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王子様と秋の空 [将棋]
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2008年10月23日

世界はそれを愛と呼ぶんだぜ 終

 銀誕、最終話。
 一話から続けて読むのもまた一興。

 長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。


 主役がたどり着いたころには、既に宴は終盤の体を為していた。
 酒瓶を抱えたまま寝る者、泥酔して人に絡み続ける者、厠にこもったまま出てこない者。屍累々といった状況の中、唯一正気を保っていた新八も銀時の姿を見るなり緊張の糸が切れたのかボロボロと泣き出し、結局、銀時だけが恒道館でまともな人間となってしまった。
「てっ、てれびじゃっ、かづらさんはゆくえがわがんないっていうしっ……! てろ、てろりすとのしたいしかみつがらないっていうしっ……! さがもとさんかられんらくもないしっ……! ぎ、ぎんさ、ぎんさん、かえって、こない、しぃっ……!」
 ぶひー、ぐしゅん、ぐえっ、ぐえっ。
 酒が入っているのか、嗚咽以外にも呂律が怪しいところがある。すぐに戻ってくるからと周囲に説明しつつ、気を張っていたのだろう。それが緩んで、一気に酔いが回ったらしい。
「悪りぃな、ちょっと連絡する余裕がなくてよ」
「し、し、しんだっ……とか、おもってません! でしたっ! けどお……っ!」
「あー、うんうん。悪かった悪かった」
 肩を叩いて宥めようとするが、一向に落ち着かない。ぐえー、と、ウシガエルのような泣き声を上げて、十は若い子供のように泣き続ける。
「なんではやくかえってきてくれながったんですがああああ!」
 誕生日パーティだったのに。せっかくみんなで用意したのに。
 座敷に用意されていたであろう料理もケーキも、すでにその姿を完全に消している。ぎりぎりまで酒で持たせていたらしいが、それも限度があったのだろう。時計はもうすぐ23時を指す。
「ばがあああ、ぎんさんのばがああああ!」
「はいはい、銀さんが悪かった……って、人の袂で鼻を拭くんじゃねえ! あーあ、よかったよ、着替えてきて……」
 せっかく奇跡的に無事だった結野アナのサインが台無しになるところだった。新八自身の袂を引っ張り上げ、ぐいぐいとメガネごと顔を拭き回す。
「い、いだい。いだいれす、ぎんふぁん」
「うるせー、ちょっと我慢しろ。お前の本体、べっとべとになってんぞ」
「んああああ……」
「おおおっ!? どうした、新八くん! また鬼上司に苛められているのか! だから、早く真選組に転職を……」
「黙れぇっ! ストーカーの下で働く気はありません!」
 ツッコミの時は正気に戻る辺り、筋金入りである。なぜか褌一丁の近藤が縁側をドタドタと歩いてきて、銀時の隣りに腰を下ろす。
「なにやってんですか、近藤さん。姉上に『物置の行李に三時間籠もっていられれば同伴出勤』って言われてたんじゃないんですか」
「いやな。九兵衛くんに『妙ちゃんと同伴するのは僕だ』と引っ張り出されてしまってな。抵抗したんだが、致し方なく……」
「あーもー、何やってんだ、あの人はぁ!」
 小柄な体を丸めて行李にすっぽり収まっているであろう九兵衛にツッコミを入れるべく、新八は物置に向かって走って行った。
「いや、お妙さんの愛の試練は厳しいな。あまりの暗さと圧迫感に幻聴が聞こえ出していたところだ」
「アンタ、逞しいな」
 静寂を処理し切れない脳の暴走を大笑で笑い飛ばす近藤に、さすがに感心する。神経が太いにもほどがある。
「戻ってきたなら一言くらい寄越せ。こっちも上に対して体面というものがある」
「あー……悪りぃね」
 なんだか謝り通しだ。あの場で銀時の存在をごまかし、地下通路まで入り込めたのは、偏に近藤の協力の元である。
「なんで、助けてくれたの」
「うむ、まあ、貴様にはなんだかんだと世話になっているしな。恩を売っておけば、新八くんの好感度も上がるかもしれんし」
