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王子様と秋の空 [将棋]
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2008年3月 8日

おまえら、だめだー!!

 棋士モノ。銀さん、先生とヅラに出会う。
 そして、銀→桂。


 将棋を指すために引き取られたわけじゃない。
 俺の母親と先生が遠縁だった。それだけだ。
 父親の顔も名前も分からない、本当は自分の年齢だって疑わしい、酒を飲んで暴れて転んでそのまま動かなくなった母親を三日放置しといて、いい加減腹が減ったのでお隣に飯をたかりに行って、母ちゃんが動かなくなってうんこもらしてる、そう言ったら先生が俺を迎えに来た。

 親戚にものすごく頭がよくて有名な人がいるというのは知っていた。母親がまるで自分のことのように言っていたから。自分は馬鹿なくせに。

 先生の家は昔ながらの日本家屋で、庭の松が大きくてかっこよかった。前はアパートだったんだけど、内弟子を取ったので引っ越したんだ。ちょうど君と同じくらいの年の子で、君と同じ萩で生まれた子。将棋の子だし喘息持ちで体が弱いからあんまり遊んでやれないけれど、友達になってあげてくれ。そう言われて頷いた。手を引かれて入った屋敷は、その、一言で言うと、
 ひどかった。
 母の血筋には、生活能力というのが欠けているらしい。ゴミ屋敷だ。幸い、庭や建物自体が大きいからゴミに埋まっているということはないものの、あちこちに放置されたペットボトルやインスタント食品の空き容器が異臭を放っていた。
 先生自身はこぎれいな見た目をしていたから、余計ショックが大きかった。
 そして、ちょこちょこ出てきた将棋の子が、ジュニアアイドルみたいなかわいらしい子だったので、さらに驚いた。
 あのころの小太郎は、先生の真似をして伸ばした髪をポニーテールに括って、ぶかぶかのユニセックスな服(先生は子供服の違いなんか分からなかったし、すぐ大きくなるから、やたら大きな服を買い与えてた)を着て、将棋と喘息のために部屋に引きこもってばかりいたから肌が透き通るように真っ白で、作り物みたいにきれいな子供だった。
「はじめましてこんにちは、桂小太郎です」
 ぺこんと下げられた頭の上で跳ねる馬の尻尾。あ、女の子じゃないんだ。頭によぎった言葉を振り払って、俺は叫んだ。
「おまえら、だめだーーーー!!」
 なにせ、母親があれだったもんだから、俺は若干9歳にして相当の家事力を身につけていた。
 これから勉強するつもりだったのにとぶーたれる先生と小太郎のケツを蹴り飛ばして、大掃除に突入した。途中何度も埃に咳き込む小太郎を先生は気遣って掃除をやめようとするのだが、このままじゃそいつの咳はもっとひどくなると言えば仕方なく掃除機を握りなおした。

 先生も小太郎も将棋バカで、放っておけば飯も食わず風呂にも入らず一日中将棋を指していた。そんな将棋バカな二人だったけれども、ちゃんと俺を家族として扱ってくれた。小太郎とは毎日一緒に学校に通ったし、毎日一緒に帰った。帰る途中の公園でいつも先生は待っていて、一緒にスーパーにいったりした。
 育ち盛りの子供に変なものばかり食べさせるわけにいかないから、先生は小太郎が来てから料理だけは覚えたらしい。それでも、対局が長引いたり不在になる日はあるわけで、そういうときの小太郎はカップめんや冷凍食品を食べていた。広い屋敷の中で、二人向かい合って赤いきつねを啜っているのはあまりに侘しいから、俺が冷蔵庫の余りもので野菜炒めとサトイモのお味噌汁を作ってやると、小太郎は『銀時はおとなだな!』と変な言葉で感動した。
 先生の地方での対局にくっついてって、温泉旅行みたいなこともした。卓球やゲームセンターで遊ぼうと小太郎を引っ張っていこうとしても、どうしても先生の対局が気になるらしく、仕方なく控え室の隅っこに入れてもらって中継を見た。そのころの俺は駒の動かし方くらいしか知らなかったけれど、小太郎がこそこそ耳打ちしてくる解説は分かりやすくて、俺にもどっちが勝ってるのかくらいは理解できた。

