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王子様と秋の空 [将棋]
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2008年3月27日

駒と盤だけは裏切らない 前編

 棋士モノ。高杉、吉田ファミリー入り。


 銀時がその子供に気付いたのは、例年より冷え込むと朝のお天気お姉さんがしつこく繰り返す冬のこと。こちとらコートにマフラーを巻いててもまだ染み込む冷気に身を縮めているというのに、半ズボンに靴下なしでよく平気だな、さすが子供は風の子だな、と思った。
 その感心が懸念に変わったのは、彼が靴すら履いていなかった雪の日だ。
「西郷さんの教室の辺りにいる子だろう? 隣りのエントランスの隅っこにいつも座り込んでいる……俺も気になっていた」
 西郷さんは先生よりもいくらか後輩、桂(と銀時)にとってはだいぶ先輩に当たる元プロ棋士で、今でもかなりの棋力を持っているが、勝負の世界に疲れたということで引退して将棋教室を開いている。時々、桂も銀時も手伝いに行くのだが、『女流の方がお客さんの受けがいいから』と女装させられそうになるのがちょっと困る。
 それは置いといて、桂もあの子供に気付いていたらしい。ここのところ、二人交替一日おきに通っていたので、ほぼ毎日いることになる。
「気付いていたか? いつもなんかしら生傷がついている」
「まあ、子供なんて大抵生傷こしらえてるものでしょ」
「そうだ、貴様の生傷には見慣れていた。だから分かる、あれは転んだり子供の喧嘩でついたものじゃない」
 確かに、普通に遊んでいるだけではあんなところに痣は作らないだろうし、元気に走り回る子供というには辛気臭すぎる。いつもコンクリートの上に直接座り込み、膝を抱えてじっと動かない。
「……どうする?」
「どうするったってねえ……」
 桂も銀時も子供嫌いではない。自分たちが幼い頃から大人の間で揉まれて育ってきただけに、子供だからという理由で不当に蔑まれたり侮られたりすることがどれほど屈辱なのか、身にしみているのだ。かといって、一般的な意味での子供好きというわけでもない。将棋会館にいるのは異常に理解力が高く大人しい子供ばかりなので、動物的な子供の対応には慣れていないからだ。
 桂はさらに極端で、子供の相手をするのは苦ではないが、完全に大人と同じ扱いをする。一度、将棋教室で小学二年生相手に孔子を持ち出して説教していたのを見たことがある。小二に孔子は分からないだろう。
 そして、大人と同じに扱うからと言って、子供の立場の弱さをフォローすることも忘れない。そこはおそらく銀時が影響を与えた部分だ。
 だから、桂はああいう子供を放っておけないのだ。
「今度見かけたら、声かけとくわ」
「うん、そうだな」

 その『今度』は結構早く来た。西郷の教室で小学校低学年以下ばかりを集めたイベントをやるということで、二人一緒に手伝いに出かけたときだ。確か雪が降っていて、お天気お姉さんは今年五度目の『この冬一番の冷え込み』を宣言していた。
 その子供はいつも通り、隣のビルのエントランスに直接座り込み、痣や生傷だらけの素足をむき出しにして、そして、その額からあごにかけてぽたぽたと血を垂らしていた。
 何かを言う前に桂が動いた。傘を銀時に押し付け、子供の前にしゃがみこむ。
「大丈夫か? 痛いか?」
 小さく子供が首を振る。痛くない、という意味だろう。痛くないわけがなかろうに。
「お母さんやお父さんはいないのか?」
 また首を振る。いる。いるのに、怪我をしたまま、こんなところに座っているのか。
「病院にいくか?」
 さらに首を振る。困った、本人の意思に反して引っ張っていけば、誘拐扱いされかねない。
「あのな、お兄さんたちはこれから隣の将棋教室で仕事があるんだ。ここは寒いだろう? 教室に来れば暖かい飲み物もある。ちょっとだけでいいからこないか?」
 初めて子供が反応した。視線を上げ、桂と銀時の顔を見比べ、紫色の血色の悪い唇を開いた。
「……姉ちゃんじゃないのか?」
 初めて発した言葉がそれ。憮然とした桂の顔が面白すぎて笑い出した銀時の腿に、鋭いローキックが飛んできた。

