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王子様と秋の空 [将棋]
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2008年7月11日

全力で勝ってください

 お久しぶりの棋士モノ
 銀さん、家出する。そして第一部完。


 正月以来、久々に先生が家に帰ってきた。
 先生の入院なんて俺たちは慣れっこだが、まだ幼い晋助にとって二ヶ月の不在というのは大きかったらしい。
 食事中も来客中も先生の膝から離れようとせず、風呂まで一緒に入り、挙句の果ては同じ部屋で寝ると言い出した。てめぇ、ただでさえ毎日ヅラと一緒の部屋で寝てるのに、まだ足りねえってか。贅沢も過ぎると罪になるんだぞ。
「仕方なかろう、甘えたい年頃なのだ。たまの我侭くらい聞いてやろう」
「いや、あいつの我侭はたまにじゃないからね。365日エブリディフルスロットルだからね」
 桂と先生は、晋助を甘やかしすぎだと思う。今までの境遇が境遇だからというのは分かるが、それとこれとは違う。いたわるのと甘やかすのとは違うだろう。このままでは、母親(じゃないけれど)にべったりの人間に育ってしまう。
「なんだ、嫉妬か」
「……は? 何言ってんの?」
「今更妬むな。貴様だって、今まで散々甘やかしてやったぞ?」
「甘やかし……って……」
「ずっと同じ部屋で寝てやってたじゃないか」
「はぁ!? あれって、甘やかされてたの!? 単に子供部屋だったんじゃなくって!?」
「一人寝は寂しかろうと思ってな。一緒に学校にも行ってやったし、飯も一緒だったし、風呂だって……」
「いやいや、それはね、甘やかしとかじゃないでしょ、一緒に暮らしてんだから当然でしょ。俺が言いたいのはね……」
「うむ、貴様も晋助も共に暮らす家族だ。だから、一緒に寝るのも飯を食うのも当然だな。家族だからな」
 そう言ってにっこりと微笑む桂に抱く自分の感情は明らかに家族のそれとは異なっているのだと、こいつはまだ知らない。

 片思いも八年目に突入となれば思春期当時ほど切羽詰ったものはもうなく、時折、ただじんわりと『ああ、こいつのこと好きだなあ』というあったかいものが胸に広がるくらいだ。
 ただ、それがたまに許容量を超えて胸部の臓器をぐいぐい押してきて、息が詰まるわ心臓バクバク言うわで苦しくなるくらいで。
 大体、ほぼ毎日顔つき合わせて、飯食ったり洗濯物畳んだり将棋指したりしてんのに、未だ『かわいいなあ』とか『きれいだなあ』とか思う時点で、ちょっとおかしい。八年間、毎日ドキドキしてんのよ。動物の心臓は一億回動いたら耐久値越えて死ぬって都市伝説あったけど、それが正しかったら俺の寿命ってものすごく短くなってるよね。
 だが、それが初恋なのだから仕方がない。
 桂は未だ、俺の家族で、友達で、世界で一番大切なものであり続けていた。毎朝、布団引っぺがして起こす度に、眠い目をこすりながら朝飯を食うのを見る度に、今日もこいつがいてよかった、元気でよかった、一緒にいれてよかったと思う。
 その気持ちを、ちゃんと伝えなければいけない。たとえそれが、この家を失うことになっても、自分と桂の間柄を変えてしまうものだとしても、伝えなければいけない。
 それでようやく、自分は桂と同じ場所に立てる。
 三月に入れば、三段リーグは大詰めを迎える。

