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王子様と秋の空 [将棋]
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2008年4月23日

スプートニク

 神楽とヅラ(銀桂前提)。犬の生活。


「おうちにかえーろおーーー、しちゅーをたべーーよおーーーー」
 そろそろ秋も深まってきた。神楽も今日はいつものチャイナ服にマフラーを加えた。
 昼前に仕事に出掛ける銀時から渡された買い物メモはクリームシチューの材料。寒い日にはシチューだろう。全くの同意である。
 空は今にも泣き出しそうと言う程ではないが、どんよりと曇っている。日も陰り始めたので神楽は傘を畳み、片手に引っ掛けてクルクルと回す。もう片手には、ニンジンじゃがいもタマネギ鶏肉の入ったスーパーの袋と、定春のハーネス。
「おーうちぃーーーーにぃかえーーろおーーーーーー、しぃちゅううをたぁべえよぅおーーーーーー」
 神楽はこの歌をこの一節しか知らない。しかし今歌うのにこれ以上相応しい歌があるとも思えない。従って、多少アレンジを加えて歌ってみるというテクニックを使ってみた。
 ふと、手の内のハーネスがぴんと張った。
「どしたネ、定春」
 振り返れば、定春が路地の奥を覗き込んで動こうとしない。
「雌犬でもいるアルか。だめヨ、子作りは経済的自立を果たしてからネ。子供が子供を作っちゃ駄目アル」
 全くもって正論な神楽の言葉に定春は耳を貸さず、逆にぐいぐいと路地に入ろうとし、さらにはゴミ捨て場に鼻先を突っ込んでかき回し始めた。
「定春ー! 駄目アル、また臭い臭いってメガネに文句言われるアル!」
 首根っこ掴んで引きはがしてやろうと、神楽は定春の鼻面まで駆け寄った。
「あり?」
 ゴミ袋の合間から、変なものが飛び出している。血の気を失った真っ白い腕が、にゅっと飛び出している。
「バラバラ死体アルか?」
 夜兎の血によるものなのか、神楽には血液や死体に対する恐怖心というものが一切無い。銀時や新八がケガをすればさすがに胸が痛む思いをするが、それは痛みの追体験や血への嫌悪ではなく、同胞が苦しんでいることに対する小さな怒りのようなものである。
 だから神楽はなんの躊躇いも無く、その白い腕を引っつかんでずるりと引きずり出した。
 ぞわっ、と身の毛が総気立った。
 その腕の先には、酷く見知った顔がついていた。
「ヅラ! どうしたネ、ヅラ!」
 呼吸はしている。しかしそれだけだ。桂は常に血色が悪いが、今は悪いどころの話ではない。紙のように白いとはこのことだ。ずるずるとその全身を引きずり出し、ざっと見渡す。着物の太ももから下が、血で黒く固まっていた。また下手を打ったのか。ドジな大人はこれだから困る。
 力任せに定春の背に放り上げる。このまま人目に晒したら、間違いなく死体を運んでいると思われるだろう。路地の奥で段ボールの山を覆っていたビニールシートを失敬し、桂の身体を覆い、自らもその背に飛び乗った。
「よっしゃ! 帰るネ、定春!」
 あおん、とひとつ吠えて、定春は駿馬のごとく走りだした。


 家まで連れてきたはいいものの、どうすればいいのか分からない。なにせ、神楽自身は大抵のケガは一晩放っておけば治ってしまうので、治療の知識が無い。銀時が帰ってくるまでにしばらくかかる。お妙はそろそろ仕事に出る時間だろう。お登勢を頼っていいものかどうか、神楽には判断がつかない。
 とりあえず、泥と血で汚れた羽織を脱がし、帯を引きちぎって(どうにも上手く解けなかった)、長着を剥ぎ取る。襦袢も脱がそうとしたが、傷口にベットリと張り付いているであろうそれを取るとさらに出血してしまいそうで手が出せなかった。
 とりあえず、暖めるのが先決だろう。桂の体温は驚くほど低くなっている。定春に伏せを命じ、そのもこもことした腹毛に桂の体を押し込んだ。さらに、ありったけの毛布や掛け布団で覆う。以前、酷く冷え込んだ日に銀時がやってくれたペットボトル湯たんぽを作って、合間に突っ込む。
 そこまでが限界だった。あとは濡れ手ぬぐいで顔の汚れを落としてやるくらいだ。ぐいぐいと頬が歪むくらい乱暴に拭いても、桂が意識を取り戻す様子は無い。
「……うう……」
 ひどく心細い気持ちになった。このまま起きなかったらどうしよう。手遅れになったらどうしよう。銀時がいれば、銀ちゃんがいれば。せめて、エリーがいれば。この際、新八でもいい。
「づら、だいじょぶか、づらぁ……」
 ゆさゆさと身体を揺すっても、人形のようにかくんかくんと首が落ちるだけで、瞼も唇もピクリとも動かない。
「……うー……」
 目許に込み上げてくる熱くて痛いものを堪えるのが限界に近くなってきた。
「たっだいまー」
 玄関先から聞こえてきた声は、まさに一筋の希望の光だった。
「銀ちゃああああん!」
「うぐふぉおおう!」
 危うく消しかけたが。

