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王子様と秋の空 [将棋]
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2009年2月24日

最果てLOVERS 前

 万桂、過去捏造。
 コンセプトは『るろ剣追憶編で万桂』。


 ようやく十四になった正月。その頃はまだ刀を振るうこともなく重宝がられていたのは見様見真似で覚えた三味線ばかりで、呼び出されては幇間のような真似をよくやらされていた。だからその日もどうせ端唄をやらされるのだろうとげんなりした気持ちで襖を開けたのだが、腰丈の桟に寄りかかり煙管を吹かす男はだんまりとするばかりで自分を見ようともしなかった。
 雪が吹き込むから窓を閉めてくれないか。そうも言えぬ重苦しい沈黙の中、いっそ練習中の音頭を仕上げてしまうかと三味線の首をもった辺りで、ようよう弱冠はたちばかりの総督が口を開いた。
「てめえ、人が斬りてえって言ってたなア」
「はい」
「何人斬ったっけ」
「一人ばかり」
「なんだ、そんなもんかよ」
 かこん。煙管を打って灰を落とし、ずるりと億劫そうに男が立ち上がる。
「いいもんを見せてやろう」
 そう言って隣部屋に繋がる襖をからり小さく開ける。肩が入る程度のそれに顔を寄せれば、中には三つ重ねの厚い夜具の上に、白い襦袢一枚のおんながぐったりと伏せっていた。色事の自慢とは無粋なと不快に思ったが、そのおんなは中々に美しかった。黒々とした解け髪はしなやかに渦を巻き、たっぷりと墨を含ませた筆を思うがままに走らせた絵のようだ。後れ毛が青白い肌に張り付く様や、わずかに眉根を寄せ乾いた唇から寝息を漏らす姿は、病んだ色香がある。
「きれいだろ」
 頷くのもしゃくなのでだんまりとしていると、くつくつと喉の奥で笑う。
「あれが長州攘夷派筆頭桂小太郎だ」
 細い隙間に身を滑らせ枕元に屈み込み、滑らかな黒髪を愛おしそうに撫でる。
「戦が終わって何をしてんのかと思えば、河原で寝てるところを坊々に拾われて飼い猫になってやがった。なぁに考えてんだろうな。ようやく見つけた」
 痩せた体はあたかも病で萎えた女の如き細さで、刀を持てばそのままへたり込んでしまうのではないかと思った。これがあの桂小太郎。かの白夜叉と共に疾風のように戦場を駈け、迅雷のように敵を切り捨てたというあの桂小太郎。
「てめえはこいつにつけ」
 男が髪の一房を強く引けば、うう、と呻き声が乾いた唇から漏れた。
「てめえがこいつの刀になれ。二度とこいつに何かを斬らせるな。刀を抜かせるな。これにはもっと別の仕事がある」
 すっくと立ち上がり腰の本身をこちらに向かって投げた。慌てて抱きとめると、がしゃりと刃が鳴った。
「分かったな、万斉」
 頷けば、満足げに男はニヤリと笑った。
 数日後には小さな町屋が用意され、少ないながらも中々に贅を凝らした家財一式が運び込まれた。
 駕籠に乗ってそれに踏み入れた桂の姿はどう見ても大店の妾のそれで、実際周囲の住民にはそのように通しているのだと言う。自分は身の回りの世話をする小僧だそうだ。三味線を弾いててもお師匠に手習い受けてるんだと思われるだろうと笑っていたが、なにがおかしいのかは分からない。
 桂は体の調子が思わしくないようで床に伏せる日が多い。起きていても、ぼうっと縁側から庭を眺めるばかりだ。その儚い姿に見覚えがあると思えば、お旦に飽きられ二階からただ辻を眺めるだけのあねさまに似ていたのだ。これで梅毒にでもかかっていればそのものだ。
 桂が待っているのは誰なのだろう。猫のように飼われていたというかの坊か。それとも、桂と自分をこの家に押し込めて以来、一度も姿を見せないあの男か。
「膳が出来申した」
