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王子様と秋の空 [将棋]
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2009年3月 5日

二番勝負 セクハラ将棋 後編

 前編の続き。


「晋助はここにはおらぬ。まあ、座ってはいかがか。久しぶりでござるな、桂殿」
 アンプにつながったギターを降ろし、万斉がつかつかとブーツの音を響かせて歩みよってくる。
 桂が四段に上がったばかりのころ、奨励会員だった万斉と幾度か指したことがある。粗削りながら光る才覚を持っていた。同時期の奨励会員で比べれば、沖田と同等かそれ以上だったかもしれない。必ずやプロにまで上り詰めてくると思っていた。
 それが、三段に上がる直前で突然退会した。表向きは自主退会だが、実際は上からの除名に近い処分だったらしい。理由は不明だが、噂では賭博や薬物などに関わっていたということだ。
 こんなところにいたとは。桂はかつての有望な後輩の姿に、眉をひそめる。
 その桂の表情を読み取ったのか、万斉はサングラスで目を隠しつつ、肩をすくめておどけてみせた。
「そのような顔をせずとも、拙者、別に後悔してござらぬ。却って充実した日々を過ごしているでござるよ」
「ギャンブルで汚い金を稼ぐことにか」
「所詮は勝負師。勝つか負けるかの緊張感こそが日々の生きがいでござる」
 手近なテーブルに柔らかいスツールを引き寄せ、芝居がかった身振りで桂に座るよう勧める。断る理由もなく、桂が腰を下ろせば、万斉と武市も席についた。
「直接お話するのは初めてですね。私、アマで将棋研究を……」
「初めまして、武市殿。『矢倉の崩壊』は興味深く読ませていただきました。ややエキセントリックな論調ではありましたが面白かった」
「桂棋聖にエキセントリックと言われるとは、褒められているんでしょうかねえ」
 武市はそういって能面のような顔を少し傾ける。表情が読みにくい男だ。知る限り、将棋の腕も悪くはない。終盤に弱い傾向はあるが、奨励会に入っていればプロにはなれただろう。
 読み合い勝負をする必要はない、と桂は踏んだ。ポケットから出したチラシをテーブルの上に広げる。
「説明してもらおう」
「そのまんまでござるよ。一カ月後、このクラブでプロ棋士を招いたベットイベントを行う。棋界を揺るがす一大イベントでござる。まさに伝説の始まりに相応しい」
「……そのプロ棋士というのは?」
「それをおびき出すための餌が、これでござる」
 万斉はテーブルの上の紙を軽く弾き、桂の前に滑らせた。
 桂はさらに強く眉を寄せた。眉間の皺が深まる。
 つまり、賭けイベントへの参加を了承したプロ棋士など存在しないのだ。
 将棋連盟は、完全なる棋士の自治組織だ。理事は全員プロ棋士であり、外部からの顧問はいない。何か問題が起これば棋士が棋士を裁量する。つまり、『プロ棋士が賭けイベントに出る』などという噂を流せば、必ず、連盟側からアプローチがくる。もしかしたら、直接問い合わせをする棋士もいるかもしれない。そこを言葉巧みに当事者の名前を伏せ、話し合いをしたいとおびき出してしまえばこちらのものだ。無理やりステージに乗せる。騙して別室で対局させる。黒幕に仕立て上げる。スキャンダルの出来上がりだ。
「晋助は……」
 桂は声を震わせた。あまりにも卑劣な行為だ。棋界に、いや将棋自体に恨みがあるとしか思えない。
「そんなに将棋が憎いのか」
「さて、それはどうでござろう」
 万斉がチラシを取り上げ、畳んでポケットに仕舞う。もうこれの用は済んだ、というふうに。
「なんにせよ、こうやって桂殿が足を運んでくれた。現タイトルホルダーにして、その美貌で話題を集める棋界の貴公子でござる。結果オーライ、素晴らしい獲物でござる。こうなったら、桂殿にも……」
