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2011年5月 5日

人にやさしく II

 人にやさしくIの続き。駆け込み誕生日更新。
 何年越しの続きだ。


「ヅラはもらわれっ子アルヨ」
「神楽ちゃん。その言い方ものすごく語弊があるから」
 入学式以来久しぶりにカーラーを付けた詰襟。喪章のついたセーラー服。重苦しい服装の集団に似合わず、神楽は川沿いのフェンスの3センチ幅上を雑技団のごとき身軽さで歩いている。パンツ見えるぞと言おうと思ったが、下に半ジャーを履いていた。
 小学生の頃、子供に恵まれなかった親戚の養子に入ったのだという。養子入りしてすぐに祖父のような年齢の養父が死に、ずっと祖母のような年齢の養母と一緒に暮らしていた。
「だから時々、おばあちゃんみてえなこと言うのか、アイツ……」
「おお、そういえばこの前、Yシャツの醤油染みの取り方を教わったぞ」
「何で染みを放置しとくんだ、アンタは!」
 その養母も一昨日亡くなった。今日はその通夜だ。クラスメイトの親族が亡くなった場合、学級委員がクラスを代表して弔問に行くのが通例だが、生憎、桂がその学級委員であり、相方の女子委員は『この』神楽である。
 仕方なく、神楽に加え、比較的桂と仲の良い新八と、世話焼きで出たがりの近藤、付き合いの土方が弔問に行くこととなった。沖田も誘ってみたが、『俺ぁ、坊主の念仏聞いてると、おかしくてたまらなくなっちまうんでさぁ』と不謹慎極まりないことを言い出したので一発殴っておいた(そしたら、置きマヨ全部にタバスコを混入された)。
 そういう名目になっている。
「ヅラ、かわいそアル。天涯孤独ネ。ひとりぼっちネ。私とおんなじヨ」
「神楽ちゃん、君のお父さん生きてるから! 滅多に会えないだけだから!」
「どーせ今頃どっかの秘境でワニに食われてるネ。会うたび別れるたびが今生の別れと思えとは、パピーの言葉ヨ」
「なんでそう殺伐としてるの、神楽ちゃんの家庭は!」
 想像以上に神楽は桂と仲が良かったらしい。それほど詳しい家庭事情を知っているとは思わなかった。家に遊びに行ったことも何度かあるという。
「しかし、それなら実家に戻ればいいんじゃないか? 本当のご両親は健在なんだろう?」
「……そう簡単にいけばいいんだろうけれどな」
 土方の呟きに、近藤がむうと唸って黙る。お人好しの近藤は、人類全てが自分と同じお人好しと思っている節がある。どういう事情であれ、一度生まれ育った家庭を離れたのだ。簡単に戻っていけるものでもないだろう。
「そこがヅラの家ヨ」
「どこだって?」
「だから、そこヨ」
 神楽が指差したのは、川向こうの林だ。
「ああ、知らないんですか。ですから、あそこから」
 新八が半ば振り向くようにしてはるか後方の林の端を指し、
「あそこ辺りまで、桂さんちの敷地です」
 ぐーっと腕を引っ張り、100mばかり先の橋を指す。
「……トシ。俺はここは文化財のある公園だと聞いていたぞ」
「……俺もだ」
「文化財ですよ。県のですけど。なんでも江戸時代から続く武家屋敷とか。一部は公開されてますしね」
「忍者屋敷ヨ、隠し部屋とかあるネ。かくれんぼがチョースリリングヨ」
 今回の弔問で桂の一面に触れることが出来るかと思っていたのだが、さらに謎が深まりそうな気がしないでもない。


