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2008年3月 7日

銀時! プロになれ!

 棋士モノ。狂乱の貴公子と世捨て人。


 棋士なんてものは大抵変わり者だ。
 なにせ、テーブルゲームで一生飯を食っていこう、テーブルゲームで生きて死のうというだけではなく、そのテーブルゲームに宇宙の真理まで見出そうとする人間なのだ。常識的な人間がなれるものではない。
 もしも、常識的な人間がいたら、それは『棋士として変わり者』なのだ。
 そういう意味で、あの人はまったくもって正しく棋士であり、その棋士の頂点である『棋聖』となるために生まれてきた男といわざるを得ない。

「そろそろエリザベスに将棋を教えようかと思う」
「無理だからやめなさい」
 エリザベスは桂さんの猫だ。オスだけどエリザベスだ。ものすごくでかい。15kgはある。胴回りはたぶん桂さんより太い。でもすごく機敏に動く。鳴いたところを見たことがない。スコティッシュでもないのに完全に耳が寝ている。目を見ていると宇宙に連れて行かれそうになる。リードもつけずに桂さんと一緒に散歩していることがある。桂さん曰く、エリザベスは米を炊くことができる。僕は敬意と畏怖を込めて、エリザベス先輩と呼んでいる。
 エリザベスは多分猫じゃなくて、なんかもっと違う生き物だと思う。それを溺愛している桂さんは、間違いなく人間じゃなくて、なんかよく分からない生き物だと確信している。
「無理って何だ、貴様エリザベスの才能を知らないな! エリザベスが将棋を覚えたら、貴様なんかけっちょんけっちょんのギッタギタでヌッルヌルだからな!」
「猫に将棋の才能はねえし、俺は猫に負ける気はねえし、負けてもヌルヌルにはならねえよ!! なんだヌルヌルって! なにがヌルヌルになるんだ、盤か駒か俺の下半身か!!」
 ちなみに桂さんは、エリザベスをモデルにしたキャラクターを将棋連盟のマスコットにしたいと申し出たことがあるが、即座に却下された。そのキャラクターはどこからどう見ても猫ではなく、ペンギンともオバQともつかない謎のフォルムをしていた。
「お前あれだろ、寂しいんだろ。まだ見つかんねえの、家出少年」
「バカ言え、寂しくなんぞないわ。朝作った味噌汁が夜になっても余ってしまって、エリザベスがねこまんまの食べすぎで塩分過多になってしまうのが心配だったり、牛乳が底値だとついつい纏め買いしてしまって、誰も飲まんから半分くらい賞味期限過ぎたり、カレーをいつもの癖で甘口で作ってしまって、後からスパイスを足すときに思わず泣きそうになったりなどせんわ!」
「めっちゃ寂しいんじゃねえか! なんだお前は、同棲していた彼氏と別れたばっかりのOLか!」
 さらに言えば桂さんは、対局の場にエリザベス(をモデルにしたと主張するキャラクター)のぬいぐるみを持ち込んで、『対局相手を精神不安定にさせる行き過ぎた盤外作戦』と連盟から注意を受けたことがある。
 桂さんは『扇子をぱちぱち打つのは許されるのに、ぬいぐるみを揉むのはダメなのか』と抗議したが、『そういう問題じゃない』と公式対局以外の活動禁止一ヶ月を言い渡された。
「寂しくないぞ、心配なだけだ。あやつは物心ついたときから、将棋以外何もやったことがないのだ。今頃どんな苦労をしているか知れたものではない。仮にも初弟子だ、心掛かりにもなろうが」
「だから、そういう噂あったら俺のところに流れてくるし、俺もちゃんと探しとくから。初めて家の外に出ちゃったマンション猫じゃないんだから大丈夫だって」
「似たようなものだ!」
「お前の中の晋助は、どんだけ何もできない子なんだ!? 赤ちゃんか!?」
 そして桂さんは、謹慎期間中にも拘らずどうしても雑誌主催の早指し大会に出たいからと、海賊みたいなコスプレ姿で『桂じゃない、俺はキャプテンカツーラだ』と言い張って参加しようとしたことがある。
 変わり者ぞろいの棋士の中でも一線を画した奇行っぷりと、『これで女流棋士がプロ棋士に勝てるものは何一つなくなった』と言われるほどの美貌を持つこの人こそが、現棋聖タイトルホルダーにして若手棋士最強、『狂乱の貴公子』と呼ばれる桂小太郎である。狂乱。まさしく狂乱としか言いようがない。
 早指しが得意で、まるで相手の読みを振り切るかのような勢いから『逃げの小太郎』とまで呼ばれている。現在の所持タイトルは先日防衛した連続二期、通算三期の棋聖だけだが、多分、同じ早指し戦である棋王と王座も近いうちにとるだろうし、現名人を蹴落とすのもこの人しかいないと言われている。
 ものすごい変な人だけど。この人を見ていると、プロになるって他のすべてを切り捨てるってことなんだな、と実感できる。この人が将棋以外で生きるなんて無理だ。

