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王子様と秋の空 [将棋]
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2012年3月21日

五番勝負 家族将棋

 棋士モノ第二部第五話。第二部最終回。


 見失ったか。月詠は息を弾ませて周囲を見回す。大分追った。歌舞伎町もすぐ側だ。足では負けていなかったはずだが、小柄な少年に人ごみに紛れ込まれては追いかけようがない。
 ふと、内ポケットの携帯電話が鳴る。銀時からだ。通話ボタンを押し、耳に押し当てた。
「銀時、すまん。見失った。ヤツは歌舞伎町のほうに……」
『ああ、もういい。ご苦労だったな、月詠女流二段。後は任せてくれ』
「……?」
 一瞬、携帯電話を耳から離し画面を確認する。表示されているのは、確かに銀時の名前だ。しかし、銀時の声ではない。だが、聞き覚えのある声である。まさか、
「……桂棋聖か?」
「『いかにも」』
 わずかにズレてスピーカーからの声と背後から掛けられた声が重なる。振り返れば、電話を耳に当てた桂棋聖と銀時が連れ立って歩いてくる途中だった。通話ボタンを切り、ジャケットに戻す。
「どうしたんじゃ。確か順位戦では……」
「あとで棋譜でも見ておけ。今期では改心の出来だ」
 完勝したらしい。
「もういいとは?」
「晋助の居場所は分かっている。ここからはもう、こっちの領分だ。世話になったな」
 取り付く島もない桂に話しかけるのはやめ、銀時の顔を見る。ひょいと肩を竦めるだけだった。
「悪い。日輪置いて来ちまったから、戻ってやってくれねえか」
 なんとまあ、言うに事欠いて。月詠は一度大きく口を開き、すぐに噤んだ。こういうときの桂棋聖には何を言っても無駄だろうし、今の銀時に何か言ってもさほど意味があるとは思えなかった。
「分かった。行ってきなさんし」
「すまない。礼はいずれ」
「世話になったな」
 軽い会釈だけをして、桂棋聖は大またで歩き出し銀時もそのあとに続く。その二人とすれ違いざまに、月詠は銀時の襟首を掴んで思いっきり引き寄せ、桂棋聖に聞こえないよう耳打ちした。
(おい、アレがぬしの好みのタイプか)
(はぁ?)
 すぐ近くの月詠の顔と、早足で雑踏に紛れようとしている桂の背を銀時は見比べる。
(……まぁ、そんなとこ)
 じゃあな、と軽く月詠の肩を叩き、銀時は桂を追って駆け出した。残された月詠はその背を見送る。
「……思うていたよりMじゃな」
 自覚があるかどうかは怪しいが。タバコが吸いたくなったが、路上喫煙禁止区域なのを思い出す。さっさと店に帰ることにする。

「木島に入れあげている男……まあ、いわゆるその筋の者なんだが、そいつがな、研究会の目的で借り上げているマンションがある。どうやらそこが根城らしい」
「……お前、そういうのどこで調べたの?」
「それはまあ、色々」
 蛇の道は蛇というか。けろりと言い切る桂の顔にため息を吐く。任せておけと言い、頼むぞと言われたのに、これだ。
「あのなぁ、ヅラァ。お前さぁ……!」
「む、ちょっと待て」
 銀時が文句をつけようとしたところで、桂の携帯が鳴り出した。貴様も聞けと身振りされ、携帯を互いの頬で挟むように顔を寄せる。新八からの連絡だった。
『桂さん、言ってた通りです。例のマンションに、さっき、晋助くんらしき人影が入っていきました』
「よし、分かった。見張りなど頼んで悪かったな。もう戻っていいぞ」
『とんでもないです。あ、神楽ちゃん大丈夫ですか?』
「まあ、多分大丈夫だろう。リーダーが遅れを取るような人物じゃないはずだ」
『なら、よかった。僕はこれから神楽ちゃんのほうに……あ!』
「どうした、新八くん?」
『今、マンションに見覚えのある……例のニワトリメガネが! 桂さん!』