 旧家というやつなのだろう。門(門があるんだ、門が)を入ってすぐの場所に設えられた記帳台には、身なりのいい中年以上の大人がわらわらと群がっていた。神楽一人で来させていたら、何が起こったか知れたものではない。
「すっげーナ、ハゲばっかヨ。今なら連続ハゲ叩きレコード更新も可能ネ」
 一発殴っといた。クラス全員から少しずつ集めた香典を受付に出したいのだが、さすがにこれだけの大人の間に割って入るのは気が引ける。
「おー、おんしゃーら、来よったんかー」
 聞き慣れた土佐訛りに周囲を見回すと、受付にいた男性の一人が手を振り振り、こちらに近づいてくるところだった。
「……坂本、か?」
「ちげーヨ! 坂本がこんなすっきりヘアな訳ないネ! モジャモジャじゃねー坂本なんて、メガネじゃねー新八ヨ、マヨじゃねートッシーヨ!」
「それは確かにおかしいな!」
「あっはっはっは、勝手をいいよるのう、おんしゃーら。点数引くぞ」
 トレードマークその一のモジャモジャ頭を整髪剤で撫でつけ、トレードマークその二のサングラスを外し細い黒縁眼鏡をかけた坂本は、確かに全く坂本に見えなかった。こうみると結構爽やかだ。
「なんじゃ、香典か。子供が気を使うもんでなか」
「気持ちだよ、気持ち。あんたに渡せばいいか? つーか、なんであんたがここにいるんだ?」
「ほうほう、どうせならヅラに直接渡せばいいぜよ。こっちじゃ」
 受付に二言三言言い残し、坂本が手招きをする。案内してくれると言うのだから、従わざるを得ないだろう。土方たちはぞろぞろと坂本の後ろをついて歩く。温泉旅館のような玄関を入り、葬式場らしき大きな座敷の脇を通り抜け、奥に進むごとに弔問客のざわめきが遠くなる。
「……で、なんで坂本先生がここにいるんですか?」
 ずいぶんと長く薄暗い廊下を歩きつつ、新八が途中ではぐらかされた土方の質問を繰り返した。
「なぁに、家の付き合いっちゅーもんじゃあ。暇しとったけぇ、狩り出されたぜよ」
 そういえば、坂本は隣の市出身だが、そこでは結構な旧家のボンボンなのだという噂があった。そういう家同士なんかしらのつながりがあるのだろう。
 ふと周囲が明るくなった。中庭に面した棟らしく、ここまでくると表のざわめきはほとんど聞こえなくなる。ざっと30mは歩いたぞ。どんだけ広いんだ、この家。
『ヅラァ、疲れて寝ちょる。こっちじゃ、静かにな』
 急に坂本が声を潜め、音を立てずに障子を引く。
「……ぅぉっ」
 静かにするつもりが、小さなうめき声が出てしまった。
 八畳の和室の真ん中に敷かれた白い布団。その上で、桂が銀八に抱きしめられている。
 ……ように見えたのは一瞬で、どうやら起き上がるのを手助けしていたらしい。あせった、超あせった。
 銀八も普段のモサモサほったらかし天パではなく、それなりに整髪剤で落ち着けているようで、坂本ほどとは言わずともなかなかに銀八らしくない。
「よお、お前ら。よく来たな」
「あー! 銀八、それセクハラヨ! いやらしい! 未亡人プレイアルカ! 未亡人プレイアルナ! 不謹慎アル!」
「おめーが不謹慎だっ!」
 神楽の頭を後ろからドつく。
「大丈夫? 桂くん」
「起きて平気か? 顔色が悪いぞ、寝てろ寝てろ」
 新八と近藤が布団の脇に腰を下ろす。下半身を掛け布団に突っ込んだままの桂は、たしかにひどく具合が悪そうに見えた。無理もないだろう。一応、喪主ということになっているはずだ。人付き合いが苦手な桂が、あんな脂ぎったおっさんどもの相手をして疲れないわけがない。
「坂本ぉ。高杉、来た?」
「来るわけなかろー。無駄じゃ無駄」
「あー、やっぱそうかー」
「あとで電話しちょくけぇ、気にしちょーなか」
 銀八と坂本が、土方たちが知らない人物の話をしている。誰だ、高杉って。
「坂本先生、エリザベスは……」
「離れでおとなしくしちょお。ええ子じゃけえ、大丈夫じゃ」
「はい……あの……」
「ちょくちょく人に見に行かせとる。だいじょぶじゃだいじょぶじゃ、安心して寝とけぇ。ほがぁ、わしゃ受付に戻るきに、おんしゃーらゆっくりしてけぇ」
 わしわしと桂の頭を撫で、坂本が部屋を出て行く。エリザベスってあれか、桂が時々学校につれてくる不思議生物。確かにあんなのが弔問客の前に出てきたら大パニックだろう。障子がパタンと閉まり、坂本のやや乱暴な足音が遠ざかっていく。
 しばらく桂の周りをちょろちょろしていた神楽が、新八と近藤の間に身体を割り込ませてちょこんと正座する。土方も、近藤の斜め後ろに腰を落ち着ける。
 ぺこん、と神楽が頭を下げた。
「えーと。ヅラぁ、このたびはごちそうさまヨー」
「神楽ちゃん、ご馳走様じゃない。ご愁傷様」
「ご、ごちゅーちょーさまヨー。これ、えーと、みんなからコーデンアルヨ。受け取りヤガレ」
「リーダー、そんなものまで……」
「気にスンナ、人の気持ちは金で買えるネ」
「違うぞ、神楽くん! さっき練習しただろう! お金で表せる気持ちもあるんだから、どうか受け取ってくれ、だ!」
「意味は同じヨ、黙れゴリラ。えーと、だから受け取れヨ。遠慮スンナ」
「……分かった、有難く頂いておく」
「落ち込むナヨ、ヅラァ。物は壊れるし人は死ぬネ。三つ数えて目ぇ瞑りヤガレ。人生五十年、下天のうちを比ぶれば夢まぼろしのごとくなりアルヨ」
「チャイナてめー、わざとやってんだろ! そして、なんでそんな台詞だけ流暢だ!?」
 必要以上に落ち込むな、と言いたいのだろうが、神楽の言い様は日本語がまだ苦手ではすまない乱暴さだ。しかし、その裏にある気持ちは伝わっているのだろう。青白い桂の顔にうっすらと笑みが浮かんでいた。
「……気張れヨ、ヅラァ」
「うん。ありがとう、リーダー」
 神楽が短い腕を伸ばし、桂の頭をぽふぽふ撫でる。自分たちをリーダーと舎弟と言うだけの絆はあるらしい。傍からみると、どういう絆なのかよく分からないが。
「お、けっこー入ってんじゃん。おめーら小遣い少ねえだろうに、気張ったなあ」
「おい銀八、なに開けてんだテメー!」
 知らないうちに香典袋は銀八の手に渡っており、封を開けられ中身を数えられていた。
「いや、大した額じゃねーだろーと思って見てみたんだけど、先生ビックリしたわ。ヅラ、これ俺がもらっていい? バイト代として」
「……先生、訴えますよ?」
「何するネ、銀八ぃ! これは私らがヅラにやったモンヨ、ヅラのモンは私のモンヨ! 私の酢昆布代奪おうとはいい度胸ネ! 表出ろやコルァ!」
「違うから、神楽ちゃんのものじゃないから! 先生、それほんとに僕らの精一杯の気持ちなんで! そーゆーのやめてください!」
「よーし、それじゃあこの金で、後で先生がデニーズ連れてってやろー。先生、チョコサンデーとフレンチトーストとデザートカクテルガバガバ食うから、君らはポテトフライと深煎りコーヒーを腹いっぱい食いなさい」
「それ、2/3はテメーの腹に収まるじゃねーか! 桂に返してやれ、ダメ教師!」
「こらあああああ!! みんな、もっと静かにせんかあああ!!! 今日は桂の御母堂の弔問に来ているのだぞおおお!!! もっと厳粛な気持ちでだなああああ!!!」
「アンタが一番うるせえええ!!」