 声を掛ければ、ふらりと風に揺れるような動作で立ち上がる。颯爽でもなければ重苦しくもない。桂の動きはただただ軽い。膳を見て、軽く眉をひそめた。嫌いなものでもあったか。
「多い」
 少ないならともかく、量が多いことで不満げな顔をされてはたまらない。
「一人前でござる。別段、多くは盛ってござらん」
「お前の膳は?」
「拙者は作りながらいただき申した」
 すとん。落ちるように腰を下ろした桂がゆるゆると箸を取る。
「茶碗をもう一つ。飯を盛っておいで」
「多いのでは?」
「お前の分だ。俺一人では食い切れぬから、お前も食え」
「拙者はもう……」
「育ち盛りだろう、食えるはずだ」
「一つの膳をつつき合うなどみっともない」
「俺がいくら残しても、勝手に作り続けるお前が悪いのだ。加減を知らないのか、みっともない」
 渋々と飯椀を片手に、ひとつの膳を挟んで食事をする。桂は味の薄い煮物をいくつか、すまし汁、茶碗半分の白飯だけ。残りは全て、自分で片付ける羽目になった。
「一汁一菜でいい。何故こんな宴席のような膳を作るんだ」
 宴席というほど豪華ではないが仕出し料理程度の量はあるだろうか。家はずっとこの量だったので身に染み付いているのだ。ならば、お前は大店か役者の子かと聞かれた。そういえば出自も話していなかった。
「武家出ではないだろうと思っていたが」
「何故」
「武家にしては、お前は居住まいが悪過ぎる」
 そういう桂の背は張り詰めた弦のようにぴんと伸びていた。ああ、動作がゆるくとも鈍重に見えないのはそのためか。あの億劫そうに動く男は大抵背が丸まっている。
 そんなよい出ではない。それとだけ答えて空になった膳を下げた。桂もそれ以上問い詰めることはなかった。
 万斉が生涯で二人目と三人目の人を斬ったのはその晩のことだ。刺客ではなく押し込み強盗の類いであった。どこぞの妾と世話役の小僧ひとりの屋敷など、良い鴨だったのだろう。
 一人の喉を掻き斬り、二人目を袈裟がけに斬った。至極落ち着いてできたと思ったのだが、やはり心は乱れていたらしい。止めを刺し切れず、背を向けた瞬間に袈裟がけの男に足を取られた。引きずり倒され襟で喉を絞められる。なにくそともがいている最中に、男の肩越しに懐剣を振りかぶる桂の姿が見えた。
 思わず、手を出すなと大声が出た。桂の動きが止まり、袈裟がけの男は怯んだのか締めが弱まる。その隙に腹をけり飛ばして男の下から抜け、逆に馬乗りになる。素手で耳を千切り取って動きを止め、まさぐった脇差でようよう胸に止めを刺した。荒い息をつきながら桂に振り向けば、鞘に戻した懐剣を胸に抱き不快げに眉を顰めていた。
 危なっかしい、と一言呟き、そそくさと室内に戻ってしまう。残されたのは万斉と二つの死体。死体はこもを被せ、庭の隅に転がしておく。冬であるから早々腐ることはないだろう。高杉に連絡を取り鴨川にでも流せばよい。地に染まった雪を箒で掃く。白い部分と赤い部分を混ぜ合わせ、縁の下に詰め込んだり植え込みの陰に山積む。多少荒事の気配は残るものの庭から血の匂いは薄れた。ほうと息を吐けばひりひりと喉が痛んだ。
 文を出したその晩に、高杉は部下を三人ばかりも連れてやってきた。部下が死体を運び出した後、ぐるりと屋敷の中を見回る。
「もう二人ばかり、詰めさせるか」
「いらん。これ以上手狭になるのはかなわん」
「物置にでも寝かせりゃいいさ」
「騒がしいのは厭だ」
 桂が疎ましさを隠しもせず声色を鈍らせるのを、高杉は知ったことかと飄々煙管を吸う。柱に雁金を打ち灰を土に落とすと、箒を持ったままだった万斉に手招きをする。何ぞ何ぞと近寄れば、まだ熱い煙管で顔を強か打たれ土に尻をついた。火傷の熱さと割れた傷から吹き出す鮮血の熱さ。血が目に入り、何も見えなくなる。
「晋助! 貴様、何を……!」
 ばたばたと桂が駆け寄ってくる。庭に蹲る万斉の隣に膝をつくと、懐の手ぬぐいで目許を押さえ止血を始めた。こんな子供に、と小さく呟くのが聞こえた。