 鳩尾タックルから立ち直った銀時は、定春の腹で眠る桂を一目見るなり、神楽に盥に湯を持ってくることと風呂を沸かすことを言い付けた。
「お湯足りないなら、下のババアに借りてこい。あるったけだ」
 ハサミで襦袢を切り裂き、傷口にこびりついた布以外を全部はがす(嫁入り前の娘が男の裸なんか見るんじゃありません、と神楽は追い出されたが)。清潔な浴衣で身をくるみ、傷口の辺りを熱湯で絞った手拭で覆う。
「……銀ちゃあん。ヅラ、だいじょぶアルか」
「だいじょぶでしょ、死んでないんだから」
 そういう銀時の横顔に何の表情も浮かんでいないことが、神楽に事態の深刻さを伝えていた。


 これほど間近でじっくり顔を見るのは、初めてかもしれない。改めて、なんときれいな顔をした男かと思う。湯と布団で暖まり、血色を取り戻した滑らかな頬。ぷっくりと潤んだ水餅のような唇。閉じた瞼にびっしり生えそろった睫は驚くほど長く、そっと指の腹でなぞれば刷毛や筆先を触っているような感触がした。
「……うう……」
 くすぐったさにかその瞼が震える。慌てて神楽は手を引っ込めた。眉根に力が入り、睫が震え、そろそろと開かれる。
「……あ?」
「よ。起きたカ、ヅラァ」
「なあああああ!? 何をしているのだ、リーダー! 嫁入り前の娘が男の布団になどって、いってえええええ!? うわなにこれ、マジ痛い! 痛い痛い、オイコラ銀時ぃ! なんかすっげー痛いぞ、なんだこれはああああ!」
「銀ちゃーん、ヅラ起きたアルヨー」
「……言われなくても分かる」
 襖を開いて銀時が和室に顔を突っ込む。布団の上で太ももを抑えのたうちまわっている桂と、その隣りで首まで布団に潜った神楽を見て、はあとため息をつく。
「ちょ、銀時! なんだこれ、順を追って説明しろ!」
「お前がゴミ捨て場に落ちてるところを神楽ちゃんが拾ってきて、傷口洗ったら閉じかけてたのが開いちゃって、布団に寝かしたら、神楽ちゃんが寒い時は人肌で暖めるのが一番アルと聞かなくて添い寝しました」
「作文かあああ!」
「お、血が出てるアル。初めてだったのか、ヅラぁ。かわいい寝顔だったゼ」
「リーダー! すまんが今の俺には、それに乗れる余裕がない! うっわ、いったああ……!」
「ほら、包帯変えるから足出せ、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だぁ!」
 お決まりの文句が出る程度には回復しているようだ。銀時が暴れまわる桂の足を掴んで、ところどころ血の染みができた浴衣を一気にまくり上げる。太ももに巻かれた包帯には、大斑に血が浮き出ていた。慎重に剥がせば、ぱっくりと割れた大きな傷口が見える。深い。さすがの神楽もわずかに眉を顰めた。銀時は平然と消毒液やらガーゼやらをがちゃがちゃやっている。
「ヅラ、こりゃ縫わないと駄目だ。あとで病院行け」
「面倒だ、お前が縫え」
「やだよ。昔じゃあるまいし、何でわざわざ俺がやらなきゃいけねえんだ」
 薬箱の奥から銀時が小さな瓶を取り出した。たぷんと中の液体が波打つ。
「使うぞ。いいな」
「……貴様、まだそんなもの持っていたのか。血腥いのはどっちだ」
「うるせえな。備えあればうれしいなって言うだろうが」
「言わん」
 懐から小さなビニール袋を取り出し、ぴりりと破く。注射器。
「リーダー。向こうへ行っていろ」
「いい。見とけ」
「銀時!」
「いいから。ガキ扱いしてやるな」
 もうすぐ十五だぜ、こいつ。
 銀時の言葉に桂が観念したように目を閉じる。ビンの中身が細い針から吸い上げられ、うす黄色い液体で筒の中が満たされる。軽く押し出し空気が抜けたのを確認すると、銀時はその針を桂の腿に直角に差し込んだ。
「……っ!」
 桂が小さくうめいたが、その液体が身体に押し込まれるごとに、固く寄っていた眉根が緩んでいく。全て無くなるころには、くたりと首の力も抜けていた。
 銀時は無言で傷口にガーゼをあてがい、包帯をきつく巻き直す。
「よし、しばらく休んどけ」
 桂の肩に布団をかけ直し、二、三度頭を撫でれば、あっと言う間に眠りに入ってしまった。銀時に肩を押され神楽は和室を出る。
「銀ちゃん、あれ……」
「うん、ちょーっとイケナイお薬。新八には内緒な?」
 この街でその手の薬を手にいれることは容易い。しかし、まさか銀時が持っているとは思わなかった。
「お前らは怪我したら、その手のお薬を脳みそがばーっと出してくれるんだけどさ。俺らはそうも行かないから、ちょっとああいうのに頼るわけよ。不便だろ」
 不便だ。なんと脆弱な生き物だろう。だというのに彼らは、その脆弱な身体と刃ひとつで、神楽のような天人と長い戦争を繰り広げたのだ。
 ふと、気付いてしまった。
「銀ちゃん」
「あんだよ。そういや、シチューの材料どうした? ちゃんと冷蔵庫に……」
「銀ちゃんとヅラ、15の夜になにしてたネ? やっぱ盗んだバイクで走ったりしてたアルか?」
 銀時が小さく唇の端を持ち上げた。多分、神楽の気持ちに気付いてくれた。
 とんとんと、頭を軽く叩かれる。
「戦争行こうってお話してました」