「万斉さん、そうも行かないようですよ」
 武市の声に、万斉は桂の表情を再び観察した。
 桂は眉間の皺こそ深いものの、ショックを受けている様子は見せていない。ただ、苦悩だけがある。
「……お見通しでござったか」
「当たり前だ。自分から連盟を飛び出すような真似をする棋士がいるか」
 はっきり言って、割りが合わない。今、棋界を生きるものにとって、連盟から外れてしまえばどんな強い棋士でもどん底の暮らしが待っている。そう、銀時のように。
 棋界に反発を続けていた女流棋士たちも、その支配下から逃れるのに相当な年月をかけた。自分の勝ち負けを常に見通す棋士であるからこそ、このような安易な反抗はしない。
 桂がここにきたのは、晋助の意志を確かめるためだ。
 そして確信した。晋助は将棋を憎んでいる。
「俺は飽くまで晋助の保護者として話を聞きに来ただけだ。貴様らが何を企んでいるかなどどうでもいい。連絡を取れ、待たせてもらう」
「いつまでも雛鳥が籠の中にいると……」
「聞こえなかったか? 連絡を取れ」
 桂の声が一段低くなる。半眼が万斉のサングラスを睨みつけた。万斉は黒いガラス越しの目をわずかに見開いた。
 先程の万斉の現状を咎める目とは全く違う。あれは憐憫と同情の目だ。今の桂は怒っていた。桂を煙に巻こうとする万斉の仕業に怒りを抱えていた。
 千駄ケ谷の桂の間にいた穏やかでおっとりした桂四段とは明らかに違う。
 一言で言えば、強くなっている。ここにいるのは、歴戦をくぐり抜け、常人ではたどり着けぬ高みに上り詰めた天才の一人。
 万斉は気づかれぬよう、小さく唾を飲んだ。が、隣りに座っていた武市にはバレてしまったらしい。
「桂さん。おっしゃることはよく分かる。しかし、我々も高杉さんとは……」
「連絡が取れないとでも?」
「ええ、いつもあの人から私達に連絡を寄越してきます。逆はありません。いつ連絡がくるかもあいまいです。あの人は気まぐれだ。よく知ってらっしゃるでしょう? なにせまだ無軌道な少年ですからねぇ」
「その少年の言いなりになって、恥ずかしくはないか」
「いいえ? 彼には私達にない才覚がある」
 武市の言葉に淀みはなかった。事実、正直な気持ちだ。今の桂相手に、下手な芝居は逆効果になるだろう。
「彼の才能はまさに棋界を揺るがすものです。だからこそ、我らは彼の下に集まり、こうやって活動をしている。実務は私と万斉さんがやっていますが、その理念は高杉さんのものだ。彼の考えが私達を動かしているのです」
「……子供の遊びに付き合ってやるとは、暇でいいことだな」
 かた。安物のテーブルからわずかな音しか立てず桂が立ち上がる。その立ち居振舞いに無駄な動作は一つもなかった。
「邪魔をした。もう貴様らに用はない、勝手にしろ」
「待つでござる、桂殿……!」
 踵を返す桂に万斉が追いすがろうと立ち上がった時、階段から奇妙な足音が聞こえてきた。
 一歩一歩確かめながら降りるような、間の空いたリズム。その合間に聞こえる、カツカツという金属音。万斉と武市にはその正体がすぐ分かった。
「おや、お客さんかい? 知らない匂いがするねぇ」
 狭い入り口から姿を現した人物を桂は知っていた。直接の面識はない。しかし、あまりに不幸な運命に見舞われた彼の名を知らぬ棋士はいない。
「岡田六段……?」
 竜王戦本選出場を目の前にして、交通事故により両目を失明。怪我を押しながら目隠し将棋で対局に挑むも大敗。これ以上プロではやっていけないと引退を表明し、フリークラス宣言もせずに姿を消した悲劇の棋士。岡田似蔵六段。
 閉じた両目に薄いサングラスをかけた壮年の男は、くくくと笑った。
「いやだねぇ、とっくに無くしちまった称号だよ。……ははぁ、この声は聞き覚えがあるよ。吉田さんのところのお嬢ちゃんだ。違うかい?」
