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王子様と秋の空 [将棋]
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2008年5月29日

君の声は僕の恋

 銀桂、土銀土要素入り。
 ハッピーエンドではないので、要注意。

 他のSSとは別ワールドというか、分岐した別宇宙みたいなもの。


 明け方のかぶき町ってやつは、絶望的に汚い。
 深夜のうちに出たゴミ袋を破り漁るカラスや野良猫。酔っ払いのゲロ。打ち捨てられ、踏み荒らされた風俗店のビラやキャバ嬢の名刺。そんなものが真っ白い朝日に照らされて、目に突き刺さってきて、俺が生きているのはこんな汚らしい街なんだなあ、と、鬱になる。
「何、ぼーっとしてやがんだ」
 後ろを振り返ると直射日光が目に直接入り、眉をしかめた。
「……路上喫煙は禁止だよ、多串くん」
「多串じゃねえよ。さっきまではちゃんと呼んでたじゃねえか」
「まあ、そりゃ礼儀ですから」
「礼儀って何だそりゃ」
「親しき仲にもあるもんでしょ」
 ふん、と小さく鼻を鳴らしたっきり、会話が途絶える。さて、どのタイミングで歩きだそう。連れだって歩くのはいやだ、気持ちが悪い。かといって、いつまでも男二人でラブホの前に突っ立っている訳にもいかない。気持ちが悪い。
「てめぇ、その、なんだ。気の迷いとか、酒の勢いとか、その」
「そんなもんで勢いづくほど、銀さん飢えてませーんー」
「……なら、いい。じゃあな」
 ぺたぺたと雪駄を鳴らして、土方が歩きだす。その後ろ姿に、またねー、と声を掛ける。生きてたらな、と片手で返事された。何かっこつけてんの、あの子。
 天を仰ぐ。どこまでも均一な水色の空だった。
「……やっちゃったなー」
 浮気しました。ごめんなさい。この空の下で、今日も元気に走り回っているであろう幼なじみに、心の中で謝る。