「それ以外の部分で下げまくってるよね」
「誕生日だと聞いていたし、親切にしても罰は当たらんだろうと。それにな、記念日を大切な人と過ごしたいという気持ちは、よぅーっく分かる」
 うぐ。喉の奥が引っ繰り返って、変な声が出る。
「……はい?」
「貴様のことじゃない。フルーツポンチ侍G殿のことだ」
「…………はいぃぃぃっ!?」
 そっちのほうが驚く。
「覚えているか? ゲーマー星人の事件だ。あの時、俺達はフルーツポンチ侍G殿と共に宇宙船に乗り込み……」
 なんか滔々と武勇伝を語り出した。しかも話が長い。正直疲れているので、あんまり聞きたくない。
「……そして、全てのネジを外し終わり、脱出しようとしたその時だ。フルーツポンチ侍G殿は、俺の手を振り払ってこう言った。俺は残る、と。万事屋、貴様たちを置いては行けぬと」
 半分以上聞き流していたが、さすがに無反応とは行かなかった。
「へ?」
「本来であれば、万事屋を巻き込みたくはなかった。しかし、もうこうなってしまっては仕方がない。せめて、自分も万事屋と同じ運命を受け入れる。彼が戦うのならば、自分も同じ場所で戦いたい。彼が守るべきものを自分も守り、彼が背負うものを自分も背負いたい。フルーツポンチ侍G殿はそう言って、船に残ったのだ」
 初めて聞いた。あの時、桂も真選組と共に脱出したのだとばかり思っていた。
 あそこに、桂もいた。銀時の知らぬところで、銀時と同じ場所にいた。
「信じられているのだなぁ」
 思わず近藤の横顔を見る。何故か誇らしげな笑みを浮かべていた。
「お前らがゲーマー星人を倒せるかどうか、船を止められるかどうか、そんなことはあの人には関係が無かったんだ。どっちでもよかったんだ。ただ、お前が戦うなら共に戦うのだと、当然のように言っていた。お前の……銀時の左腕でありたいのだと、そう言って笑っていた」
 右腕ではないのかな、と、不思議だったんだが。そう付け足す声は銀時の耳に入らなかった。
 お前は、ずっとそう思っていたのか。あの時限りの戯言ではなかったのか。お前はずっとそうやって、俺が守りたいものを、俺が守り切れなかったものを、俺と共に、
「美しい人だ」
 ずっと、
「お前はあんな美しい人に守られているんだな」
「……だから、わざわざこっちまで来たワケ?」
「うむ。彼に伝えるべきだと思った。あの時、万事屋がどんだけ必死だったのかとか、あなたを助けようと俺達に頭まで下げる勢いだったとか……」
「やめて。マジやめて。そんなんされたら、俺、腹切るわ」
「あっはっは、いいじゃないか。愛する人のためなら、男はどんだけでも情けなくなれるものさ!」
 そうは言っても、お前ほどは情けなくなれない。そして、『愛する人』とかマジやめてほしい。己の顔が、見る見る内に熱を持って行くのがはっきりと分かった。
「で、フルーツポンチ侍G殿は? どこにいるんだ?」
「あー、あれはね……ん?」
 銀時はわずかに口を濁し、同時に後ろから近寄ってくる小さな足音に気づいた。
「……ぎんちゃぁーん」
「どうした、神楽? トイレか?」
 奥の部屋で布団に入っていたはずの神楽だった。待ちくたびれて爆睡していたはずだが、気配を感じて起き出したらしい。今も半分寝ぼけ眼で、銀時の肩に覆いかぶさっている。
「ぎんちゃぁん……おかえりヨー」
「はいはい、ただいまよー。って、重いよお前。人の頭に登るんじゃねえよ」
「ぎんちゃん、づら、どこあるか」
 もぞもぞと背中でうごめく神楽の身体を持ち上げて、膝に抱え直す。
「づらにはぎんちゃんのおもりをめいれいしたね。あいつ、ちゃんとにんむをはたしたあるか。はたしたなら、いっしょにかえってくるはずね。どこいったよ、づら。こんなんじゃ、いっしゅうかんかれーぬきの刑あるよ」
「……大丈夫だよ。あいつはちゃんと任務完了したから」
「まじでかー。じゃあ、なんでほうこくしにこないねー」
「うーん、ちょっとなー」
 むずがる神楽の背中をぽんぽんと軽く叩く。赤ん坊をあやしている気分だ。
「じゃあ……会いに行くか」
 車で送るという近藤の申し出を断り、銀時は再び眠りに落ちた神楽を背負って志村の家を後にした。


