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2005年09月16日
マガジンの42 ネギま別館[ネギま, 少年誌, 感想, 落書き]
砕蜂スタイル!
つうわけで、全国300万のツンデレマニアが『コレ砕蜂じゃねえか!』と叫んだであろうせっちゃんの烏族コスチュームですが。模写なんか久しぶりにやった。顔そのままでも、せっちゃんに見えるのな。
まあ、『百合』『ツンデレ』『ご主人様だいすっきー』『おかっぱ』『和風つり目』とせっちゃんと砕蜂の共通項は多いゆえの砕蜂スタイル採用なのでしょうが、赤松先生はひとつ大きな誤解をなさっています。
同じ『甘えたいけれど甘えられないツンデレ』であっても、せっちゃんは『犬系ツンデレ』であり、砕蜂は『猫系ツンデレ』だということです。この二つには、大きな違いが! 徹底的に大きな相違点が!
まず犬系ツンデレは、『ご主人様に甘えたいけれど、甘えたら嫌われるかもしれない』という臆病さから必要以上にご主人様と距離を置いてしまい、その距離感がツン状態となって現れます。せっちゃんで言えば、『身分の差』『自分のバケモノとしての正体』などが『このちゃんの傍にいたいけれど、これ以上近づいちゃいけない』という距離感となり、ツン状態となっていたわけです。また、ツン状態を保っているのは犬系ツンデレ側の遠慮や思い込みによるので、ご主人様のお許しさえあれば、途端にデレデレになるという特徴があります。
逆に猫系ツンデレは、『ご主人様に甘えたいけれど、自分から甘えに行くのはシャクだ』という自尊心の高さがツン状態となって現れます。砕蜂の場合、『自分はこんなに夜一様が好きなのに、夜一様にとって自分はそんなに重要じゃなかった』というショックから、『じゃあ、私だって夜一様のこと好きじゃないもん。夜一なんて大したことないじゃん、夜一なんかいなくて平気だもん』という拗ねまくり状態になってしまったのが、ツン状態になっていたのです。この場合、その拗ねた状態さえ解除されればツンはなくなるわけですから、ご主人様に『そんなことないよ』とご機嫌を取ってもらえれば、デレデレになるわけです。
だから、せっちゃんと砕蜂は根本的に違うキャラなんだよ!
ツンデレの話しかしてないじゃないか。気を取り直して、本編感想へ。
■『生まれたときから不幸を背負ったお前には、共感を覚える』
3巻の『10歳の女の子が自分から吸血鬼になるかな?』というネギのセリフ通り、どうやらエヴァ様が吸血鬼になったのは自ら望んでのことではない様子。おそらく、幼い女の子にしては大きすぎる魔力や魔術の才能から、なし崩し的に魔物になってしまった、とか、そういうことではなかろうか。
しかし、真祖としての自分に誇りを持っていることから、『まつろわぬ者』としての自分をなんとか肯定しようとした結果が『人類の敵』『悪の魔法使い』だったってことですかね。
だからこそ、『まつろわぬ者』としての自分を見てみぬ振りして、普通の少女に埋没していく刹那を見て我慢がならなかった、そんなところか。
■剣を取るか、幸せを取るか
『お嬢様を守ることは私の全てです。コレがなければ、私は……生きていけません!』
全然生きていけてんだよね、最近のせっちゃん。このちゃんがいなくても、明日菜やネギと仲良くやっていけるんだよね。自らを押し殺し、他の人間との関わりを全て絶ち『このちゃんを守る』ことだけに存在意義だった前の刹那と違って、今は『明日菜と仲良くする』『ネギの助けになる』など、いくらでも自分の存在意義を見つけられる。
『全てだとか夢だとか、誰もがよくやる勘違いさ。そんな大層なものにすがらずとも日々の小さな幸福があれば、人間って奴は生きていけるらしいぞ』
『お前もそうして生きるがいい』
魔物となって、『好きな人と共に生き、年老いる』『子供を生む』などの普通の少女としての幸福を全て手放してしまったエヴァに、そんな幸福を享受しながら、魔物としての自分にすがろうとしている刹那の半端さが許せず、そして哀れに見える。普通の幸福を手に入れられるのならば、それに越したことはない。まだ刹那は『後戻りできる』からこそのセリフ。伊達に何百年も生きてないね、エヴァ様。
■『剣も、幸福も、どちらも選んではいけないのでしょうか?』
大方の予想通りのせっちゃんの回答。自分の全てを肯定するという決断。
おいら、こういうのはちょっと支持できないな。自分の全てを肯定するというのは、ある意味ものすごい不幸だから。
『魔物』であり、『人』であり、『剣士』であり、『少女』である自分を全て肯定しようとするのは、おそらく非常につらい。
せっちゃんが今後『剣士』として生きていく以上、自分の同族を手がけることもあると思う。もしもその時、自分を剣士としてしか思っていないのであれば、同族だろうが切って捨てればいいが、『魔物の少女』としての自分を肯定しているのならば、『同族殺し』の名を背負わねばならない。
ただ自らを『剣士』と定義し、ひたすらこのかを守り、他の幸福を全て捨てれば、『このかの傍にいられる』という幸福は必ず手に入る。それと同時に『魔物』『少女』である自分を肯定しようとすれば、『このかをどれほど想っても、決して結ばれない事実』『魔物でありながら退魔を生業とする同族殺し』など、越えるべきハードルが激増する。しかも、どれも絶対越えられない。
特に、このちゃんとの関係はえらく悲しいことになると思うんだよね。このちゃんは自分の血を繋げるために、どうしたって婿を取らなくちゃならない(学園長の見合い好きもそのせいかね)。一人の少女としてこのかの傍にいたいと思ったら、それはいつか絶対どうしようもない別れを経験することとなる。それでも、剣士としての自分はこのちゃんから離れられない。傍にいながら、絶対的な別れを経験する、という切ない事態に。
永遠の命を持つエヴァが決して人間を従者にせず、それでも求めた人間が自分以上の力を持つ『バケモノ』サウザンドマスターだったことを考えると、せっちゃんには『お前の判断は甘い』としか言えない。
おそらくエヴァ様の微笑みは、『こいつ、より不幸になる道選んでやんのm9(^Д^)プギャー』という笑いかと思われます。そういう困難の道を敢えて行こうとする刹那に対する好意かもしれませんが。まあ、人間より長い寿命を持つであろう魔物にとって、若いころの挫折の一つや二つは大したもんじゃない、とか思ってんのかもしれない。
まあ、せっちゃんはそう簡単に幸せにはなれないと思うよ!! せつこのの道は長くて険しいよ!!
投稿者 アミ : 2005年09月16日 12:17