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王子様と秋の空 [将棋]
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2009年3月 5日

二番勝負 セクハラ将棋 前編

 棋士モノ第二部、第二話。続いております。


 それはそれ、これはこれ。
 桂は両手を何かを挟んで持ち上げ、右から左へ、左から右へと移し替えるジェスチャーをする。リアルでこれやる人がまだいるとは。
「これはこれって……」
「だから、別に銀時の言うことを疑っている訳でもないし、銀時を嫌ってもいないが、それとこれとは別だ」
「別って……だってヅラ、今、幾松さんと付き合ってる訳じゃねえんだろ? 彼女いねえんだろ?」
「まあな」
「俺のこと、キモいとか思ってるわけじゃねえんだろ?」
「そういう価値観もあると思う」
「じゃあ、付き合ってくれたっていいじゃん!」
「男と付き合う銀時は別にキモくないが、男と付き合う自分はキモい。想像できない」
 銀時がソファの上に倒れ臥す。あの告白以来、なにかと言えば銀時が倒れるので、もう誰も彼の横には座らないようになってしまった。
「別に貴様がどこのガチムチと夜のプロレスで汗流してようと勝手だが、俺がその相手となると話は別だ。俺は褌とか締める趣味は無い」
「……お前のそのゲイの認識、間違ってるからな! そんなんばっかじゃねえから! いや、そういう人もいるし、結構多いけど、銀さんはそういうんじゃないから!」
 白い細面、華奢な身体、さらさらの長い黒髪。桂は見た目こそ女性的ではあるが、中身はごく普通のノーマルだ。思春期にはこっそりエロ本読んでたのを銀時は知っているし、髪を伸ばしているのは先生を倣ってのことだ。
 ただ、異性関係にかなり潔癖なところがあり、何より色恋より将棋第一だったので浮いた話はとんとない。唯一の色っぽい話は、棋士であった夫を亡くし未亡人になった幾松女流四段との噂だけだが、その詳しいところは銀時すら知らない。
 なんにせよ、銀時が知る限り、桂はカッチカチで性知識に薄い潔癖中学生だった。だからこそ、逆にイケるのではないかと思ってた。告白さえ受け入れてもらえれば、『そういうものだから』と宥め賺して、もしくは騙くらかして、なんとかなるんじゃないか、と。
 甘かった。アメリカのスーパーで売ってるアイシングで真っ青にコーティングされたチョコレートケーキより甘かった。考えてみれば、桂とて銀時と同い年の健全な青年。己が性的に爛れた日々を送ってきた以上、桂もそうであっておかしくない。
 でも、ヅラはヅラだもん。子供のころから清らかで可愛いヅラだもん。サスペンスドラマのお色気シーンが始まると、顔真っ赤にしてチャンネル変えてたヅラだもん。
 幼なじみが陥り易い穴のひとつである。
「……どーしても、ダメ?」
「ダメ。……今のところは」
 最期に付け足された一言に、がばと起き上がりテーブル越しに桂に詰め寄る。
「今のところはって、時間かければOKだってこと!?」
「OKというか……可能性はゼロじゃないんじゃないか、ってだけだぞ? 今はそういうことは考えられんし、はっきり言って無理だ。しかし、生理的に受け付けないというほど嫌悪感がある訳じゃないし、なにより、その……銀時のことなら出来る限り分かってやりたい、と思う」
 照れ臭いのか、頬を染めて若干ぶっきらぼうにいうその顔が、どんだけ目の前の男のツボに入るのか、こいつは全く分かっていない。きゅううんと震えがくるほど可愛い。にやける口元が抑えられない。
「……うん、待ってる」
「待ってるだけじゃなく努力をしろ。俺に好かれる努力。例えば俺の頼みを聞くだとか……」
「うん、分かったからちゅーしていい?」
「何も分かっとらんではないかぁ! ちゅーは嫌だと言ってるだろう! それよりも鬼兵隊の一件を……!」
「……銀さん、お客さんがきてるんですけれど」
 テーブルを挟んで揉み合っている二人に、新八が廊下から恐る恐る声をかける。
「ごめん、取り込み中だから帰ってもらって」
「取り込み中って何にだ! 幼なじみの唇を奪うことにか! 俺は貴様にそこまで許した覚えはないぞ!」
「なにやってんだよ、この色ボケはぁ! 桂さん、涙目になってんでしょーが! 大切な用件なんですよ、例の賭場の……!」
「……先生、先客でもおるんか?」
 リビングに顔を突っ込んだ京次郎が見たものは、桂の上体をソファに押し付け何とか顔を近づけようとしている銀時。
「あー……うん、こりゃあ失礼した。うん、うん、ごゆっくり。坊ちゃん、嬢ちゃん、ここは二人っきりにしてやって……」
「イヤアル、私達が消えたら、それこそヅラの操はケダモノに奪われるネ」
「神楽ちゃん、操とか言わないの! いいんですよ、あれ、オッサンが一方的に盛ってるだけなんですよ! 帰らないでください、むしろ桂さんを助けてあげてください!」