「ただいまヨー」
「……おかえりー」
 あの朝から三日。銀時はずっと原因不明の腹痛に悩まされている。下痢とかじゃないぞ、そういうんじゃないぞ。なんか、こう、内臓の裏っかわがシクシクと痛い。
 ストレスだ、これ。
「銀ちゃん、まだお腹痛い痛いアルカ。正露丸飲むカ」
「……神楽ちゃん、正露丸ってのはもとは征露丸って書いて、日露戦争の時に作られた薬だから、一応幕末期である現代には……」
「何言ってんだかサッパリアル。銀ちゃんの脳みそに菌が入ったアル」
 くっちゃくっちゃと何かを噛みながら、神楽が言う。ふと気づいて、机の上に伏せていた顔を上げた。
「……神楽、なに食ってんだ?」
「アタリメ」
 がさりとお徳用パックのアタリメを突き出す。どうりでイカ臭いと思った。普段の酢昆布臭とは明らかに違う。
「なんでそんなもん食ってんの?」
 そんな小遣いは渡してないはずだ。普段の酢昆布は……桂が定期的に持ってきているものだし。
「もらったアル」
「誰に? 駄目でしょ、知らない人からものをもらっちゃ……」
「マヨ」
 ……やめてよー。なにやってんの、あいつー。その場で頭を抱えてゴロゴロ転がりたくなった。お腹痛いです先生、僕早退します。
「こーゆーの好きダローって寄越してきたヨ。マヨはいけすかねーけど、アタリメに罪はないネ。貢ぎ物は素直に受け取るのが女王の度量アル」
「……さいですか」
「でも、ちょっと飽きてきたネ。味が単調アル。酢昆布の奥深さには敵わネーナ」
 ぴんぽーん。
「あ、酢昆布アル」
 神楽が玄関へ駆けていく。その背中を目で追うついでにカレンダーが視野に入る。……ああ、そうか。今日は週一の『酢昆布の日』だ。
「よっ! ちゃんと酢昆布持ってきたアルカ、ヅラァ」
「ああ、万事抜かりはない。ついでに先日好評だったカフェオレ大福も持ってきた」
「うん、上がって良しアル。いい子のヅラにはご褒美にこれをやるネ。私、もう飽きたヨ」
「なんだ、アタリメか。これだけを噛んでいては、それは飽きるだろう。そういう時はな、うん、銀時ー、台所を借りるぞー? ……銀時ー? どうした、銀時ー?」
「銀ちゃん、お腹痛くてぐったりネ。根性足りねーアル。ほっとけヨ」
「うむ、そうか。ならば勝手に使わせてもらおう。えーと、これとこれを、こう混ぜてだな……」
「ふんふん」
 なんかやってる。しかし、どうにも動く気になれない。
 今、桂の顔を見たら、自分がどうなってしまうのか分からない。土下座して謝るのか、開き直るのか、逆ギレするのか。
 隠し通して知らない振りをする、その選択肢はなかった。昔から、桂に対して銀時が嘘や隠し事を貫き通せたためしがない。必ずどこかでばれる。見透かされる。
 逆に、銀時が桂の嘘を見抜けたことはない。桂はけろりとした顔で平然と嘘をつく。なまじ、くそ真面目な性格を知っている分、とんでもないことを言い出しても『こいつだったら有り得るかもしれない』と思えてしまう。相性が悪いのだ、きっと。
「銀時? どうした、腹を下したか?」
 机の前に桂が立つ気配がする。銀時に顔を上げる勇気はなかった。そのまま顔を横に振る。
「胃弱か? 腸か? 排卵痛か?」
「せめて生理痛って言って。どれも違いますぅ、ほっといてぇ」
「うむ、そうか。まあ、下ってないなら問題なかろう、アタリメでも食え」
 とん。机の上に小皿が置かれる振動。ちらりと視線だけを上げる。
 アタリメが盛られた皿に添えられた、七味マヨネーズ。
 ぞわりと背筋が逆立つのが分かった。気持ち悪い、胃が絞め上がる、吐きそう、頭が金づちで叩かれたように痛む。いやだ、いやだ、なんだこれ。後ろめたいってだけじゃない。なんなんだ。なんで俺だけがこんな気分になるんだ。
 神楽と桂がソファで何かやってる。神楽の愛読書である女性ゴシップ誌を読んでいるらしい。ほほう、あの俳優が店を開いたのか。シロート経営はあぶねーのにだいじょぶアルカ。こういうのはネームバリューだけでなんとかなるものだ。世の中、名前とコネアルナ。
「あ、銀ちゃん! 結野アナ、番組ぷろでゅーさーと略奪愛か!? だってヨ!」
 吐く。喉に酸っぱいものが競り上がったのが分かった。
「何々、某ぷろでゅーさーには結婚十五年になる妻と二子がおり……ううむ、これは許せんな」
「ナニヨ、ヅラァ。人妻好きなのに不倫はダメって、筋通らねーゾ」
「何を言うか、リーダー。男子たるもの一家を構えたならば、それを守り通すことに全身全霊をかけねばならん。妻子に寂しい思いをさせ、無用に傷つけるなど以っての外。このような記事にもなって、奥方の心の傷はいかばかりか、考えるだに痛ましい。できることなら、このぷろでゅーさーに天誅を下し、奥方の心を癒して差し上げたいくらいだ」
「ヅラ、前から思ってたけどナ。おめーが好きなのは人妻じゃなくって寡婦とか未亡人アル」
 がたん。
 突然立ち上がった銀時に、神楽と桂の視線が向く。
「ヅラ。ちょっと。飯食いにいこう」