「……分かった。そのまま俺たちがマンションに入るまで待機していてくれ。新しく知った顔が入ってきたら、連絡すること。俺たちが入ったのを見届けたら、リーダーのほうに向かっていい。分かったな?」
『はい、桂さんも気をつけて。……銀さんと合流できたなら、大丈夫でしょうけど』
「そうだな。では」
 ピッ。通話が切られる。
「聞いたか、銀時」
「お前、うちの子たちを何陰謀に巻き込んでくれちゃってんの?」
「置いてけぼりでつまらんと嘆いていたのでな」
 ということは、先ほどの神楽のゴネ騒ぎも桂の計画の内だったのだろう。用意周到すぎて涙が出る。
「で、マンションってどこだよ」
「何、もう見える」
 月詠と別れた歌舞伎町前からガード下をくぐり西新宿方面へ。オフィスビル以外にも高層マンションなどが多くなってくる。その中の一棟だった。いかにも高級マンションでございといった風体のエントランス。なにせ、入り口からカードキーが必要なタイプだ。
「どうすんの、これ」
「言ったろう、蛇の道は蛇だ」
 カードリーダー脇のカバーをかぱりと開けるとテンキーが現れた。桂は胸ポケットから紙切れを取り出すと、タンタンと何桁かの番号を打ち込んでいく。
『おかえりなさいませ』
 柔らかな女性の声とともに、エントランスの自動ドアが開く。
「……どういう蛇だよ」
「いいからさっさと入れ」
 銀時の背中を押すと同時に、桂は背後を振り返って手を振る。銀時も振り返れば、道を挟んだ向かいのコーヒーショップにこちらに向かって手を振る新八の姿があった。銀時が手を振れば、なおさら大きく振り返してくる。
「あとで礼をせねばな」
「ああ」
 名残惜しいが、エレベーターはその口を開いて二人を待ち構えている。

 高層階の一室だった。桂がインターフォンを押せば返ってきた声は晋助のものではなく万斉だった。
『やはり来たでござるか』
 もっとゴネるかと思っていたが、鍵の開く音がし素直に迎え入れられる。玄関から廊下を抜ければ、十五帖以上はあるガラス張りのリビングが広がる。万斉はその一角に設えたソファで、ギターを爪弾いていた。
「よく辿り着いたでござるな、桂殿、白夜叉」
「弟子の交友関係くらい分からんで何が師匠だ」
 桂の言葉に万斉は唇だけで笑う。
「晋助は?」
「こちらに。お待ちかねでござる」
 背後の窓を指し示す。一角が外側に向かって開いていた。テラスに繋がるドアになっているようだ。桂は万斉の脇を通り抜けて外に出ようとする。銀時もそれに続こうとして、万斉のギターのネックで行く手を阻まれた。
「通していいのは桂殿だけと伺っている」
「……はぁ? 何言ってんの?」
 ガンをつけるが、サングラス越しではさほど効果がないのか、万斉はけろりとした顔だ。
「通りたければ拙者を倒してからにするがいい、白夜叉」
「お前ね、ちょっと少年ジャンプとかの読みすぎだよ? 今時流行らないよ、そういうの。どけよ、俺が用があるのはてめぇじゃねえ」
「晋助が用があるのも貴様ではござらぬ」
 わずかに沈黙が漂う。
「盤は」
「こちらに」
 万斉が引き寄せたワゴンの上には、すでに駒が並んだ将棋盤が置かれていた。
「銀時!」
 不安の色をにじませた桂の声。ドアの隙間から吹き込む風に髪を洗われた桂が、こちらをじっと見ていた。
「すぐ行くから」
「……すぐにだぞ」
 分かっている。落ち着かせるように頷いてやる。
「瞬殺してやるからさ。だから……」
「だから?」
「こいつに勝ったらちゅーさせて」
 一瞬、面白いように桂の表情が変わった。怒るべきか泣くべきか笑うべきか。その全ての中間で表情が止まる。
「必ず勝て」
「ああ」
「俺たちで、晋助を連れ戻すぞ」
「分かってる」
 桂が暗いテラスに出ると、ガラス扉は音も立てずに閉まった。銀時はそのまま、盤の対面のソファに腰掛ける。顔を上げれば、万斉の唇と眉が微妙に曲がっていた。