「……お嬢ちゃんじゃありません、桂です」
「そうそう。ニュースで聞いてるよ、桂棋聖。あの可愛らしいお嬢ちゃんがえらく強くなったもんだ」
「似蔵さん、出来るだけこっちには顔を出してくださいと……」
「いやあ、すまないね。どうにも人込みは苦手だ。特にこんな狭い場所はね、匂いが交じってなにがなんだか分からなくなっちまう」
 カツカツと白い杖が床を叩く。声の方向を頼りにしているのだろう、歩みこそ遅いがその足取りに不安は無いようだ。
 こつん。桂の爪先に杖の先端が当たり、岡田が足を止める。彼我の距離は50センチも無かった。顔を合わせる距離としてはひどく近い。
「いくつになったっけねぇ」
「二十五です」
「そうそう。背も伸びた。あんたは覚えちゃいないだろうが、俺はよく覚えてるよ。吉田さんが目に入れても痛くないほど可愛がってる将来の名人候補、しかも飛び切りの美少年といやぁ、知らないやつぁいなかったからねぇ。そうかい、二十五かい。きれいになってるんだろうねぇ」
「……どうも」
 すんすんと匂いを嗅ぎ取るような仕草をする。変わった、と思った。かつての岡田六段はこれほど奇矯な人物では無かった。この場にいるということは、真剣師として生きてきたのだろう。失明し、自らの全てを無くし、それでも将棋に縋って生きてきた男。
 岡田の境遇は棋士として身につまされる。しかし、その振る舞いの陰湿さは生理的嫌悪感を催させるには十分だった。
「顔を、触ってもいいかい?」
「え……?」
「古い知り合いに会うことなんざ滅多に無いからねえ。どんな風に変わったか知りたいのさ。なにせほら、形を知るには触るしかないからねぇ」
 そう言って、ひらひらと右手を踊らせる。
 桂は小さく失礼しますとつぶやき、そのかさついた右手を取って自分の頬に宛てがった。
「……ああ、こりゃあきれいな顔だ。美人に育ったねぇ、あんた」
 太く骨張った指が、桂の頬から頤のラインを辿り細い顎から唇の厚さを確かめ、鼻梁を撫で上げ、美しいアーチを描く眉骨、眼窩をなぞり、長い睫を丹念に指の腹で味わう。
 寒気がした。しかし、それを振り払うには桂は岡田に対して同情し過ぎていた。拳を握り指の感触に耐える。その後ろで、万斉と武市がげんなりとしているのが桂には見えない。
 また岡田の嫌な癖が出た。目が見えない岡田は、代わりにやたらと『匂いと感触』にこだわる。目が見える者にとってどんな美女であろうが、それが化粧と肌荒れに犯されていれば岡田にとっては唾棄すべき醜女だ。しかし、心地よい自然な体臭と滑らかな肌を持っていれば、それは岡田の中で極上の美姫になる。
 問題はそれが性別を問わないことだ。
 どうやら、桂の匂いと感触はえらく彼のお気に召したらしい。
 岡田はたっぷりと桂の顔を堪能すると、その指を薄い耳から束ねた後ろ髪に滑らせた。
「伸ばしてるんだねぇ。吉田さんの真似かい?」
「ええ」
 さらり、さらり。指の間を擦り抜けるその滑らかな感触に、岡田は何度もそれを弄ぶ。整髪料も何もつけていない、真っ黒な絹糸の髪。
「きれいな髪だ……こんだけ滑らかな髪にゃ、ついぞ触ったことがないねぇ……」
 するりと岡田の指が桂の髪止めを解く。素っ気ない黒いゴムで結ばれていたそれは、何の癖もつかず真っすぐに落ちて広がった。余りの振る舞いに桂は目を見開いたまま一歩も動けない。
「ああ、本当にきれいだ……たまらないねぇ。どうにかなりそうだよ」
 その指の動きは明らかに愛撫だった。撫ですさり、絡め、柔らかく揉む。その長い髪の一房を桂の肩越しに引き寄せ、丹念に指先で味わう。
 岡田がそこに唇を寄せるに至って、ようやく桂は短い悲鳴を上げ一歩二歩と後ずさった。よろけた桂の肩が万斉の胸に当たる。わずかながら桂に同情心が芽生えていた万斉は、それを軽く支え立て直してやった。