 西郷さんにはてる彦という息子がいる。まだ幼稚園で将棋を覚えるには早いが、すでに駒には親しんでおり、何よりも桂に懐いていたのでしょっちゅう教室に来ている。ただ、はじめて見た桂が『女流棋士と対局イベント』で足りない面子を補うために無理やり振袖を着せられた『桂ヅラ子女流初段』だったため、未だに『おねえちゃん』と呼ばれているのだが。
 今、そのてる彦は、引っ張ってきた少年と一緒に教室の隅っこで山崩しをしている。少年は無愛想な面構えに反して意外と自分より小さい子供の面倒見はいいようで、てる彦が人見知りしない性格だと言うのを抜いてもそれなりに和気藹々としている。飽くまでそれなりにだが。
「おねえちゃん! おねえちゃん!」
「……お姉ちゃんじゃない、桂だ」
 一通りテーブルを回ったところを、てる彦に呼び止められる。何度訂正すれば、お兄ちゃんだと分かってくれるのか。
「仲良くやってるか?」
「うん、あのね、しんすけくんもしょうぎがやりたいって」
「しんすけ?」
 桂はふと首をかしげ、すぐに気付く。おでこに絆創膏を貼った少年の顔を覗き込む。
「……高杉晋助」
「うん、そうか。晋助くんか。将棋は初めてか?」
 こくりと頷く。暖かい部屋と銀時特製の甘ったるいココアのおかげか、頬に赤みがさし、だいぶ子供らしい顔つきになっている。
「簡単なゲームだ。それぞれの駒は決まった動きをして、進んだ先のマスにある駒を取ることができる。それらを操って相手の王様を取ってしまえば勝ちだ。正確には、次にどうなっても王様を取ってしまう、逃げ場がないという形に追い詰めれば勝ち。これを詰みという」
 山崩しに使っていた駒と盤を片付け、初心者用の駒と盤に取り替える。駒にはそれぞれの動き方が矢印で示してあり、盤は陣の部分が色分けされている。一つ一つ覚えなくても、感覚的に動かすことが出来る子供向けのセットだ。
「最初はこう並べる。一番奥の真ん中にいるのが王様。これを守りながら、相手を追い詰めなければならない。てる彦は分かるな? 細かいルールはやりながら覚えればいい。まずは一回やってみろ」
 軽く子供二人の肩を叩いてテーブルを離れる。おねがいしますとてる彦がぺこりと頭を下げれば、つられたように晋助も頭を下げる。まずは角と飛車がうごけるようにするんだよ、と、先輩気取りで講釈するてる彦の声がおかしかった。
「どんなもん?」
 子供に配るココアの盆を持った銀時に話しかけられる。ホイップクリームがどっちゃりと乗ったそれを見るだけで桂は胸焼けを覚え、軽く視線をそらして答えた。
「仲良くやっている。それほど気を塞いでるわけでもなさそうだ」
「へえ、なんか『俺は一人で生きていくんだゼ』的な野良猫タイプかと思ったけどな。意外と人懐っこいのね」
「昔の貴様のほうが、よっぽど野良猫だったな」
 出された食事に手をつけず、冷めるから早く食べろと急かせば『大人が食べ終わる前に食べたら殴られる』と答えた銀時を思い出す。先生はその銀時の気持ちを溶かそうと、何にくれ褒めてはお菓子を与えた。そのせいでこんなド甘党に育ったんだろう。銀時の価値観には、『甘いもの=幸せ』と刷り込まれているらしい。
「俺も見てくる」
「変なちょっかいかけるなよ」