「神聖なる勝負を、そのようなラブコメに利用されては困るでござる」
「うるせー、てめーらの将棋ゴッコなんざ、俺のラブコメ以下なんだよ」
 チェスクロックを引き寄せる。息を整える。集中しろ、誓っただろう。
「三十分切れ負けでよいか」
「なに言ってんだ、瞬殺してやるって言っただろうが」
 もう二度と負けない。
「五分だよ」

 地上二十階以上のテラスは風が強い。背の中ほどまである桂の髪は風に煽られ、頭の後ろで渦を巻いていた。
 晋助は手すりにもたれるようにして立っていた。何ヶ月ぶりだろう。家出してから半年も経っていないはずだが、まるで何年も会っていなかったように思えた。同時に何も変わっていないようにも思える。
「少し、背が伸びたか」
「うるせぇな」
 久しぶりの会話も、数年ぶりのようでありながら昨日の続きのようだ。
「医者には行っているのか。月に一度は検診を……」
「ヅラァ、そんなこと言いたいんじゃねえだろ」
 声が、低くなっている。やはり、自分と晋助は離れていたのだ。絶望するくらい深い時間の溝が出来ている。
「何故、こんなことをした」
「万斉から聞いてねえのか」
「何故か、と聞いている」
 晋助が空を振り仰ぐ。夜になっても暗くならない、明るいままの新宿の空。
「家を出てからは、賭け将棋で金稼いでた。銀時に出来るなら俺にも出来るはずだって思ってさ。そしたら、声掛けてきたのが武市のヤツだ。そっから、万斉、また子、似蔵は芋蔓。全員言ってたぜ、何であんたがここに、何で奨励会じゃなくてここに。言ってやったね。将棋なんざ大嫌いだからってさ」
 今、晋助ほど奨励会入り、否、プロ入りを嘱望されている存在はいない。誰しもが『天才』の再来と認め、棋界の歴史を揺るがす存在になりうると注目している。
 竜王になるために生まれた少年。そう呼ばれ続けてきた。
「プロなんかクソ食らえ、将棋なんざクソ食らえだ。潰れちまえばいいのさ、こんなもん。全部全部、打っ潰しちまおう。……俺がやりたいのはそれだけだ、あとはあいつらが勝手に言ってるだけのことさ。新しい将棋なんざ興味ねえよ。やりたいやつで勝手にやればいいんだ」
「晋助、ならば……」
「だが、今の将棋は嫌いだ。許せねえ。先生を殺してヅラを一人ぼっちにさせた、今の将棋は許せねえ」
 風がより強くなる。暴れる髪が桂の頬をしたたかに打つが、それを振り払うことすら忘れていた。
「先生は……将棋に殺されたんじゃない」
「殺されたんだよ。俺やヅラに将棋教えるために、無理やり病院抜け出して、医者の反対押し切って対局に出て。殺されたのと同じじゃねえか。将棋がなければ先生は死ななかったんだ」
「晋助、それは違う」
「ヅラだってそうだ。将棋のために家族と離れて、先生と二人きりで、だってのに先生の葬式にも出られなくて。銀時の野郎は将棋に負けて逃げ出した。ヅラだけが残された。全部、将棋のせいだ」
「それは違うと言っているだろう!」
「違わねえよ! 俺の中では違わねえ!」
 それは溝を埋めていく作業だ。少しずつ互いの崖を崩し、深い溝を埋めていく。どちらの足場が先に崩れるか、おっかなびっくり少しずつ。それが必要なのだと、桂はずっと思っていたし、晋助は本能的に理解していた。
「将棋なんか、指さなくていいじゃねえか」
 辛いだけだろう。悲しいだけだろう。何もかも奪われて、それでもやらなければいけないことなのか。
「俺は将棋なんか指さなくたって生きていける。先生と、ヅラと、銀時がいれば、生きていける」
 始まりはそこからだった。でも、今は違う。一人ぼっちの人間同士が集まって出来ていたあの奇妙な家族は、将棋で繋がれてはいたけれど、将棋だけで繋がっていたんじゃない。
 だから、全員をバラバラにした将棋が憎い。
「……ずっと、そう思っていたのか」
「ああ」
「何故、俺にもっと早く言わなかった」
「言えるかよ。悲しむじゃねえか」