 居心地が悪い。ものすごく居心地が悪い。銀時からすれば、本妻と愛人が一堂に会したようなものである。いや、その本妻はちゅーすら許してくれないんだけれども。
 桂の隣りに座りつつ、対面の京次郎の視線を何とか避けようと、銀時は微妙に顔を背け貧乏揺すりを続けている。その京次郎は、銀時ではなく桂の顔をまじまじと見ていた。『こいつか』とでも思っているのだろうか。
「銀時。何をもぞもぞしてるんだ、みっともない」
 一人どこ吹く風なのは本妻である。まあ、そりゃそうだ。先日の例を引くまでもなく、桂の色恋に対する感覚はかなりズレている。京次郎の視線の意味も銀時の不安の意味も、全く気づかないのだろう。
「先生。こん人は確か……」
「プロ棋士をやっております桂小太郎です。坂田とは同門になります」
 よろしく。深々と頭を下げる。
「あーあー! テレビで見てます! わしゃ、この辺のシマァ預からせてもろうてる魔死呂威組の京次郎っちゅーもんです。坂田先生には日頃から一方ならぬお世話を……」
「このような不出来な同輩がお役に立っているのならよろしいのですが。もしも込み入ったお話であれば、私は席を外しますが……」
 是非そうしてくれ。頼むからそうしてくれ。このままでは緊張感で吐きそうだ。
「あー、どうじゃろう……こういうんはプロの人の話も聞いた方がええんかのう? のう、先生」
「……何の話なのか知らないので、わっかりませーん」
「鬼兵隊のお話なんですよね?」
 三人分の茶を盆に乗せた新八が口を挟んできた。
「桂さんにもお話した方がいいですよ、京次郎さん。多分、鬼兵隊のボスは……」
「おそらく、私の不肖の弟子です」


