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2007年9月30日

カフェ・ド・鬼 幕一 後編

 前編の続き。


「相席でいいな? 満席なのだ、協力しろ」
「よくねーよいやだよウザいんだよアイツ。お前の次くらいにウザいんだよ」
「なんだ、最近仲がいいと思っていたのに」
 うわ、なにそれ嫌み?
 桂に押し付けられた土方……トッシーが、銀時の隣りに腰を下ろす。ヘタレモードに入っているようだが、服はあのコテコテのヲタファッションではない。それなりに小奇麗な黒シャツに、高そうではないがぱりっとしたチノパンだ。……なんかアレみたい。脱ヲタにトライし始めたばっかのオタクみたい。
 洋装でもやはり帯刀している。まあ、妖刀なんだから仕方ないんだけど。
「いやー、志村氏はともかく坂田氏と神楽氏がアキバとは珍しいでござるなー。やはりあれか、お一人様一体限定予約のリボルテック『夜兎ミーナ』の……」
「「違います」」
「何アルカ、りぼーてこーって」
「これでござるよ、神楽氏。原型はロリキャラに定評のある宮本氏で……」
「黙れええ! うちの神楽ちゃんに変なもの見せるなあああ!」
 トートバッグ(なんで脱ヲタを試みるヲタって、まずカバンをトートに変えるんだろう)からフィギュアのチラシをわんさか取り出してきたトッシーの頭を叩く。あーもー、ほんとウザいこいつ。
「なんだよお前、空気読めないって言われるのヤだから、店には来れないんじゃなかったのかよ」
「いやー、それがさー。ヅラ子嬢に言ってみたら、『我らはより多くの人々に攘夷の思想を理解してもらうために店を開いている。トッシー殿にもその意志があるのなら、来店を拒む理由はない』ってさー」
 ……神楽に言ったことと同じこと言ってやがる。いや、正しいんだけど。それはすごく正しいんだけど。
 攘夷思想と雖も、今となっては一概に外敵排除を唱えている訳ではない。天人を廃するのではなく、対等な関係を築き国家としての自立を目指そうという思想も今では攘夷論の一つとされている。その根底にはあのこっぴどい敗戦がある。
 つまり、この店の目的はそれだ。攘夷戦争がいかなるものであったか、記憶が風化しないように印象づけ、歴史と現状を再認識する機会を与える。ミニ袴もかわいいお姉ちゃんも人目を引き付けるパフォーマンスに過ぎない。
 結構考えてるじゃねえか、ヅラ。女装の意味は分からないけれど(趣味だな、あれは)。
 その恐らく趣味でやってる女装が死ぬほど似合う美人店長がおしぼりとお冷やをもって銀時たちの席にやってくる。
「よく来るな、土方殿。一昨日も来たばかりだろう」
 通い過ぎだー!?
「いや、警邏のついででござるよ、ヅラ子嬢。そういえば、先日贈ったものは……」
「当店はウェイトレスへのプレゼントはイベント時以外受け取らないと言ってるだろう。屯所に送り返しておいた」
「えー、ひどいでござるよー。アイナのロケット、限定もので手にいれるの苦労したのにー、って、うおあッ!」
 あんまりウザくてムカついたので、顔面にエルボー入れてみた。
「こら、党内での私闘は厳禁だ」
「いいんですぅー、こいつ実は真選組なんですぅー。間者なんですぅ、成敗してやったんですぅ」
「そーゆーのは俺や幹部が決める。勝手な手出しはするな。で、いつものでいいのか、土方殿?」
 もう『いつもの』で通じるのかよ。まだ話しかけようとするトッシーを尻目に、桂は伝票を持って厨房に引っ込んでしまった。
「警邏中にケーキセットとは、お楽なお仕事でございますなあ。税金返せ」
「楽でもないでござるよ。……最近、この周辺に攘夷浪士らしき男どもをよく見かけるってタレコミがあってな」
 眉が反応しかけるのを、精神力でねじ抑える。ちらと視線を巡らせれば、神楽は目の前のケーキを貪ることに集中しており、新八はウェイトレスのスカートに目を奪われている、ふりをしている。いい加減こいつらも慣れたものだ。
「攘夷浪士取り締まるついでに攘夷喫茶通いって矛盾してね?」
「攘夷論唱える奴らがすべて反乱分子って訳でもねえだろうよ。危険思想として弾圧している訳でもねえんだから」
