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王子様と秋の空 [将棋]
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2007年9月22日

くらッ×3!!! 前編

 金魂設定で金桂。
 なんか、かなりラブコメ臭。エロシーンはありませんがヤってます。


 ボーイのいないこの店ではゴミ出しすらホストの仕事である。
 まだ午前一時。この街では宵の口と言って過言ではない時間だというのに、金時はテカテカしたシルクシャツの袖を捲り上げ、ゴミ袋と格闘していた。
 新規開店したばかりのこの店に常勤しているのは、金時と新八の二人だけ。人手が必要な時は、社長の他の店や派遣に頼る。おめー、この店を天人排斥の旗印にするんじゃなかったのかよと社長に問い詰めれば、今は他の仕事が忙しいから、後で。ここは自分が気楽に飲める場所であればそれでいい、という気のない返事。おかげで、ホストクラブだというのに、主な仕事は社長の飼い犬の世話である。こいつがよく食うんだ、小型犬のくせに。躾がなってないせいか、飼い主以外の手には噛み付きまくりだし。ホストの手は女を気持ちよくさせるためにあんのよ、骨ガムの代わりじゃないのよ。ぶつくさ言いつつ、ゴミバケツの中身を引きずり出し口を縛って、店の前に放り出す。こんな時間にゴミを出せば、またあの口うるさいスナックのババアが怒鳴り込んでくるのだろうが知るものか。
 今日はもう店仕舞い。社長は新八を連れて、他の店へ行ってしまった。金時一人ではペットシッター以外の仕事は出来ない、ドアにはとっくに臨時休業の札を出してある。そして、なにも犬の相手をするだけなら店でなくともよいのだと気付き、ゴミの片付けだけして帰ろうとしていたのだが、
 足元を、ちょろりと白い影が走りぬけた。
「あっ、テメコラ定春!」
 本当にこの犬は躾がなっていない。隙あらば脱走しようとする。叩き出してやろうかクソ犬と思うこともあるが、そのクソ犬を溺愛している社長の怒りを買うことは目に見えている。仕方なく後を追うが小型犬特有のちょこまかした動きになかなか捕まえることが出来ない。
 白い犬はちょろちょろを路地を走り回り、狭いビルの合間に飛び込み、キャンキャンと吠え立てる。
「……ギャッ!」
「ぎゃ?」
 誰かいたらしい。こんな狭い場所に。繁華街特有のせせこましい建物。ビルとビルの合間は30センチもない。よほど細い女か子供でもなければ、入り込めないだろう。ひょいと覗き込む。
「……ゴスロリだ」
「貴様の犬か! なんだこいつ! あっち行け! あと……」
 ゴスロリじゃない、黒ロリだ!
 そんなこと言ってる場合じゃないと思う。


 自称黒ロリさん(金時にはゴスロリと区別が付かないが)のスカートに噛み付いてぶら下がっていた定春は、今は金時の腕の中でビーフジャーキーを噛んでいる。黒ロリさんのもっさもっさフリルのついた黒いワンピースは埃まみれで酷く薄汚れていた。しかし、それを恥じる様子もなくふんぞり返って腰に手を当てている。
「躾のなってない犬だな。慰謝料払え慰謝料。そして、俺を匿え」
「……なんでそんなに偉そうなの、お前。匿えって……」
「追われているのだ。貴様の犬のせいで見つかった、匿え」
 追われている。この街で。若い娘が。
 黒ロリさんの頭の先から足元までじろじろと見る。二十歳にはなっていまい。濃い化粧とやけに整った顔立ちのせいではっきりとした年齢は分からないが、精々が18、17。背はそこそこ高いが、手足が細く腰も尻も薄い。肉体が未成熟なことを伝えている。