「これは本気ですか?」
「本気も本気。大本気でござるよ」
 鬼兵隊が本拠地としているクラブ『紅桜』。開店前の現在はテーブルの上に椅子があげられ、店員が掃除に勤しんでいる。その内の奥の一席だけ椅子が降ろされ、ギターを抱えたいかにもバンドマンという風情のサングラスの青年と、クラブはクラブでも銀座や赤坂の高級クラブに通っていそうな和装の中年男性が、クラフト紙に赤黒いインク刷りのチラシを挟んでいた。
「賭けイベントまではよろしいでしょう。官憲への根回しは済んでいます。しかし、これは私の力が及ぶ範囲ではない。バレたらひどいことになりますよ? 万斉さん」
「それが狙いでござるよ」
 びいいん。バンドマン……万斉は小さくギターを弾き、音を確かめ弦を調節する。チラシの隅には重しのように調律器が置かれており、細い針を右へ左へと揺らしていた。
「コンピュータとの対局禁止だの、真剣師との対局禁止だの。今の棋界は、棋士の栄誉を守るだの言ってただ将棋を囲い込むことに固執しているばかりでござる。将棋とはそのような堅苦しいものではござらん。荒事ヤクザの賭け事、命懸けの勝負。それが将棋の真の姿でござろう」
「それはまあ、そうですが……」
「棋士たちは新聞の片隅に棋譜を載せるために将棋を指しているわけではござらん。目の前の真剣勝負を生き抜くために、血反吐を吐きながら駒を持つ。しかし、そのような勝負師としての棋士の生を殺しているのは他でもない、棋士たちが作る棋界そのものでござる。ならば、その棋界そのものを壊してしまおう。それが拙者たちの悲願であったはず。違うかな、武市殿」
 ふう、と中年男性……武市が息をつく。万斉の言うことには全くの同意だ。現在の棋界は、棋士たち自身が棋士たちの生き方を狭めている。武市は己の棋力はプロ相当と自負している。しかし、プロにはなれない。奨励会の年令制限があるからだ。もちろん、アマタイトルを取り棋戦への出場を果たしたり、プロ編入試験を受けるなど、プロへの道は他にないこともない。しかし、非常に厳しいものとなる。ただ、将棋を始めるのが遅かったという、それだけで。
「ここから棋界は変化を始める。その第一歩を踏み出すのは、我ら鬼兵隊でござる」
「……いいでしょう。君や高杉くんの野望はなかなかに刺激的だ。お付き合いするのはやぶさかではない」
「痛み入る」
 ぱん。武市はチラシの上に手を置き、ずいと差し出した。
「しかし、これは君たちが赤っ恥をかく可能性もありますよ?」
「心配ご無用。舞台に引っ張り出せばこちらのものでござる」


「プロ棋士との対局ぅ!?」
 京次郎が持ち込んだチラシには確かにそう書いてあった。スペシャルイベントとして、現役プロ棋士との対局イベント。
「こんなん引き受ける奴なんざ……ヅラ、心当たりはあるか?」
「ヅラじゃない、桂だ。ない。こんな賭けイベントに名前を出せば、その段階で連盟から大目玉だ。下手すれば除名だぞ」
 桂の険しい顔に京次郎はしかめっ面で首を振る。
「身内の賭け事で済んどるならまだ見逃しようもあるんじゃが、こいつら、街の将棋道場にまでチラシを配っちょる。賭場の協定を荒らされるわけにはいかん」
「……で、俺になんとかしろと」
「カチコミかけるわけにゃあいかん。相手は一応カタギじゃ。賭場の揉め事は賭場で片付けるのが一番禍根が残らん」
 プロ棋士との対局をこれだけ堂々と謳うということは、自分たちが勝つ自信があるということだ。その前に銀時が対局を申し込み、全員ねじ伏せてイベントを中止にしてしまえばいい。
 ふと右膝に重みを感じる。桂の左手が銀時の膝を掴んでいた。
「銀時。頼む」
 縋るような桂の目。視線とともに、手に込められた力も強くなる。
「これが連盟にバレたら、晋助は奨励会の受験も出来なくなる。そうなったら、あいつはもう……」
 桂は晋助が将棋が出来なくなることをなによりも恐れる。ある種、強迫観念に近い。おそらくそれには桂自身の過去と晋助の過去が複雑に混ざりあっている。
 アルコール中毒の晋助の母親は、結局彼を捨てた。彼女にとって将棋などという訳の分からないものに没頭している息子は邪魔を通り越して奇怪に見えたらしい。籍こそそのままだが、事実上松陽の……今は桂の養子のようなものである。
 桂は将棋のために家族を捨てた。晋助は家族を失い将棋だけが残った。
 桂にとって、将棋を指すことは家族を取り戻すことだった。師匠である松陽との暮らし。名人になって家族へ会いに行く夢。桂の将棋は、捨てたものをもう一度拾い集めるための将棋だ。だから、晋助にも将棋を指させる。自分と共に暮らし、いつか話題になるようなタイトルを取らせ、母親に晋助を認めさせる。口にこそ出さねど、桂がそんなことを考えているのだろう、というのは銀時には分かっていた。
 銀時には分かる。きっと晋助はそんな桂の気持ちが重かった。晋助は、桂と松陽と、そして銀時と一緒にいるだけでよかったのだ。将棋は桂と松陽が喜ぶから指していただけで、本当に欲しかったのはそれじゃない。銀時がそうだったのと同じだ。あの家で将棋を指さなくても銀時は幸せだった。
 ああ。だから、晋助は家を出たのだ。将棋と、家族と、その狭間で押し潰されそうになって。
 銀時がそうだったように。
 強く唇を噛んだ。あのバカ。なんでそんなとこばっか、俺に似るんだ。
 桂の手を覆い隠すように、手を重ねる。
 しっかりと視線を合わせ、力強く頷いた。
 お前に、家族を取り戻してやる。


