2007年05月08日
Princess Bride! Act.1
現代パロでラブコメでアビ元。
さらに言えば、年齢操作で性別操作。
でも、アビ元の基本ってこんな感じだと思う……続くかもしれません。
相変わらず大学構内は騒がしい。二十四時間、常に誰かがいる。時ならぬお祭り騒ぎも不意に起きる。
元閥がすぐ近くの実家に住まず、わざわざ電車で二十分のアパートを借りているのはそのためだ。こんな騒がしい街には住みたくない。通学電車は苦ではない。時間を合わせれば始発で座っていけるし、その間、読書の時間が取れる。
故に、三日に一度は元閥は大学の図書館に通う。今は芸術史の棚を片っ端から潰している。
さて、今日読み終わった本に気になる記述があったため、バックグラウンドを調べるべく、地下の持ち出し禁止書庫から二階の自習スペースに本を運ぶ。両手に画集を含めた十冊からの本を抱え、元閥は緩い螺旋を描く階段を上がっていた。
(あ、またいる)
気付いたのは二週間ほど前。いや、もっと前からいたような気がする。二階へ上がる階段の踊り場には、雑誌用の棚とちょっとした休憩スペースがある。彼はいつもそこで、手摺りに背を預けてマンガの文庫を読んでいる。今、その手の中にあるのは、横山三国志。
(火の鳥は全部読み終わった訳か)
先日は宇宙編を読んで、いやそーな顔をしていた。きっとクライマックスのあのシーンだ。あれは元閥も嫌いだ。子供の時分に読んでいたら、きっとトラウマになっていたと思う。
まあ、元閥がマンガを初めて読んだのは大学に入ってからだから、そんなことはありえないのだが。
側を通り過ぎる。相変わらず背が高い。元閥も女性としては背が高い部類に入るのだが、彼はそれを頭ひとつ上回りさらに余裕がある。高さに見合った肩幅やがっしりした体つきのため、ひょろっとした印象はないが、その分、威圧感がある。彼に迫られれば、大概の女子は怯え竦んでしまうかもしれない。
スポーツの特待生か、留学生だろうか。彫りの深い顔立ちと浅黒い肌は日本人離れしていると言えないことはない。あの体格で文化系だったら、ちょっとした詐欺だ。
誰なんだろう。付き合いが狭い方ではない。このキャンパスもそれほど大きなものではないし、あれだけ目立つ学生がいれば名前を聞かない訳はないのだけれど。
考え事をしながら、階段を上がっていたのが悪かった。
気付けばミュールの細い踵が段を踏み外し、重い本が元閥の体を押し、両足が宙に浮いていた。
落ちる。
「うわ……」
「……っ危ない!」
ばらばらと本が舞うのがスローモーションで見え、高い天井が視界一杯に広がり、もうすぐ背中に衝撃がくる……はずが、何かに暖かくしっかりしたものに受け止められた。
「え?」
しかし、人間一人プラス本十冊の落下エネルギーというものは、そう簡単に吸収されるものではない。元閥は暖かくしっかりしたものと共に、踊り場まで転がり落ちた。
どたたたたん!
「……いったぁ」
それほど高い場所ではなかったが、やはり階段を落ちるというのは相当な衝撃だ。元閥はゆっくり身を興し、そして、自分が下敷きにしたものを確かめる。
彼だ。まだ片手に横山三国志を持ったままの彼だった。
「ちょっと……! あなた、大丈夫!?」
「つ……」
背中から落ち、頭でも打ったのではないか。頭痛を堪えるようにしかめられていた眉根が震える。うっすらと開いた目許の彫りの深さに、こんな時ながらやはり日本人ではないのではないか、などと思う。
いきなり、がばっと彼が起き上がる。半分その腹に乗っかっていた元閥は、一瞬転げ落ちかけた。
「あんた! 大丈夫か!?」
「い、いや、うん……私は大丈夫だが……」
どっちかというと大丈夫じゃないのは、そっちじゃないかと。
「ケガは!? 痛いところは!?」
「平気だって。それよりも……いたっ」
それよりも、あなたは? そう言いたいところ、身体のあちこちを確かめる男の手が膝に触れ、ずきんと走った痛みに声を上げた。目を落とせば、ちょっとした打ち身が出来ている。
「……っ! 医務室に!」
「いや、こんくらい大丈……って、ええええーーーー!?」
江戸元閥二十二歳。男にお姫様抱っこされたのは、生まれて初めてのことである。
「ちょ、待って、いや、降ろせ……って、きゃああああ!?」
「捕まってろ!」
しかもそのまんま階段を駆け降り出されたら、捕まらずにはおられようか。元閥は男の首に必死でしがみつく。
(あ、胸板厚い)
変なことに改めて気付く。
結論から言えば、医務室が必要だったのは男の方である。