「おい、万斉。てめぇは言われたことも出来ねぇのか。俺ぁ、てめぇに何をしろって言った?」
「……桂殿に人を斬らせるな、と……」
「刀を抜かせるなっつったんだよ」
 ごつんと肩に衝撃を感じ、後ろに引っ繰り返る。おそらく、蹴られたか鞘で突かれたのだろう。桂が何かを喚いているが、血の熱さと痛みでそれどころではなかった。
「何のためにてめぇがいるのか何も分かっちゃいねえ。攘夷派はこれからこいつを頭として生きて行く。戦に負けた俺たちが生き延びてあの腐った幕府を打ち倒すにはそれしかねえ。そのためにてめぇがいるんだぜ? こいつをまっさらできれいな旗頭として立ち上がらせるための潜伏だ。その重みが分かってねえのか。それでよく志士になりたいなんぞと言えたもんだ」
 しゃらん。刃が鞘を滑る音がした。ああ、消される。じゃりじゃりと雪駄が土を踏みながら近づいてくる。
「晋助!」
 一際鋭い声に足音が止まった。
「侍なれば護身のために刀を抜く。それの何がおかしい。貴様、言っていることが無茶苦茶だ」
「駄目だ。それじゃあ駄目なんだよ、ヅラ」
 まだ目が開かない。頭上越しに交わされる攘夷派巨魁同士の会話をただ聞いていた。
「これからの俺たちの敵はもう天人じゃねえ。人間だ。この星の同胞だ。そいつらを斬って斬って引きずり下ろして、頭をすげ替える。もちろん、そこに座るのはてめぇだよ、ヅラ。分かるだろ? てめぇに同胞殺しをさせるわけにゃいかねえ」
「ならば、俺でなくともよいではないか。俺はただ、貴様が仲間の弔いのためにと言うから……!」
「我が儘を言うんじゃねえよ。聞き分けのねえ奴だ」
 うっすらと開き始めた目で、頭上を見上げる。高杉は桂の長い髪を掴み単眼を近づけ、あたかも口づけするかのような近さで喋っていた。
「いいか? もう坂本も銀時もいねえ。あの腰抜け共はてめぇを甘やかすことに専心していたが俺は違うぜ。我が儘はもう通らねえよ」
「腰抜けじゃない、あやつらは己の信念がために……」
「なにより、俺はてめぇの背なんぞ守る気はねえ。目の前の屑どもを斬ることで手一杯だ」
 ぐいと髪を引いたかと思うと、高杉はそのまま桂に口づけた。桂は眉を寄せ逃れようと首を振るが、高杉はそれを無視してじゅるじゅると桂の唇をなめ回す。桂は唇も緩めていない。ただ一方的に高杉は桂を食んでいた。唇を、頬を、耳をなめ回し、ようよう満足げに高杉は唇を離した。涎に塗れた桂は、ただふるふると伏せた睫を震わせている。
「覚悟を決めろ、小太郎。もう昔馴染み同士の戦ごっこは終わりだ。俺ぁ、てめえを、この国の旗頭を守るためだったらなんでもするぜ?」
「晋助、それは先生の……」
「おい、万斉。次に小太郎に刀を抜かせたなら、そんときゃてめえが鴨川の鯉の餌だ」
 そう言って、高杉はまだ血の混じった土を踏み付けながら庭を出て行った。その姿が見えなくなるまで見送ってから、桂は手当をするから来いと万斉を引き起こした。
 血で汚れた着物を脱ぎ、顔と傷を洗う。左の瞼が切り傷と火傷で腫れ上がっていた。桂は丹念に傷を検分し、酒と軟膏を塗り込み包帯を巻く。
「目に傷はない。多少跡は残るだろうが」
 そういう桂の横顔は、今までの人形のような能面ではなかった。ああ、この人も血の通った人間なのだなと妙な感慨が浮かぶ。
「銀時、というのは、かの白夜叉のことでござろうか」
 桂は問いかけにすぐには答えず、手元の余った包帯をゆっくりと巻き直し、薬箱に片付ける。それから勿体振った仕草で膝をこちらに向き直し、口を開いた。
「人を詮索するのであれば、己のことを話してからにしてもらおう。お前、人を斬ったことは余りないな?」
「初めてではござらん」
「何度目だ」
「二度」
 はあ、と深く息を吐く。
「けれども、鬼兵隊の剣術自慢どもには負けたことはござらん」
「剣術と人斬りは違う」