 ふんわりとミルク臭いシチューの匂いが漂い出すころ、桂が目を覚ました。まだ薬が残っているのか、とろんと焦点の合わない目で布団の上に身を起こしている。
「ヅラ、だいじょぶアルか? 腹減ってね? シチューできたヨ、食べたら病院連れてってやるネ」
「……リーダー、今は何時だ?」
「七時。ご飯時ヨ、テレビ見るカ? 今日は新しいドラマの番宣やるヨ」
「行かねば」
「行かねばじゃネーヨ、寝てるアル!」
 布団を抜け出そうとする桂の肩を押さえ付ける。
「リーダー、大切な用があるのだ」
「うるせーな、どうせバイトやエリーと遊ぶ約束だろーガ! 今日のヅラはうちの拾いっ子アル! おとなしく言うこと聞くアル!」
「違う、リーダー。本当に、本当に大切なことなのだ」
 抗う桂の腕は子供のように弱々しく、神楽の袖をつかむばかりだ。こんな体でどこに行こうというのか。何が出来るというのか。
 なんとか布団に押し込めたいのだが、どうにも乱暴にできない。今の桂はあまりにも弱々しくて、いつものふてぶてしさのかけらもなくて、無理に力をかけたら呆気なく砕けてしまいそうだ。
「リーダー! 頼むから離してくれ!」
 だというのに、その意志だけは変わることはなく。
 神楽は怖くなった。よく知っているはずのこの男が、どんな生き物なのか分からなくなって怖くなった。
「銀ちゃーん! ヅラが変ヨ! なんとかしてヨ!」