 二十近くもなって、川の字で寝る羽目になるとは思わなかった。
 先生を挟んで、俺と桂。そして、桂と先生の間に晋助が割り込んだ。先生の入院中にあったこまごまとした出来事、将棋だけではなく、学校や新しく出来た友達や、本当に日常な些細なことを、晋助はいつまでも話し続ける。俺は寝たフリで無視する。真面目に相槌を打っていた桂は、その内に疲れて寝てしまった。子育ての疲れだな、あれは。
 先生だけが最後まで晋助の話に付き合った。晋助自身が話し疲れて寝入るまで、ずっと付き合っていた。
「……おや、寝てしまいましたね」
 子供って限界までフルパワーで動くから怖いよな。
「銀時。銀時」
「……ンだよ」
 やっぱり寝たフリはバレていた。先生に背を向けたまま、呼びかけに答える。
「場所、換わってあげましょうか?」
「……いい」
「ああ、晋助が邪魔ですね。じゃあ、一番向こうに……」
「……あのさあ、先生。あのさあ」
「なんですか?」
 耐え切れず、寝返りを打った。先生は首だけをこちらに曲げて、ニコニコとしていた。
「……あのさ」
「はい」
 ずっと疑問だった。先生の考えていることが分からなかった。
「どこまで、分かってンの?」
「多分、全部でしょうねぇ」
「いつから?」
「多分、最初からですねぇ」
「最初っていつだよ」
「君がね、小太郎の発作を初めて見て、半べそかいて僕に電話してきた時から」
「……いや、それはないわ」
「そうですよ」
「だって、それ、俺が来たばっかのころじゃん」
「だって、僕は気付きましたよ? きっと、銀時にとって小太郎は、一番大事な人間になるんだろうって。君が、人生で一番最初に特別だと思って、最後まで大切に思う、そういう存在になるんだろうって」
 豆電球のオレンジ色に薄暗い部屋の中。桂の顔は先生の頭に隠れて、規則正しく上下する肩しか見えない。
「……そうなの?」
「予想と違ったのは、君が思っていた以上にエロい方向に進化したことです」
「エロいとか言わないでほしいんだけど。健康な男子的って言ってほしいんだけど」
「それ以外は予想通りです。予想通りに君は、優しくて、心の大きな、大切なものをちゃんと知ってる、いい子に育った」
 なんだか、ものすごく照れくさい。わき腹が痒くなってきて、布団に手を突っ込みぼりぼりと掻く。
「あ、もう一つありました。予想外のこと」
「あんだよ」
「君が将棋を始めたことと、ここまで来たこと」
 手を止めた。今期の三段リーグは残すところあと二戦。これまでの成績から計算して、あと一勝すれば俺はプロになる。
「予想外でした」
「……先生はさ、いつもそう言うよね。なんで?」
「君が優しい子だからです」
 先生の手が、俺の頭に伸びる。長い患いですっかり痩せて骨っぽくなった指。それでも力強く駒を持つ指が、『名人』の指が、俺の頭を撫でる。
「君には、こんなことは向いていない。誰かを蹴り落として、踏みつけて、それでも這い上がろうとする勝負の世界なんて、絶対に向いていないと思っていた」
「……んなことねえよ」
「ありますよ」
「だって、先生もヅラも優しいじゃん。俺にも、晋助にも、優しくしてくれたじゃん。すっげえ、優しくしてくれるじゃん」
 誰かから優しくしてもらうことなんて、一度もなかった。先生と桂だけだった。先生と桂が、俺に優しくしてくれて、俺を暖かい場所に連れてきてくれた。あの日、俺の垢じみた手を引いてくれたのは、この先生の指だった。
「それはね、僕も小太郎も、誰かに優しくしなければいけないと思っているからです。僕らは勝負師だから。将棋のためには、何もかも捨ててもいいと思っているから。それじゃあいけないな、って思うんで、他に大切なものを持たなきゃな、って、思ってるんですよ」
 嘘だと思う。こんな優しい手の持ち主が、そんなわけはないと思う」
「銀時。僕も、小太郎も、歪んでいます。小太郎は、将棋を指すために家族を捨てた。僕は、そんな小太郎に名人を渡すためなら死んでもいいと思っている。僕らはそれを後悔はしていないけれど、でも、これが万人に正しい生き方だなんて思っていない。誰かに優しくして、優しくされて、暖かく生きていくのが一番いいに決まっているんだ」
 先生の指が俺の頭を撫でて、頬を撫でて、布団の中から手を引っ張り出してぎゅっと握る。
「それでも君が将棋を続けるなら、一つだけ、頼みたいことがある」
「……何?」
「小太郎と指すことがあれば、全力で勝ってください」
 痛い、と思った。握られた手が痛い。
「君はきっと小太郎よりも強くなる。僕には分かります。君たちに駒を教えたのは僕だから。だから、君はいつか小太郎の居場所に追いついて、戦わなきゃいけない。その時、小太郎はきっと自分の全てを持って君を倒そうとする。だから、君はそれに応えなければいけない。そうでなければならない。小太郎の生き様に、応えてやってください」
 骨ばった指が震えるほど、強く、力強く、先生が俺の手を握る。

「君の全てを持って、小太郎の全てを潰してください」

 先生の震える手が辛くて、俺はその手にもう片手を重ねた。撫でて包むように、先生の手を握った。
「それって、先生の遺言?」
「そうですね」
 先生はずっとニコニコしていた。先生らしい笑顔だった。
 先生の笑った顔がふんわりにじんだかと思うと、俺はするすると眠りに落ちていった。
 朝、俺が目を覚ました時、まだ先生の手を握ったままだった。

 俺はそのまま、寝起きが悪い三人が起きだす前に家を出た。
 だから、俺が最後に見た先生は、あのニコニコしながら泣いてる先生だ。