「ならば、精進致すのみ」
 そうではないと言うふうに桂がかぶりを振る。
「……聞いてもよいか? 一度目は何故斬った?」
「母者を。拙者を売ろうとしたので」
 黒目の大きい桂の目が、くわっと見開かれる。あまり話したくはないが、こだわっている出来事ではない。
 元はそれなりに繁盛した岡場所の置屋であった。戦が始まったばかりのころは、公儀の遊郭が天人に焼かれたせいでかなり儲かっていたらしい。しかし、後に吉原が天人の手によって再建され、吉原に女を集めるために岡場所から女が連れ去られ、そして店は寂れていった。
 借財が嵩み店が潰れるやもという時に、母が万斉を売ろうと天人に持ちかけているのを立ち聞きした。
 母を斬り、箪笥にわずかに残っていた金子を懐に、郷里を捨てたのはその晩のことである。まだ店に残っていたあねさまたちがどうなったのかは知らない。おそらく天人に連れ去られたであろう。
 親殺しを悔やんではしていない。見目よい娘ならともかく、このような痩せた坊主一人であの傾きかけた店が持ち直すはずがない。早晩母も首を吊ることになったであろう。
 なによりも、あのけだもののような天人たちに媚び諂い、己の息子の尻を犯させようとするあの老いた母の醜さを嫌悪した。醜悪だった。あれこそがこの国の姿なのだと思った。
「……斬ることはなかったな」
「斬らねば、妹たちも売られると」
「いくつだ」
「当年で五つ」
 ため息すらつかなかった。じっとひざの上で合わせた手を握り、目を瞑り、かすかに眉根を寄せていた。
「高杉とは……」
「京で糊口を探していた折りに。町人も志士になれると聞き申した」
 一年ばかり前に主だった隊士が打ち首にされた鬼兵隊も、高杉が町人や農民を集めて作り上げた隊だった。身分に関わらず、国を憂い攘夷の志を持った者であれば、誰でも志士として扱うという言葉に、万斉は高杉の下へついた。
 母のような醜い者をこれ以上増やしてはならない。侵略者に諂い、目先の欲に駆られ性根を腐らせ、我が子を売り飛ばす。そのような者こそが国を滅ぼす。そのために万斉は志士となることを決めた。
 万斉の話はこれで全てだ。
 桂はしばらく黙りとし、重たげに口を開いた。
「坂田銀時という。白夜叉と呼ばれていた男だ。俺や高杉とは同門になる」
「初めて聞く名前でござる」
 吉田門下と言えば、桂に高杉、そして坂本辰馬。戦中はまさにきら星の如き一門だった。
「あやつは名前が出るのを嫌った。交渉事にも宣誓文にも名を書いたことはない。俺と共にどこにでも出向いたが、あれが前に出たことは一度たりともなかった。自分は用心棒だと思えばよい、お前の腰の刀だと思えばよいと」
 刀。桂の刀。
「あれは戦の終わりと共に姿を消した。去年の夏のことだ」
 桂の目が、真っすぐに自分を見た。その目は先刻までの濁った暗い目ではなかった。小さな光がぽつりとその奥に灯っていた。
「お前は、俺の刀になるのか」
「桂殿が世を変えてくれるのならば」
 こくりと小さく桂は頷き、下げ緒をと白い手を伸ばした。自分の刀から下げ緒を解き手渡すと、桂はそれで己の刀の鍔と鞘をぐるぐると縛り付けた。固く結び、容易には抜けないようになってしまった。
「お前が本当に俺の刀となってくれるのであれば、俺も生涯刀を抜くことはない。剣客としての名も捨てよう。ただ、この国を変えるためだけに生きる。お前が、俺の代わりに汚れてくれるのならば」
 抜けない刀。白い手。黒く光る瞳。武家の作法など習ったことはないが、礼の尽くし方だけは知っている。畳に手をつき、ゆっくりと頭を下げた。
「この命尽きるまで、御身の側から離れずお守り致す」
 すまぬ。そう聞こえた気がしたが、あまりに声が小さくはっきりとはしなかった。

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