 自分もつれてけという神楽を酢昆布十箱で黙らせ、ファミレスに入る。昼過ぎの時間帯は人も少なく、店員もだらりと気が抜けている。実は昼飯がまだだとメニューに見入る桂のつむじを、銀時はぼんやりと見ていた。
「蕎麦すき和膳か。なかなか魅力的だが、今、持ち合わせが……」
「好きなの食えよ、奢るから」
 三日前に、土方から金を受け取ったばかりなので、多少懐が温かい。ファミレス一回くらい、屁でもない。こんな話をするというのに、桂に金を払わせる訳にも行かないだろう。
 と、つい口に出したのだが、次の瞬間、気絶しそうなくらい後悔した。
 土方からもらった金で、こいつに飯を食わすのか。
「そうか、たまには貴様もよい行いをするのだな。あ、すいません、蕎麦すき和膳、デザートはわらび餅パルフェで。あとドリンクバー二つと……貴様はパフェでいいのか?」
「……いらねえ。ドリンクバーだけでいい」
「なにも、己の食費を削ってまで奢ってくれなくともよいのだぞ?」
「いいんだってば。食欲ねえんだよ」
「食欲がないのに人を飯に誘ったのか、貴様は。まあよい、じゃ、以上で。銀時、ドリンクバーはいちごオレでいいか? ココアもあるようだが」
「煎茶でいい」
 とてもじゃないが、甘い物が食える気分ではなかった。即座に胸焼けがして、吐きそうだった。
 様子がおかしいことには気付いているだろう。それでも何も言わず、桂はドリンクバーを二つ取ってきてテーブルにつき、無言でティーバッグの煎茶を啜っている。銀時の目の前のマグカップにもティーバッグが浸されているが、それを持ち上げる気力が湧かなかった。熱湯の中で煎茶は緑色を過ぎ去り、青緑色の液体となり、いつしか湯気も消えて、冷えた水の重みにティーバッグの糸どころかチップまでマグカップに落ちて、
「デザートのわらび餅パルフェになりまぁす。以上でご注文はお揃いでしょうかぁ?」
 ウェイトレスのファミレス敬語で、ようやく我に返った。
「食うか?」
「いい」
 差し出された小さなスプーンを断る。どれくらい時間が経ったのだろう。蕎麦すき和膳がいつ来たか、それをどうやって桂が食べたか、何も覚えていない。頬いっぱいにわらび餅を詰め込む桂の顔を見る。ずっと黙って食っていたのだろうか。
 ほんと、こいつ我慢強いよな。こういう時の俺に対しては。
「あのさ」
「うン?」
「浮気、した」
 かちかち、もぐもぐ。
「なるほど。腹を痛めたのはそのせいか。胃腸と眼精疲労はストレスを諸に受けるからな、自愛しろ」
「そんだけ?」
「それだけ、とは?」
「怒んないの?」
「俺もしている。貴様は怒らなかった。俺が怒る筋合いはない」
「そうだけどね」
 桂が誰と寝ても自由だ。銀時だけでは、桂は満たされない。心や体ではなく、生き方が。
 では、銀時は桂だけでは満たされなかったのか。桂では足りないものがあったのか。それが銀時の生き方なのか。
「誰だと思う?」
「貴様、そういうのはきちんと相手の女性に相談してから話すべきだぞ。あれだ、ぷらいべぇとと言うやつだ」
「いいよ、女じゃねえし」
「……新八くんか」
「なんでそうなんの」
「では坂本か。俺はさんぴーとかは好かんぞ」
「お前、もうちょっと発言自重した方がいいよね」
「貴様は下半身を自重しろ」
「これでも自分なりには自重してますぅ」
 もちもち。わらび餅が再び桂の頬に詰め込まれる。
 桂がこんなふうに行儀悪く頬を膨らませるようになったのは戦に上がってからのことだ。ゆっくり食べていると、その隙に飢えた銀時や坂本に握り飯やおかずを掠め取られるので、慌てて口に押し込むようになったのだ。それでも育ちのよさのせいか、『ろくに噛まずに飲み込んでしまう』ということができず、自然、頬いっぱいの食べ物をいつまでも咀嚼する羽目になる。
 高杉は眉をひそめて『口に詰め込むのをやめるか、早く飲み込むか、どっちかにしろ』と言っていたが、桂としてはこれが最大の妥協点だったらしい。
「土方君。真選組の」
 もぐもぐもぐもぐ。
「ごめん」
 もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。ごくん。
「何を謝る」
「だってさ」
 桂の敵だ。桂の仲間を捕らえて、殺して来た男だ。
 だからといって、桂は土方を恨むような男ではない。桂は人を恨まないし、人を憎まない。イデオロギィがぶつかることはあっても、私情で誰かに敵意を持つことがない。桂のその真っすぐな公正さが銀時は好きだったし、誇らしいとも思っていた。自分が愛した人は、こんな高潔で美しい魂をもっているのだということが、誇らしくてたまらなかった。
「貴様は情に脆い男ではあるがな。それが安易な浮ついたものではないことは、俺が一番よく知っている」
 かちかち、もちもち、もぐもぐ。
「袖擦り合うも他生の縁とは言うが、貴様ほどその縁にしがみついている男を他に知らぬ。損な性分だ、阿呆だ馬鹿だと常々思っていた」
「……怒ってんの?」
「俺はそういう貴様が好きだ」
 もぐもぐもぐ。
「銀時は強い、一人で生きて行ける、心折れることはない。だからこそ、寂しがりで損ばかりして一人でじたばたしている、そんな銀時が好きだ」
 わらび餅パルフェを食べる手は休めず、桂は言葉を続ける。銀時がどういう顔をしているのか、それすらも知ったことではないという風に。
「だから、俺は銀時に大事なものができることを嬉しく思う。リーダーや新八君や定春殿や、お登勢殿や長谷川さんや、お妙殿やたま殿や、貴様が大事に思う人が増えることが嬉しい。大事な人がたくさんいれば、寂しく思うことはないだろう。悲しくなることもないだろう。辛い時に、心の支えになってくれる人がいるということは、素晴らしいことだ」
「ヅラ、あのさ。俺が聞きたいのは、そうじゃなくって……」
「初めて会った時の貴様は、刀以外の何も信じない童だった。俺はそれが悲しくてな、何故ならな、この世は刀よりももっときれいなものでいっぱいなのに。海も花も先生のお話も、軒下に住み着いてた野良猫もうちの太郎も。きらきらして素晴らしくてかけがえのないものばかりで、俺は銀時にそれを知ってほしいと思って、だから、銀時と友達になろうと思ったんだ。だというのに、俺は、その何一つ、守り通せなんだ。お前に宝物を押し付けるだけ押し付けて、俺はそれを守ってやることができなかった」
 あ、泣いてるんだ、こいつ。わらび餅パルフェを頬に詰め込んで、にこにこと笑いながら、桂は泣いていた。涙を流さず、柔らかく微笑みながら、泣いていた。
「ぎんとき」
 ガラスの器に残ってるのは、わらび餅が一切れだけだった。そこでスプーンは止まり、しばらくぶりに桂の目が真っすぐに銀時を見た。
「俺は、お前を信じているぞ。お前が今持っているものは、全てお前自身が得た宝だ。お前はそれを守り通せる男だ。お前は強い。お前は、もう何一つ失わなくていい。俺は、そう信じている」
 食え。ぐいと突き出されたわらび餅をつまんで口に放り込む。
 甘かった。涙が出るほど甘かった。
 桂は満足そうに笑っていた。