 駅で財布を忘れたのに気付く。
 志村の家までは快援隊の車で送ってもらったので気付かなかったのだ。仕方なく徒歩でかぶき町まで三十分ばかり、日付が変わる直前辺りにようやく家までたどり着けば、客を送り出しているたまとばったり出くわした。
『お帰りなさいませ、銀時様』
「はいはい、ただいま」
『少々お待ちください、お登勢様をお呼びいたします』
「あ、いいっていいって、またなんか小言を……」
 止める暇もあらばたまはさっさと暖簾をくぐり、お登勢に銀時の帰宅を報告する。のっそりと不機嫌そうな仕草で出て来たお登勢は、銀時の全身をじろりと見回し、ぷかりと煙を吐いた。
「ようやくお戻りかい、今日の看板役者さんが」
「えー……はい、お戻りしました」
 お登勢も志村邸のパーティに参加していたはずだが、店があるため、日が暮れるころには帰っていたらしい。ただ無言でぷかぷかと煙草を吹かすお登勢に、銀時は居心地悪げに背中の神楽を背負い直した。
「あー、えーっと……あ、宇宙船。悪かったな、知り合いが事故起こしてよ」
「ありゃあいいんだよ、さっき無愛想な娘が変な天人連れて来てさっさと直しちまった。慰謝料とか言って札束置いてこうとしたけどね、こちとら元に戻ればそれでいいからね。丁重にお引き取り願ったさ」
 相変わらず手回しが早い。ほ、と、銀時は一息ついた。
「またやっかい事に首突っ込んだのかい」
「あー、まーね」
「あたしゃ別に構やしないんだけどね。だがねぇ……」
 お登勢がふと二階を振り仰ぐ。それに釣られて、銀時も上を仰いだ。
「待ってる人間がいるのを忘れちゃあいけないよ」
 真新しい瓦の上に、ちょこんと桂が座り込んでいた。