 さすがの神楽も、焼香のときはおとなしくしていた。というより、作法を知らない故、横目で新八の所作をうかがうのに精一杯で、騒ぐ暇がなかったのだろう。
「あんなんでよかったのか、銀八」
「あーもー、上等上等。けらけら笑ってたし、ヅラ」
 前庭の隅、苔生した岩にどっかりと腰を落ち着けて、銀八がタバコを吸っている。桂の家は文化財に指定されているので、屋内タバコ厳禁なのだそうだ。
「ヅラんちのばーさんはね、もう夏前から余命宣告されてたから。ヅラもばーさんも覚悟済みだったわけ。今更しくしく泣いても落ち込むだけなのよ、ケツ叩いてでもテンション上げさせないと」
 テンションの高い桂など、ほとんど見たことはないが。ぼんやりと桂の屋敷……屋敷としか言いようがない……を、見渡す。
「桂、ここに一人なのか」
「ばーさん、三ヶ月前から入院してたしな」
 坂本に引っ張り込まれた受付で見た芳名帳には、市議や地元基盤の議員、企業社長など、土方でさえ知っているいわゆる『地元の名士』の名前がずらりと並んでいた。そして、どいつもこいつも『小太郎さんはどちらに』だとか『喪主殿に挨拶したい』だとか言ってくる。そのたびに、坂本や銀八が頭を下げ、今は心労で寝込んでいるので日を改めてと追い返していた。
「まあ、財産狙いなんだよな。この家が抱えてる土地ってまだ結構あるからよ」
 この鬱蒼とした木々に囲まれたバカでかい古めかしい家で、今日から桂は一人であの古狸どもの相手をしなければならない。
「あいつ、養子なんだってな」
「そうだよ」
「戻ればいいじゃねえか」
「無理だなそりゃ」
 理由も言わずに、一言に切って捨てる。聞いてよい理由ではないのだろう。