 しているだろう。お前らの存在そのものが弾圧だ。……だからこそ、真選組が弱体化している今が攘夷浪士が動き出す契機であり、そのために副長自らが偵察していると言ったところか。
「……特にこの店は、桂一派と深い関わりがあるらしくてな」
 そりゃ、店長本人だもん。
「そんなとこにのこのこやってきていいのかよ? 罠じゃね?」
「だったら好都合、一気に深部まで切り込んでやるさ。……時に万事屋。今から言うことを聞くだけ聞け。返事は聞かねえ。聞いてどうするかはテメエ次第だ」
 土方が声を潜める。
「テメエ、快援隊の坂本って男を知ってるな? 以前事故を起こした時に、万事屋を探していると言っていた供述が残っている。元攘夷志士。戦中は化け物みてえに強えって噂になった男だ。……桂、高杉と同じ部隊にいたという記録も残っている」
「…………」
「この店の出資者がどこか知っているか? その快援隊だ。貿易企業の多角経営の一端。まあ、その多角経営には、攘夷浪士相手の後ろ暗いものも含まれてんだけどな。取引相手は? 昔なじみの桂や高杉に決まっている」
「……筋は通ってるねえ」
「否定も肯定も聞いてねえよ。言うな。俺達はあんたに恩がある。出来る限り、最大限の譲歩をしてやってんだ」
「そりゃどうも」
「ここまでが前置きだ。うちの大将はな、桂にコンタクトを取ることを考えている」
「…………はぁ?」
「伊東。あいつが行っていた道場に桂と高杉が籍を置いていた記録がある。特に桂、あいつぁ塾頭だったらしいな、大したもんだ。……つまり、繋がってるってことだ」
「なんかの事件で、桂一派と鬼兵隊は反目してるとか聞いたぜ?」
「組織としてはな。だが、敵対組織同士のトップが仲良し小良しってのはよくある話さ。戦中の幕府と天人みてえにな。調べによっちゃあ、桂と高杉、出身は同郷、家は同じ組、寺小屋まで一緒だったというじゃねえか。戦争中には命運を共にした幼なじみの腐れ縁だ、そう簡単に繋がりが切れる訳がねえよ」
 その通りだ。だから困っている。
「……出来る限り、最大限の譲歩なんだよ。今、攘夷浪士共が大きい動きに出たら俺らに抑える力はねえ。まだ伊東の手の者が内部に残っている可能性すらある。だから……」
 桂と取引をしたい、という訳か。
「近藤さんらしくねえ案だ。だが、近藤さんでなきゃ出てこねえ案だ。今、桂に動かれたら、俺らは完全に磨り潰される。それだけは避けたい。もちろん、こっちからも……」
「仲良く内緒話か」
 ケーキセットをトレイに乗せた桂が、ミニ袴をひらめかせ、なまめかしい白い太ももを見せ付けながら登場する。
「おまたせした。本日のケーキセット、ラズベリームースとソイラテだ」
「おお、ヅラ子嬢、かたじけない!」
 一瞬で切り変わりやがった。
 鮮やかな紫色の丸いケーキとほんのり大豆の香りが交じるコーヒー。……うまそう。
「ヅラァ、これも食べたいアルー」
「ルージャ。追加注文に入れておこう」
 ほら、やっぱり。半分食わせてもらおう。
「時にヅラ子嬢、今日は確か早番のシフトでござるな?」
「? そうだが?」
 うわー、シフトチェックまでしてるよー。キモーい、やっぱストーカーの部下はストーカーだよー。
「出来れば、少々お付き合いいただきたいところが……」
「店外デートなどのサービスは行っていない」
「いや、そういうのではなくて、ちょっとお話を……すぐ済むでござる」
「ここで済ませばよかろう」
「ここでしたら困る話なんじゃねえかな?」
 ガチッ。
 新八のフォークが皿に落ちる。衝撃で端が欠けたようだ。
「ああ、新八くん。それはもう危ない、破片が入っているかもしれん、食べない方がいい。今、代わりの皿を持ってこよう」
「かつ……っ!」
「ヅラ子、別にかまわねえよ。もうほとんど食ってるし」
 新八の言葉を遮り、銀時が口を挟む。
「そうもいかん。この店は同志の皆にくつろいでもらうのが第一だからな。故に、そのような剣呑な目付きをした者に殺気を放たれては困る」
 桂が、ちらと視線を土方に向ける。鋭い、狂犬の目付き。それを見据え、ふわりと笑った。
「ちょうど今、次のシフトが入ったばかりで人手に余裕がある。後でとは言わぬ。すぐに済むお話であれば今すぐ聞かせてもらおう、土方殿」
 貴様らはゆっくりしていけ。神楽のお代わりのケーキを置くと、桂はウェイトレス姿のまま土方とともに店を出て行った。