 商売柄、身なりと立ち振る舞いを見ればその人間がどのような氏素性かは大体分かる。この娘は見るまでもない。この街でビルの合間に隠れるような人間。その上、厄介ごとを抱えた若い娘。一番関わっちゃいけないタイプだ。
「お断りします」
「却下する」
「なんで却下!? アンタにそんな権利あんの!?」
 しかも、ものすげー傍若無人。高飛車。
「貴様、いたいけな俺が悪い奴らにつかまって嬲り者にされてもいいのかぁ!」
「ごめんね、おにーさんホストだから。女の子からお金搾り取るのがお仕事だから。そういうことに良心動かないの」
 嘘だ。成金のババアならともかく、まだ若いOLや自分の体を酷使して金を稼いでいる風俗嬢から金を巻き上げることが、金時にはどうしても出来ない。無理して高い酒を頼もうとしたり、ブランド品を持ってくるのを『気持ちだけでいいから』とやんわり差し止め、宥めてしまう。そのせいで売り上げが上がらず、店に居辛くなり困窮していたところを社長に拾われたのだ。あんたのやり口は嫌いじゃない、と。
 だから、本当はこの娘も何とかしてやりたい。しかし、社長不在の間にこれほどのトラブルの種を抱えるのは、明らかに自爆行為である。
「大体、追われてるって何によ。ケーサツ? それとも天人?」
 ふい、と顔が逸らされる。どっちも、か。
 この街に海外マフィア……通称天人が介入し始めて数年になる。昔ながらの地回りのヤクザやほぼ土地に根ざしていた華僑は追いやられ、官憲すら奴らに抱きこまれて久しい。
 つまり、ものすごくヤバイ物件の極め付きだ、この娘。
 ……参ったな。
 厄介ごとは嫌いだが、厄介ごとを見捨てるのも嫌いなのだ。じわじわと目の前の少女に情が湧き出している。夜が明けるまでの数時間なら店の中に匿ってもいいか、などと思い出している自分に金時はげんなりする。
 ひどくきれいな顔をした少女だ。芯の強そうなきりりとした眉。目つきが鋭いので一見そうは見えないが、よくよく見ればおっとりと眦の下がった優しげな目をしている。ふわふわ巻かれた長い髪はネオンも届かないビル影の闇に溶け込むほどに黒い。今時の娘にしては珍しく、髪を染めたことなど一度もないのだろう。一度でも薬品に触れれば、このような漆黒の髪を取り戻すことは出来ない。俺の金髪は生まれつきだけど。
 参ったな、マジで。
 俺弱いのよ、こういう穢れてなさそうなタイプ。こーゆーのを俺色に染めたいのよ、ドSだから。
「……あのさ、もうちょっと詳しく話してくれるなら……」
「聞く必要ないネ。ソイツ、こっちに渡すヨロシ、金時」
 聞きなれた声に振り向く。娘がさっと金時の後ろに隠れた。
「社長」
 ネオンを逆光に背負って立っていたのは社長の神楽、そしてその側近であり金時の友である新八だった。かつてこの街の1/3を牛耳っていた華僑マフィア『夜兎』の三代目ボス。先代である父親を天人との抗争で亡くして以来、縄張りこそ小さくなったが、天人排斥を唱え精力的に活動する彼女のこの街に対する影響力は強い。
「……あんたもコイツを追っかけてるわけ?」
「そうヨ。オマエが手を出していいブツ違うネ。変なもの拾う癖、ほどほどにするがイイですヨ」
 それはアンタのほうだろうに。ため息をついて後ろをちらと見れば、少女は金時のシャツの裾を掴み、小さく震えていた。
「事情だけ聞かせてくんない?」
「ワタシ、首突っ込むナ言う。分からないカ」
「いやでもさ、ハイドウゾってこの子引き渡してさ、その後どうなるかって考えたら、夢見悪いじゃん?」
 ふ、と、小さく神楽がため息をつく。
「ワタシの二丁目の店、知ってるカ」
「あー、あれでしょ。ウリ専の店。あんまグラさんらしくない店だよね」
「そこの子ヨ。新入りネ」
 ……え?