「先生はあの人に惚れちゅーか」
「うん。ガキのころから」
 あー。得心したと言うように、京次郎はうんうんと頷く。
「なるほどのぉー。先生はなぁんか違うと思うちょった。ほれ、ああいうところにおるもんは基本ガツガツしちょるじゃろ。先生は微妙にズレちょるって評判じゃった」
「……あんまり聞きたくないんだけど、なんて評判だったの?」
「甘えん坊じゃあー、ゆーて」
 聞きたくなかった。ものすごい聞きたくなかった。
 送って行くという名目で、銀時は京次郎と二人で雑居ビルを出た。なんのことはない、けじめをつけたかったのだ。
「告るまで十年以上かかったんだよね」
「わしの勝ちじゃ。わしゃあ、そろそろ二十年近いが告る気もせん」
「それもどーよ」
「おじきじゃぞ。言えるか」
 からからと笑う。
「来月な、若が留学から帰ってくる」
「あの、ヤクザなお父さんなんか大嫌いーって息子さん?」
「おじきはな、場合によっちゃあ、若のために看板下ろす腹積もりじゃ」
「……そしたら、お前、どうすんの?」
「サラリーマンじゃ。背広にネクタイ締めて、カタギの商売始める」
「出来んの? そんなこと」
「おじきがやるっちゅーたらやるしかない。それが杯を交わした親子じゃけえ」
 想像出来ない。着流しにオールバックに向こう傷、今時どんなコテコテのVシネマでも滅多に見ない『生まれついてのやくざ者です』な京次郎が足を洗えるとは到底思えない。が、彼は本気なのだろう。組長に死ねと言われたら死ぬ。そういう男だ。
「じゃけえ、今はこのシマにどんな小さな禍根を残さんようにしちょる。変なスキがありゃあ、次の奴らの食いモンにされる。そうしたら、今まで世話になっちょったカタギの皆さんに申し訳が立たん」
「ああ、そういうことね……」
 本来であれば、こんな小さな賭博の一つや二つ、放っておけばいいのだ。見かねるようであれば警察に情報を流すなり、アガリを上乗せして取り立てるなり、どうにでもなる。しかしそれでは魔死呂威組の失点になる。次の組がこのクラブに目をつけた時に、お前らはこんな問題を起こしたのだから、と、より一層の上納金や無理難題を押し付けることになる。京次郎はどこまでも義理と任侠の男だ。
「そういうことじゃ。頼んます、先生」
「はいはい。まあ、ヅラにも頼まれちゃったし仕方ねえや」
 ふと、京次郎の足が止まる。二歩行き過ぎて、銀時も足を止め振り返る。
「……先生。先生は滅相強い将棋指しじゃがの。正直、先生の目は勝負師の目とは違う。わしもこの世界は長い。生き残る勝負師の目っちゅーんは見て分かる。ああいう輩の目は常に覚悟が出来ちょる。先生は違う。いっつもウロウロ迷うちょる目じゃ」
「すいませんね、ウロウロしてて。いいじゃんよ、強いんだから」
 いきなり何を言い出すかと思えば、失礼なことを言う。勝てば問題なかろう、代指しなのだから。
「じゃが、あのきれいな棋士さん。あんお人は勝負師じゃ。しかも、鬼のように強い勝負師の目をしちょる。一つの勝ちのために躊躇なく腕も切り落とす、そういう目をしちょる」
 自分の眉が引きつるのを感じた。痙攣を起こしたように、ぴくりぴくりと引っ張られる。桂を誰かに語られるのが嫌なのか、それが的を射ていることが嫌なのか。
「銀時。あの棋士さんのために指すんなら、絶対側を離れるな」
 京次郎の声色が変わった。そこには魔死呂威組若頭としての立場や、銀時との複雑な関係の色はみじんも無く、ただ純粋に『友人』の身を案じた真摯な言葉だった。
「プロの世界はよお分からんが、勝負師と言えどもきちんと組合に守られちょるんじゃろ。しかし、この勝負は違うぞ。一歩間違えればタマァ取られるかもしれん。あの棋士さんは本物の勝負師じゃ。タマ賭ける必要がある時は本気で賭けにいく」
「……だろうね」
 なんとなく、予想はつく。桂は賭場だ真剣師だという世界は何も知らないだろう。しかし、桂はどの真剣師よりも命懸けで将棋を指してきた。たとえ指を賭けろ腕を賭けろと言われても、なんら躊躇うことはないだろう。
 桂はそういう男だ。先生の言っていた通り、生まれながらの将棋指しだ。
「代指しは雇い主を勝たせるのが仕事じゃ。……銀時、負けるなよ」
「負ける気はないって、言ってるでしょ」