「お前がいなくなって、俺が悲しまなかったと思うか」
「わからねえ。でも、似たようなもんだろ」
 どこかで将棋を指し続けている晋助と、将棋を指さなくなった晋助。どちらが自分にとって悲しいのか。
「……そうかもしれないな」
 銀時が将棋を指し続けていると知った時、桂は涙が出るほど嬉しかった。まだ自分たちは繋がっていたのだと。自分たちの絆は途切れていなかったのだと思った。銀時が将棋をやめていなくてよかったと、そう思った。
「髪、伸びたな。ヅラ」
「ああ」
「もう先生より長いよな、それ」
「そうだな」
「先生が死んで、悲しかっただろ」
「当たり前だ」
「じゃあ、もうやめようぜ」
 悲劇は全て消してしまおう。悲しみの源を断ち切ってしまおう。先生の命を奪った、桂の家族を奪った、銀時を裏切らせた、それを全部消し去ってしまおう。
「一緒に帰ろう、ヅラ」
 空を仰ぐ。明るいままの星一つ見えない空。髪が顔を叩くのを桂は片手でまとめた。
「違うんだ、晋助。そうじゃないんだ。お前と……お前たちと俺は違う」
「何が違うんだよ!」
「俺は……俺と先生はプロで、お前たちはプロじゃない」
 左手で髪をまとめたまま、右手でポケットを探る。
「俺たちは、生きるために将棋を指してるんだ」
 探していたのはキーホルダー。それにつけられた十徳ナイフ。一番長く鋭い刃をパチンと引き出す。
「晋助。俺はな、将棋のために生きてるんだよ」
 桂はナイフをうなじに沿わせた。
「ヅラ、よせ……っ!」
「ヅラァ! 待て……!」
 晋助の制止も、ようやくテラスに踏み込んだ銀時の声も間に合わなかった。
 切れ味の鈍いナイフで引きちぎるように長い髪が切り落とされる。うなじに程近い根元からばっさりと。
 風に煽られ、絹糸のように細い髪は明るい夜空に舞い散っていく。
「ふざけるなよ、誰がやめるか! 先生が死のうが、銀時や晋助がいなくなろうが、何も関係ない! 俺はお前たちと一緒にいるために将棋を指しているんじゃない! 俺のためだ! 俺が選んで、俺が決めたんだ! 俺が、そうやって生きると決めたんだ!」
 ナイフを投げ捨てる。泣き喚くように桂が叫ぶ。
「そうだ、最初から俺は一人ぼっちだ! 盤に向かってる時に一人じゃない棋士がいるものか! 先生も、晋助も、銀時も、俺を一人にしなかったことなんてない!」
 いつだって一人ぼっちだった。ただ盤に向かって、深く深く沈んで、そこにはもう対局相手もいない。自分しかいない。
 二人零和有限確定完全情報ゲームである将棋において想定されない手などない。もしも相手が自分の読みにない手を指してきたとしたら、それは相手が自分に勝っているということではない。相手の手を読めなかった自分が劣っているだけなのだ。
 だから、棋士はいつだって一人ぼっちだ。孤独の深い海の中で必死に次の息を探して、細い可能性を手繰り寄せるように生きている。
「……だから、お前たちのせいなんかじゃない。俺が一人なのは、お前のせいじゃない」
 一人ぼっちなのは自分で選んだこと。誰のせいでもなく、自分で選んだこと。誰も悪くない。自分が寂しいのは、誰かが悪いわけじゃない。
「お前たちと一緒にいると、楽しかった。先生と、銀時と、晋助と、四人で一緒にいれば、寂しい気持ちになんかならなかった。一人で将棋を指してて、家に帰れば一人じゃない。そんな気持ちになれた」
 風が桂の細いうなじを撫ぜていく。夏の湿っぽい空気がやたらを肌を冷やす。
「晋助、俺が一人なのはお前のせいじゃない。でも、お前たちがいなければ俺は本当に一人なんだ」
 銀時は後ろから桂の肩を抱いた。痛々しいほどに寒々しい桂の首に頬を押し当て暖めた。
「晋助、帰るぞ」
 桂か、銀時か。どちらが言ったのか分からない。
 どちらでもよかった。


『to:桂さん
 from:シンパチ
 晋助くんはつかまりましたか?大丈夫ですか?