 いつの間にやら銀時は自分の着物一式を揃えていて、まだぐったりとした桂の身体にそれらを器用に巻き付けていった。丹前にマフラー、手袋までつけさせ、タッパーに詰めたシチューを風呂敷で巻き、行火のように桂の懐に押し込む。
「早めに病院行けよ」
 そう言った銀時の顔を神楽は見ていない。覚束無い足元で階段を降りる桂を見送る銀時がどんな顔をしていたのか、神楽はそれを確かめる暇も無く定春と共に飛び出した。
「リーダー。わざわざこのようなことをしなくても……」
「うるせーよ。せっかくアタイが送ってくって言ってんだから、送らせろヨ。リーダーの命令は絶対ネ、ヅラのくせに生意気アル」
「……ルージャ」
 定春の背に桂も乗せ、のしのしと大通りを歩く。
「途中まででいい」
「遠慮すんじゃねーヨ」
「それ以上はリーダーに迷惑がかかるのだ」
 背に感じる桂の体温が熱い。怪我による発熱だろう。ちらりと後ろを見やれば、いつもは銀時が着ている白に流水紋の長着の裾が見えた。
「迷惑かけられてんのはいつものことアル」
「うむ、そうだったな」
 そのつもりだった。桂はいつも面倒事と共に訪れて、なんやかんやで一緒にそれを片付けて、一緒に帰ってくる。そういう存在だと思っていた。
 違うのだ。桂が出会う面倒事で自分たちが知っているのはほんの一部で、本当はその何倍も面倒で危ない目に会ってて、それを自分たちは気付くこともない。教えてもらうこともない。
 銀時だけが、多分知っている。知っていて、何も出来ずにいる。
「ヅラ、シチューのタッパー返しにこいヨ。タダじゃねーんだゾ」
「ルージャ」
「病院行ってからでいいネ。銀ちゃんの服もエリーにちゃんと洗ってもらって、迷惑料の酢昆布と一緒に持ってくるアル」
「ルージャ」
「次は行き倒れる前に万事屋来るヨロシ。怪我人拾うのめんどくさくてヤーヨ」
「リーダー、それはだな」
「ほんとにつらい時は、ちゃんと帰ってこいヨ」
 ぎゅうと強く毛を掴まれた定春が、神楽に抗議するように一声鳴いた。
「オメー、いっつもそうヨ。人にどんだけ心配かけてるかとか、ちゃんと考えろヨ。なめてんじゃネーゾ」
「……銀時のようなことを言うなぁ」
「そーよ。ほんとは銀ちゃんが言いたいことアルヨ。でもあのヘタレマダオには、きっと一生かかっても言えねーアル。だから、リーダーが言ってやるネ」
 振り仰いだその白い顔は、いつも通りの柔らかい笑みが浮かんでいた。
「アタシも銀ちゃんも新八も定春も、ヅラがいなくなったら寂しいヨ。悲しいヨ。そんなの御免ネ。おめーが困ってるならなんでもしてやるアル。だから、勝手にどっか消えちゃダメヨ。絶対戻ってこないとダメヨ」
「……珍しいな。リーダーでも泣くことがあるのか」
「うるせーナ! 人の話聞けヨ! 分かったアルカ、このバカヅラ!」
「善処しよう」
「善処じゃダメヨ、リーダー命令ヨ! ノーの前にイエッサーをつけるアル、クソムシ!」
「リーダー。俺と銀時の間にはひとつ約束がある。出来ない約束はするな、というものだ」
 ぽん、と頭に手を置かれる。
「昔、俺と銀時は、同じもののために生きて、同じもののために死のうと約束した。その約束があったから、俺は生きてこれたし、戦ってこれた。その約束を破ったのは、銀時だ」
 薄々とは感じていた。桂と銀時の間にある、小さなひび割れ。
「だから、銀時は俺に約束などせん。俺も銀時に約束など強いることはない。今、俺達がしている約束は一つだけだ」
 溝などではなくて、壁でもなくて、ほんの些細なひび割れでしかないものを、銀時も桂もひどくこわがっている。
「銀時は銀時の守るべきものを、俺は俺の守るべきものを守ること。それを違えた時には、お互いが引導を渡してやること。俺も銀時も、守れる約束はそれしかないのだ。分かってくれ、リーダー」
 なだめるように頭を撫でる桂の手を払いのける。
「よわむし」
 弱虫だ。
「おめーも銀ちゃんもとんだ弱虫アル。なんでそんくらいのことが出来ないとか言うアルカ。やってもみない内に自分の限界を決めるなんて弱虫ヨ。諦めたらそこで試合終了ヨ」
「いや、だからな、リーダー……」
「銀ちゃんと約束出来ないなら私としろヨ。私、弱虫違うネ。諦めないネ。どんな約束でも守りきってみせるアル」

「私はずっと銀ちゃんと一緒にいるから、ヅラはちゃんと私のとこに帰ってくるヨロシ。分かったカ」
「……ルージャ」
「声が小さぁい!」
「ルージャ!」

 きっと泣いていたのだろう。あのヘタレでマダオで弱虫な大人は、自分で自分の無力さを哀れんで、馬鹿な幼なじみの愚かさを哀れんで、一人で泣いていたのだろう。
 帰ったら、今度はあいつに説教してやろう。もっと強くなれと、言ってやろう。