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王子様と秋の空 [将棋]
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2009年5月25日

三番勝負 ブラインド将棋 前編

 棋士モノ第二部第三話。銀さんvs似蔵。


 新八は神楽がコンビニから帰ってくるのを待って、銀時の後を追いかけた。
 チラシに書かれた地図を覚えていなかったのだ。肝心の現物は、銀時が引っつかんで持っていってしまっていた。その点、神楽なら絶対に覚えている。彼女には一目見たものを絶対忘れないという特技がある。
 しかし、弱点もある。ただ、地図を覚えているだけなのだ。そして、神楽はやや方向音痴の傾向がある。十分ほど道に迷い、ようやく二人は物置小屋のようなクラブにたどり着いた。
 開店前のがらんとしたイベントスペース。その中央で二人の師匠は誰かと向き合って椅子に座っていた。周囲には二、三人が椅子を見守るように立っている。こちらに背を向けているあの長髪は……
「桂さん!」
「ヅラ、やっぱりここにいたアルカ!」
 呼び声に振り向く顔は、数十分前よりも憔悴して見えた。駆け寄ってすぐ隣りに立つ。そして、椅子に座っているもう一人の人物に気付いた。
「”人斬り”似蔵……!?」
 銀時と同じく歌舞伎町を根城とする真剣師の一人、岡田似蔵。元プロ棋士の実力は本物で、銀時も幾度が対局したことがある。一応、勝ち越していたはずだ。岡田に盲目のハンデがある以上、通常の平手であれば銀時よりも格下と言ってよかった。
「おやぁ? その声は白夜叉の坊ちゃんと嬢ちゃんだね。ちょいと待っておくれ。今、お前さんたちのお師匠は対局中だ」
 独特のねっとりとした喋り方。項を爪で撫で上げられるような、むずがゆい陰湿な印象を受ける。新八はこの人物が好きではない。神楽も苦手なようで、あからさまに不機嫌な顔になっている。
「対局……って……」
 そこには将棋盤も駒もなかった。ただ、椅子に座って向き合っているだけ。銀時は背をかがめ、じっと目を瞑っていた。
 目隠し将棋。
 脳内対局とも言う。盤を使わず、頭の中のイメージだけで指す将棋。一見超人技に見えるが、実のところ、慣れている人間なら結構出来てしまうもの、らしい。新八には到底無理だ。
 ただ、それが出来るからと言って普段通りの実力が出せるかどうかは全くの別問題である。
 どうやら銀時は長考中らしい。完全に集中モードに入っていて、周囲の気配を意識から追い出しているようだ。
(あ……あの……、今、どうなってるんですか?)
 声を潜めて桂に耳打ちすると、無言で似蔵の後ろ側に立っているバンドマン風の青年を指し示された。手帳サイズの黒い板を持っている。
 ぐるりと回り込むと、存外に親切な性格なのかその黒い板を小柄な神楽にも見やすいように下げてくれた。マグネットのポータブル将棋盤だ。現在の盤上がそこに指し示されている。岡田が先手らしい。
「え……?」
 思わず疑問の声が出た。銀時が押されている。ほとんど負けが見えてると言っても過言ではない。新八だったら投了している。
 その声が届いたのか、岡田がくすくすと笑い出した。
「びっくりしたかい? いやあ、今日の白夜叉の旦那は調子が悪いねぇ。このまんまじゃ負けちまうよ。旦那が負けたら大変なことになるってのにさぁ」
「大変って……」
 ついと岡田の手が上がった。目が見えないというのに、ぴったり正確に銀時の背後に立つ桂を指し示す。
「俺が勝ったら、桂棋聖に一晩付き合ってもらうのさ」
「ひとばん……一晩んんん!?」
「一晩ってあれアルカ! めくるめく一夜ってヤツアルカ、ヤっちまうアルカアア!」
「……お嬢さん、レディがそういう言葉を使うものではありませんよ」
 バンドマンの隣りに立っている目の座った中年男性が、やんわりと神楽の言葉遣いを窘める。なにネこの親父やらしいアルと神楽に弁慶の泣き所へ蹴りを入れられ、低い悲鳴を上げてうずくまってしまった。