 先生は、俺に将棋を覚える必要はないといった。
 つらいことだから。一度駒を握ったら、それはもうずっと一生続くから。
「僕はね、小太郎の手に駒を押し込んでしまったんです。小太郎は将棋を指すべき子だし、あの子が自分から駒を取ったのだから後悔はしていないけれど、それでもその責任は取らなきゃいけない」
 なんか難しいことをいってる。
「小太郎は将棋のためにここに来ました。でも君は違う。君は、健康に育って大人になるためにここに来たんです。僕は小太郎を棋士にするために自分の身を捧げるつもりです。それと同じくらい、君を立派な大人にするために身を捧げるつもりだ。だから君は思う存分遊んで、色んなことをいっぱい学びなさい。いいね?」
 先生が、ちゃんと俺のことを考えてくれているのは分かった。それと同時に、俺と小太郎は違う世界に住んでいるのだと言うことも分かった。
 小太郎と俺はよく喧嘩もしたけど仲もよかった。色んなことが正反対だった。クソ真面目で正義感が強くて、そのくせ日常生活はずぼらな小太郎と、いい加減で個人主義で、吉田家の掃除洗濯を一手に担っていた俺は、しょっちゅうぶつかり合って、お互いに気が短いものだから取っ組み合いの喧嘩をして、先生にゲンコツを落とされた。
 学校にほとんど行ってなくて引き算もおぼつかない俺に、小太郎は根気よく勉強を教えてくれた。小太郎が夜中にけんけん咳をすれば布団を寄せて一晩中背中をなでてやった。
 家族らしい家族を知らない俺にとって、先生は父ちゃんで母ちゃんだったし、小太郎は偉そうな兄で手のかかる弟だった。
 それが変わったのは、小太郎がとうとう奨励会を受験する小六の時だ。

 本当ならとっくに奨励会に入っててもよかったのに、先生は小太郎をずっと手元で育てた。とっくに初段くらいの実力があったんじゃないかと思う。
 奨励会を受験しようってヤツは、大抵は地元で負けなしとか地方大会で優勝とかで天狗になってる。それが奨励会に入ると、もっと強いやつがごろごろしている。そこで鼻っ柱を折られ、挫折してしまうやつが結構いるらしい。
 先生は、小太郎にそれを味合わせないようにした。そして同時に、天狗にならないようにもした。家に招いたプロと平手で打たせたり、時には自分がこてんぱんに負かすこともあった。
 小太郎は奨励会にいるやつらなんかに負けてはならない。奨励会にいる強いやつなんて本当はまだまだひよっこで、プロになればもっと強い人がいっぱいいて、それを全部超えなければならない。
 先生はもうそのころから、小太郎を『名人』に育てるつもりだった。そのために、あえて奨励会入りを見送っていたのだ。
 でも、それは逆に小太郎を追い詰めた。
 学校や夜中に喘息の発作を起こすことが多くなった。喘息は環境以上に本人のストレスが強く影響する。受験が迫っていてさすがに緊張しているのだろうと思い、その夜も俺は小太郎と同じ布団に入って背中を撫でていた。
 銀時、ごめん。ごめん。と、ひゅうひゅう言う喉で小太郎が繰り返した。
「いいって、気にするなって」
 成長期を迎えて背が伸び始めていた俺と違って、もやしっ子の小太郎はまだまだ体が小さかった。肩なんかかわいそうなくらい薄くて、箸どころか駒より重いもの持ったことがないといわれても信じてしまいそうだった。
「銀時」
「どうした?」
「俺は、奨励会に落ちたら、萩に帰らなきゃいけない」
 初めて聞いた。思わず小太郎の背を撫でる手が止まった。
「先生はそういう約束で俺を弟子にした。小学生のうちに奨励会に入らなきゃ、俺は家に帰らなきゃいけない」
「……だいじょぶだろ? 受かるだろ、お前なら」
 ふるふると小太郎は首を振った。解いた長い髪がさらさらと俺の腕をくすぐった。
「落ちたら、将棋をやめなきゃいけない。怖いんだ」
 それに、
「先生や銀時と会えなくなるのも怖い」
 小太郎の体が、俺の胸にぴったりと縋り付いてきた。
「銀時、帰りたくない。お父さんやお母さんには会いたいけれど、それよりも先生やお前に会えなくなるのがいやだ」
 会えなくなる。小太郎が奨励会を落ちたら、二度と会えなくなる。
 けんけんと小太郎の咳が続く。ぐすぐす泣いているものだから、余計息が詰まって苦しそうだ。
「お前なら大丈夫だよ。心配すんなって」
 小太郎の背に回した腕に力を込め、抱きしめるような形になる。咳がどんどん激しくなる。そのまま片手を伸ばし、枕元の吸入器を渡してやった。両手で機械を握り締めて必死に息をする小太郎を見ていると、胸が詰まって苦しくて切なくて、どうしようもない気持ちになる。
 もしも小太郎が奨励会に落ちたら。家に帰されることになったら。俺も萩に帰ろう。何もいい思い出なんかない場所だし先生と離れるのは辛いけど、それは小太郎も一緒だ。一緒に行こう。ずっと一緒にいよう。
「俺は、お前とずっと一緒だから」
 一晩中、小太郎の細い体を抱きしめていた。髪の毛からいい匂いがした。
 俺は小太郎のことが好きなんだって気付いた。