「気付けよ、こんくらい」
「…………」
右足首を思いっきり捻挫している。氷嚢を用意した後、会議があると席を外した学校医の代わりに、元閥は湿布とテープの準備をしていた。
「助けてもらったことには礼を言うけど……無理しちゃ駄目でしょう」
「……夢中で」
無口な男だな。罰が悪そうに視線を逸らしている男の顔をのぞき込む。
「あなた、名前は?」
「……アビ」
「……本名?」
ふるふると首を振る。
「医務室の利用記録に必要だから、本名と学籍番号……」
「ない」
「ないって……学籍番号がない訳……」
はたと気付く。
「……高校生?」
こくりと頷く。隣の付属高校の生徒も図書館利用可能である。制服代わりの標準服はあるが、私服通学も許可されている。身体があまりにも大きいし、雰囲気も落ち着いていたので、すっかり大学の学生だとばかり思っていた。
「え? 何年生? いくつ?」
「……十五。一年」
「じゅうごぉ!?」
どう見たって身長190近くあるだろう、お前。あり得るのか、そんなことが。
「じゃあ、バスケかなんかの……足首やって大丈夫?」
「そういうのじゃない……普通の……」
思わず天を仰ぐ。神様、こんなでっかい十五歳作ってどうするつもりですか。そして、再び気づく。
「……サボってるね?」
びくっと肩が震えた。図体が大きくとも、なるほど十五歳だ。
「駄目だろ、授業サボってマンガ読んで」
「……いつもサボってるわけじゃ……」
「いつもじゃなくても、駄目なものは駄目だよ」
「……それに……マンガを……読む、ためじゃ……」
責められて身を小さくするとともに、見る見る声が小さくなる。子供を苛めているみたいじゃないか、実際子供だけど。
「マンガ読むためじゃなきゃ何? 嫌な先生でも……」
垂れ下がった前髪の合間、張り出た眉の下からじっと見つめられていることに気付く。その目には不思議と年相応の純朴さが感じられた。なんとなく犬っぽい。……嫌な予感。
「……あんたに会いたかった」
ああ。
再び元閥は天を仰ぐ。まあ、正直に言おう。自分は見た目はいい方だ。告白されたことは数知れず(なぜか男女を問わない)。街中でスカウトに会うことだってある。だがしかし、こんな子供に学校をサボらせるようなことまでさせてしまうとは。冗談抜きで、己の美貌の罪深さを呪う。
そして、そのあと突き付けてしまう現実の罪深さも呪う。
「……あのな、儂は……」
「前島理事長の孫で、国文科四年」
そう。聖天堂大学の理事長にして前島グループ総帥の孫。来年から院に進むことは決定済み。そして……
「……婚約者がいる」
「いるよ。立派なのが」
いるのだ。子供のころから決められていて、大学卒業と同時に入籍というベタなやつが。故に、元閥は今まで火遊び程度の恋愛しかしたことがない。こんな子供の純情を受ける余裕はない。
「色々知ってるねえ」
「人に聞いた。あれは誰か知ってるか、って」
まあ、元閥を知らない学生はいないだろう。あることないこと交えて、色々吹き込んだかもしれない。
「名前、江戸元っていうのか?」
「それはあだ名。江戸元閥」
「……すごい名前だな」
「うちは神社もやってるから。当主はこの名前を継ぐことになってる」
実際、戸籍上の名前もこれだ。先祖代々、ずっと同じ名前。幼名はあったが、中学に上がるころには捨てた。それ以来ずっと、『江戸元』である。
「元閥って呼んでいいか?」
「……はぁ?」
「だから、名前で……」
「呼ぶって、お前……」
まだ来るつもりか。
「もうサボったりはしない。授業が終わってからくる。いつも月曜と木曜は図書館にいるんだろう? その時に……ちょっとだけ話してくれないか?」
「…………」
あまりの初々しさに声も出ない。思わず金魚のようにぱくぱくと口を開く。こんなだったか、十五歳って。
「……嫌ならいい」
しょぼーん。大型犬が叱られているようだ。
「……嫌じゃないけど」
「本当か!?」
ぶんぶん振り回されるしっぽが見える気がする。
「だがね、儂は……!」
「げんばつ」
不覚にもどきりとした。
「元閥。かっこいい名前だな」
その声があまりにも嬉しそうに名前を呼ぶことと、その目があまりにも真っすぐに自分を見つめてくることと、その笑顔が予想外に大人の男っぽくて。
元閥は、赤くなる頬を隠そうと下を向いた。
- by まつえー
- at 21:52
- in 小咄
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