 その背中から目を離し振り返ると、桂は困ったような恐ろしいような、曖昧な眉根を寄せていた。長考中の銀時の背中をすがるように見ている。
「何もいやらしいことをしようってわけじゃあないさ。一晩中対局に付き合ってくれるだけでもいい。……まあ、実際どうなるかは分からないけどねぇ」
 くっくっくっと岡田が笑い出す。ほぼ同時に、銀時がひとつ大きく床を踏み鳴らした。
「……っせーよ! 黙れ! ヅラはな、てめぇみてぇな薄汚ぇオッサンが触っていいもんじゃねえんだよ!」
 ああ、このせいだ。思わず新八は眼鏡ごと視界を手で覆った。完全に平静を失っている。
「ずーっとこの調子でござるよ。似蔵がセクハラするたんびに、白夜叉ブチ切れでござる。さっきなんか、五枚目の金が登場しかけたでござる」
 バンドマンがやれやれというように、首を振って言う。もう完全に駄目じゃん、この人。銀時が怒りながら将棋を指しているのは何度か見たことがあるが、ここまで冷静さを失っているのは初めて見た。
 銀時はいつもけだるそうな顔をしているが、その分、常に落ち着いてクレバーな判断を下すタイプだ。感情と思考を切り離す術に長けている。だが、今は違う。イライラと指で膝を叩き、ギリギリ歯軋りしながら必死で脳内で駒を追っている。
 岡田はそんな銀時の気配に、くすくすと実に楽しそうに笑っていた。
「銀ちゃん、テメ、何やってるアルカァ! 銀ちゃんが負けたら、ヅラは浚われちまうアルヨ、囚われの身アルヨ、しっかりするネ!」
「うるせェ、分かってるよ! 頭ン中が散らばるから、ちょっと黙ってろ!」
 目隠し将棋の怖いところは、『思考の切り替え』が非常に難しいところだ。盤が目の前にない以上、常に頭の中に駒を思い浮かべていなくてはならない。読みに行き詰まり一旦リセットしようとしても、視覚情報がない以上、頭の中の盤面を戻していくしかない。
 今の銀時はその頭の中が完全に沸き立っている。ぐらぐらと煮え返り、平静を失い、その中で盤と駒がぐるぐる踊っているのだ。
 負けるかもしれない。新八は急に不安になる。銀時が負けるなど、いつもであれば頭の片隅にも上らない。トッププロと同等の力を持つ銀時がアマ相手に負けるなど、有り得ないことだ。
 負ける。銀時が負ける。嘘だ、そんなこと。
「……3四銀」
 銀時が呟くように指す。バンドマンがぺとりと駒を移動させた。急な攻めをかわす形だ。良い手に見える。
「やっぱりそう来たかい」
 くすくすと岡田が笑う。読み切っていたとでも言うような余裕の笑い。
「じゃあ、2三金だ」
 ぐぐぅ、と、銀時が唸った。ぺとり。変化した盤面はやはり銀時の劣勢だった。この金を銀で取れば守りに穴が開く。放置すれば横合いから竜が飛び込んでくる。
「2二香」
「4二竜」
「同歩」
「6一と」
 逃げ回り、追い立てられる。無様という言葉が相応しい指し手だった。それでも銀時は必死に食らいつく。突破口が無いか、頭の中の盤面を追う。どこだ、どこに隙がある。
 一瞬、それが見えた、気がした。
「……5七飛!」
 気がしただけだ。
「同角」
「はぁ!?」
 そこに角は効いていなかったはずだ。思わず顔を上げ、マグネット盤を持ったバンドマンの顔を見る。こくりと頷いた。合っている。
 角の効きを見逃していた。完全に頭の中の盤面が崩れている。どこで間違った。最初から追いかけて、いや、初手は何だった? 7六歩? 相手の囲いは? 居飛車か振り飛車か、中飛車だったかもしれない。
「……ぅぅ……」
 小さくうめいて、銀時は背を丸めた。
「投了かい?」
 岡田の呼びかけにぴくりとも動かない。まるで事切れたように、ただじっと丸く。
 新八はそれを呆然と見ていた。
 銀時が負けるのを見るのは初めてだったのだ。
「目隠しの怖いところさ。手前が何をしているのかすら見失っちまう。持ち駒も玉もどっかの隙間に落ちて消えてなくなっちまうんだよ」
