗過ぎて坂本の顔も表情も見えない。それは向こうも同じことで、頬に添えられた右手の親指が桂の唇をなぞり、場所を確かめてから吸い付かれた。
坂本の薄い唇の感触。口の中で動き回る長い舌。銀時とは違う。男に口を吸われるのも、男と裸で抱き合うのも、銀時以外ではこの男が初めてなのだと思い出した。
「……さかもと」
背に手を回せば、てらてらと独特の肌触りがする。日に焼けて薄くなった皮膚。銀時の色素の薄い白いそれとは違う、黄褐色の肌の色を必死に脳裏に浮かべた。
指が長い。骨ばっている。剣だこはそれほど固くない。肉の薄い手が、触れるか触れないかの巧みな動きで桂の肌を湿らせていく。手馴れている。女にか、男にか。どちらでも構わない。
同じように桂の手も坂本の肌をたどり、引き締まって薄い腹から下の茂みに指が潜り込む。
「あ」
指先がそれに触れた瞬間、思わず桂の唇から声が漏れた。熱い。固い。そろそろと手を開き、竿に指を絡めた。
「かつら……っ」
坂本の左手が桂の腰を抱き寄せ、尻の肉を掴む。ぴったりとくっついた腹の合間に突き入れられた右手が、坂本の陰茎を握る桂の手とそれに擦り寄る桂の陰茎と、まとめて包んで握りこむ。そこからは、もうどれが自分の手か坂本の指か分からなかった。
「あ、あっ……!」
呼吸が荒くなる。狭い掻巻きの中が汗と吐息で湿りだす。尻たぶを揉まれ、陰部はもみくちゃにされ、捻った膝は自然と坂本の長い足に絡みつく。
は、は、は。小さく浅い息を繰り返す。胸が詰まって、深く息が吸えない。
「坂本、いく。もう、もういく」
吐息に紛れるような桂の小さい声に、ようやく坂本の手が緩まる。噴き出した汗でべっとりとくっついていた肌が離れる。
足、開いてくれ。
乞われるままに膝を緩めれば、性急に抱えあげられ坂本の身体が割り入ってきた。急かされている。桂と繋がろうと必死になっている。この男が。それを思うと、咎める気にはならなかった。
潜り込んできた長い指に、桂は息を詰め喉を逸らせた。
一本を楽に咥え込んだと知るや、すぐに二本。それに慣れたとみなし、もう一本。
乱暴な、快楽を与えるためではない、ただ慣らす為だけの忙しない指だった。きっと坂本はこんなふうに女は抱かない。もっと優しく、嬰児を扱うかのようにゆっくりと指を使うだろう。それが嬉しかった。桂を抱くことだけを考えて、気遣う暇もないほどに追い詰められている事実が、たまらなく嬉しかった。
坂本、もういい、はやく、もう、もう。
急かせばその勢いのまま坂本は腰を押し付け、桂の芯を割って入ってきた。
「……ぁあ……っ」
目がくらむ熱。息をふさぐ質量。はらわたを押し上げる坂本の肉の杭に、吐息とも悲鳴ともつかない声で喉が震える。
自分より幅の広い坂本の身体に上から抑え込まれ、突き刺すように腰を使われる。桂に出来るのは精一杯足を曲げ、坂本の腰にしがみつくことだけだった。
ああ、いい。そこ、もっと、そう、ああ、さかもと、さかもと、もっと。
単調な動きに押し出されるようにうわ言を呟く。腹の奥を突かれる感覚を必死に追う。もっと、もっと奥まで。深く。もはや何もかも捨て去ろうとするこの男に最後の傷を残すように。
お前が俺を傷つけたことを忘れぬように。
「こたろう」
息は乱れ、それでも幾分しっかりした口調で坂本が囁く。真っ暗闇の中、その表情は見えない。
「名前で、呼んでくれんか」
だから、きっと自分の表情も見えない。
震える唇も、わななく瞼も、歪んだ眉も、この男には見えない。
「……辰、馬……」
それでも、声に入り混じった涙は隠しようがなかった。
「辰馬、辰馬、たつま、たつまぁ……」
隠しようがない。だから、遠慮もなく桂は坂本の背に爪を立てた。汗ばんだ肌を引っ掻く。忘れないように。
俺がお前を傷つけたのだと忘れないように。
「初霜じゃの」
「そうだな」
草履の下で、霜の張った土がぱしりぱしりと音を立てる。冷えた朝の空気が鼻腔に刺さる。転ばないようにと坂本に握られた手だけが暖かい。
「金時にゃあバレんかのぉ」
「精々隠し通すことだな。陣を出る前に死ぬぞ」
からからと坂本が笑う。ひどく久しぶりに聞いた気がした。
「本当にどうするか決めてないのか」
「うーん。船ば乗ろうかぁちゃぁ思うちょるが」
「ああ、下手の横好きのアレか」
「そりゃあ、すこぅし使い方が違うぜよ」
似たようなものだろう。何を言っても坂本は笑う。怒りも悲しみもせず笑う。
「どこにでも行け」
朝日はまだ昇らない。ようやく山の稜線が僅かに白みだした。
「貴様の道だ。好きなところに行けばいい」
「こたろう。一度分かれた物語っちゅーんは、もう二度と出会わんもんながろーか?」
ぱしんと霜が砕ける音がする。
「同じ空の下、同じ星の上、同じ宇宙に生きちょるんじゃぁ。二度と交わらんこたぁないと思うんけんども」
「宇宙まで行くか」
「天人とわしらの物語も交わったきに」
やっぱりこの男の考えていることは、よく分からない。視点が頭上30尺ばかり上にふわふわ浮いているのではないだろうか、と思う。桂は、そのような目は持てない。
「わしゃあ、できんばぁ遠くが行くぜよ」
「海の向こうか」
「そうじゃあ。星の漂う海の向こうじゃ。どこまでもどこまでも行く。果てまで着いて、ほきもまだ、小太郎の物語とわしの物語が交わんちゃぁ分かった時にゃ、そん時にゃ」
その時には、どうするつもりなのだろう。
「辰馬」
「あん?」
「貴様な、そういうところは少し改めろ」
何を言っているのか分からない。そういう顔で、坂本が振り向いた。珍しく眉根が寄り、黒目の小さな目が訝しげな色を浮かべる。
その顔が余りにも素っ頓狂でおかしくて、眉間に軽く手刀を入れてみた。
あいたーと額を抑える坂本の顔を見て、桂は久方ぶりに声を上げて笑った。
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