 ちょっと、しばらく一人で、よく考えたい。銀時の言葉にそれがいいと桂は頷いてその日は別れた。
 きらきらしたものは、桂だった。世界は優しくて、美しくて素晴らしいものなのだと、それを教えてくれたのは桂だった。誰よりも銀時に優しかった。誰よりもきれいで強くて、誰よりも銀時を愛してくれた。桂がいればすべてが満たされると思っていた。世界は、自分と桂の二人だけでいいと思っていた。
 そうではないのだ。きらきらしたものはもっとたくさんあって、そういうものを知らず知らずに自分は持っていて、それは誰かに与えられるものではなく自分で守り通さなければいけないものなのだ。
 当たり前で、当たり前すぎて、忘れるところだった。
 桂が与えてくれる世界が心地よすぎて。
 息を吸う。深く吸って、深く吐く。
 考えろ、銀時。大切なものを、素晴らしいと思うものを、かけがえのないものを考えろ。
 桂は言った。俺がその全てを守り通せると言った。ならば、出来る。俺は、何も失うことはない。考えろ、何をすればいい、それが俺には出来るはずだ。
 だって、桂がそう言った。

 そこに至っても、銀時は失念していた。
 桂が自分のものだった時など、一度もなかったことを。
 世界が優しかった時など、一度もなかったことを。

 一週間後には、全てが遅かった。
 法定速度を30km/hオーバーした原チャリを通せんぼしてきたお巡りを殴り倒して公務執行妨害で追われて必死に逃げて、ようやくたどり着いたターミナルで銀時が見れたのは、桂の後ろ頭だけだった。
 ヅラ、ヅラ。
 叫んだ。人波をかき分けて、1cmでも近づこうとして、もがけばもがくほど距離は開いて、必死に叫んだ。
 違う、待ってくれ、そうじゃない、そうじゃないはずだ。
 聞こえていたはずだ。自分の声が桂に届かないなんて、そんなことはあり得ないはずだ。そのはずなんだ。
 行かないでくれ、愛してる、お前がいなきゃ生きていけない、お前が必要なんだ。
 何かひとつでもいい。桂の耳に届くなら、その足を止めることが出来るなら、どんな台詞でも言えた。何度愛していると言ったのか自分でも覚えていない。一生分の愛しているを言ったのかもしれない。
 ヅラ、ヅラ、待って、行かないで。
 搭乗ゲートを潜って行く。振り返らない。桂の長い髪が、誰よりもきれいな、銀時が世界で一番きれいだと思っているそれが気密ハッチの奥へ消えてしまう。