 攘夷喫茶は大通りからは外れた場所にある。そこからさらに細い道を通り、街の奥へ。電化製品や部品を売る店が少なくなってきて、古い竹問屋や炭屋の店構えが増えてくる。そのどれもが軒を閉ざしたままだ。
「懐かしいな。十年ほど前まではここいらは一帯こんな店ばかりだった。今はすっかり様変わりしたが……」
「知らねえよ。十年前っていや、まだ田舎にいたからな」
「そうか」
 土方はヅラ子の言葉に笑みが含まれているのを感じた。侮りや嘲笑ではないが確かに笑みが含まれていた。
「で、なんの用かな? 鬼の副長殿」
 振り返るよりも先に手を伸ばす。ヅラ子の手を掴み取りぐっと引き寄せる。薄化粧のその美しい顔は特に驚きもせず、柔らかい笑みを浮かべていた。
「あんた、何者だ?」
「攘夷喫茶の雇われ店長だが?」
「はぐらかすんじゃねえよ」
 土方は尻のポケットから小さなビニールパウチを取り出す。中にはごく変哲もないレシートが入っていた。レジスターが打ち出す感熱紙のレシート。品名はケーキセット780円。
「あんたのところのレシートだ」
「ううむ。そこまで熱烈に追いかけられると、さすがに引くな」
「指紋がついていなかった」
 もちろん、受け取った土方以外の、という意味で。
「あんたにレジを打ってもらった時のやつだ。これだけじゃねえ、その前も、さらに前のもだ。他の店員から受け取ったレシートからは普通に検出できた。だが、あんたの指紋だけはどうやっても出てこねえ」
 手の中のヅラ子の指の腹を、ざりと撫でさする。
「焼き落とした訳じゃなさそうだな」
「ふン、古臭いことを考える」
 軽くヅラ子が腕を振っただけで、拘束が外れた。土方が目を見開く。自分の力が緩んだ訳ではない。力ずくで振りほどかれた訳でもない。土方の呼吸に合わせて『ずらされた』のだと気付くまでしばらくかかった。
 ヅラ子の細い指同士が擦り合わされる。よく見ればその表皮がわずかに白くなっており、その端を摘まめばぺりぺりと剥がれそうだ。
「しりこん、とか言うやつだ。天人が持ち込んだ新素材で、この界隈では量産品の根付や人形の複製取りに使われる。薄く塗ればほぼ透明になり剥がれにくい。指の感覚も鈍らぬ。便利なものだぞ」
「……なぜ、そんな真似を」
「皿やシルバーに指紋がつくのは、客に無礼に当たるだろう?」
 どこまでもとぼけるつもりだ。柔らかな笑みのまま変わらないヅラ子を睨みつける。
「あの店に攘夷浪士……桂や高杉、坂本が関わっているのは分かっている」
「まあ、攘夷喫茶だからな。坂本はオーナーだが、攘夷浪士などではないぞ。立派な企業の……」
「あんたは、誰のイロなんだ」
 初めて、ヅラ子の表情が変わった。
 きょとんと目を丸くし、唇が軽く突き出される。
「いろ、というと?」
「イロはイロだよ。情婦だよ。坂本の囲われか? それとも、桂の……」
「……あはははははははははは!」
 突然、腹を抱えて笑い出したヅラ子に面食らった土方は一歩後ずさる。
「な、なんだテメエ! バカにすんのも大概に……」
「あははははは! いや、なるほど、そういう見方もあるのだな、と。新しい発見だ。なるほど、情婦に囲われか。新鮮な響きだ」
「違う、のか」
「違うと言えば、違う。そうだといえば、そうでもあるな」
 笑い過ぎて浮かんできた涙を指で拭いながら、ヅラ子が答える。