 お登勢に神楽を預け、屋根によじ登る。足を上げる時、ずきりと傷が痛んだ。
「何してんだ、おめー」
「おや、早かったな。おかえり銀時」
「……ただいま」
 桂の隣りに腰を下ろす。眼下のかぶき町は、全くいつも通りのけばけばしい灯りに包まれている。
 テロが起きようが、どこかで誰かが首を吊ろうが、全くいつも通りだ。
「もう大丈夫か?」
「うむ、あのくらいは慣れているからな」
 銀時が意識を取り戻した時、まだ桂は眠り続けていた。銀時より目方が軽いのだから、同じだけ薬を飲めば桂の方が回りが早いのは当然だ。もうすぐ起きるから、お前はさっさとやることを済ませてこいと陸奥に蹴り出されたのがつい一時間前だ。
「……お前、知ってたんだろ」
「なにをだ?」
「薬の量」
 ビンの半分を一人で飲んだとしても、致死量にわずかに足りない。陸奥はそう言って、冷静に桂の胃洗浄を続けていた。
「そうでもない。うまくすれば行けるかも、と思っていた」
「うまくすればって」
「まあ、坂本がいるから無理だとは思ったがな」
 珍しくも坂本が落ち込んでいた。友人二人の心中未遂を発見したともなれば、さすがの馬鹿も多少はショックだったのだろう。長い付き合いの中でそう何回もない謝罪をすれば、震える声で『勘弁してくれ』と呟かれた。
「新八に泣かれた」
「そうか。俺もエリザベスに叱られたぞ」
「もう、やめとこ」
「ああ」
 今は、あの頃とは違うのだ。
 自分には帰る場所があって、心配をかけたら謝らなきゃいけない人間がいて、何かがあれば手を差し伸べてくれる人間がいる。それは桂も同じだ。
 あの頃とは違う。帰る場所も思う人も、守るのも守られるのも互いしかいなかったあの頃とは違う。
 だから、あの時共に死ねなかった自分たちは、もう二度とそんな死を選ぶことはできない。
 少し、寂しかった。
「銀時、俺はこの江戸が嫌いじゃないぞ」
 遠くに見えるターミナルの光が、ちかりちかりと点滅しだした。もうすぐ日付が変わる。二十四時を過ぎるとライトアップが消されるのだ。
「気に食わないものもたくさんある。ターミナルは嫌いだ。真選組はうざい。俺の話を聞かない攘夷浪士もたくさんいる。なにより、あの城に巣くう天人共は何度殺しても殺し足りぬ」
 相変わらず過激なことをさらりと言う。横目で伺った横顔は平然として、笑みすら浮かべていた。
「だが、ここには銀時がいる」
 ひとつひとつ、ターミナルの灯りが消えて行く。根元の方からひとつ、またひとつ。
「銀時がいて、銀時が大切に思うものがあって、銀時を大切に思う者がいる。だから、俺はこの世界が嫌いじゃない」
 尖塔の最後の一灯を残し、ターミナルの灯りが消えた、十月十日が終わったその瞬間。
 ターミナルの向こうから、小さな光が打ち上げられた。わずかに遅れて、ひゅるるると間の抜けた音が聞こえる。それが尖塔を越え、雲の高さにたどり着いた時、ぱぁんと弾けた。
 花火、ではなかった。
 花開いたのは色鮮やかな火薬の炎ではなく、きらきらとしろがね色に輝く雲。
 ターミナル上空を中心にそれはまるで大輪の花が綻ぶように広がっていき、瞬く間に江戸の空を銀色の雲が覆い尽くしていく。
 幻想のような光景に、銀時の視線は吸い込まれた。何が起きたのか、これは何なのか。
「銀散という」
 その心を読んだように桂が口を開く。
「空気中の水分と反応して、白銀色に発光するのだ。閃光弾の成分としても使われる。発光時間が約一分と長いのが特徴だ」
 これか。新八が言っていた。桂が何か用意していると。みんな驚くと。
 驚かずにいられようか。
 町並みが白い光で照らされていく。太陽とも月とも違う、真っ白な銀色の光だ。けばけばしいネオンも電飾も、なにもかも白い光で照らされていく。
 きっとこの街に住む誰しもが、今、この空を仰いでいる。全ての者の上に等しく降り注ぐ、銀色の光に魅入っている。
「これが雲が多い曇り空だとこうはいかん。水分が多すぎて熱量が発生してしまい、下手すれば爆発する。雲が空を占める割合が一割以下、今日のような快晴でなければ、こんな空にはならんのだ」
 そっと袖を掴まれる。空から視線を戻せば、桂が銀時の腕に手を絡めていた。
「ぎんいろの空だ」
 銀光の中で桂の白い顔が、あどけなく見えた。

「お前とおなじ、ぎんいろだ」

 銀時は無性に嬉しくなって、唇を重ねた。
 こんなに幸せそうな桂の笑顔を見るのは、本当に久しぶりだったのだ。