2007年04月14日
朱松さん33歳説を唱えたい
いや、実際いくつなのかは知りませんけど。素顔はそこそこ老けてるので、30代には行ってるだろうと思ってるのですが。
39歳の往さんが『自分や人を偽る術を身につけきれず、ずるくなれないままずるずる来ちゃった大人』なら、27歳の江戸元は『自分も人も偽るし、思いっきりずるくうまく生きれるけど、決して偽らないものだけは持ってる大人』だと思うのですよ。
江戸元、精神的成熟度じゃ一番だと思うのよな。遊びも仕事もきっちりやって、怒らないし怒らせないし、セルフコントロールもばっちりだけど、引けない一線だけはある。
往さんは『大人はこういうもの』という価値観はあるけど、じゃあ、自分がそう生きるようにセルフコントロール出来てるのかというと、いまいち出来てない。アトルや宰蔵さんへの説教の大半は、自分に言い聞かせてるようなものなワケだし。だから、価値観も揺らぐし、現実から目をそらすこともある。
んじゃ、朱松さんはこの中間じゃないかと。自分には絶対的価値があると信じ、それに見合うだけの努力と実力を身につけ、叶えられない夢を抱えたまま大人になってしまった子供。揺らがない価値観を持ってしまった子供。
往さんの漢神が『引き出す』ものであるのに対し、朱松さんの漢神は『つける』『作り出す』ものなわけですよ。『お前はこういう存在なんだよ』と自分に対しても人に対しても呼びかける往さんに対し、『お前はこうだ、こう生きるんだ』と自分に対しても人に対しても押し付ける朱松さん。
そして、男に生まれながら女の姿で生きることをそのまま受け入れ、宰蔵さんに対しても過剰に女の子扱いしないし、過剰に男扱いもしない、自分に対しても人に対してもあるがまま接する江戸元がいるわけですよ。
だから、朱松さんは、江戸元と往さんの中間の33歳かな、と。そう思うんですが。
単純に、9〜13歳の黄金期ロリと思春期から青年期に変わる間の少年と言う組み合わせが、非常にエロくて萌えるからだ、というのもありますが。
6歳差ってちょうどよくね? 中三の時に小三。高三の時に小六。新社会人の時に高二。どのシチュエーションでも絶妙なインモラルさが漂うと言う……萌え……
……あ……お頭と宰蔵さんも6歳差だ。
- by まつえー
- at 22:58
- in 戯言
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