 やばいなー、って思った。
 俺ってホモだったんだ。どうしよう。
 折りしも思春期&第二次性徴真っ盛り。色恋やエロいことに一番興味がある年頃だった。一度好きだって気付いたら、もう歯止めなんか利かない。朝、顔を見れば触りたくなるし、昼、一緒に給食を食べていれば抱きしめたくなるし、夕方、一緒に帰っていれば壁に押し付けてチューしたくなる。
 例えそれらを理性で抑えつけても、家に帰ればもっとすさまじい忍耐が待っている。小太郎が発作を起こした時。布団の中で背中や胸をさすってやるたびに、その温かい華奢な体にたまらなくなって、苦しそうな表情に変な気分になる。勃起してたのがばれずに済んだのは奇跡としか言いようがない。
 棋譜を読む横顔の驚くほど長いまつ毛や、ぷっくりした唇が半開きになってかすかに動くのを見た日なんかにゃ、夢の中に小太郎が出てきてものすごいエロいことになってる。
 どうしようどうしよう。これで小太郎も普通にお年頃だったら、なんか勢いに乗ってどうにかなったかもしれない。だけどあいつは徹底した将棋バカだ。エロなんかにゃこれっぽっちも興味がない。しかも今は小太郎の人生自体がかかった大事な時期だ。勢いでどうにかしていい訳がない。
 あのころの俺は一人でもんどりうっていて、そして最低だった。先生も小太郎の受験にかかりきりなのをいいことに、目を盗んで最低なことをやりまくった。洗濯前にこっそり小太郎の下着でオナニーなんか基本で、喘息と勉強の疲れで死んだように眠ってる小太郎にキスしちゃったり(だから、小太郎のファーストキスは俺。本人は知らないけど)、あまつさえ服をまくって直に胸を触ったりした。さすがにパンツの中までは行かなかった。起きそうで怖かったし。
 好きだった。好きで好きでたまらなかった。
 小太郎は俺の初めての友達で、俺の兄弟で、俺の一部だった。先生が俺に人間になれる場所を与えてくれたのなら、小太郎は俺に人間になる目的を与えてくれた。頭いいくせにボケてて、真面目なくせにずぼらで、将棋のことしか考えてないのにいつも俺のことを気にかけてくれた。
 皿も洗えない小太郎の代わりに家事をやってやること。変わり者の小太郎にちょっかい出すクラスメイトから守ってやること。苦しそうに咳き込む小太郎の背中をさすってやること。
 俺が誰かのために何かしようって思ったことは全部小太郎のためで、だから俺と小太郎はずっと一緒にいたし、これからもずっと一緒にいるんだと思っていた。
 小太郎がいなくなる。奨励会に落ちたら、小太郎は萩に帰ってしまう。
 俺がおかしくなったのはそこからなんだろう。小太郎を失ってしまうんだって思った瞬間になんかネジが外れて、小太郎回路がエロ回路につながっちゃったんだと思う。
 小太郎と一緒にいたい。小太郎に触りたい。小太郎と抱き合いたい。小太郎とひとつになって溶け合ってしまいたい。
 そのころの俺にとって世界の全部は小太郎だった。

 一ヵ月後、何の危なげもなく小太郎は奨励会に受かった。当然だ。何年も大事に育てた弟子が、あっさりダメでしたー、では、先生の人生が浮かばれない。
 抱き合って喜ぶ先生と小太郎を見て、はたと気付いた。
 これで俺は小太郎と一緒にいられる。でも、俺と小太郎の世界は完全に違ってしまった。
 奨励会の年齢制限は26歳。それまで頑張って頑張って、プロになれなかったらもう完全にプータローだ。会社も行ってない、学校も行ってない、将棋を指す以外能がない。特に小太郎なんて、将棋以外は本当に何も出来ない。
 だから小太郎は、これから死ぬまで将棋を指すしかないのだ。
 これまでは、『プロになる』ために将棋を指してたけど、これからは『生きていく』ために将棋を指す。
 俺とは生きて行く場所も見るものも違う。
 いやだ。いやだいやだ。ずっと一緒にいるんだ。小太郎とずっと一緒にいるって決めたんだ。
 小太郎は俺と一緒にいるために奨励会に受かった。じゃあ、俺もなにかしなきゃ。小太郎と一緒にいるために、なにかしなきゃ。

 俺は先生に将棋を教えてほしいって言った。
 それしかないんだ。
 それを選ぶしかなかったんだ。