「情婦になどなった覚えはないが、清い仲でも単なるビジネスパートナーでもない。囲われてる気もないが、そのような男に金を出させて店をやっているのだから、否定もできないのが辛いところだ」
「坂本のことか」
「好きに受け取れ」
 くすくすと笑いが漏れ続ける。そういえば、このような笑顔など初めて見る。しっとりと落ち着いた色気のあるヅラ子も、このように笑うと存外幼く見えるのだな、と、妙な感慨を覚える。
「じゃあ、桂や高杉とは……」
「好きに受け取れと言っただろう。こちらにばかり喋らせようとはケチな男だ。モテないぞ」
 モテないと言われたのは初めてだ。しかし、事実目の前の女にはさっぱりモテていないのだから、外れてはいない。
「銀時に仲介を頼んだのは、あいつの素性も調べておこうという魂胆か? 腹積もりなどできぬ男かと思っていたが、どうしてなかなか……」
 そればかりではないのだが。土方はわずかにヅラ子から目線をそらした。
「いつからうちの店に狙いをつけていた?」
「……店からじゃねえ、あんたからだ」
 ほう、と小さくヅラ子が声を上げた。
「あんたの目は堅気の目じゃねえと思ったからな」
 武家か任侠か。ただ往来でビラを配っているだけだというのに、その目付きも身のこなしも茶屋娘とは掛け離れていた。攘夷浪士の増えつつある街のど真ん中にそのような女が現れては、裏を疑うなという方が無理だ。
「それで? 捕らえるか? 女を縛って嬲るか? 副長殿は拷問がお得意と聞いているがな」
「そんなことはしねえ。むしろ……あんたの身の安全は、俺が保障する」
 協力してくれるならば。
「……ふン。話によるが」
「桂と取り引きがしたい」
「どのような?」
 考えの内だったのだろう。ヅラ子の声には驚きも何もなかった。
「休戦協定だ」
「桂一派は穏健派だろう。貴様らが勝手に追い回しているだけだ」
「だから、そこからもう一つ協定を結びたい」
 しばらくの間、真選組は桂糾弾の手を休める。同時に、桂には他の攘夷派の動きを抑える役目を担ってもらう。
「メリットがないな」
 今の真選組に桂を追い回すだけの余裕がないことは明らかだ。放っていても手は甘くなる。そして、既に桂一派は無血革命を目的とし、過激派との会談を多く設けている。
「もちろん、こっちの手札はそれだけじゃねえ」
「人質でも寄越してもらえるかな?」
「俺らが掴んでる鬼兵隊の情報、あるだけ出そう」
 ぴくん、とヅラ子の眉が跳ねた。初めて、笑み以外の表情が浮かぶ。
「……どういう意味だ? 高杉については、お前らよりこちらのほうが知っていると思わぬか?」
「だからだよ。桂一派と鬼兵隊は対立していた。それは確かだ。だが、頭である桂と高杉が対立しているかどうか。それについちゃあ、俺ぁ怪しいと睨んでいた。そして、手持ちの駒如何は別として、現状、他の攘夷派や一般民衆の支持を得て、動かせる人間が多いのは桂だ。……もしかしたら、だぜ? お前さんのいい人たちは、俺らと鬼兵隊を共食いさせて横合いから高杉だけ逃がす。そんな腹積もりがあったんじゃねえのか?」
「……ふン」
「お前さんら攘夷派は、所詮は時流に取り残された残党だ。しかし、桂は坂本と手を組み別の流れを作り出そうとしている。だが、高杉はそうもいかねえ。あいつらが、『鬼兵隊』がそうさせちゃくれねえんだよ。高杉をあの流れから逃がすには、まず鬼兵隊をぶっ潰さねえとならねえ。だが……」
「なるほど。そういう考えもあるか」
 ヅラ子の言葉に土方の口が止まる。