 チラシの地図はやけに簡略化してあって分かりにくかったが、あちこちで道を尋ねつつ、ようやく桂は件のクラブへとたどり着いた。
 新八と神楽には嘘を吐いてしまった。銀時が席を外したのをいいことに、これから雑誌の取材があると言って出てきてしまった。銀時が気づけば怒り狂うだろう。
 先ほどは銀時に頼むと言った。しかし、問題はもはや、鬼兵隊とのゲームに乗ってやるなどと言う段階を過ぎている。師匠、家族としてではなく、プロ棋士として解決しなければならない問題だ。銀時の力を借りる訳には行かない。自分一人で片をつける。
 クラブ『紅桜』。ネオン管の分かりにくい看板が取り付けてあるのは、歌舞伎町にある神社の一角に建っている小さな物置のような建物だった。中に入れば地上部分は本当に物置そのものらしく、見て取れるのは受付カウンターとその後ろのクローク、そして左手側にある地下への階段だけ。どうやら、イベントスペースなどの主要部分はほとんど地下にあるらしい。
 奥へ行こうとすると、受付の掃除をしていた店員に開店前だと止められたが、イベントの関係者だと言えばすんなりと通された。
 両側の壁に色とりどりのチラシが貼られた階段はやたらと急で、自然とおっかなびっくりの足取りになってしまう。降りるにつれ、ジャカジャカと激しいギターの音が大音量で聞こえてきた。開店前だというから何かの練習なのだろう。
 半間よりも狭い入り口。そこを覗き込めば、ぴたりと音が止んだ。低い天井に反響した音の残滓がわんと肌に響く。
「おや、これはこれは……」
「早速大物が釣れたでござるな」
 中にいる人物に、桂は見覚えがあった。この業界、本当に狭いのだ。
 元奨励会員、河上万斉。アマチュア将棋研究家、武市変平太。
 す、と息を吸う。地下空間の淀んだ空気は、将棋会館の清冽な鋭い空気とは全く違った。
「晋助を出せ。話がある」

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