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王子様と秋の空 [将棋]
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2008年3月12日

ようやくアンタと指せる 後編

 棋士モノ、奨励会時代。土方視点。
 前編はこちら


「ここ、いいか?」
 珍しく、桂五段の盤の前に誰も居なかった。というより、寄り付ける状態ではなかった。桂五段は坂田の課題ノートを一緒に覗き込み、ああでもないこうでもないと騒いでいたのだ。家でやれ、そういうことは。
 返事を待たずにどっかと腰を下ろした土方を、桂五段のやたらでかい目がじっと見据える。本当に十八歳か、こいつ。身長はそこそこあるようだが、体が全体的に薄っぺらい。女顔も手伝って子供のように見える。棋士など引きこもりがちの文系ばかりだから、ひょろりとした風貌の奴らが多いのだが、桂五段の場合は華奢というほうがしっくり来る。
 隣りにいる坂田が割り合い大柄な体格をしているから、余計にか弱く見える。
「大きいな、君は」
 言われると思った。土方の体格は、棋士というよりスポーツ少年と言う方がしっくり来る。将棋の傍ら、ずっと剣道をやっていたおかげだ。ちなみに、近藤はそれに輪をかけてでかい。はっきり言って近藤が盤の前に座ると、本将棋が5五将棋に見える。
「ええっと、確か……」
「土方十四郎、6級」
「ああ、そうだ! フルーツチンポくんの後輩だ」
「チッ……!?」
 いきなり大声で何言うんだ、こいつは。部屋にいた棋士たちの間にざわりとどよめきが走り、ごすっと桂五段の頭に手刀が入った。
「何血迷ったこと口走ってんだ、お前は!」
 坂田だ。
「血迷ってない、桂だ。ほら、アレだ。ネット対局で面白いやつがいると話しただろう」
「ああ、こないだ二歩打とうとして打てない回線トラブルだって騒いでたって言う、アレね」
「あれが近藤くんだったんだ。そのHNがフルーツチ……ぎゃふ!?」
「口にするな、その言葉を!」
「俺がつけた名前じゃないぞ、文句は近藤くんに言え! チンひょをにゃにょるひゃれほ、ひんひょとにょんでにゃにがわにゅにゅにゅ……」
「お前は本当に、どうしてこのツラでそういう言葉を……電波! ヅラ電波!」
「ひゅられも、れんぴゃれもにゃい、ひゃにゅらにゃ!」
「……あの……」
 ぎゃんぎゃんもみ合いだした幼馴染二人に、遠慮がちに声をかける。いちゃつくなら家でやれ。桂五段の頬を引っ張っていた坂田の手が、ぱっと離れる。
「ん、すまない。指すか?」
「ああ」
「何枚落ちだ?」
 むかっと来た。
 6級と四段。確かに、手合いをいくつかつけるのが妥当ではある。しかし、最初からこちらが『手加減をしてくれ』と言ってるものと決め付ける、その傲慢さが気に食わない。
「平手でいい」
「遠慮するな。飛車落ちくらいやっとけ」
「いらねえって言ってんだよ」
 きょとんとした顔の桂五段の後ろで、坂田が眉を歪める。
「ヅラぁ、そいつボッコボコにしてほしいってよ。Mだな」
「バカを言うな。彼は6級だぞ、手合いも無しに指したのではプロの沽券に関わる」
 盤をひっくり返してやりたい。こいつ、他人をイラつかせる天才だ。何でこんなヤツを、どいつもこいつも桂さんなどと慕っているのか。
「振るぜ」
「あ」
 先手を譲ってもらう必要もない、ボコボコに出来るというならしてもらおうではないか。土方は駒を振った。後手。
「……仕方ねえなあ」
 何か言いたそうな桂五段を押し退けて、坂田が盤の前に座る。
「俺が指すわ」
「……俺ぁ、桂五段に申し込んだんだ」
「いいじゃん、練習だとでも思っとけよ。それともなんですか? 君は初段にも勝てないのに、五段に喧嘩売ったんですか?」
 あれか、吉田門下は口喧嘩も教えているのか。こめかみがぴくぴくと痙攣する。
 ぜってえ負けねえ。坂田の7六歩に対し、土方は飛車先を突いた。

