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2007年8月15日

大江戸ロケット

 坂桂デート話(銀桂前提)。終戦直後。
 一応、『夏影』の続きですが、単品でも一応。

 某アニメネタが混じってますが、別に知らなくても大丈夫です。


「……よお食うのお」
「食え食えと言ってたのはお前だ」
 身体が細い割りには食の進む方ではあったが、これほどの大食らいではなかった。
「夏バテで大分やられたからな。取り戻さないといかん。そのエビ、食わんのならもらうぞ」
「おーおー、食え食え。ヅラはもっと太らにゃいかんぜよ」
「太る気はないがな。ヅラでもないしな」
 そう言って、桂は坂本の皿からエビの素揚げチリソースがけを奪い取り、もしゃもしゃと口に詰め込んだ。
 手紙というのは不便なものだ。桂が病による拒食に陥り命にかかわる状態と聞き及び、半年ぶりに駆けつけてみれば、当の本人は涼しくなった秋の空の下ですっかりと食欲を取り戻しており、もっさもっさとどんぶり飯をかき込んでいた。
 そうであった。これは桂小太郎なのだ。
 いくら線が細くか弱く儚く見えようと、剣を握れば無双の腕前、口を開けば侍の生きざまを語り、ついでに重度の天然でボケ体質で、それに重ねたクソ真面目さで時には坂本すら翻弄される、そんな男だった。
 その芯はしなやかに強い。坂本が余計な気を回す必要は無かった。
「金時、いのおなったよおじゃの」
「あんなヤツ、もう知らん。いや、金時というやつも知らんが」
 爆弾を投げつけたつもりだったが、あっさりとしたものだった。
「大体、旅の途中でいなくなるとは何を考えておるのだ。路銀全部あいつが持ってたんだぞ。こちとら夏バテで半死半生の上に文無しで放り出されて、それこそ野垂れ死ぬところだったわ。死人から追いはぎするような真似までした。知らん知らん、あんな薄情者」
 三杯目の大盛り飯をわっさわっさと口に運ぶ。銀時が行方をくらましてから三月。桂がこう言えるようになるまで何を考えていたのかは、坂本に計れるものではない。
「俺の頼みが嫌なら、嫌と言えばよかったのだ」
「金時にほがぁなこと言えるわけなぁよー」
「だから薄情だと言っている」
 かたん、と箸が置かれた。どんぶりにはもう米一粒残っていない。
「あいつは、自分勝手なくせにわがままを言わん」
 聞いてやらないでもないのに。続くであろう言葉を飲み込んで、じっと桂は押し黙る。
「まだ食うか?」
「いや、もう十分だ」
「ほぉか。ならゆくぜよ」
「待て、腹がこなれるまで……」
「でぇとじゃぞ、でぇと。えすこぉとには従うもんじゃ」
 坂本は桂の手を取り、店を出た。


 交易で手に入れたのだという原動機付二輪車の後ろに、桂を座らせる。
「これ被っとけえ。転ぶと危なぁきに」
「簡素な兜だな」
「戦でもなかろー、骨守るだけなら十分じゃあ」
 見たこともない仕組みの金具をしげしげと眺める桂の手からヘルメットを取り、顎紐を締めてやる。自分も被り、シートに腰を落ち着ける。
「ほほお。貴様のようなモジャモジャ頭も納まるとは、よく出来た兜だ」
「あははー、相変わらず天パにきびしーのー、ヅラは。つかまっとけえ、馬っこと同じ要領じゃ。こっちなが揺れんがの」
「細袴で来いと言ったのはこのせいか」
 着流しで跨れば足がむき出しになってしまう。だぶついた普通の袴では布が車輪に巻き込まれるだろう。箪笥の奥から引っ張り出した馬乗袴は薬くさい。
「ほれ、腕回せえ」
「む」
 桂の腕が坂本の胴に回り、ぎゅうと抱きつく。
 ああ、細いな。
 腕も、背中にぴったりとついた胸も、骨の感触を露に伝える。あれだけ食っても、まだ回復し切っていないらしい。
「ほな、いくぜよ!」
「え? わ、さ、坂本! 速い! これ速いぞ!!」
「あははー、馬っこの駆足の倍はでるからのーー」
「どこが馬と同じ要領だ、全然違うわあ! 振り落とされる! もっと速度緩めろ、このバカモジャぁぁ!!」
「あっはっはっはーーーー」