 手の内から突如消えた感触に、岡田はくすくすと笑い始める。趣味が悪い。万斉はサングラスの奥で忌ま忌ましげに目を顰めた。
「……気になさるな、桂殿。あのオッサン、いっつもああでござる」
「……うるさい」
 耳元でささやく万斉の声を煩わしげに振り払う。桂にとっては岡田も万斉も同じなのだろう。心外にもほどがある。万斉は桂に触れぬよう、そして岡田から距離を取るよう一歩下がった。
「で、棋聖さまが何の御用かねえ。……高杉さんかい?」
「探してこられたそうですよ。連絡が取れないという事情を説明しましたら、もうお帰りになるということで……」
「俺は知ってるがねぇ、高杉さんの居場所」
 岡田の言葉に一度離れた桂が詰め寄る。
「本当か? まさか、貴様……!」
「ん? ああ、何も俺の家にいるってんじゃないよ。ただ、連絡がつくところを知っているってだけさ。……知りたいかい?」
 桂は珍しく平静さを失っていた。そこには、晋助がこんな人物の近くにいると言うことに対する嫌悪があった。岡田に近づきたくないという気持ちと晋助を憂う気持ちが、桂の判断力をかき乱す。
「教えてやってもいいよ。ただし……俺と一戦、頼めないかね?」
 ぞわっと全身の毛が総立つ。吐き気すら覚えた。桂は『血の気が引く』という感触を、まさに今身に覚えた。
 桂の気配を察したのか、岡田がまた笑い出す。
「ああ、悪いねぇ。勘違いをしないでくれ。ソッチの話じゃないよ、対局の話さ。プロを離れて十年近く、目隠し将棋にゃ誰にも負けない修練を積んだ自信がある。それ以外、指せないからねぇ。是非とも第一線のプロと対局してみたい。……まあ、ソッチの意味でも構やしないけどねぇ」
 岡田の指が再び桂の髪に伸びる。ゆっくりと近づくそれが、まるで毒蛇のように思えた。
 気持ち悪い。同性にこのような淫猥な感情を持たれるということが、どうしようもなく気持ち悪い。差別的な意識ではない。ただ単純に、自分の認識外から自分を性対象にされることに対する嫌悪感。自分をどうにかされてしまうのではないかという本能的な恐怖感。
 気持ち悪い。
 喉まで悲鳴が競り上がってきた、その瞬間、岡田の骨張った手首を掴む手があった。
「……オッサぁン、何、うちのヅラにセクハラかましてくれちゃってんの?」
 銀時だった。息を弾ませ額に汗を浮かべた銀時が、荒い息の合い間で憎まれ口を叩く。
「……ぎんとき」
 追ってくるとは思っていた。新八と神楽にはウソをついたが、銀時には今日の予定が何もないことろ伝えてあったのだ。銀時が不在の間に姿を消せば、必ず自分を探してここに来るだろうとは確信していた。それまでの間に、桂は決着をつけるつもりだった。
 予想外だったのは、銀時がこんな汗だくになるほど急いできたことだ。
「ン? 白夜叉かい? そういやあんた、この子とは同門だったっけね。そんなにぜえぜえ言って何を……ははぁん? さては……」
「っせーよ、このセクハラホモ。これ以上その薄汚ぇ手で棋界の貴公子様に触らないでくださーい」
 盲目の人間相手になんとも乱暴な仕草で、銀時は岡田と桂を引き離す。岡田は肩を突かれ何歩かよろめいたがすぐ立ち直った。
 どうやら、銀時と岡田は面識があるらしい。同じ歌舞伎町で真剣師を営んでいるのだ。対局したこともあるのだろう。
「こいつはね、あんま他人様とのスキンシップに慣れてないんだから、そういうのやめてくれる? 訴えるよ?」
 そう言いながら、銀時は桂の肩を引き寄せた。かけられた指の強さにどきりとする。
 指から銀時の感情が伝わってくる。
 他の人間に触らせたくない。
「銀時……?」
「……勝手に背負い込むんじゃねえよ、バカ」
 桂の顔をのぞき込む視線の熱さ。肩を堅くつかむ指。ぴったりと添った身体から伝わる熱。
 桂はそのすべてに安堵した。もう大丈夫だ。
 岡田に触れられて感じた嫌悪は、もう消え失せていた。

>三番勝負