 おかしい。角換わりから相居飛車の形に持ち込んだはずだ。いつの間にか、飛車が左翼に追いやられている。いや、そちらに逃げざるを得なかった。おかげで囲いが崩れ、わずかな隙を突いて玉を狙われる。それを躱すのに精一杯で、攻め筋が立てられない。
 ただのオールラウンダーとは訳が違う。一見すると、まさに銀の千鳥の動きのようにふらふらした手筋だが、確実に一つずつこちらの手筋を潰してきている。
 なんだこいつ。まだ初段だろう? 6級の自分との差は確かにあるはずだが、ここまでなのか。ここまで、自分の将棋の一つも指せないほどに。
「……あのねぇ。うちのヅラくんは手加減とか出来ないのよ」
 ヅラじゃない、という声が聞こえたような気がするが、ちゃんと頭に入ってこない。
「最善手しか見えない子なの。ボッコボコかフルボッコしか出来ないの。だから、せめて手合いをつけてるわけ。馬鹿なりの優しさなのよ、分かってあげてね」
「……てめえの番だぞ」
「うん。でもね、俺はそういう優しさとかお母さんのお腹に置いてきた男だから」
 4三銀。
「覚悟しとけよ」
 抑えられた。完全に首根っこを抑え付けられた。もはや囲いもクソもない。こいつの手が速いか、俺の足が速いか。それだけの勝負に持ち込まれた。
 プロであれば投了する局面だろう。しかし、土方に投了する気は一切なかった。詰まれるまで負けじゃない。それまでに勝ち筋が見えるかもしれない。
 5二金。
 同角成。
 2四金。
 3五桂。
 ボッコボコだ。潰される。叩き折られる。自分の局面がどれほど悪かったのか、『今になって分かる』。
 坂田の後ろで課題ノートを見ていた桂五段がちらりと盤面を覗き込み、退屈そうに眉を下げて部屋を出て行く。トイレにでも行くのだろう。
「あーあ。新人くんかわいそー。初段にフルボッコにされたって言うより、五段に駒落ちで負けたって方がまだマシなのに」
「まだ負けてねえだろうが!」
「おや、まだそんなこと言うの? あーあ、もうしらね。もうお兄さん知らないからね」
 4六金。
 ざわっと後ろがどよめく。いつの間にかギャラリーが集まっていた。なんだ、何がどうなった。必死で盤面を追う。どこにある、勝ち筋はどこにある。
「詰みじゃないか」
 聞き覚えのある嫌みったらしい声。伊東か。振り返れば、身を乗り出すように盤を見ていた。
「打ち駒で抑える。馬で取られる。玉が逃げる。桂が飛び込んで成る。同銀。銀打ち。終わりだ。詰むよ」
 伊東は他人の局面を読むことに関しては妙に鋭い。特に終盤の読みはプロからも一目置かれている部分がある。
 もう一度、盤に目を戻す。
 打つ。同馬。玉。桂。同銀。銀打ち。詰んでいる。
 バカな。いつだ。いつ読み違えた。ギャラリーのどよめきが広がる。分かってたか。なんとなく詰むとは思ってたけど。香がくるかと思ってた。それは万事屋が好かないだろう。
 うるさい、気が散る、分からない、いつ負けた、なぜだ、どうして。
「感想戦、する?」
 坂田の声に顔も上げず、土方は盤をにらみ続けた。感想戦もなにも、最初から崩され通しだったじゃないか。
「えー、名前なんて言ったっけ?」
「……土方だ」
「ああ、そうそう。覚えとくわ。あのな、もしもまたヅラにくだらねえ喧嘩売ったらな」
 ひょいと坂田が身を屈める。盤と土方の間に顔を突っ込み、にやりと笑い、
「二度と駒も見たくねえってくらい、ギッタギタにしてやるから」
 ぞくりとした。まるで人を食い殺すかのような目だった。
 ぽんと土方の肩を叩き、坂田が立ち上がる。
「まあ、精進したまえよ。えー……多串くん?」
「誰が多串だ! 覚えてねえじゃねえか!」
 退出する坂田を追って振り返れば、襖の辺りでちょうど戻ってきた桂五段と話しているのが見えた。一言二言かわし、やわらかく桂五段の肩を押して廊下へ出て行く。
 なんだ、あいつ。なんなんだ。