 白い杖をつき、岡田が立ち上がる。
「俺ぁね、そんな真っ暗の中で必死に駒にすがり付いて生きてきたんだ。艶やかな盛上げ駒もぴんとした彫り駒も、俺にとっちゃただの『形』さ。駒の本当の『姿』ってのはそんなもんじゃない。そいつはここにある」
 コンコン、と、杖の持ち手で額を叩いて見せた。
「分かるかい? 俺には駒は見えないがね、目以外の全てで駒に触れてきた。何年も何年も必死にすがり付いて、抱きしめて、音を聞いて、匂いを嗅いで、舌で味わって、ようやく俺は本当の駒の『姿』に触れたんだよ。……駒から目ぇ背けたアンタにそれが分かるはずがないんだよ、白夜叉」
 何の躊躇いも無く、岡田の腕が伸びた。まっすぐ桂の手首を掴む。
「さあ、来てもらおうか、棋聖。将棋の神様に愛されたその『姿』を見せておくれ」
 無我夢中だった。後先など知ったことじゃなかった。新八は、盲目の岡田相手に思いっきり体当たりをしていた。
「おっと……!」
 よろめき、岡田の手が桂から離れる。その宙に浮いた細い手首を今度は神楽が引っつかんだ。
「神楽ちゃん!」
「応ヨ!」
 そのまま、たった一つの出口へ桂を引っ張って走り出す。
「……じゃじゃ馬なお嬢さんですねえ」
 中年男性がひとつため息を吐き、机上のリモコンに手をかけた。電子音と共に、出入り口の防火シャッターが降り始める。
「ああッ!? このッ……ヒキョーモンどもおおおお!」
 無謀にも神楽はそのシャッターの下に滑り込んだ。全身で防火シャッターを押し上げ、なんとか脱出口を確保しようと……
「リーダー! よせ!」
 しかし、か細い少女の力で電動シャッターに抗えるはずがない。膝が崩れた神楽の身体を、桂は抱えて引っ張り込んだ。一瞬の後、重い音を立ててシャッターが閉じる。あのままだったら骨折のひとつでもしていただろう。
 ひっくり返った拍子に打ちつけた頭を擦りながら、神楽は後方の桂に向かって怒鳴った。
「ヅラァ、このバカ! 閉じ込められちまったアルヨ! このままじゃお前、あのオッサンにマナ板ショーされるアルヨ!?」
「誰がバカだ! リーダーや新八くんに怪我をさせるくらいなら、この桂小太郎、マナ板ショーだろうが包丁ショーだろうがこなしてみせる!」
 振り返れば、新八はバンドマンの手によって床に組み伏せられていた。完全文系インドア派の眼鏡少年である。上背ではるかに勝る成人男性の手にかかれば、それこそ俎上の鯉だ。
「ア……アンタら、警察に突き出すからな……!」
 それでも根性で屈服しない分、立派なものだ。床に押し付けられた眼鏡が哀れなくらいズレているが。
「どうぞご自由に。分かっているでしょう、とっくに根回しは済んでいます」
「拉致監禁だぞ! 賭博とかじゃないぞ! 何考えてんだ、アンタら! 桂さんみたいな有名人になにかしてみろ、それこそ……!」
「それこそ、拙者らの望みでござる」
 ぐっとねじ伏せた腕を押す。関節が軋む痛みに新八は一際大きな悲鳴を上げた。
「新八くん!」
 桂も悲痛な声をあげるが、今にも殴りかかろうとする神楽を押しとどめるので精一杯だった。
「地位だの名声だの、法だの警察だの。そのようなもの関係ござらん。ただ、将棋が強いか弱いか。拙者らの作る『棋界』にあるのはそれだけでござる。白夜叉は負けた。白夜叉に賭けた桂殿も負けた。敗者は弱者でござる。弱者は強者に屈服する。それがこの『棋界』のただひとつのルール。自らのこのこ乗り込んできたお主ら自身の愚かさを呪うがいい」
「銀さぁん! このバカたち、こんなこと言ってますよ! 中二病にも程があるんですけどおおお! なんとか言ってやってくださいよ、銀さん! 銀さんってばぁ!」
 必死の呼びかけにも、銀時はぐったり背を丸めたまま微動だにしない。完膚なきまでに負けたことが、それも桂を賭けた勝負に負けたことが相当堪えているようだ。本当にこのおっさん、メンタル弱いにもほどがある。
「やれやれ……見苦しいねぇ、それでも棋士の端くれかい。負けたやつぁ、素直に頭下げるもんだよ」
