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2008年10月15日

世界はそれを愛と呼ぶんだぜ 7

 2007銀さん誕生日話第7話。
 びっくり、今年に入ってからはじめての更新。前話までのおさらいはGalleryから。
 やや血表現あり。
 一度ファイル消失したのを書き直しているので、あとから修正するかも。

 次で最終回です。


 僕はただ君のために何かをしたかっただけなのに。


 ぱたん。ぱたん。からん。からん。
 甲高く硬質な靴音でも響けば映画のワンシーンの如き緊張感でも出たのだろうが、生憎と桂は草履、坂本は下駄である。やや間の抜けた足音を響かせながら、二人は検疫スペースへ続く自動扉を抜けた。
 広い。大型コンテナ船10隻分の検疫を同時に行えるそのホールは、建築物としては異常なほどの空間を持っていた。照明も落とされているせいで、奥行きどころか左右の壁すら見えない。しかし、桂はその空間を数字として知っていた。奥行き1.3km、幅700m、高さ50m。設計には天人の技術が導入されている。
 ぱた、ぱた。から、から。広すぎて反響すらしない。
「お待ちしておりましたよ」
 慣れぬ腹式呼吸で高く張り上げた男の声。その声が響いた瞬間、カカッと、桂と坂本に強いライトが向けられる。眩しさに桂は目を眇め、同時に余りに陳腐な演出に嫌悪を覚える。しかめた眉の下で目を凝らせば、一拍置いてスポットライトが落ちた。前方30mばかり。3m四方ほどのコンテナの前に、貧相な中年男が立っていた。やはり、あの京の男だった。相変わらず、このご時勢に華美な二本差しを貫いている。
「桂小太郎殿、お待ちしておりました」
「……呼ばれたのは、こっちのモジャモジャ社長殿のはずだにゃー」
 ひゃはははと男が笑う。本人は威厳たっぷりの大笑を気取っているのだろうが、持って生まれた喉の細さからか、耳障りに甲高い笑い声しか出ていない。
「相変わらずお遊びがお好きな方だ。風流といえば高杉殿と言われますが、あなたがこれほどに愉快な方だとは、ほとんどの志士たちは知りますまい」
「ふざけてなんかないにゃー。ヅラメスは社長のお手伝いで来ただけだにゃー」
「桂殿、我らにはあなたほどの余裕はないのですよ」
 がちゃり、がちゃり。方々から銃器を構えた男たちが飛び出し、桂と坂本を取り囲む。想定内のことだ、二人ともちらりと見やるだけで懐に手をいれることすらしなかった。
 それでも男は、自分の優位を演出し続ける。
「桂小太郎、あなたは変節された」
「そうかにゃ?」
「あなたは美しく清廉だ。それは今も変っていない。だが、あなたは狂気を失ってしまった。全てを焼き尽くすような、狂乱の炎を失ってしまった」
「あはははは、そりゃあ初めて聞いたのぉ」
 それまで黙っていた坂本が、からからと笑い出した。包囲していた男たちは急な大声に脅えたのか、一斉に銃口を傾け、がちゃがちゃと耳障りな音がする。練度が低い。実戦経験を積んでいない。たった二人相手にこのざまで、城を攻めようだなどとよく言えたものだ。
「ヅラばぁ、そんなやけっぱち起こしちょったがかぁ。そりゃあ、そっちがおかしいんじゃ。ヅラはの、そがぁな短慮を……」
「坂本」
 短く制され、坂本は口を噤み一歩下がる。桂は、ふ、と息を付き、猫耳を外した。カチューシャで乱れた髪の流れを手櫛で整える。
「変節した、か。随分な言いようだな」
「言い訳でもなさりたいのですかな?」
「言い訳、というかだな、申し開きというか……」
 物思いをするかのように巡らせていた視線を男の顔に留め、わずかに小首を傾げる。少女のような仕草に、男は気圧され生唾を飲み込んだ。
 ふわりと、全く童女の如く邪気なく笑う。
「ぶっちゃけ、貴様は好みのタイプではないのだ」
「……は?」
「もっとぶっちゃけるなら、貴様の閨では狂うほど乱れられん」
 うふふ、うふ、うふふ。
 実に楽しそうに桂が笑う。あまりの辱めに真っ赤に染まる男の顔を、あたかも自分の尾を追う犬を見るような目で見ている。
「か、桂……! 貴様……!」
「別れの原因が性の不一致というのはポピュラーだと思うぞ。なあ、坂本?」
「さぁのー。わしゃあ、あんま特殊なもんにゃ興味ないきに」
「この、毒婦めが!」
 男の右手が上がる。それを合図として一斉射撃がはじまる。はずだった。