 元々、銀さんと桂さんは兄弟弟子で内弟子同士だったという。
 坂本さんと合わせて同門に飛角銀桂が揃っていたなんてよくできた話だ。桂さん曰く、坂本さんの引退を『吉田の二枚落ち』と嘲われたのが銀さんの奨励会入りのきっかけだと言うけれど、本当かどうかは分からない。だってそれが本当なら、銀さんは吉田名人にさらに恥をかかせたことになる。
 もしくは、だからこそ銀さんは、奨励会を逃げ出してから何年も桂さんに連絡を取らなかったのかもしれない。
 桂さんと銀さんが再会したのは、僕が弟子入りしてからすぐ。小さな将棋道場での指導打ちから帰ってきたら、この薄汚い雑居ビルの廊下に若手トップ棋士が体育座りしていた。
 銀さんは桂さんの顔を見て、死んだ魚の目を見たことがないくらい大きく剥いて、桂さんは銀さんの顔を見て、どんな勝利インタビューでも見せたことがないくらい満面の笑みを浮かべた。そして、桂さんはテレビでよく聞くあの腹式呼吸の大声で言った。
「銀時! プロになれ!」
 プロ編入試験が正式に制度化されて、しばらくたってのことだった。

 桂さんはしょっちゅう銀さんのところに来る。プロ入りを説得したり、脳内対局で遊んだりしている。一度、神楽ちゃんと同じ年頃の男の子を連れてきたことがあって、将来の竜王だと言っていた。すごく無愛想な子で、銀さんが『晋助、でっかくなったなあ』と頭をなでようとしたら、噛み付くような目で睨んでいた。神楽ちゃんは『オメーなんかが竜王になれるワケねーアル。竜王はパピーのものネ。そして、アタシがパピーから竜王を奪うアル』と突っかかって、あわや掴み合いの喧嘩になるところだった。『アイツ、ヤベーヨ。ちょーヤバイ匂いがするネ。嫌いヨ、あんなの』と桂さんに訴えて、困らせていた。
 その晋助くんが最近家出したらしく、おかげで桂さんは、対局がない日は毎日うちに来てるんじゃないかってくらい通いつめてる。いい加減、お茶菓子代がキツいんですけど。桂さん高給取りなんだから、少しは気を使ってくれないかな。
「お前、今日はテレビか何かがあるって言ってなかった?」
「ん? ああ、解説の撮りがある。18時からだな」
「じゃあ、一時間くらいか」
 そう言うと銀さんは、普段はラーメンタイマー代わりになってる対局時計を30分に合わせる。30分切れ負け。双方持ち時間が三十分をオーバーした時点で負け。駒を並べる音に、奥から神楽ちゃんが出てきた。
 桂さんと銀さんの対局は早すぎて棋譜を書く暇が無い。だから、まず神楽ちゃんが全部覚えて、それを僕が後からまとめて一緒に研究する。タイトルホルダーの生の棋譜がいくらでも手に入るというのは、すごいことだ。これだけでも銀さんに弟子入りした甲斐がある。
 たん。かちん。
 たん。かちん。
 たん、かち、たん、かち、たん、かち、たたん、かちち、すたん、かち、たたん。
 ……十秒将棋じゃないんだから。脊髄反射みたいな早さで二人は指していく。かといって、好き勝手な形を目指している訳ではなく、ちゃんと相手の手を読んで戦法を変えている。
 将棋はイメージ力よりも記憶力だという。膨大な棋譜、定跡、戦法、パターンをたたき込み、常に最適な戦術を捻り出す。だから、研究が重要であり、過去の名人より今のプロの方が間違いなく強いと言われているのだ。
 でも、この二人を見ていると、もうそんなレベルではないんじゃないか、と思う。
 この人たちにとっては、棋譜も戦法も己の血肉の一部であって、『覚えたものを引き出して使う』なんてレベルじゃなくて、まるで息を吸うように、ただ歩くように、そんな手足を動かすような感覚で駒を動かしてるんじゃないかって、そう思う。
「ダンスみたいアル」
 神楽ちゃんが小さく呟いた。銀さんの筋っぽい指と桂さんの細長い指が盤の上を飛び回っている。
 ダンスみたいだ。