「これ、オトコぉ!?」
「見て分からないカ。テメエ、それでもホストカ。だからテメエは天パアル」
 天パ関係ないから。確かにやたら肉付きの悪い体型だが、とてもじゃないが男には見えない。人を見る目には多少の自信があったが挫けそうだ。
「ソイツ、天人の店の権利書に手ェつけたヨ。売り飛ばされそうになるとこ、ワタシが拾ってやたネ。手打ち金はうちで働いて返させるヨ。せっかく水揚げの相手まで用意してやた言うのに、逃げましたですヨ。お客様お待ちネ。連れ帰りマスです」
「水揚げって……」
「ハタさんヨ。知ってるダロ?」
 げえ。
「ハタさん!? ハタさんってあのちっちゃいおっさん!? あれはきついだろー!」
 この界隈でハタさんを知らないものはいない。巨大ペットショップチェーンの二代目で、見た目が気に入れば女も男も関係なく遊ぶ。金払いはいいし遊びも派手だが、いかんせん、チビでデブでハゲで典型的なバカボンボンで、プレイも偏執的と評判だ。通称ちっちゃいおっさん。あんまり好かれている客ではない。
 それまで黙りこくっていた新八が口を開いた。
「……仕方ないんだよ、金さん。ハタさんが一番その子に高い値を付けてくれた。その子がちゃんと『稼げる』子だってのを、向こうに証明しなきゃならない。でなけりゃ、その子はもっとひどい目に遭う」
「だからってさぁ……」
「大体、店の権利書に手をつけたその子が悪いんだ。バラされても仕方ないところを、神楽さんが後ろ盾になってやろうって言うのに……」
「あれは、もともと俺たちの店だ! 取り返して何が悪い!」
 金時の後ろの少女……否、少年が唐突に大声を出す。
 俺たちの店?
 はあ、と神楽がため息をついた。
「ソイツ、攘夷組の四代目、だたヨ」
「じょういぐみ……」
 かつて、神楽の夜兎と同等、いやそれ以上の隆盛を誇った地元ヤクザ。任侠仁義を絵に描いたような『真っ当な』ヤクザで、この界隈の賭博やクスリ、売春を適度に抑えて官憲との関係も良好に築いていた。それ故、天人から目をつけられ、壮絶な抗争を繰り広げた上に賄賂を掴まされた警察の介入を受け、解体を余儀なくされ一家は離散。2年ほど前の話である。
 金時も駆け出しの頃、攘夷組の世話になったことがある。三代目の名代として動いていた姐さんは和服の似合う綺麗な人で、家族を知らない金時に対し母親と思っていいとまで言ってくれた。杯こそ交わさなかったが、それなりの恩がある。
 あの人の息子、なのか。よくよく見れば確かに面影がある。
「攘夷組と夜兎、確かに敵対するしてマシタ。でも、それ以上に恩あるネ。その子を見殺しにする、ワタシのパピーにもその子のマミーにも顔向けできるナイ。だから、その子にはお客取ってもらいマス。水揚げ代、耳揃えて天人に出す約束ネ。でなけりゃ、夜明けにはお船に乗ってサヨナラドナドナヨ」
 悔しいけど、それ止めることできるナイヨ。神楽が眉をゆがめ、小さく唇を噛む。夜兎の勢力はそこまで落ちているのだ。子供一人匿うことも出来ない。
「……要はさ、今夜中に金が必要だってことだろ? じゃあ……」
「オマエが立て替える、それダメネ。その子が稼いだ金でナイ、意味ナイヨ。お客取らない、金稼げない、それじゃワタシ庇えるナイ。そうなら、ワタシその子沈めマス。でなけりゃ、私の面子立つナイヨ」
 神楽の言っていることには筋が通っている。それが夜の世界、裏の世界を生きるものの仁義だ。それくらい、この少年にも分かっているのだろう。そういう世界に生まれたのだから。
 だからって、あのちっちゃいおっさんは、ない。生理的嫌悪感ってものがある。年頃から言って初体験でもおかしくなかろうに、変態の名高いあのおっさんに身体中弄り回されるのはあまりにも哀れだ。
「分かったカ。分かったなら出てくるネ、ヅラ子」
「ヅラ子?」
「源氏名ヨ。ヅラみてーに髪キレイネ」
 金時の背中でうつむく小さな頭を見る。なるほど、確かに人形かなにかのようにきれいな髪だ。これを、あのちっちゃいおっさんが撫でて舐ってザーメンぶっ掛けて……
「……分かりました」
 小さく少年……ヅラ子が呟いた。