「自分で運転して自分で酔うくらいなら手加減をせんか、このバカ! バカモジャ! モジャモジャ!」
「あははー、すまんのー……うぇっぷ……」
 あまりの速さに目を回した桂と、生来の乗り物酔い体質で気分を悪くした坂本では、前者のほうがかなりマシな状態である。桂が近くの茶屋で買ってきた番茶を一口すする。
「……ヅラ、この番茶、しょっぱいんじゃがの」
「乗り物酔いには、番茶に醤油を垂らしたものが良い」
「おばあちゃんみたいじゃの、ヅラは」
「おばあちゃんでもヅラでもない、桂だ」
 で、ここはどこだ。桂が周囲を見渡す。ずいぶんと開けた野原である。城下を離れ、農村地も抜け、海の匂いすら漂ってくる。
「んー、ここらは徳川の直轄地での」
「知っている。少し前までは鷹狩り場だった」
 馬なら半日かかる場所とはいえ、駐屯地の近くだ。それくらいの下調べはついている。
「ほれ、アレじゃ」
「……火の見櫓、にしては、でかいな」
 でかすぎるだろう。市中のものに比べ、軽く3倍の高さはある。一里や二里は離れているはずなのに視認出来るほどだ。
「もうそろそろじゃの」
 懐中時計で時刻を確かめ、坂本が立ち上がる。もう少し寄ろうと桂の手を引き、巨大な櫓に向かって歩いていく。
「ヅラぁ、大川の花火は見たがか?」
「通りすがり程度ならな」
「玉屋あ、鍵屋あ、言うじゃろ」
「うむ、あの玉屋とはなんだろうな。江戸にそんな店はなかろう」
「玉屋っちゅーんは、天人が来る十年も前に江戸払いになった店での。なんちゃー小火を出したらぁの、派手をしすぎたらぁの」
 ああ、倹約令の頃か。政治的な動きでなければ時代を思い出せない辺り桂らしい。
「ばぁれども、ほりゃあ表向きの理由じゃけ。まっことは……噂じゃけんどな……『ろけっと』を作ったぁにかーらん」
「ろけっと」
「地球の引力を越えぇがために、作らりょーた乗り物じゃ」
 あれじゃ。先ほどより大きく見える櫓を指差す。よくよく見れば、それには大きな砲弾……まさに大筒の砲弾を巨大化させたもの……が、括りつけられていた。
「あれが宇宙に行くのか」
「ほおじゃ」
「なんでそんな……まだ、天人もおらぬころだろう」
「天人自体がおらんかったわけでもないからの。不時着じゃぁ、漂流じゃぁ、あっとぉかもしれん」
 くっ、と、桂の目が見開かれる。
「噂じゃ、噂。その漂流してきた天人を帰すために、玉屋が『ろけっと』を作ったっちゅー噂ぜよ」
「……信じられん」
「純国産の『ろけっと』ぜよ。その天人の教えはあったぁもしらん。じゃけぇ、部品も技術も、江戸の職人がぁ算学者がぁ工夫をこらして拵えたもんじゃ」
 再び懐中時計を開く。なんでも発条や歯車ではなく石の振動で時を数えるからくりで、月に五秒も狂わないらしい。
「かうんとだうんじゃ。ごお、よん、さん、にぃ、いち……」
 ゼロ。坂本が指さした瞬間、『ろけっと』の根元から入道雲のような煙が噴き出し、一瞬遅れて、
「う、わ……!」
 腹に響く轟音と、爆風のような衝撃が襲ってきた。思わず身をかばう桂の肩を坂本が支える。
 見てみろ。
 体中を包む轟音の中で坂本の声は聞こえないが、その手ぶりは確かにそう示していた。
 『ろけっと』は最初ゆっくりと櫓を競り上がるように動き、根元からの勢いに押され、櫓を離れ、ぐんぐんと空に向かって伸びて行く。もう何尺、いや何里飛んだのか。次第に轟音が遠のいて行く。
「……すごい」
「もうすぐ、ふぁあすとぱーじじゃ」
 坂本が言った次の瞬間、『ろけっと』の下半分が吹き飛んだ。遠目に見える炎が勢いを増す。
「壊れたぞ、坂本!」
「いやいや、あれでええんじゃ。あのまんまじゃあ重ぅて地球の引力からは逃れられん。最初は櫓と大量の火薬で勢いをつける。十分勢いがついたら、空んなった火薬庫を捨て、内に仕込んだ火薬でさらに勢いをつける。それをさいさいにぃ繰り返す。そがあにして、地球の引力を振り切る第二宇宙速度に到達しよぉよ」
 『ろけっと』はもはや芥子粒のように小さくなった。あれだけ巨大な砲弾が、もう目をこらさねば見えなくなっている。
「まっことえらいもんじゃあ。日の本の職人魂ぜよ。天人などおらんでも、わしらが宇宙に行くなぁそう遠い話でよおなかったかもしれん」
「坂本」
 桂の声がわずかに低くなる。
「ヅラ、世を憎んでくれるなよ」
 骨ばった肩を後ろから抱く。二人、目は空を見上げたまま、白い軌跡を描く『ろけっと』を追う。
「この世に天人がおるのは変わらんことじゃ。天人とわしらがいらわるのも、わしらの国が開けるのも、いつかは起こったことじゃ。わしらあ、その真っ只中に生まれてしもうたに過ぎん。天人がおるのはヅラのせいがやなか、国が変わったんもヅラのせいがやなか」
 このまま抱き締めてしまえれば、どれだけ楽か。連れ去ってしまえれば、どれだけよいか。
「おんしらぁ置いてったわしが言いようでないっちゅーんは分かっとる。やきん、頼む。憎むな」
「無茶を言う」
「ヅラぁ、おんしゃあ風流が分かる男じゃ。美しゅうもんは美しゅう愛でることができる男じゃ。『ろけっと』は美しかろー」
「美しいな。お前に似ている。飛んでいく時は、何かを切り離していくんだ」
 ああ、爆弾を投げ付けられたのはこっちのほうだ。
「お前も銀時もそんなところが似ていた。俺はそんなお前らが好きだったよ」
「切り離すんが、痛うない思っちゅうか」
 堪え切れず、目の前の桂の髪に顔を埋める。戦の中、銀時がこのように桂の髪を慈しむ姿を何度見た。正直、羨んだ。
「金時がゆうてくれたが。空からおっこちたもんはあいつが拾うてくれようとよ。やきぃ、わしは宇宙が行けた。やきぃ、ヅラぁ」
 桂をそのように慈しむことを許された銀時を、銀時にそのように慈しまれる存在である桂を羨んだ。
「あいつを、憎んでくれるな」
 くしゃりと坂本の髪に桂の指が沈む。
 お前らは髪質までそっくりだな。そう呟く声が笑っていることに救われた。