 神楽ちゃんはなんかお店で元奨っていう女の子と脳内対局やってます
 日輪さんや月詠さんまで巻き込んで、即席イベントになっちゃってるみたいです
 すごい盛り上がっちゃってるので、しばらく帰れません
 なにかあったら、すぐ連絡ください』
 桂は携帯電話を折りたたんだ。笑みを含んだその横顔を、銀時はじっと眺めていた。
「俺、お前のショートカット見るの、はじめてかも」
「そうか? ……そうだな。東京に来てから肩より短く切ったことはないからな」
 せめてハサミかカッターならもっとマシだったろうに。切り落とすというより引き千切られたに近い切り髪はところどころ引き連れて痛み、見るからに痛々しい。
「明日、朝一で美容院行けよな。そんな頭でうろうろしてたら、変態に襲われた人みてえだぞ」
「どんな変態だ、それは。いるのか、そんなん。……で、勝ったのか」
「勝ったよ、当たり前じゃん」
 さらには、二度と晋助に付きまとうなという啖呵まで切った。『それは晋助次第でござる』って、まあ至極当然な答えが返ってきたが。
「そうか、勝ったか……」
「うん、勝った」
 微妙な沈黙が流れる。
「だから、ちゅーして」
「いや、あの、それはな……貴様が勝手に言い出したことだろう!」
 夜目にも、というには明るい路上だが、真っ赤に染まった桂の顔がなんとも可愛らしい。
「でも、お前、必ず勝てって言ったじゃねえか」
「……確かに言ったが」
「じゃあ、正当な勝利報酬だと思うんですけど」
 さりげなく肩に手を回す。歩きながら体を引き寄せる。密着状態になっても桂は拒む様子を見せなかった。ただ、顔を真っ赤にして目を逸らしている。
 行ける。そう確信した。
「俺だって、もうお前を一人になんかしねえよ」
「ぎんと……」
 名前を呼ぶ口を塞ぐために、唇を寄せる。
「『一人になんかしねえよ(キリッ)』じゃねえよ」
「ぐはっ……!」
 接触まであと数センチというところで、思いっきり膝を蹴り抜かれる。
「てめえ、とうとう正体表しやがったな、このホモめ。前から怪しいと思ってたんだ、俺ぁ」
「晋助、てめっ……! 人の恋路を邪魔しやがって……!」
 さっさと前方を歩いていたはずの晋助が、いつの間にか戻ってきていた。一瞬、関節が逆に曲がった痛みに悶える銀時を冷たく見下ろす。
「なにが恋路だ。てめぇこそこんなところで路チューかまそうとしやがって、ヅラの経歴に傷がついたらどーすんだよ」
「うるせぇー! 男にはなぁ、時には無軌道にガムシャラにならなきゃいけねえ時があるんだよ!」
「性欲に支配されてるだけじゃねえか。ほら、行こうぜヅラ」
「あ、ああ……」
 そのまま晋助に手を引かれて歩き出す桂を、痛む足を引きずりながら必死で追いかける。
そうか、フラグを奪われるとは、このことか。
 くそっ、やっぱり手なんか貸してやるんじゃなかった、ライバルの手助けなんかしてやるんじゃなかった!
 桂のために棋界そのものを潰そうとしたヤツのことだ、この先どんなレベルで嫌がらせされるか分かったもんじゃない。
「……ぜってぇ負けねえぞ、クソッタレめ」
 時間はいくらでもある。チャンスだっていくらでもある。
 何せ自分はすでに告白済みで、ちゅーの約束まで取り付けているのだ。所詮、被保護者のお子様に何が出来ようか。
 将棋と同じだ。想定できない手はない。諦めなきゃ道はある。詰むまで負けじゃない。
 逃げなきゃ、負けないのだ。