 こたろう、あいしてる。

 聞こえたはずだ。聞こえていたはずだ。

 

 

 

 拝啓、坂田銀時殿。
 いきなりですが、君に改めて手紙を書くのはとても奇妙な感じです。正直、むず痒くて落ち着かない。しかし、坂本が書いた方がいいというので、書こうと思う。おかしなところがあっても、いつものように茶化したりせず、最後まで読んでほしい。
 まず最初に言っておきたいのは、今回のことはもうかなり昔から決まっていたことだということです。決して君から逃げようだとか、この星に絶望しただとか、あまつさえ失恋旅行であるとかそんなものでは決してない。僕がそんな女々しいことをする人間でないことは君が一番よく知っているはずだ。そのくせ、人が髪形を変えたら失恋だ何だと茶化すのだから、君の根性の捻くれっぷりはほとほと始末に追えない。
 君と再会してからの間、僕はとても幸せでした。その前のことは、今では思い出したくもない。どんなことがあったか、君に言うつもりは一生ない。死んだ方がまし、誰かに殺してほしい、そんなことばかり考えていた数年間でした。それでも自分で諦めることは君に怒られそうだからどうしても出来なくて、仕方ないからともかく最後まで足掻いて野垂れ死んだのなら、君も許してくれるのではないだろうか。それだけのために生きていたような気がします。
 本当に幸せでした。夢のようでした。
 リーダーはきっと一角の人物になるでしょう。彼女は聡明で強い。見守ってあげてください。自分を見てくれる誰かがいるということは、何よりも強い支えになるものです。
 新八くんの成長ぶりは、僕でさえ頼もしく思えるほどだったのだから、君にとっては本当に喜ばしいものだったのでしょう。彼が一人前の侍になれる日が早く来るよう祈っています。ひとつ気掛かりなのは、彼が最近真選組と親しくしている様子なことです。もしも彼が将来、真選組に就職したいというのであれば、僕は反対していたと伝えてください。おそらく、彼らはそう長くはないはずです。
 定春殿はフワフワで素晴らしい肉球です。君と同じくらい、真っ白でフワフワです。こう言ってはなんですが、彼を見るたび、少女のように胸がときめいたものです。きっと、君に似ているからです。
 彼らがいるあの場所が大好きでした。大好きな彼らがいる場所に、君がいることがとても嬉しかった。君がそこで幸せそうに暮らしていることが、本当に夢のように素敵なことで、僕は
 ああ、何と言ったらいいのか分からない。うまい言葉が見つからない。大好きでした。幸せでした。あの日々がずっと続けばいいと思っていました。
 でも、それでは駄目なのです。僕はあの街に暮らす人々の幸せを知っています。しかし、多くの虐げられた人々の苦痛も知っています。
 僕も、手の届く人々の笑顔だけを守って、その人たちの幸せだけを願って生きていけたなら、どれほどよかったでしょう。でも、それでは駄目なのです。それは僕の進む道ではない。それを認めてくれたのは他でもない、君です。何もかも打ち捨てて、手のひらからこぼれる暖かなものを無視して、それでも遠くの光を掴む。僕はそうやって生きていていいと、君が認めてくれた。
 僕は君に幸せになってほしかった。世界で一番、幸せになってほしかった。君が世界で一番つらい思いをしたことを僕は知っている。だから、君は世界で一番幸せにならなければならないのです。
 そのためなら、なんだって出来ました。どんなことでも耐えられました。君を幸せにするのは自分なのだと、君の飢えを満たせるのは自分だけなのだと思っていました。君の幸せには僕が必要なのだと思っていました。
 それは違う。もう君は、あの頃の擦り減った君ではない。自分で自分の幸せを見つけて、それを守れる人です。僕が知っていた君よりも、今の君はずっと強い。
 なので、行きます。君が自分の生きる道を自分で見つけ直したように、僕も自分の生きる道を行きます。
 さようなら。お元気で。
                                          敬具

追伸。
 高杉のことはもう忘れてください。もう、君には関わりのないことです。
追伸、その二。
 ちゃんと名前が呼べるならさっさと呼べ、この馬鹿。
 僕も愛しています。