「つまり、その先はこうだろう? 貴様らと鬼兵隊の潰し合いは、互いの消耗戦で終わった。故に、最後まで互いを磨り潰し合わなければならなくなった。でなければ、幕府として、攘夷志士としての沽券に関わる。桂と坂本による高杉隠匿は不可能となり、今後、鬼兵隊はさらなる過激派として糾弾され、桂一派にとって、そして桂個人にとっても完全な足枷となる」
「そうだ。だから……」
「いっそ、手を組んで高杉を討ってしまおう、そのために手札を明かす準備はしてある、ということだな」
 理解が早い。頭のいい女だ。
「……あんたが通じてるのが桂なら、そのまま話を上げてくれりゃあいい。高杉なら、司法取り引きの上で協力者として保護する。どっちにしろ坂本へのつなぎ役を……」
「断れば、この場で斬るのか」
 声に震えはなかった。傑物だ。男であれば、さぞ名を残しただろう。
「女を斬りたくはねえ。それに、あんたを斬れば万事屋に義理を欠く」
「だが、斬るのだろう?」
 けだるそうに髪の結い紐を弄っている。視線すら土方に合わさない。手足はだらんと力が抜け、逃走の準備は見受けられない。
 どことなく、あの銀髪の男の立ち姿を思わせた。
 じり、と、蹴り足をわずかに下げた。
「話を受けて、くれるな?」
「言うまでもない」
 くりっと指が翻り、髪を束ねていた紐が解かれる。
「勝ち目のない戦に乗れるほど、我らも暇では無い」
 踏み込んだ居合いの一閃で、何もかも終わるはず、だった。
 土方の踏み込みよりも早く、居合いの鞘よりも速く。
 その結い紐が妖刀の鍔と土方の指を絡めとリ、鯉口に縫い付けていた。きりりと紐を引く女の指。それを振り払うことすらできない。
「迂闊に刀を抜かぬほうがいい。太刀筋を知られる」
「てめぇ……っ!」
「貴様らに高杉は斬れまいよ」
 解け髪がざんばらに顔にかかり、その合間からゆるりと笑む女の目が覗く。
「貴様らの剣には大義がない。思想がない。道がない。ただ人切り包丁を振り回したいがために、士道の何たるか志の何たるかを虚飾で偽り怨敵に尻を振り腹を晒す。犬にも劣る畜生どもに高杉が斬れるものかよ」
「侮るか!」
「ほう、自覚はあったのか。よくぞその恥に腹を切らずにいられるものだ。大した肝をしている。おかげで刃も刺さらぬか」
 嘲笑の声に土方の脳内でなにぞが切れる音がする。
 女の細腕に、筋力で負けるはずがない。刀が抜けないのは、太刀筋を読まれ合気の要領で留められているからだ。ならば話は早い。太刀筋を消せばいい。
 わざと足を崩す。つんのめるように肩を押し、わずかに力が逸れた隙に力ずくで紐を引きちぎった。
「くっ……!」
 重心を正し向き直ったときには、ヅラ子も後ろに飛びずさり間合いを取っていた。腰の後ろに差し込んだ短刀に手をかけている。長い黒髪が顔を覆い、その表情は読めない。つまり、視線も読めない。
 まずい、あの身のこなしから言って、足の動きを見てからの反応では追いつけないであろう。自らの唇が乾いていることに、土方は気付く。
「……天人に尻尾を振るが悪いか」
「悪いというのではない。そうでなければ生きられぬ世よ。だからこそ、我らは虐げられたもののために戦いを続けている。だが、そこまでの辱めを自ら受けながら侍を名乗る、その厚顔さに呆れるだけのこと」
「はっ! 辱めにあってるのはどっちの方だ」
 かすかにヅラ子の肩が揺れた。まずは相手の平静を乱すのが先だ。そうであれば、逃げ切る(残念ながら)隙も出来ようというものだ。