 うわ! ぎゃあ! ひぃっ!
 がちゃんがちゃんがちゃがちゃん!
 周囲から悲鳴が上がり、同時に次々に銃器が取り落とされる。中には、銃器を持ったまま、床にはいつくばる者もいた。
「お前ら! 何をふざけている、早くこいつらを……!」
「貴様、ここの天井はどうやって支えられているか、知っているか?」
 ぱたり。桂が一歩踏み出す。そのまま、ひたひたと男に近づいて行く。男の逃げ道はコンテナで塞がれ、その場でわずかに後ずさるのが精一杯であった。
「このような広い天井、いくら天人の技術と言えど柱無しでは支えられん。そこで重さ自体を操っているというのはターミナルの観光パンフレットにも書いてあることです、が。さて、ここで問題です。どのように重さを操っているのでしょーか?」
 ちっ、ちっ、ちっ、ぶー。
「残念、時間切れだ。正解は」
 ぱちりと桂が指を鳴らす。と、突然、男の腰の物がずしりと重くなった。まるで床に吸い込まれるかのような重さに、男の足腰は耐え切れず、悲鳴を上げながら無様に床に転がりはいつくばる。
「磁力だ。床のからくりで磁力を出し、物の重さを支える。リニアなんとかと言ったかな」
 鉄で打たれた刀はぴたりと床に吸い付き、全く動かない。男は下げ緒を解こうとするが、慌てて指が絡まってしまっている。
「一度、ここを崩落させてターミナルを根元から折ろうという計画が立ってな。磁力設計を書き換えるための、うぃるすとはっきんぐぷろぐらむを作ったのだ。その後、ここが崩れた程度では、地上の建物はびくともせんと解って計画は立ち消えたが、こんな時に役に立つとは思わなんだ」
 ひた、ひた、ひた。桂が一歩進むごとに、自分の命の終わりが近づいている。あまりの恐怖に、男は、ひ、ひ、と喉の奥で悲鳴を漏らし、がちがちと歯の根を鳴らした。まだ下げ緒は解けない。
「他にもこんな芸当ができるんだぞ。ほら」
 桂は人差し指をピンと立て、ついっと流す。
 ぎゃあああ!
 断末魔の悲鳴と、血が弾け、肉が焦げる音と匂いがした。
「ほら、ほらほらほら」
 舞を踊るような優美な手つきで、桂は周囲に居並ぶ男たちを指さして行く。暗がりの中から次々と聞くに耐えない悲鳴が上がり、血の匂いが立ち込め、血飛沫が桂の足元にまで飛んで来た。
「電子レンジという機械があるだろう。あれと似たようなものだ。もしくは、エレキバンで血行がよくなるというやつを、さらに極端にした感じだと思え。今は俺の指先がポインターになっていて、指した先に電子レンジ空間ができるのだ」
 まるで料理のコツを伝えるような淡々とした表情で、桂は男たちの命を奪って行く。身体の一部が爆ぜ、絶命に及ばず悲鳴を上げて転げ回る無残な姿を、塩焼きの魚を見るような目で見ている。
 そこに、暴力と血に酔う狂気はなかった。ただ淡々と、腹が減れば食うように、眠たければ寝るように、ただ生きるために邪魔な何かを処分する。桂にとって、これはそれだけの行為だった。
 男は床に這ったまま、それを見上げる。面のように整った桂の横顔。それは自分とは違う生き物である。
 恐怖、畏怖、寒気、おぞましさ。そのどれとも違う感情に、身体が震え出す。ごくりと喉が鳴る。
 崇拝。
 男は今になって、己が今でも桂を崇拝していることに気付く。英雄であるとか、美貌であるとか、そんなものはどうでもいい。自分が桂に引かれ、桂に固執したのは、桂が人とは違う生き物だからだ。その余りにも異質な精神が、桂を人ならざる存在へと押し上げている。自分は、だから桂に引かれた。
 ごくりと喉が鳴る。
 桂の首がゆっくりと回り、床の上の男を見つめて慈しむようにほほ笑んだ。
「逃げずともよいのか?」
 男は、自分の手が止まっていることに気付いた。慌てて下げ緒を引きちぎろうとする。
「いいことを教えてやろうか? 下げ緒が解けないなら、袴と帯を解いてしまえばいいのだ」
 その手があったか。男は袴を解き、帯を緩めて足を抜く。勢い余って襦袢の紐も解けたのか、下帯を丸出しにしたまま起き上がり、わたわたとそこから逃げ出した。
 桂の人差し指がゆっくりと持ち上がる。それが男の後ろ姿を指す直前、
 ぱかんと間抜けな音を立てて、男の頭が弾けた。
 坂本を振り返る。坂本の手の中で、強化プラスチックとセラミックで作られた短銃が硝煙を立てていた。
「わしのほうが先じゃ」
 得意げな顔で笑って見せる坂本に、桂は唇を尖らせた。