 銀時のココアは子供には大人気だ。虫歯になるからやめたほうがいいと思うのだが、まあ、たまにはいいだろう。銀時にとってお菓子が先生のくれた生活とつながっているなら、ここの子供にとって甘いココアが将棋の楽しさとつながればいいのだ。
 自分用に玄米茶でも入れようかと給湯室に向かう。その途中で、また呼び止められた。
「ヅラぁ、ちょっとヅラァ」
「おねえちゃん、ちょっときてー」
「……だから、ヅラでもお姉ちゃんでもない、桂だ!」
「いいから、こっち。こっち」
 このままでは、晋助にまで『ヅラお姉ちゃん』と覚えられかねない。というか、すでに教室の子供たちは銀時の真似をして『ヅラ先生』と呼んでいるのだ。誰がヅラか。
「あのな、銀時。人の名前を変な風に……」
「これ見てみ」
 銀時がいつになく真面目な顔をして盤を示す。視線を落とし、桂は眉を曲げた。
「……なんだ、これは」
「反則なのか?」
 桂の言葉に晋助がつぶやく。反則ではない。何も間違っていない。
 てる彦に王手がかかっている。しかし、てる彦の駒も晋助の駒も歩以外は殆ど動いていない。ただ、晋助の飛車角がてる彦の陣に食い込み……
「早石田、か」
「微妙に違うけどな」
 玉があがっていない。これでは、相手に攻め込まれたときにすぐ瓦解する。攻め込まれる前に片をつけてしまおうという、後先考えない形だ。相手がそれなりの将棋指しであれば通用しない。てる彦相手だから、ここまで進めることが出来た。
「どうして、こうしようと思った?」
「……飛車と角を動かせるようにするって言ったから」
 7筋を細い指でなぞる。
「ここが空けば、すぐにどっちにも道ができるなって思った」
 うー。小さく桂が喉奥で呻く。普通の子供なら、ともかく歩を押し出し攻め込もうとする。しかし、晋助は『いかに少ない手数で、相手陣に強力な駒を送り込むか』を考えた。そして出てきたのが急戦三間飛車、早石田。の、変形。
 うー、うー、ぬー、ぬ"ー。
「変なうめき声出すな」
 ごんと後頭部を殴られるが、それどころではない。単なる偶然なのか、子供の柔軟な発想力なのか、それとも……
「おねえちゃん、これ、ぼくの負け?」
 ふと気付けば、てる彦が泣きそうな顔をしていた。たしかに、つい一時間前まで駒を触ったこともない相手に負ければ、子供といえど悔しかろう。
「……いや、負けではない」
 ひょいとてる彦を抱き上げ、その椅子に座り膝に下ろす。そして、玉金歩を残して駒を落とす。
「おい、ヅラ……」
「ヅラじゃない、桂だ。てる彦、俺と一緒に続きをやろう。手伝ってやる」
「ほんと、おねえちゃん?」
「ああ、頑張ろうな」
 落とされた駒を見て、晋助が唇をとがらす。
「なんだよ、それ」
「ハンデだ。この駒は使わない」
 拗ねている。唇を歪め、眉をしかめ、きつい目で駒を睨んでいる。
「どうした? 晋助くん」
「仲間外れみたいでかわいそうだ」
 思わず桂は銀時を見上げた。銀時はひょいと軽く肩をすくめ、駒の山に手を伸ばす。
 銀をてる彦の陣に戻し、残りを晋助の手元へ押しやる。
「じゃ、これはお前にやるよ。好きな時に使いな」
「銀時」
「ま、なんとかなるだろ、これで」
 確かに、この方が相手の戦力は強くなり、終盤の局面は平手に近くなる。センス自体を見るのであれば妥当か。
「お願いします」
「……おねがいします」
 桂は銀で晋助の竜を取った。