「桂の足取りを洗う内になあ、面白いものを見つけた。あいつ、戦後二度ばかり捕らえられてるな。二度とも上から圧力がかかって釈放されている。どこからだ? ……面白ぇことに、天人の大商人からだ」
 経緯は分からない。しかし、そのことは事実である。ここから先は口先三寸だ。
「まあ、あんだけの優男だ。イロモノ食いの天人に取り入ることも出来るだろうさ」
「何が言いたい?」
「天人に尻振って生き延びてるのは、どっちだって話だよ」
 かまを賭けた。あの矜持の高い男が、そのような辱めを受けてまだ生きているはずがない。しかし、それもおかしくはないと思わせるだけの美男である。
「そんな男が世を変えるなんざ、できると思ってんのか?」
「……くふっ」
 笑った。
 嘲笑ではなく、ただ純粋にその唇が笑いの息を吐いた。
「……ああ、そうか。貴様ら、あの戦には赴いていないはずだな?」
「……それがどうした」
「笑い話を教えてやろうか? 十年、いや、それよりももう少し前だったかな。場所は、まあいい。天人も戦も縁遠い山奥の里のことよ」
 何を喋り出したか。
「その里の近隣に天人が陣を構えることとなった。初めて見る天人に怯え惑った人々は若い娘を祠へと隠し、残る男衆や年増女房、老人どもで鋤鍬を持ち寝ずの番をした」
「……何でだ」
「若い娘を浚って食うと思ったのだよ。天狗でもあるまいし。まあ、遠からずと言ったところだがな」
 事実、天人による強姦事件は、天人襲来から現在まで連綿と続く被害である。屯所に持ち込まれる被害届けも、月に十ではきかない。泣き寝入りを含めればどれだけの被害数か知れたものではない。
「さて、ある夜、色に飢えた天人の集団がその里にやってきた」
「どうなった」
「犯されたよ」
「……だろうな」
 農民の鋤鍬程度で天人に対抗できるはずがない。哀れな娘どもはひどい目にあったのだろう。
「年増女房のみならず、若者衆も男衆も、爺婆に至るまで等しく犯された」
「……はぁ?」
「だってそうだろう? あいつらは日本人でないどころか、この星の生き物ですらない。生殖ではないのだ。欲するのは若く美しい娘にではない。生温かい肉の穴を嬲って泣き叫ぶ生き物であれば、人であるどころか牛馬でも構わぬのだ!」
 肺の息全てで吐き出した言葉に、ヅラ子は自分で笑い出した。細い背を反らせ、顔にかかる髪を払いもせず、さも楽しそうに、笑う。
 はははは、あははははは。
 あははははははははははははははははははは。
「面白いだろう? 笑ってよいのだぞ? 我らが生き抜いてきたのは、そういう戦場だ。人が人としても扱われぬ恥辱の底だ!」
 狂女だ。
 黒髪を振り乱し、到底この世のものとは思えぬ話をさもおかしそうに話し、けたけたと笑う。
 狂女である。
 狂った戦場に魂を縫いとめられた狂女である。
「だから、貴様ら如きが我らを殺せるわけがないのだ」
 ヅラ子のむき出しの細い足が地を蹴った。とっさに目で捉えようとするが、やはり追いつかない。一瞬で間合いを詰められ、その翻った豊かな黒髪に視界が遮られ、
 気付いたときには背後を取られていた。
「貴様らに高杉は斬れぬ」
 耳元に甘く蕩けるような声が吹きかけられる。細い指がゆるうりと土方の喉笛を撫でて絡みつく。
「飼い慣らされた畜生に狂うた獣は斬れぬ」
 抜き放たれた短刀の切っ先が、土方の首筋を辿り鎖骨を這い、ぴたりと心臓の上で止まる。