 銀さんの持ち時間が残り一分を切ったところで、桂さんが投了した。桂さんは残り七分。あと一分持ちこたえていれば勝てたのに。桂さんは、「どう考えても負けている盤面だろう。これで勝つ方が落ちつかん」と言ってテレビの収録に行った。
 なにせ桂さんは黙っていればすごい美人だから(男の人に美人というのもおかしいけれど)、テレビや顔出しの仕事が多い。CSに自分の番組も持っているし、解説会なんかには引っ張りだこだ。将棋雑誌のグラビアにもよく出ている。
 銀さんが、その全部、とまでは行かないけれど、かなりの数を隠し持っているのを僕は知っている。もう大分前から。桂さんと出会う前から。最初は、同い年の棋士だから、応援しているのかな、と思っていた。
 違うんだ、銀さんはそうじゃなくて。
 確か晋助くんが家出したころだ。桂さんは必死に捜し回って、うちまで来て、あれに何かあったら先生に顔向けできないとわんわん泣いて、ちょうど頂き物で余ってたビールをがばがば飲んで、そのままソファで酔い潰れて寝てしまった。このまま泊めるという銀さんに僕はもう帰りますねって一度部屋を出て、あとから忘れ物に気付いて寝ている桂さんを起こさないよう、そっと戻った。
 銀さんが、桂さんのおでこにキスしてた。
 ソファの前に跪いて、泣き腫らしたのと酔いで真っ赤になった桂さんのほっぺたをそっと撫でて、起きないのを確かめてから前髪をかきあげてそこにキスをした。今まで見たことがない、真剣で、切なそうで苦しげな顔をしていた。僕は忘れ物(棋譜を控えたノート)を取らずにそのまま帰った。
 別にホモだとかに偏見がある訳じゃないけれど。棋士で同性愛者って聞いたことないけど、多分、聞いたことないだけでいることはいるんだろうし。桂さんはとてもきれいだから、見た目にはそれほど違和感なかったし。
 ただ、銀さんが桂さんを好きって言うのが、僕にはすごく衝撃的で。だって、内弟子同士だったって事は、子供のころから一緒に暮らしてた兄弟同然の幼なじみな訳で、それならもしかしたら、銀さんの初恋はもう桂さんだったのかもしれない。
 どんな気持ちなんだろう。毎日一緒に盤を挟む相手を好きになっちゃうって、寝込みを襲ってキスするほど好きになるってどういう気持ちなんだろう。
 きっと桂さんは銀さんの気持ちを知らない。あの人は、将棋のことしか見えてないから。帰って行く桂さんを、部屋の窓からずっと見送っている銀さんの横顔なんて、あの人は知らないんだ。
 もしかして、銀さんがプロになるのをやめたのは、桂さんのこともあるのかな。そうだとしたら、随分女々しい理由なんだなって。
 でも、銀さんならそれもありかもしれないって、僕はそう思った。
 そして、あんな変な人を好きになる銀さんってちょっとおかしいよなとも思った。