「これでは角で金を取られてしまうな。だからといって、竜を引けば攻撃が止まってしまうし、この歩がと金に成ったら竜もとられてしまう。だから、ここは竜を動かさず歩を打つ」
「ここで端をついてもなんの意味もない。あそこで金に止められるだろう? それよりも先程角に荒らされた場を整えよう」
 桂はてる彦に指導しているふりで、晋助の手筋を整えている。大駒だけで突進しても、小駒に止められ食われる。相手が攻撃してくるのか、守りに入っているのかを見極める。それをぐんぐんと吸収し、すさまじい速度で成長している。実際に駒を動かし、その一手にどんな意味があるのかを考える以上の上達法はない。
(……すげえな)
 銀時は心中で呟いた。もちろん、晋助は定跡など知らない。しかし、次第に相手の手筋を読んだ将棋が指せるようになってきた。ほんの一時間前まで、駒の名前も知らなかったような子供が。もちろん桂の誘導があってこそだが、局面を読む感覚自体が優れているのだろう。
 だからと言って、将棋はセンスや才能だけで勝てるゲームではない。晋助の持ち駒はすべて盤に投入され、取ったり取られたりを繰り返し、局面は平手の中盤戦になっている。それに伴って、じわじわと晋助が押され出した。当然だ、てる彦が指しているにしてもアドバイスを出しているのは桂なのだ。
 ぽん、と、肩を叩かれる。
「おい、何してんだ」
 後ろから西郷に声をかけられた。そういえば、一人参加者追加してくれとは言ったが、詳しい経緯は説明してなかった。かい摘まんで説明すると、ぬう、と低いうなり声を上げた。
「そいつぁ、ちょっと困ったもんだねぇ……」
 頬に手を添える仕草が、微妙にカマ臭い。西郷は将棋指しが生業とは思えぬほどの大柄で、男性ホルモンに満ちあふれた体育教師のごとき中年男だが、時々仕草や振る舞いが微妙にアレな時がある。よく見なければ分からない程度だが、見る人間が見れば分かるくらいに。
 ……やっぱ、ソッチの人なのだろうか。愛妻家で愛息家であるが、それとソッチの性癖が矛盾しないことを、銀時はよく知っている。だって、まあ、将来的に自分の身に降りかかってくることだし。いや、俺は今のとこ、男はヅラだけだけどね。女の子とも普通に付き合えるしね。それに、西郷さんがそっちの人だとしても、明らかに俺とはテリトリー違う人だから関係ないし、うん、あれ、俺何考えてたんだっけ?
「何、ぼーっとしてんだよ」
「あいて」
 ぽこん、と頭を叩かれる。
「あの坊主、厄介だぞ」
「なにがよ」
「耳貸せ」
 声を潜めて西郷が言う。曰く。おそらく隣りのビルに入っているスナックのママの子供だろう。もともとヤクザの情婦で、店を持たせてもらったはいいが、飽きて捨てられた揚げ句、店の業績も悪化。そのストレスから酒びたりで、夜中に奇声や泣き声が聞こえるのもしばしばである。
「……じゃあアレ、虐待か?」
「だろうねぇ。役所……と言っても、この辺りの役人は、真面目に仕事しやしないからなぁ」
 西郷の将棋教室は道場も併設していて、ここらでは一番大きい。自然、荒れた博打打ちなんかも出入りするようになり、いつの間にか西郷はそういうちょっと後ろ暗い人々の顔役のようになっている。まあ、将棋自体、囲碁とは違って元は庶民の賭け事である。真剣師なんて商売もあるくらいだ。
「筋がいいみたいだね」
「あー、うん。結構やるんじゃねえの」
「アンタよりもかい」
「……多分ね」
 将棋を始めたてのころ、銀時はだいぶこのオッサンに揉まれた。先生は忙しかったし桂も奨励会に上がったばかりで銀時に掛かり切りという訳には行かず、その分、西郷にいろいろと学んだのだ。
 筋はいいが、筋がいいだけだね、アンタは。
 銀時の将棋を西郷はそう評した。
 プロにはなれないのかと聞けば、なろうとすればなれるだろう、なった後どうなるかは知らないが、という変な答えが返ってきた。なんにしても、西郷は銀時の才能をある部分は認め、ある部分は全く認めていない。
 西郷が銀時と誰かと比較するのは、その銀時に欠けたものを求めているときだ。
「あの坊主、うちに通うように言っときな。ヤバくなったら、保護する先を見つけてやる」
「面倒見はいいんだよなあ、アンタ」
「人を育てる商売やってんだ、よくもなる。月謝はアンタらのバイト代から天引きだ」
 ただでさえ薄給なのに。銀時はため息をついた。ちょうど、晋助が投了したときだった。

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