 地図では繋がっていないが、ターミナルには地下水路から侵入することが出来るのだ。
 以前、桂がそう言っていたことを思い出し、銀時はマンホールから地下に潜った。
 どう行けばターミナルにたどり着けるのか。己の方向感覚を信じるしかないと思っていたが、進んでしまえば案外簡単だった。向こうも地下水路を逃走経路にしようとしていたのだ。要所要所に銃を持った男が立っており、それはターミナルに近づくごとに数を増やしている。つまり、どんどん警備が厚くなっている方へ進めばいい。
 ぜひ、ぜひ、ぜひ。喉が嗄れた音を立てる。狭い水路の中で、銃を持った相手と木刀でやりあうことは、非常に難しい。弾を避け切れないのだ。既に脇腹と太腿に一発ずつ食らっている。かすり傷を含めるとすでに数え切れない。
 それでも行かなければならない。桂を迎えに行かなければならない。桂を連れ帰らなければならない。足を引きずり壁に手を付いて、銀時は己の身体を前に押し出す。距離からして、もうターミナルの近くのはずだ。どこかに入り口があるはず。
「おい、いたぞ!」
 ばしゃばしゃと水を踏む足音がする。無線で情報が回り、侵入者を探していたのだろう。もう歩けない、抵抗出来ない。そんな素振りで銀時は力無く壁に寄りかかる。足音でタイミングを計る。ギリギリまで引き付けて、そして……
「……ぅおらあぁぁぁ!」
 一気に踏み出し、一薙ぎで二人の頭を打ち払う。後続にもう二人。慌てて発砲された銃弾が、銀時の耳を掠める。それに気取られることなく銀時は突っ込み、一人を喉への突きで、もう一人を鳩尾への蹴りで昏倒させる。
「……はぁっ!」
 数は十数人かそこら。しかし、銃創がつらい。運悪く貫通していないので、動く度に内部でじくじくと痛む。
 銀時は荒い息をはき、ずるりと身体を引きずった。
 四人もいたのだ、ここら辺に侵入口があるはず。もうすぐだ。もうすぐ桂に会える。
 ぼこん。すぐ近くで鈍い音がした。続けて、ばしゃばしゃと水音。そちらに向かって銀時は駆け寄る。おそらく、ターミナルでの用が済んだ者が逃走しているのだ。今、ターミナルの中にいるのは、テロリストと桂(と坂本)。ならば、逃走しようとしている人間は決まっている。桂がテロリスト風情にやられるはずがない。
 ばしゃん。銀時の足元で水が跳ねた。水路の角を曲がった銀時の目の前に、桂がいた。天井のハッチから降りるの手助けされているのか、坂本に抱き抱えられるような格好のまま、銀時を見ていた。
 見る見る内に、桂の表情が歪む。悲しいのか怒っているのか、眉をねじ曲げ、銀時を見る。
「……ぎんとき!」
 坂本の腕を振りほどくように、桂が飛び出した。水を跳ね上げながら銀時に駆け寄り、曲がった眉の下の目で全身を検分する。
「ばかっ! 何故来た!」
「何故って……」
「貴様が来る必要などないだろう!」
 怒られた。
 来なければよかったのだろうか。
 迎えに来たのに。桂に会いたかったのに。
 桂の唇がわななく。何かを言おうとして震えて、すぐに噛み締められる。
「来たら、ダメだった?」
「そうではない」
「俺が来たら、迷惑だった?」
「そうは言っていない」
 うつむいた桂のつむじが震えている。そっと、その手が銀時の脇腹に伸びた。銃創を痛めないよう、宛がうかのように白い手が銀時の脇腹に触れようとする。
「貴様が、傷つく理由などないと言っているのだ」
 その手を逆に掴みあげた。袂をもう片手で広げる。やはり、そうだった。桂の着物にぽつぽつと血の染みが出来ていた。
 銀時が見るものに気付いた桂が、嫌がるように腕を引く。
「銀時、離せ……ッ!」
「じゃあ、お前がこんなことする理由はあんの?」
 びくり、と、体が震えた。
「なあ、お前、なにしてんの?」
「なに、とは……」
「こんなことして、何になるの。誰が褒めてくれるの。悪いやつをやっつけましたね、よく頑張りましたねなんて、誰も言ってくれないよ? テロリスト同士が内ゲバやらかしたんだってバカにされるだけだよ? なあ、こんなことしてなんの意味があんの。なんでこんなことやってんの」
「銀時、それ以上愚弄するならば……!」
「なんで、お前がこんなことしなきゃならないのぉ」
 鼻を抜けた声は、明らかに震えていた。水気を伴ったそれを抑える余裕が、今の銀時にはなかった。
「さっきまでさぁ、お前も新八や長谷川さんと一緒に話してたじゃん。クレープ食べようって話してさあ。昼飯食って酒飲んでさあ。それがなんで、お前だけこんなことしてんの。なんで人殺しなんかしなきゃいけないの。なんでお前ばかりこんな目にあうの」
 ぐす、ぐすん、ぐずっ。鼻を啜り上げる音が、狭い地下道の中で反響する。
「それをさあ、迎えに来てやったらさあ、来るなとか迷惑だとか、理由がないとかさあ。なんでそんなこと言われなきゃならないの? 心配してきてやったのにさぁ。俺はどうすりゃいいの」
 銀時の頭へ伸ばそうとして桂の手が、後ろから坂本に制される。今は触れるな。そう、坂本は目で言った。
「お前がひどい目にあってる時に、俺はなにしてりゃいいんだよ」