 寝ていていいと言ったのに、桂は玄関まで見送りに出てきた。話しかけてこようとする中年どもは、傍らの銀八と坂本に巧みにガードされている。
「それじゃあ、お邪魔しました」
「騒いで悪かったな」
「気を落とすなよ、桂!」
 名々挨拶をし、踵を返そうとするが、神楽だけじっと黙って桂の顔を睨んでいる。
「神楽ちゃん、もうお暇するから……」
「ヅラァ!」
 新八に袖を引っ張られて、ようやく口を開く。
「負けんなヨ! オメーは強い子だ、こんくらいで負けんな!」
 とんでもねえこと言い出したと思った。しかし、当の桂は目をぱちくりさせると、あろうことかにっこりと微笑んだ。
「ルージャ、リーダー」
「よぉっし! 学校で待ってっかんな! 行くネ、てめーら!」
 神楽が意気揚々と歩きだす。なるほど、リーダーと呼ばれるだけの女ではある。


 ヤボ用あるからと猫背の教師も帰り道に同行している。少し先を歩く新八、神楽、近藤の三人は桂の家でどれだけすごいものを見たかという話題で興奮気味だ。
「……チャイナのやつ、すっげーな」
「まあ、あいつも母ちゃん亡くしてるはずだからなあ」
 父ともめったに会えず、留学とは言え異国にひとりぼっち。桂の心情に重なるものがあるのかもしれない。
 この教師には、なにかないのだろうか。
「……側にいてやんなくていいのかよ」
「大丈夫でしょ。お前らのお陰でだいぶ元気になってたし、もじゃもじゃもいるしよ。もう先生はお役御免ですよ」
 そうじゃなくて。
「側に、いてやりたくねえのか」
「なんでよ?」
「桂はてめえに側にいてほしいんじゃねえのか」
「だから、なんでよ?」
 どこまですっとぼける気か。先頭集団との距離を確認し、ぐっと声を低める。
(……付き合ってんだろう、てめーら!)
 銀八の死んだ魚の目が真ん丸に見開く。こんな目がパッチリした担任の顔を見るのは初めてかもしれない。そして、
「お前、何言ってんの?」
 本気で驚いたという顔を見たのは間違いなく初めてだ。
「なに……て……」
 おかしい。図星を指されたのであれば、取り繕うにしても違ったやり方があるはずだ。今の銀八は本心から驚いているようにしか見えない。
「……だ、だきしめ、て、た、じゃねえか」
「うん、ハグハグーって」
「なら……」
「ショック受けてる生徒にスキンシップしてあげるくらい、普通でしょー?」
 どこまでもとぼけるつもりだ。確かに銀八と桂の立場を考えれば、伏せておくべき間柄ではある。しかし、こちらが理解を示してやっているというのに、この態度はないだろう。
 なんか、ムカムカしてきた。
「……嘘ついたのかよ」
「は?」
「愛してるって」
 一呼吸おいて、
「……ぎゃははははははははは!」
 これも初めて聞いたかもしれない担任の大笑いに、何のためらいもなく土方は拳を叩き込んだ。