「バッカでぇ、土方。万事屋の旦那には俺だって勝てた試しがありやせんぜぃ」
 ランドセルを下ろすなり総悟の罵倒が開始された。
「身の程しらねえバカだとは思ってやしたが、こいつぁ致命傷のバカだ。松平のオッサンに言っとかねえと。こんなんと同門扱いされちゃぁ、俺も伊東も可哀そうすぎらぁ」
「おい、破門か? 俺を破門させようとしてんのか、お前は」
「どーせまた頭に血ぃ上らせて、手筋見失ったんでしょうよ。あの旦那、相手を揺さぶることにかけちゃあプロ級ですからねぃ。マヨ将棋が太刀打ちできる相手じゃねえや」
「あのな! 俺は最初は桂の野郎に対局を申し込んだんだ! そこをあの白髪が割り込んできて……!」
「……桂に? アンタが?」
 総悟が眉を歪め、首を回して部屋を見渡す。斜め後ろに向かって呼びかけた。
「伊東さぁん。ちぃっとすいやせん。このマヨが桂さんに対局申し込んだって本当ですかぃ?」
「うん? ああ、本当だ。しかも平手でな」
「あー、そいつぁダメだあ。そりゃあ旦那の逆鱗に触れても仕方ねえや。ご愁傷様です。あんたの退会届けにゃツナマヨを供えてやっから、成仏して下せえ」
 なむなむ。手を合わせる総悟の頭をぽこんと叩く。話が見えない、全然見えない。総悟の隣りに腰を下ろした伊東が、眼鏡の位置を直しつついつもの他人を小馬鹿にした口調で話し始めた。
「君は知らんだろうがな。桂くんは下級者相手に二枚落ち以下で負けたことがない」
「……は?」
「自分より級段位が下の相手に二枚落ちで負けたことがない、と言ってるんだ。四枚落ちではさすがに勝ちを譲ったことがあるようだが、それも桂君が二段のときに初段相手での話だ。君のような6級相手だったら八枚落ちでも勝つだろうさ」
「……いや、そりゃさすがにねえだろ。いくらなんでも、八枚落ちって……」
「例外はある。桂くんが唯一二枚落ちでは勝てない下級者がいる。それが坂田だ」
 開いた口が塞がらない。二枚落ちと言えば段級差は6つ。今の桂五段に対し、初段の伊東であればまず負けないはずの手合いだ。
「だから、桂くんは坂田相手には平手で指す。逆に言えば、奨励会員で桂くん相手に平手で指せるのは、坂田だけだ」
「あんたはその特権荒らしたってことでさぁ。あーあ、しーらね。退会するまで目ぇつけられますぜぃ。あの旦那、ああ見えて結構ねちっこいですからねぃ」
「君は桂くんが単なる人気だけで人を集めてるとでも思ったのか? どんなに人柄が良くとも、顔が良くとも、ここで最後にものを言うのは将棋が強いか弱いかだ。彼我の実力差も理解できない棋士が、この奨励会を抜けられるとは思えないな。退会したまえ、先生には僕が誤魔化しておいてやろう」
「だから、なんでおめーら、俺を退会させたがるんだ! もっと励ますとかねえのかよ! 仮にも同門だろうが!」
「黙れマヨ。おめーが使った駒は、油でヌルヌルするから嫌なんでぃ」
「僕は僕より弱い棋士に興味はないね」
 後年、『桂さんの相談室』に代わって桂の間名物となる『松平門下の内輪揉め』は、ここから始まった。

 その後、坂田は順調に昇段し、翌年度の三段リーグに参加する。勝率は上々で四段昇段間違いなしと思われていたが、その矢先に唐突に姿を消した。
 単に奨励会に来なくなったというだけではない。住み込みの吉田名人の邸宅からも居なくなった。家出だ。
 それと同時に、桂五段、いや、桂六段が桂の間に来ることも殆どなくなった。プロ棋士としての活動が忙しくなったと言うのもあるだろう。
 しかし、それ以上に、この場所にいるのが耐えられなくなったのだと思う。
 土方が棋譜を見に来た桂六段を捕まえたのは、坂田が姿を消したしばらく後、桂六段のB級1組入りが確定したころである。
 桂の間の一番隅の盤。かつての彼の指定席。ぱちりぱちりと駒を並べる。
「駒落ちはいい。平手で頼む」
 土方の言葉にくすりと桂が笑った。
「あの時は悪かったな。こちらから手合いを申し出るなど、失礼極まりないことをした。許してくれ」
「……大人になったじゃねえか、アンタも」
「貴様に言われたくはないな」
 年度が替われば桂は七段に昇段する。土方はまだ4級。差は一向に縮まらない。いや、開いている感すらある。
「ようやくアンタと指せる」
 それでも土方は桂と平手で指したかった。坂田がいた頃は、駒落ちを申し出るどころか、盤を挟むことすら出来なかった。必ず彼が割り込んできたからだ。
「……なんでアイツ、あんなにムキになってたんだ……?」
 確かに、多少は失礼な申し出だったかもしれない。しかし、あそこまで恨まれるほどではなかろう。さらに言えば、本人ならまだしも何故彼が……
「銀時はな、俺が負けて泣くところを見たくないんだ」
 思わず、並べていた歩を取り落とした。
「泣くのか、アンタ」
「今は泣かんさ。昔の、奨励会にも入る前の頃の話だ。先生がよくプロを家に招いてな、俺との対局を設けてくれたんだが、これがまた一切容赦が無い。平手だし、プロが手を緩めれば先生が怒鳴るし、おかげでこてんぱんにやられた。悔しくて押入れに閉じこもって泣いたものだ」
 つ、つつ。桂の細い指が、駒の表面を撫でる。銀。あの男と同じ名の駒。
「その度に、あいつも押入れに潜り込んできて。先生はお前に期待しているからああするんだ、お前が強くなれるからああやってるんだ。泣くながんばれ、と。まあ、無責任なことを言っていた。あの頃のやつは、馬と竜の違いも分からんかったくせに」
 坂田が将棋を始めるのが遅かったという噂は本当らしい。それであの実力だったのか。
「あいつは、俺が平手で負けると泣くと思ってるんだ。駒落ちならまだ言い訳が立つし、慰めようもあるからな。まあ、子供の頃からの習慣というヤツか」
「今は泣かねえんだろ?」
「当たり前だ。一々泣いていて、勝負師が務まるか」
 泣きたくなるほど悔しいときはあるが。
 ああ、そうか。これがプロか。将棋で生きるということか。
「じゃあ、心配いらねえな。もう泣いたって、慰めてくれるやつはいねえんだから」
「そうだな」
 おい、万事屋。てめえはプロにはなれねえよ。逃げて正解だ。
 俺は逃げない。逃げるものか。
「振るぜ」
 盤の上に歩が散らばった。