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2009年3月11日

『ウィルスだって繁殖したい』本文見本

 春コミ新刊の本文見本。冒頭部分になります。


「帰って長谷川さんにご飯をあげなければならん」
 先だっての殺人マンション以来、無職の上に住所不定がついた長谷川さんはどうやら桂の家に転がり込んだらしい。
「ご飯って……大丈夫だろ、長谷川さんも立派な住所不定者なんだから、今頃、派遣村で炊き出しもらってるって」
「いいや、ダメだ。まだ完全に懐いていないので、自分で冷蔵庫が開けられないのだ。信頼を得るには、ちゃんと毎日決まった時間にご飯をあげて、俺を『ご飯をくれる人』と覚えさせなければならない」
 ちょっと前までエリザベスが帰ってこないと半べそかいてると思ったらもうこれだ。こいつはどうあっても、中年のオッサンを拾って飼わないと落ち着かないらしい。
 じゃ、そゆことで。そう言ってここ最近の桂は、万事屋にやってきても早めの夕飯を食べた後に出て行ってしまう。
 そんなこんなで二ヶ月ほど。
 おかげですっかりご無沙汰となってしまった。

 さらには、
「桂さん、最近来ませんねえ」
「……そーね」
「攘夷活動にようやく本腰入れだしたんですかね」
 それもどうかと思いますけどね。新八が湯飲みを下げながらぼやく。
 あまりにしょっちゅう遊びに来る、というか、勝手に上がりこんでは飯食ってたり飯作ってたりするので、新八は桂がろくに攘夷活動をしていないのではないかという疑念を持っている。
 そんなわけはない。ただ、前より桂一人で動くことが減り、その分、空いた時間を銀時たちと過ごすことが多くなっただけだ。
 それは、桂にとって万事屋が『家』になっていることを示すのだと思っていた。
 帰ってくる場所、安心できる場所。桂にとってここがそういう場所になっているのだ。だから、桂が挨拶も手土産もなく家に上がりこんできても誰も何も言わなかった。言うつもりもなかった。それでよかった。そうあることが嬉しかった。

 ……それがなんで、オッサンと家庭築いちゃってんのよ。

 わっかんねーよ、なんでそうなるんだよ! 長谷川さんにあって俺にないものってなんだ!
 グラサンか、グラサンなのか!
「あーもー、床でごろごろしないでくださいよ! 埃まみれになるでしょうが!」
 新八にホウキで尻を叩かれるが知ったことじゃない。モヤモヤする。超イライラする。居間の端から端までごろごろと転がり、天パモップで床の陰毛を巻き取りつくした頃、玄関の呼び鈴が鳴った。
 がばりと銀時が跳ね起きた。
「あ、お客さんですかね」
 三角巾を外し玄関に向かおうとする新八を押し退け、玄関に特攻する。ぼんやりと人影の移る引き戸を、ガラスが割れんばかりの勢いで開け放つとそこには、
「よっ! 銀さん、久しぶりー」
「……チッ、マダオかよ……」
「チッてなんだよ、チッてー! 最近銀さん、俺に冷たいんじゃないのー!」
 今一番見たくないグラサンを目の当たりにして、銀時のテンションは急低下する。
「ハイハイゴメンナサイネー。ま、うちも一応客商売だからさ、辛気臭いブルーシーターの方はちょっと帰ってくんない? そういう人が集まる店だと思われると営業妨害なんだよね。正直臭いんだよね」
「ちょっとー! 臭くないよ、ちゃんと風呂入ってんだからー!」
 それはアレか。桂の家の風呂か。
「いーや、臭いがする。負け犬の臭いがする。社会の底辺を這いずる臭い、洗ってない犬が雨に降られた後の臭いがする」
「どんだけ臭いんだよ! あと、今の俺はブルーシーターじゃないからね、一応屋根のあるところ住んでるからね!」
 何故、桂の家に住んでいることを強調する。
 さらにムカッ腹を立てたところに、止めを刺される。
「ヅラっちからのお使いでさ。ほらこれ、部下の人からもらったポンカンだって。万事屋に持っていってくれって」
 ヅラっちて。ヅラっちて。
「……なんで、ヅラ本人がこねえんだよ」
「ヅラっちは家でエビ剥いてるよ。今日はエビグラタンだからさ」
 エビグラタンて。エビグラタンて。
 俺にはグラタンなんか作ってくれたことないじゃん。
 行き場のない銀時の怒りが、目の前のグラサン目がけて噴出する。
「ちょっ……痛ッ! 銀さん、これ地味に痛ッ! やめてくれよ、俺が何したんだよぉ!」
「何騒いで……って、銀さんんん!? あんた、長谷川さんに何やってんですか!」
 無表情で腿パーン連打する銀時を新八が羽交い絞めで止める。長谷川は腫れ上がった太腿を抱えてぐすぐす半べそをかいていた。
「長谷川さん、大丈夫ですか? もー、何イライラしてるのか知りませんけれど、人に当たらないでくださいよ! しかも暴力とか最低ですよ、最低! ほら、冷やすから上がってください、長谷川さん」
「ううう……ごめんね、新八くん……こんなマダオにも優しい子だなあ、君は……」
「……いや、正直、マダオに玄関先で泣かれるとウザいこと山の如しなんで……」
 新八は背を丸めて泣く長谷川を抱えるようにして洗面所に入っていく。蛇口をひねる音とタオルを絞る音を尻目に、銀時はブーツを履き出した。
「ぱっつぁーん。ちょっと出かけてくらぁ」
「ちょ、銀さーん! アンタ、長谷川さんに少しは謝ったら……あああああ、もー!」