 桂の今の隠れ家は、今時にしては珍しく電化が進んでおらず、行灯をつけるよりも障子を開け放ってそばのガード下の灯りを取り入れたほうが明るいという、そんなあばら家だった。
 飲み屋のネオンと提灯の明かりの中で、桂は手際よく銀時の手当てを進めていく。火で炙った細い苦無で銃弾を摘出し、代用皮膚テープで傷を覆う。戦中の応急処置と最新の医療品が交じり合った奇妙な段取りで、次々と銀時の傷を塞いでいった。
 痛み止めと言われて飲んだ錠剤は、やや一般的なそれを逸脱する代物らしく、痛みが消えるどころかゆるい眠気まで襲ってきた。
「銀時」
 呼ばれて顔を上げれば、固く絞った濡れ手ぬぐいを目元に押し付けられる。
「つめてぇ」
「我慢しろ。腫らした目でリーダーや新八くんに会うつもりか」
 塞がれた視界の向こうから、ガードの上を通る電車の音が聞こえる。安普請の割りに尻に伝わる揺れは少なかった。
 飲み屋の喧騒も電車の振動もすぐ近くにあるのにどこか遠くて、どこか遠い世界のようだった。
 懐かしい気持ちになった。
 あの戦の間、よくこんな感覚に陥った。血の匂いも断末魔の悲鳴も、全部遠い世界の出来事のようで、自分の世界は今寄り添っている桂と二人きりで閉じているような、そんな感覚によく襲われた。
 あの世界に閉じこもってしまえばよかったのだろうか。
 桂と二人、このくそったれな世界に見切りをつけてしまえばよかったのだろうか。
 この世界は、桂に優しくない。
「ヅラァ」
「なんだ?」
 桂はこんなに優しいのに、世界はこれっぽっちも桂に優しくないのだ。
「あの時にさぁ、一緒に死んでやればよかったんだよなぁ」
 濡れ手ぬぐいを押し付ける手が揺らぐことはなかった。
 桂のそんな強さが、揺るがなさが好きだった。だからこそ、あの時銀時は受け入れなければいけなかったのだ。すべてを終わりにして一緒に死んでくれという桂の言葉を受け入れなければならなかった。
 手に手をとって、この世界から逃げ出すべきだったのだ。
「死んじゃおうか」
 今からでも。
 ゆっくりと手ぬぐいが外される。ふさがれていた目にネオンの灯りは眩し過ぎて、銀時はかすむ目で桂を見上げた。
「それもいいな」
 こういうときの桂を、世界で一番きれいだと銀時は思うのだ。

「お邪魔するぜよー」
 半壊した万事屋からようやくまともな銀時の着替えを発掘できた。坂本は風呂敷包みを抱えて下駄を脱ぐ。
「金時ー、ヅラー。そろそろパーチーが始まるころぜよ」
 かたかたと引っかかる立て付けの悪い襖を開けば、銀時と桂は二人で眠っていた。
「……ありゃー」
 まるで抱き合うように寄り添って、布団も使わず畳の上に二人眠り込んでいた。疲れていたのだろう。寝息すら聞こえない。周囲には、手当てに使った包帯や薬が散乱したままだった。
 時計を確かめる。桂から聞いたスケジュールでは、もう恒道館にみんなが集まっている頃合だった。
 三十分したら起こそう。坂本は何とか音を立てないように、そっと襖を閉めた。

>>終