「イイ子ヨ。安心するヨロシ、体傷つけるナイ。オマエは商品ヨ、管理はキチンとしてやるネ」
 ヅラ子の細い指が金時のシャツから離れる。頭に結わえられたふわふわのヘッドドレスが金時の眼下を通り抜け、神楽の側に行こうとするのを、
 思わず、腕を掴んで引き止めた。
 ヅラ子が、神楽と新八が、驚きに目を見開いて金時を見る。
「俺が買う」
「……はぁ!?」
「金さん……」
「何言うヨ。ワタシ、オマエにその子買える給料、払タ覚えナイデスヨ」
「天引きにしてくれてかまわねえ。俺が買う。ちゃんと金が稼げれば問題ねえんだろ?」
 神楽がガリガリとお団子頭を引っ掻き回す。新八がため息をついて額を押さえる。ヅラ子は切れ長の目をまん丸に見開いて金時を見上げていた。
「オメー、オトコもイケる人だったデスカ」
「……いや、そのケはねえけど……」
「お布団で寝るだけダメヨ。この先、ちゃんと客取れる証明するヨ。オメー、その子掘れるデスカ」
「掘る、ってさあ……いや、まあ……」
 まだ捕まえたままのヅラ子を見る。
 腕、ほっせーなー。女の子より細いんじゃないの? 目もうるうるしちゃってさ、なんか庇護欲と同時に嗜虐心掻き立てるタイプだよね。ある意味、魔性だよね。
「……多分、イケます」
「仕ッ方ネーナ。ちょっと待つヨロシ」
 新八が差し出した携帯電話を受け取り、神楽は表通りのほうに歩いていく。ハタさんと交渉するのだろう。なんだかんだと彼女は金時に甘いのだ。
 その隙に金時はヅラ子の肩に手を掛け、顔を覗き込む。
「……こういっちゃアレだけどな。袖摺りあうも他生の縁って言うだろ。初体験くらい、縁のある人間の方がいいだろ」
 それに、間違いなく俺の方がイケメンだ。
 ヅラ子の表情が戸惑いで揺れている。客を取らなければならないことは分かっている。でも不安も恐怖もある。逃げ出してしまうほどに。
「めっちゃ優しくしてやっから」
 せめて、それくらいは。
 この、唇を噛み締めて、涙をこらえて、細い肩を震わせている子供に、それくらいはしてやりたい。
 こくり、とヅラ子が頷いた。
「よし! えらい!」
 ぐりぐりとヘッドドレスのついた頭を撫でる。交渉が終わったのか、神楽が携帯電話を片手に弄びつつ戻ってきた。
「300万ネ」
「……え? ペソで?」
「円ヨ。ドルのほうがイイカ?」
「いや、円でお願いします。って、さんびゃく……!」
「ドタキャンの慰謝料100万、水揚げ代200万ヨ。オマエ、その子がどんだけ上玉かわかんネーカ。正真正銘バージンネ。オンナも知らねーハズヨ。オークション出せばもっと吊り上げられたネ」
 そうしたら、どんな客に買われるか分かったものではないから、あえてこの額で手を打ったのだ。神楽が腰に手を当てふんぞり返る。
 300万。一晩300万。先月の給料が、ギリギリ50万だった。つまり、向こう半年タダ働きと言うことになる。
「あ、あの……」
 ヅラ子の小さな唇が震える。今にも泣き出しそうな声。
「か、返すから……絶対、返すから、だから……!」
 ……あー、ちくしょう!
「……っ!」
「……アーア……」
 ヅラ子の細い腰を抱き寄せ、思いっきり唇を奪う。うっわー、やーらけー。いい匂いするー。舌ちっせえー。マジで男か、コイツ。
 軽く舌を吸う程度で放してやる。どうせ今夜一晩、自分のものなのだ。最初からがっつく必要はあるまい。真っ赤に染まったヅラ子の頬を撫でる。ちゅー一発くらいで涙ぐんじゃって、初心だなコイツ。
「……おにーさんにもね、男の甲斐性ってもんがあるから。300万円分、堪能させてもらうから。心配するんじゃありません。分かった?」
 軽くパニくってるのだろう。こくこくと頷くヅラ子の視線が定まってない。
「アーアー。もうテメー、キャンセル効かねーからナ。覚悟しろヨ」
 え?
「正真正銘バージン言ったデスヨ」
「……ファーストキス?」
 きゅう、と、ヅラ子の両手が金時のシャツを掴み、胸に顔をうずめてくる。
 ……あーもー、だからこういうの弱いんだって!


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