「高杉を斬るのは、おれだ」

 ぐさり。
 ヅラ子はそう囁くと同時に、ガブリと土方の耳朶に噛み付いた。短刀はわずかにその先端を服の布地に食い込ませている。痛い。押し込まれた部分が、痛い。
「竹光だ」
 どんと突き飛ばすように放される。二歩三歩よろめいて、がくりと地に膝を着いた。
 腰が、抜けていた。
「今、貴様を斬ると、銀時たちが寝覚めの悪い思いをする。犬畜生の血如きであやつらを不快にさせたくないものでな」
 耳朶から伝う血が、ぽたぽたと地面に染みを作る。土方は四つん這いになったまま、それをじっと見ていた。
「今日の話は俺一人の腹に留めておこう。帰って貴様の敬愛する大猿に言うがよい、攘夷喫茶の女に腰砕けにされたとな」
 かつんとヅラ子の爪先が土方の腰を蹴る。そこを見ずとも、自分の下腹が熱くなっていることになど気付いていた。人は死に瀕すると生存本能で性衝動が高まるというが、それだろうか。
「それでは、そろそろシフト入れ替えの時間だ。店に帰らせてもらうぞ」
 次のご来店をお待ちしております。そう言い残して、ヅラ子は去っていった。

 思えば、その日、自分は死んだのだ。
 文字通り、心臓を貫かれて。

 
 
 
 
 
 
「どうした、心配性め」
「……うるせーな」
 路地を曲がったところに、木刀の柄に手をかけたままの銀時がいた。気配を絶っていたわけでもない。桂からしてみればバレバレである。
「何に気を揉んだ? 俺が無駄な殺しに手を染めることか? あの副長殿の命か?」
「だからうるせーんだよ!」
「思い上がりも大概にするがいい。貴様の目の届くもの全てが、仲良しこよしとは行くまいよ」
 そんな顔で、笑うな。困ったように眉を下げて、仕方ないなとでも言うように、そんな顔で笑うな。
「あやつらには反吐が出るが、恨みがあるわけでもない。自らの職務に忠実なだけで、思想も糞もありはしないのだ。健気に吠え立てる犬畜生に業腹を立てるのは大人気なかろう?」
「ひっでー言い方……」
「だから、大人気ないやり方で意趣返しをしてやるまでよ。可愛いものだな」
 ほら、戻るぞ銀時。リーダーたちが待っているのだろう。ひらりひらりと片手とスカートをひらめかせ、桂が歩き出す。
「ヅラぁ」
「ヅラじゃない、桂だ。あ、違うか? ヅラ子だな。うん。どうした?」
「俺、言ったよな?」
 高杉を、お前の元に戻してやると。
「俺も言ったぞ?」
 落ちた花は戻らぬと。
「諦めが悪いところは相変わらずだな、銀時」
 だから、そういう顔で笑うなって。嫌いなんだよ、それ。
 お前はいつもそれなんだよ。
 高杉が臍まげて部屋に篭ったり、俺が頭カーッてなって当り散らしたり、坂本から軍を出てくって話を聞いたり、そういう時は大抵その顔なんだよ。
 なんだよ、その顔。
「ヅラ、お前に高杉は斬らせねえよ」
 いやだ。
「お前が斬るくらいなら、俺が斬る」
 お前の正気を、高杉に奪われるのはいやだ。
 せっかく取り戻したのに。あの日に失ってしまった本当のお前を、ようやく取り戻したのに。
「断る」
「……断るなよ」
「晋助は俺が斬る」
 ああ、だから、
「ぎんとき。貴様に晋助は渡さぬよ」
 そんなきれいな顔で、わらうな。

comments

大変面白く拝読いたしました。これまでこちらさまで拝見した貴作品のなかで一番好きです。特に後半は圧巻。ぎりぎりに引き絞られた弓を息を詰めて間近に見守るような心地が致しました。このままアニメで見たいです……。
しかし、銀魂の二次創作はサブカルチャーに造詣の深い方がお書きになると説得力が違いますね。

(ところでリンク拝見して心臓が止まるかと思いました。汗顔の至り、光栄至極です。絵も文も、これほどの作品をお書きになる方に気に入っていただけたとは……。有難う存じます)

  • 悠宇
  • 2007年9月30日 21:56