 突き飛ばされた拍子に肩を打ったか、岡田が不器用な動きで立ち上がる。様子を伺った中年男性を手で留め、一歩桂に近づいた。
「テンメェェ! ヅラに近寄んナ、エロジジィ! エッチ! スケベ! インモラルー!」
「コルァァァ! 桂さんに指一本触ってみろ、マジ鼻フックだかんな! パねえかんな! 泣くまでやめねえぞ、この変態棋士ィ!」
 途端に神楽と新八が吠え出す。ホール全体に反響する怒声に、岡田は眉をしかめた。
「……うるさいねぇ、坊ちゃんも嬢ちゃんも。いいかい、こいつはね、白夜叉に……」
「ンなもん知るカァ! オメー、銀ちゃん倒したから、ヅラを好きにしていいアルカ! そんならオメー、私も倒すアル! 私とヅラ賭けて勝負するアル! ヅラにエロエロするなら、私の屍を超えてからにするアルウウウ!」
「神楽ちゃん、それなんか師匠キャラがいうセリフになってる! でも、その通りだからね! アンタ、桂さんが欲しけりゃ僕らも倒してけ! 師匠の仇をとるのは弟子の務めだぁ!」
「……お主、本気で似蔵殿に勝てるつもりでござるか」
 頭上で呟かれた言葉に、一瞬、新八は口をつぐむ。腐ってもプロ棋士。奨励会にも入れない自分が到底かなう相手ではない。
 しかし、ここで屈すれば、桂は連れて行かれてしまうのだ。銀時が一番大事に思っている桂が、自分の師匠の最愛の人が、自分たちの大切な友人が。ならば、
「……勝つに決まってんだろうが、このニワトリメガネエエエエ!」
 敵わずとも吼えなければならない。男には、勝負師にはそういう時がある。
「……ニワトリ……」
 サングラス際の眉毛が不服そうに歪む。
「河上殿、新八くんから手を離せ」
 怒声響き渡るホールに、静かな、それでいて芯の通った鋭い声が突き刺さった。神楽を抑えるのに精一杯になっていたはずの桂だった。
「手を離せ、といわれても、暴れてんのはこの少年でござる」
「敗者は弱者であり、弱者は強者に屈服する。ならば、新八くんは弱者ではない。彼はまだ、『誰にも負けていない』。ならば彼は、この『棋界』において『弱者』ではない。違うか?」
 ふむ。小さく呟き、バンドマン……河上が思案する。しばらく後、新八を押さえつける体重が消えた。
「筋は通っている」
「……まあ、そうなりますかね」
 河上の下を抜け出した新八は、そのまま銀時の元に駆け寄った。うなだれる肩をがくがくと揺さぶる。気を取り直したらしい桂よりこっちのほうが問題だった。
「銀さん、しっかりしてくださいよ、銀さん! 一局負けたくらいでなんですか、こんなやつらケチョンケチョンに……!」
「やめておけ、新八くん。こういう時のこいつは……少し、時間がかかる」
 桂の手が新八の手をそっと押し留めた。その横顔を見て新八は動きを止める。
 銀時を見る桂の視線はどこまでも澄んでいた。うなだれた厚い天パに隠された表情、そのさらに奥、敗北の重みに押しつぶされている銀時の心の奥底まで見ているかのような目。銀時の全てを理解しているような、そんな目。
 新八は素直に手を引いた。桂の言葉を否定できるはずが無かった。
「ほほう。それではどうするでござる? 抜け殻の白夜叉は役に立たぬ。桂殿がお相手してくれるとあれば、願ったり叶ったり。現役プロ棋士が我ら鬼兵隊と初対局でござる」
「アンタら……!」
 口を開きかけた新八を桂の手が止める。その白く細い手が、今、異様な威圧感を持っていた。それは確かに勝負師の手だった。指先の動きひとつで己の命を左右する、勝負師の手だ。
「もちろん俺は指さない。貴様等程度を相手にするほど俺の駒は軽くはないのでな」
「そうなると、つまり……」
「私の出番アル!」
 ふんぞり返って一歩前に出た神楽、の襟首を、桂は掴んで後ろに引っ張る。オヨヨヨと奇妙な声をあげて神楽はころりんとひっくり返った。
「もちろん、彼だ」
 ぽん。肩に手が置かれる。
「え、僕?」

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